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 次の日の朝。

 まだ暗い部屋の中、身支度を整え南門広場へ向かう。

 防具は相変わらずのライトブレストメイルにレザーコート、爪先を板金で補強したブーツ。一撃受けたら即終了のデッドオアアライブだ。だったらその下に着るものも多少考えろって話だが。フリルブラウスにキュロットスカートだぜ? もちろん絶対領域は確保している。どうしてこうなった。

 実際には、浅い攻撃ならティトが防いでくれるし、ある程度までならば回復もしてくれる。

 俺自身の攻撃力もオーバーキル気味であり、さして強くもない魔獣が相手ならば、相手がどれほどの数を揃えていようと勝てるだろう。

 だが今回は、勝利条件が一つ追加される。依頼を請けた冒険者達全員の生存だ。

 どれほど無茶であろうと、手の届く範囲ならば全て守りきってみせる。

 そのためならば、魔法であろうと何であろうと、使えるものは何だって使ってやる。

 後味の悪い思いは御免だ。

 目立ちたくない? 魔王?

 そんなこと知ったことではない。

 魔王だと蔑むならば蔑めば……いや、やっぱりこれはちょっと強がりだな。

 ただ、怖がっていては守れない。

 他者を守りたいならば、自己を犠牲にしなければならない。

 代償無しに全てを守れるほど、今の俺は強くないのだから。


「ユキ様」

「なんだティト」


 南門広場への道中。夜明け前の静謐な空気の中、ティトが静かに問う。


「ユキ様にとって、この世界は、守るに値しますか?」


 それは根本的な問い。

 この世界を守ってほしいと、救ってほしいと願った彼女の、根源を揺るがす問い。


「値しない、なんて言ったらさ、俺がここに来た意味もなくなっちまうじゃねぇか」


 正直なところ、俺はまだこの世界を知り尽くしてはいない。

 だから守るに値するかどうか、なんて判断に困る。

 だけど。


「価値が分からないからって、今の時点で見捨てたら、それはきっと、後で価値に気づいたときに後悔しそうだからな」


 感傷ではない。

 自責でもない。

 一度は守りきれなかった俺に、世界はまだチャンスをくれている。

 犠牲は出たが、街は守れた。魔獣に破壊されつくしてはいない。

 だったら今回は守りたい。今度は前回よりも上手くやりたい。いいや、やれるはずだ。


「では、その価値がないと、気付いてしまわれれば、どうなさいますか?」


 何だろう、どうしてティトはこんなにも弱気になっているのか。


「何か気になる点でもあるのか? 俺がこの世界を見捨てるかもしれない、なんて危惧する何かが」

「……いえ、何でもありません」


 どう考えても何かある様子だ。

 しかしながら、一度口を噤むと決めたのならば、外野がとやかく聞き出すことでは無いだろう。

 いつか俺自身が気付くか、あるいは彼女が自分から話してくれるまで待つとしよう。


「見えてきたな」


 門の前には開けた空間がある。周囲に背の高い建物もあるが、荷運びの馬車が積み下ろしをしていることから、おそらくは倉庫のようなものなのだろう。門の近くに倉庫とか置いてて大丈夫なのかと疑問に思うが、あくまで一時的な置き場なのだろう。

 そんな広場には、既に大勢の冒険者が集まっていた。見るに、全員が首から木札を提げている。俺もそれに倣い、木札を取り出す。

 背中に斧を背負った大男に、弓の点検をしている森人の女性。杖を手に瞑想している少女に、仲間と談笑している男達。

 種族も様々、年齢も姿も性別も、全てが異なる集団がここに居た。

 そんな集団の向こうに、一際目立つ紅い全身鎧を着た男が居る。身の丈以上の盾を背負っている。歩きにくくないのかね。

 紅い男が、門の前に移動する。

 ざわめいていた集団が、少しずつ声を潜めていく。

 どうやらあの男が、この集団のトップであるらしい。となると、装備品から考えるに彼が鋼盾のルーカスとやらか。

 男は声高に宣言する。


「皆の者、これよりトライヤの街を襲う魔獣討伐を決行する!」


 静かに広がっていく闘志。

 一様に張り詰めた空気が広場を満たしていく。

 俺としては、あの宿場町がトライヤっていう名前だったことを知って、へぇーと頷いていただけだったが。

 紅い男の傍に、灰色のローブを着た痩せぎすの男が近づく。


「前衛は大盾を持つ。後衛は前衛に隠れ、各々の最大火力を打ち込む、対魔獣の基本戦術を取る」


 どうやら彼が参謀らしい。二人組みっつー話しだし、彼が閃光のザンドだろう。灰色なのに閃光とは。光属性の魔術士だったりするのだろうか。

 基本戦術とは前衛が敵を抑え込み、後衛が叩くというシンプルなもの。さすが基本。

 一般的な武器攻撃が通用しない魔獣相手では、前衛は本当に盾の役目しか出来ない。

 ビートベア相手ならばメイスで十分に渡り合えていたレックスも、あの魔獣相手では防戦に徹していた。

 低級の魔獣であろうと、それほどに厄介なのだ。


「今回は敵の数が多いと予想される。単独パーティで事に当たるな。必ず複数で行動することを意識せよ」


 ふむ。つまり、連携の練習をしないままに、多数の魔獣を相手取る、と。

 灰色ローブの男の言葉に若干のざわめきが生まれる。未熟な連携は、必ず隙を生む。それが死に直結するのがこの世界だ。

 動揺するのも当然だろう。


「ここに集まったものの多くは、対魔獣戦闘を経験しているはずだ! その時、常に単独パーティでの戦闘だったか! 行きずりの冒険者と共闘したことは無かったか! どんな些細な経験であろうと、それは各々の心に染み付いている! 恐れることはない!」


 紅い男が鼓舞する。

 ふむふむ。確かに、魔獣討伐を常に自分達だけで達成できるわけでは無い。通りすがり、あるいは同じ依頼を請けて、同地域に出現した魔獣を共同で、などなど。そんな依頼もあるのだろう。

 どんなパーティであろうと、役割は同じだ。前衛が盾を構えて、後衛が魔術などで焼き払う。

 前衛が突破された際のスイッチが重要ではあるが、波状陣形で構えていれば早々突破されることはあるまい。

 ざわめきは次第に収まり、各々が自らの職務を確認するかのように、互いに顔を見合わせ頷いていく。

 さて、俺はどういう動きをすべきか。


「前衛は俺、ルーカスの元へ! 後衛は、ザンドの元へ集合!」


 盾持ってない人は、素直に後衛に行けば良いわけかね。

 まぁ、魔獣なんてのが居る限り、純粋に両手剣だけを使う戦士など居ないのだろうけれど。

 否応なく、俺は灰色ローブの男、ザンドの元へ向かう。

 やはりローブ姿や軽装鎧、俺のようなコートを着た冒険者達が集まってくる。


「来たな。まずは魔術師と呪い士で分かれよう」


 その言葉に、魔術師が右手、呪い士が左手方向に集まる。およそ、四対一の割合。呪い士、五人しかいない。少ねぇな、おい。


「呪い士の役割は前衛の補助。身体強化を掛けて時間を稼げ。魔術師は、その間に各々の最大魔術を構築。三発以上撃てない者は、どれほど居る?」


 ザンドの質問に手を上げるものはいない。この位が魔獣討伐隊の基準なのだろう。


「ならば予定通り行う。撃ち洩らしは私が処理しよう。呪い士、前衛の強化は確実に維持せよ。お前達の強化が切れれば戦線は崩壊する。そのことを肝に銘じてくれ」


 身体強化って、そこまで言われるほどの物なのか。

 思ったよりも呪い士って重要な職なのか? 回復と支援を兼ねている、と考えれば納得はいくが。生命線となるのなら、ここまで数が少ないというのは気になる。


「なぁ。質問良いか?」

「何だ?」

「呪い士の数、少なすぎないか? 五人で向こうの前衛全員を支えろって、かなり無茶だと思うんだが」


 紅い男、ルーカスのほうを見ると、人だかりが出来ている。呪い士一人当たり、十人以上は担当する計算だ。勿論、俺が全て行うのならば、一人でも十分に強化は行き渡らせられるだろうけども。


「お前は、この規模での戦闘は初めてだな」

「お、おう」


 初歩的な質問だったのだろう。呆れ顔で、ザンドは続ける。


「戦線を支える前衛は、魔獣を抑え込む数名が基本だ。控えている中衛にまで強化を飛ばす必要は無い。ここまでは良いか?」


 うむ、分かりやすい。その通りだ。


「前衛が突破されたとき、あるいはその前線を交代する時に、新たに前衛となる盾役に強化を飛ばせということだ。この切り替えを確実に行えば、無駄な魔力の消耗を抑え、長時間の戦闘が可能になる」

「なるほど……」


 だが、それでは呪い士の数が少ない理由にはなっていない。

 俺が答えに不満を持っていると、ザンドはさらに言葉を重ねていく。


「そもそも、魔獣と戦えるほどの呪い士の絶対数は多くない。前衛ですら壊滅する可能性のある戦場に、攻撃能力の乏しい者が好き好んで出てくるものではない」

「あぁ、そういう」


 熟練の呪い士は確かに強力だが、熟練と呼ばれるまでにかかる期間が果てしなければ、自然人数は少なくなるだろう。それに、呪い士は魔道具を作ることでも生活の糧は得られるのだ。危険を冒してまで、一攫千金を夢見て魔獣の前に立つこともない。

 そうなると、逆にそんな命知らずの呪い士が五人も集まったことが重畳というわけか。


「でも流石に少なすぎないか?」

「……否定はせんよ。今の首都で、気概のある呪い士がこれだけとはな」


 あ、やっぱり少なかったんだ。そうなると、呪い士の負担は思った以上に重いことになるな。どこかで軽減できる策でもあればいいのだが。

 しばし思案していると、隣の少年が声を上げる。


「僕は攻撃用の魔道具を持っているんですが、強化を掛けた後、隙を見て攻撃に参加するのは大丈夫ですか?」

「あ、それなら俺も参加できるな」


 便乗して、俺も攻撃参加の意思を見せる。敵が早く倒れれば、それだけ前衛の負担が減る。

 メイン火力の魔術師が二〇人程しか居ないのだ。それだけ居れば上等、とも思うが、ビートベアを一撃で倒した魔術師リオの雷ですら、何発も耐えたのが準男爵級の魔獣だ。一匹倒すのに数人の魔術が必要だというのなら、敵の数によれば倒しきれない可能性の方が高い。


「魔道具で援護してくれても構わんが、基本的には攻撃は魔術師がやる。全体の生存を第一に考えてくれ」

「分かりました」

「オーケー、分かった。任せてくれ」


 俺一人で全員に強化を掛けて、魔道具と称した魔法で一挙に殲滅。こうするのが、一番全体の被害を抑えられるだろう。

 ただ、そうやって俺が全て行うにしても、正直限界は存在する。

 どの程度の範囲に出現するのか。

 遠く離れた場所に同時に出現しては、どこにも被害を出さずに戦闘を終えるなど不可能だ。

 なればこそ、俺は、俺の出来る範囲のことをして、浮いた戦力を作り出さねばなるまい。

 手の空いた冒険者に手薄なところを守ってもらう。

 まぁ、大規模の戦闘に慣れた先輩方が居るわけだし、基本的には彼らの指示に従っておけば問題は無い。

 俺が自重を止めるのは、彼らの想定を越える数や質の魔獣が出てきた時だ。

 ……これがもし悪魔とやらの前兆ならば、ほぼ確実に出てくるんだろうけど。

 どう考えてもフラグで、少々背中に嫌な汗を感じつつも、ザンドとルーカスの行う班編成に従っていく。

 これから、初めての大規模戦闘だ。妄想の世界でも行ったことの無い、完全なる初体験。

 ほんの少しの緊張と、多大な高揚感。

 きっと俺は、不謹慎にも、楽しみにしているのだ。

 そんなこと、考えてはいけないのだろうに。

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