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作業現場に到着した。
俺が今回こなす物資の運搬というのは、どうやら建設現場の資材を移動させることらしい。
町外れの石切り場から、少し離れたここまで何度も往復することになりそうだ。
「今回の仕事は一日限りだからな。少しでも運んでくれりゃそれで良い。お嬢ちゃんみたいな子に無理はさせられないしな」
とは現場監督の言葉だ。
俺は気にしなくて良いと返答したが、曖昧に笑って誤魔化された気がする。
周りを見ると、どうやらこの手の仕事は色々な冒険者が請けているらしく、明らかに貧弱な体格の男女までもが混じっている。
あれで本当に運べるのかよ、と思ったところで、今の俺も大して変わらない貧弱っぷりを思い出す。
そりゃあ曖昧に笑われるわな。
監督の号令の下、班編成がなされる。俺達のような駆け出し冒険者と思われる貧弱班は、作業員の一人を伴って石切り場へと赴くことになった。
出発まで少し時間があるようだ。それまでに自己紹介でもしていろ、とのこと。どうしようか。
などと思っていると、
「なぁなぁ、お前もこの依頼請けたんだよな?」
少し離れた場所にいた少年が、こちらに歩み寄って話しかけてくる。馴れ馴れしさマックスだ。
「ああ。とりあえずの日銭を稼ごうと思って」
無視する必要も無いので適当に話をあわせる。
「女の子一人だけって何かと物騒だろ? 俺達と一緒にこなさないか?」
俺達? 複数形なのが気になり、少年が来た方を見る。するとそこには、やはり同年代に見える男女が合わせて三名。
恐らく四人でパーティーを組んでいるのだろう。
断る理由も無い。仕事さえすれば依頼は達成されるんだ。仮にこいつらが逃げ出したところで、俺自身がやり遂げれば問題ない。
「別にいいぜ。よろしくな」
口の端を吊り上げて手を差し出す。
なぜか少年は顔を赤くし、おずおずと手を握り返してくる。
何だこいつ気持ち悪いな。
少年と連れ立って三人組の方へ行く。
一応誘われた側だ。こちらから名乗っておくか。
「藤堂雪、呪い士だ。今回、こちらにお邪魔させてもらうことになった。よろしくな」
「おっと、名乗ってなかったな。俺はカルロス。一週間ほど前に冒険者になったんだ」
「こいつの友人のマディです。カールは戦士。僕は魔術師をやってます」
「私はミリア。カルロスと同じで戦士よ。まぁ、武器が剣か槍かの違いはあるけど」
「あの、ライネです。弓を使います。よ、よろしくお願いします」
最初に接触してきたカルロスという少年は戦士。革の鎧に小手と脚絆。ショートソードを腰に提げている。背中にはラウンドシールド。恐らく盾役なんだろう。血気盛んな顔つきはいかにもリーダーらしく、年相応の無謀さを持っている。
その友人のマディという少年は魔術師と名乗った。役職に相応しく、麻のローブを着用している。落ち着いた雰囲気で、カルロスの暴走を抑える役割でも持っているのだろう。
ミリアも戦士。こちらは長い槍を背負っている。スピード重視なのか、カルロスよりも鎧の面積は少ない。胸を守るレザープレートだけのようだ。生意気そうな女で、赤く短い髪を苛立たしげに抑え、カルロスを睨んでいる。
ライネは弓使い。気弱そうに眉根を寄せた少女ではあるが目つきは鋭く、青いポニーテールを風に揺らしている様が大人びて見える。
「カルロス。こんな依頼じゃなくて、もっと実入りの良い依頼だってあったでしょ? なんでこんな地味な作業をしなきゃならないのよ」
ミリアが随分と食って掛かっている。上昇志向が激しいのか、派手な世界を夢見ているのか。お近づきになりたくないタイプだ。
「ミリア、僕らの装備はまだ完璧じゃないだろう? 君の槍だって、最初の戦闘で痛んだままじゃないか」
そんなミリアを宥めるマディ。カルロスは横で頷いている。何も考えてないんじゃないかこいつ。
「仲間の装備は大事だからな。戦闘中に壊れたら死んじまうかもしれないんだぞ。そんな危険は冒せない。武器が直ったらまた討伐依頼に行こうぜ!」
意外と考えていた……ように見えたが、ミリアに見えない位置で、マディに確認を取っていることから、恐らく吹き込まれていたのだろう。
「う、分かってるわよ! アンタがそこまで言うなら、ちょっとは我慢してあげるわ」
はいはい、イチャイチャは他所でやってくれ。
口に出すといらない火の粉が飛んできそうなので、おくびにも出さないが、心の中で呪うくらいは良いよな? リア充爆発とか生温い、溶けろ。
横を見ると、ライネも似たような呆れ顔だった。
お互いに見合って苦笑する。苦労人なんだな、この人は。
「ところでユキさん。そちらの小さな女の子は?」
「ああ、妖精のティトだ。色々やってくれるから助かってる。俺自身は大して強くないしな」
そういってティトを紹介する。
あれ、何だか急に空気が凍ったぞ。
「……一人称……俺って……」
「……確かに……は無いけど……」
「それよりも……妖精憑き……」
「……えと……皆……」
目の前で内緒話されると若干鬱陶しいな。
しかし一体どうして。
「ユキ様。妖精憑きの説明をお忘れですか?」
「え? ……あ、ああああぁぁあ!?」
思い出した。妖精憑きってド変態に対する蔑称じゃねえか!
「趣味は人それぞれですから」
「そうね。それに妖精憑きなら安心だわ」
「あの、あの、大丈夫です、私は味方ですから!」
「そんなことよりさっさと現場に行こうぜ?」
「やめて! 変なフォローしないで!」
遠巻きに後ずさる彼らを追いかけ、作業員と一緒に石切り場へと向かう。
さすがに依頼が始まれば、駆け出しといえどプロ意識が働くのか、互いの戦力調査を持ちかけてきた。
「ユキさんは呪い士とのことですが、どのくらいの呪いが使えるんですか?」
マディが尋ねてくる。俺としてはイメージできる範囲でならある程度はこなせると思う。ただ、他者強化はどこまでできるのやら。その辺は素直に伝えることにする。
「基本ソロだからなぁ。自己強化には自信あるけど、他人を強化したことがない」
「あら、妖精は強化しないのかしら?」
少し前を歩いているミリアが振り向きざまに聞いてくる。
「しなくても強いからな」
「そうですね。妖精は、人知の及ばない強力な魔力を持っているわけですし、肉体強化をかけるまでもないんでしょう」
勝手に誤解してくれたようだ。中途半端に知識のあるインテリキャラとして認識するぞ、マディ。
「そ、それに、妖精憑きであれば、本人も妖精の加護の効果を受けるそうですし! 普段から自己強化をかけているようなものだそうですし!」
何で声が上ずってるんだ。中途半端にエロ知識のあるムッツリキャラとして認識するぞ、マディ。
コホン、と一つ咳払い。気を取り直したマディが俺に話しかけてくる。
「ではすみませんが、僕を実験台に強化の呪いをかけていただけませんか?」
「いいのか?」
「ええ。第一、僕は今回役立たずだと思って来ていますからね。強化で仕事が手伝えるならそれに越したことはありません」
なるほど、魔術師だもんな。肉体労働は苦手なのだろう。
だったらお言葉に甘えて実験台にさせてもらうとしよう。
「じゃあ早速」
そしてイメージを固めていく。先ほどティトは筋力と持久力を強化すればいいと言っていた。ならば、その二つの働きを強化できるように、魔素で筋肉を膨らませていく。
あまりやりすぎてマッチョにするのも嫌だし、程ほどのところで止めておく。
「……凄いですね。僕の体とは思えない。これが呪いの強化ですか」
「いや、それは、どうだろう……」
後で聞いた話だと、魔素の動きを筋肉の動きに追従させて、動作を補助するのが正式な呪いのイメージらしい。さらに言うなら、あまり強化しすぎると、筋肉が魔素でぼろぼろになるとか。
そんなの知らなかったから仕方ないよね。見た目にはほとんど変わってないし、結果が同じならどっちでもいいよね。
あまり長いこと補助をかけているのも体に悪かろうということで、くっつけた魔素を散らしていく。
補助がなくなったことで、マディの体は元に戻ったはずだが、どうにも興奮冷めやらないようだ。
「呪い士って凄いんですね!」
輝く笑顔が胸に痛い。
やめて、そんな純粋な笑顔で俺を見ないで。
妖精憑きのイメージが払拭されたようで何よりだけども!
俺本当は呪い士じゃないんだよ!




