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上下に分断された魔獣を解体する。いや、解体道具がないから、俺は見てるだけなんだけども。代わりに周囲の警戒を買って出ている。魔獣の接近に気付いたのが俺だということで、索敵を任されたのだ。なお、剥ぎ取りしたものは折半の予定。魔獣素材のみ、優先的に良い部位を回してくれるらしい。何がどういう風に良いのかは不明だが、やってくれるというのならありがたくいただこう。
さてその魔獣。見た目こそビートベアだが、断面は明らかに正常な生命体ではない。肉も血も流れ出ず、ただただ黒い淵が広がっている。リオとアマリはそんな異常な外観にも関わらず、一切気にした風はなく、てきぱきと毛皮や爪を剥いでいっている。解体したそばから、レックスが麻袋に素材を放り込んでいる。荷物持ちをするようだ。がんばれ男の子。ちょっと強化かけてやるから。
「でもさ、ビートベア八匹なんて依頼のくせに、魔獣が出てくるとか詐欺よね」
リオの指摘も尤もだ。魔獣討伐は普通、もっと強い冒険者が数を揃えて行うもののはずだ。
「依頼料、増やせないかしら?」
農家の人達に、あれだけ似た姿の魔獣とビートベアを見分けろというのは酷だろう。実際に戦うまで違和感はなかった。
「リオ、無理を言ってはいけません。僕達の活躍で農家の方々を守ることが出来た、それで十分ではないですか」
「それでこっちは死に掛けたのよ。ユキだって損したのよ」
「お人よしにも程があるな。食い物にされないか心配だ」
「そうよね。まぁそんな所が魅力なんだけど」
軽やかに惚気やがった。ちくしょう爆発しやがれ。
「ところでユキ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何だ? 答えられることなら答えるが」
リオの質問は、こちらが答えたくないところを突いてくる。また魔法のことじゃなかろうか。
「魔獣の動き、どうやって止めたの?」
はいきた。また魔法だよ。それも魔道具ってことにしといてくれよ。闇の落とし穴とか適当な名前付けとくから。
「ダーク・ピット? どんな効果で、いつ発動するのかしら」
「単純に落とし穴だ。投げた先に設置できるから、わざわざ誘い込む必要がないのが最大の利点。だけど、落ちた先に罠を仕掛けられる分、普通の落とし穴の方が使いではあると思う」
我ながら、よくもまぁすらすらと、息を吐くように嘘を吐く。罪悪感が無いわけではないが、明かす必要もない。彼らとは、基本的にこの仕事だけの関係だ。真実を知る必要まではない。
効果そのものは嘘ではないが。相手の影が設置箇所だから、どこに居ようが関係ないし。影でしかないから、落ちた先にトリモチとか仕掛けられないし。
いや待て、相手の影そのもので攻撃とか仕掛けられるのか? 落としておいて槍衾。ふむ、今度試してみよう。意外と利用できそうだ。
「それも使い捨ての品よね?」
「まぁな。それほど高い品じゃないけど、取り扱いが難しいから人には譲らないことにしてる」
魔法を見られた場合、魔道具ということで押し通した上に、俺専用のものと主張しておく。
こうすることで、大抵は諦めてくれるそうだ。暴発して自分の身に危害が降りかかるなど、到底許容できるものではない。脅し、屈させ、無理やりに奪い取る者も居るそうだが、大概は自滅するそうだ。口を割らせたり、魔道具を作り続けることを強要したとしても、呪い士が少し罠を仕掛けるだけでしっぺ返しを受ける。
問題は、そういう気すら起きないくらいに痛めつける輩も居るということだが、今の俺には関係ない。仮にそういう状況に陥れば、全てお構い無しに魔法を発動させてやる。隕石が衝突して地球が滅亡する映画とか見たことあるし、あそこまでイメージが及ばずとも小規模な隕石くらいなら落とせるだろう。
「やっぱり依頼料の増額、言ってみようかしら」
「素材の換金だけで金にはなると思うけどな」
「それとこれとは話が別よ。魔獣の討伐依頼なら、それはそれでお金が入るし、さらに素材の買取もしてもらえるんだから」
金の話になると目が生き生きするなコイツ。
麻袋に、今度はビートベアの生肉やら毛皮やらを詰め込んでいるレックスにそろそろと近づいていく。
「なぁレックス。リオって守銭奴なのか?」
「ちょっとユキ!? そういう意味じゃないわよ!?」
「リオはしっかりしているんですよ。自分を安売りせず、かといって過大評価もせず。勿論、アマリもですよ」
「もう、レックスは人を過大評価しすぎなのよ」
「あーそう」
駄目だこいつら、三人組でやってるだけあって、隙あらば空間を形成しやがる。俺には耐えられない。こんな奴らと一緒に居られるか、俺は部屋に戻らせてもらう。
「さて、これで十分ですね」
「そうだな。今からなら夕方くらいに街に戻れるだろう」
「いえ、街ではなく、この先の農村へ行きますよ?」
はて。
「依頼者は農家だからね。ビートベア倒しました、ついでに魔獣も倒しましたって言って、報告完了なの。てかアンタ、それも知らずに請けようとしてたの?」
「いやあ、おっさんに報告しておけば良いかなって」
「それでもいけるのよ。だけど今回は報告が早い方が、依頼人も安心するのよ。そうやって信頼と実績を積んでいけば、もっといい依頼を紹介してもらえるようになるのよ」
そういうことか。流浪生活を送ることになる冒険者だ。信頼はあって困るものではない。そのおかげで、良い仕事にありつけるというのなら尚更だ。
レックスは麻袋を担ぎなおし、先頭に立って道を進む。
俺とアマリは周囲の警戒。大きな反応は無いので安心して進んでおく。
リオはしきりにレックスに話しかけている。持ってやれよ。手伝ってやれよ。レックスもよく話してられるな。あの戦闘の後だし、盾もぶっ壊れたし、肉体的には癒せても精神的には疲れているだろうに。そういう気遣いもイケメン様の必須技能なのだろうか。俺には真似できないな。今の俺じゃ真似したところで滑稽だが。相手誰だよ、ティトか? まさか。
幸い、それほど遠くない位置に村が見えた。実物を見ると現金なもので、疲れた心は弾み、足取りも軽く村へと向かう。
「今日はあの村に泊まるのか?」
「そうですね、お世話になれるのであれば、それが望ましいでしょう」
「ビートベアの群れを即日倒して、そのまま報告にも来てあげたんだから、それくらいタダでしてもらっても罰は当たらないわよね」
「仮に追い出されても野宿するまでもなく街には戻れるのよ。疲れてるだけで、歩けないわけじゃないのよ」
いや、歩けるけど、歩きたくない。まぁ、いくらか金を払えば村にも泊まれると思うけど。その程度の金は残ってるし。
この世界の農村における衛生状況は分からないが、こっそりリオがアマリに掃除を頼んでいることから、冒険者としては農村での宿泊は珍しいことでもないのだろう。ついでに言えば、リオよりもアマリの方がその手の家事が得意なのだろう。
「さあ、村に着きますよ。僕が先に行って事情を説明してきます。皆さんはゆっくりと来てください」
そう言って、麻袋を担ぎなおしたレックスが村の門に走っていく。
農村は周囲を簡易な柵で囲っただけの、一言で言えば粗末な村だった。これではいくら害獣を警戒しているといっても、簡単に乗り越えられるのではなかろうか。
そんな心配をしていると、アマリが近づいて教えてくれた。
「あの柵、獣除けの呪いが掛かってるのよ。だからあんな簡単な柵でも、十分守れているのよ」
「へぇ」
「……何だか、感動が薄いのよ」
「いや、そういうもんじゃないのか、呪いって」
「あれは、精神に関係する呪いなのよ。こんなところで見られるなんて思わなかったのよ」
おや。精神に関する呪いは眉唾では無かったのか。
「私の師匠の教えだと、ああいうのは精神を操って忌避感を抱かせる、というものなのよ。主流の考え方では、避けるように体を操っている、らしいのよ」
「ふーむ」
行きたくないと考えるのが先か、避けるように足が動くのが先か、程度の問題だろう。どちらにせよ、俺には感動するポイントが分からない。精神を操る呪いが結局は考え方一つだということは分かったが。
「単純な話なのよ。こういう呪いは難度が高いから、使える人が少ないのよ。長時間、効果の高い呪いを保持し続けられるだけの修練を積むよりも、頑丈な柵を作るほうが手っ取り早いのよ」
身も蓋もないな! そして報われねぇ!
「それだけの呪い士がこの村には居るということなのよ。楽しみなのよ、話を聞きたいのよ」
静かに、しかし確実に興奮している。表情は相変わらず無いのだが、随分と分かりやすい娘だ。
先を見るとレックスが手を振っている。こちらに来いという合図だ。
俺達はそれぞれの思いを胸に、村へと足を踏み入れた。
リオは金、アマリは呪い、俺は寝る。随分とどうしようもない思いだな。




