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魔王。
御伽噺とも呼ばれる伝承に出てくる人物。
遥か昔、魔獣を率いてこの世界に破滅をもたらした最強最悪の生命体。
その姿はヒトと同じくして、しかし清流の流れの如き髪に闇夜を照らす月光のような瞳、どれほど日差しを浴びようと焼けすらしない肌はヒトにあらざる美しさを持つという。
魔王はヒトの持つあらゆる技術を凌駕する能力を持ち、天を震わし地を揺るがせ、大海を割り大空を駆ける。自らを害するありとあらゆる干渉を撥ね退け、腕の一振りで大陸一つを消し飛ばす。
しかしある時代を境に、魔王の存在ははたと途切れる。行方は誰も知らず、消息も不明。大破壊を齎したその災害は、この世界に魔獣の脅威のみを残して忽然と姿を消した。
人族か否か、議論すら憚られるその存在は、今もなお最大限の畏怖を込められる。
「というのが、魔王の認識ですね」
以上、ティトペディア。
うむ。どうやら自分の容姿が目立つというのは、可愛いからとか美少女だからとか、そういう次元の話ではなかったようだ。
魔王。畏怖を込められて呼ばれるような、そんなとんでもねぇ物に見られていたからだったのか。
そりゃフードで隠して正解だったよ。
だけどもいきなりそんなトンデモと一緒くたにされちゃあ困る。
けれども心情は理解できる。
現実での出来事、俺の親友を思い出す。
見た目は、有体に言えばただのゴロツキ。オタク趣味の平和な人間なんだが、目付きや体付きのせいでいつもそのスジの方と間違われ天然パンチパーマな髪型がいけないのかと言い出して、野球部を見習って丸坊主にしたところ、周りからは出所したと騒がれた。そもそも入ってねぇよ。
人は、見た目で判断するものだ。それを、俺はよく知っている。
さらに今回は見た目だけでなく、行動でも異常を示してしまったのだ。
一般人には太刀打ちできず、冒険者であっても罠に嵌めて集中攻撃しなければ倒せず、兵士であっても徒党を組みようやく打倒できる存在を、あんな倒し方をしてしまったんだ。
しかも今の姿は、きっとビートベアの返り血に塗れているのだろう。レザーコートには赤黒い染みがこびりついている。酷い臭いだ。
魔王。
ヒトの持つあらゆる技術を凌駕する。
なるほど、きっとそいつも魔法を使えたんだろう。魔術や呪いでは到達できない、もっとおぞましい何かを使役したんだろうよ。
返り血に塗れ、理解不能な力を振るった今の俺の姿は、まさしく魔王に相応しい。
だったら、そのまま魔王を演じてやろうか。
それとも真摯に誤解を解く努力をしようか。
どちらか迷ったので、呆れた風に盛大にため息を吐いておく。
「やめるのよレックス。ユキが私たちを助けてくれたことには変わりないのよ」
と、迷っているとアマリが助け船を出してくれた。
「ふぅん、良いのか? そうやって油断を誘っているのかもしれないぞ?」
だが、素直に受け取る気にはなれない。
人の悪意は、いつどんな形で牙を剥くか分からない。
これで縁が切れてしまうなら、その程度のものだったということだ。
こ、この程度で関係を修復できるなんて思ったら大間違いなんだからね!
うん、我ながらキモイ。
「もし魔王なら、配下の魔獣に殺されそうになるくらい間抜けなのよ」
……ああ。これくらい馬鹿にしてくれてるなら、大丈夫だ。
怖がられるより余程マシだ。
俺を人間として見てくれているんだから。
と、そこでリオがさらに言葉を重ねる。
「そうね……。それによく見たら、装備の内側は女物よ。女装趣味の魔王だなんて、とんだお笑い種だわ」
ははは、女装趣味ね。ははは。体は女の子なんだけどね。そうか女装かー。男物選んだつもりだったんだけど、このセーターとかハーフパンツは女性用だったんだねー。
うるせぇよ! 俺だってこういう体になったのは不可抗力だよ! 好きでやってんじゃねー!
叫びだしそうになるのをぐっと堪えて、引き攣った笑みを見せ付ける。
「り、リオ! ユキさんは女性ですよ!」
レックスの訂正も虚しい。というかお前は何で分かった。あれか、天然ハーレム野郎は、そういうところでフラグを立てるのか。もしこれが男勝りな乙女だったら「あ、あたいのことを女って言ってくれてるのかい?」みたいな調子で、あっさりと心を許すとかか。ははは。
「嘘っ!? え、いや、だって……」
「そこで胸を見るな! 見ても分からんわ!」
どこを見れば分かるのか、というか見せられない場所だ。
せめて一人称に着目してほしかった。俺女も珍しくなさそうな世界だけども。
「もしかして、肉体強化の弊害なのよ……?」
「顔を青褪めさせるな! そんな事例は存在しない!」
しないよな? 存在したら、俺は一人の乙女から夢と希望を奪う悪辣な言動をしたことになる。
まったく、こういう空気になったら、こちらから切り出すしかないじゃないか。
「とにかく、俺は俺だ。魔王なんかじゃねぇよ」
その言葉に最も安堵していたのはレックスだった。
「……要らぬ疑いを持ってすみませんでした」
「いいよ。見た目で怖がられるのは慣れてる」
俺自身の体験ではないが。一緒につるんでる俺も、同類と思われていた。ある意味同類なんだけども。
空気が弛緩したところで、こんな空気にした立役者のリオが質問に来る。内容は、いずれ聞かれると思っていたことだ。
「あのさ、あの黒い剣は何? 言えないことだったら良いんだけど、もし魔術なら知っておきたいの。あたしの知らない魔術で、今後ああいうのを使う相手が出てこないとは限らないし」
「ふむ、僕も知りたいですね。あんな剣を使われれば、どれほど防具を固めても無意味に思えます。対処を知っておきたいですので」
一応、言い訳は考えてある。ティトと一緒に、仮に魔法を見られた場合、どう言えば逃れられるか、というものだ。
「あー、あれは一回限りの必殺技なんだよ。魔道具の一つで、使う際に触媒も必要なんだ。使用法も含めて俺専用の魔道具ってことで、あとは秘密な?」
魔道具というのは、魔獣の素材やら害獣の素材やらを核として製造した道具のことで、使い方さえ誤らなければ誰にでも使える武器にもなる。一般に浸透しているものを挙げると、ライフポーションのような回復薬や、炎を撒き散らす爆弾のようなもの、短時間ではあるが相手を追尾する投擲ナイフなど、冒険者にとって非常に便利な魔道具がある。さらに、ごく一部の冒険者しか知らないことではあるが、星を落とす魔道具や若返りの秘薬というものも存在しているそうだ。
ライフポーションが含まれていることから分かる通り、魔道具を作るのは呪い士であり、攻撃用の魔道具というのも呪い士の領分らしい。というか、攻撃方法に乏しい呪い士の、数少ない攻撃手段が魔道具だそうだ。使い捨てのものから時間で充填されるものまで種々存在しており、高位の呪い士ともなると、熟練した冒険者のパーティにとって欠かせない役割のようだ。
「あ、あれが魔道具なのっ!? それは本当なのよっ!?」
目を輝かせて詰め寄るアマリ。先ほども自らに攻撃手段がないことで悔しい思いをしたのだろう。レックスやリオでも太刀打ちできない魔獣を相手に、魔道具が有効だというのなら、これは朗報と言えるだろう。
だけどごめんね、嘘なんだ! いや完全に嘘というわけではなく、威力の高い魔道具であるならば有効ではある。ただしそれは俺の魔法ほどの威力はなく、あくまで魔術師の真似事ができる、といった程度。それでも十分な働きは出来るが、期待を持ちすぎてはいけない。
「アマリ、落ち着いてよ。触媒が必要な魔道具ってことは、少なく見積もっても金貨が必要よ。しかもそんなのが一回限りの使い捨て。常用できるようなものじゃないわ」
リオが冷静に判断する。説得するポイントはそこではないような気がするが、彼女もあの威力にあてられたのだろう。正常な判断ができなくなっているようだ。
しかしそうか、金貨を使い捨てにしたって思われるわけか。そうなるともしかすると……。
「……ユキさん、僕らにできることは無いですか? そんな高価なものを使っていただいたというのに、報酬が銀貨五枚では釣りあわないでしょう」
やっぱりそうくるよな!
元手ゼロというか、ただのイメージだから金を取るわけにもいかない。やっぱりここは、この手で行くか。
「命あっての物種って言うだろ、気にするなよ。もし気がすまないって言うなら、口止め料代わりってことで。俺がああいう魔道具を作れるのは秘密だぜ?」
「はは、命の対価として口止め料ですか。それでは迂闊に、ユキさんの勇姿を語れませんね」
「仕方ないのよ。下手に優秀な呪い士は、悪い奴らに目をつけられると口では言えない目に遭わされるのよ」
これでよし、かな。多分レックス達は俺のことを吹聴することはないだろう。されたところで痛くはないが。痛くもない腹を探られるのも面倒だし、容姿が魔王とやらに似ているというのなら、わざわざ目立つ必要もないだろう。




