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次の日。洗濯は昨夜の内に済ませておいた。クローゼットから濃紺のローブを取り出し、朝からおっさんの店に行く。朝飯を食いに行くわけじゃない。食べるのは食べるけど。
さすがに散財しすぎた気がするから、依頼をこなす予定なのだ。いきなり金を使うようなことは無いと思うが、かといって今のままでいいとも思わない。
いきなり入用になることもあるし、昨日のような掘り出し物があるかもしれない。衝動買いが出来る程度に貯金しておきたいのもある。
そんなわけで。
「何か良い話はないかな。今日の夕方までで終わるような仕事が良いんだが。報酬は安くてかまわないから」
「報酬がどうでもいいなら、街中での人足仕事だな。物資の運搬辺りなら夕方には終わるぞ。そこまで働いて、基本給が銅貨二〇枚だ。報酬とは別に、軽食程度なら作ってやるが、どうする?」
「運搬か。俺にできるかね」
とは言ってみるものの、恐らく簡単にできるだろうという確信がある。試したことは無いが、こんな細腕でもグレートソードを振り回せるはずだ。
「嬢ちゃんも呪い士なら、肉体強化系の呪いを使えば楽にやれるだろ」
肉体強化。そういうのもあるのか。
確かにソロに向かない呪い士が、己の技術の研鑽を積もうとするならば、こういった依頼が良いのかもしれない。
まぁそもそも呪い士でなく、肉体労働職ならば何の問題も無く達成できるのだろうが。
「ユキ様の経験のためにも、こういった依頼は有用だと思いますよ」
ティトの許可も出たことだし、俺はその依頼を請けることにした。
ついでに朝食もとらせてもらう。今朝は丸パンにスクランブルエッグ、ソーセージだった。
スクランブルエッグは焦げ目ひとつなくふわふわで、牛乳か何かを混ぜてあるのか口当たりもよく、味付けは別添のトマト風味の赤いソース、ケチャップと呼ぼう。爽やかな酸味が甘く味付けされた卵によく合っていた。
ソーセージを齧ると表皮がプツンと音の鳴る歯ごたえと共に破れ、熱い脂が口の中を小気味よく跳ねる。こちらにもケチャップを付けて食べると、味の濃い脂とケチャップが程よく混じり、得も言われぬ至福感に襲われる。
ふと思い立ち、丸パンに挟んで食べてみる。行儀が悪い? 知ったことかよ。俺はホットドッグにして食べるんだ。残念ながらマスタードは無いし、肉のみで他の具もないが、思ったとおり肉汁をパンがその身一杯に受け止める。カリカリに焼き上げられたパンが肉汁で柔らかくなり、軽く噛むだけで解ける。
ティトも満足そうに朝食を頬張っている。ソーセージが大きいのか、両手で肉を掴み口を大きく開けてもごもごと咀嚼する。ほら、脂が飛んで口の周りがべたべたじゃないか。俺は手持ちの布でティトの顔を拭ってやる。
子ども扱いするなと怒られた。理不尽だ。
朝食を済ませ、作業場へと向かう道中、ティトに呪い士の役割について聞いておく。
ソロ活動に向かず、仲間が必須といわれるこの職業は一体何が出来るのか。これから先、他人と組むときに呪い士としての領分を逸脱しないように。あるいは期待通りの活動ができるように。
そして出てくるティトペディア。ホント、そのメガネどこから出したんだ。
「以前、精神と肉体に関するものが呪い、と説明させていただきました。ですので、詳細な説明とさせていただきます。まず肉体に関するものですが、これは単純なところでは肉体強化ですね。脚力であったり腕力であったり、持久力であったり柔軟性であったり。およそ人の行動全てに対して強化を施すことが出来ます。勿論、強化の度合を高めたり全身を強化したりしようとすればするほど多くの魔素を必要とします。今回の運搬であれば、持久力と腕力あたりの強化をすれば、一般的な呪い士であっても達成は可能でしょう」
「ふむ、強化系か。他人にかけることもできるんだよな?」
「ええ勿論。ですので、呪い士の戦闘時の役割は、まず前衛に筋力強化の呪いを施すことから、ですね」
補助魔法役。それが呪い士の仕事ってわけだな。味方の強化ができるとなると、逆はどうなんだろうか。それが可能なら、味方への強化効果が小さくとも、差は大きく開くはずだが。
「相手を弱体化させることってのは可能か?」
「不可能ではありませんが、相手も当然抵抗します。彼我の魔力に大きな隔たりがあるか、相手が余程油断していない限り、弱化は成功しませんね」
「それもそうか。ま、選択肢として持っておくに越したことはないってくらいだな」
「次に、肉体の治癒です。簡単な怪我の治療から、熟練の呪い士であれば身体欠損をも癒すそうです」
「回復も呪いなんだな。そういえばライフポーションは治療の呪いが込められているって書いてたっけか」
「そうですね。呪いは薬などに施してその薬の効力を引き上げることができます。ただ、直接呪いをかける方が効力が高いので、わざわざ薬に呪いを施す人はあまり居ません。前衛と分断された時の緊急回避として、いくつか分散所持している程度です」
「やっぱり薬じゃ限界があるのな」
「よほど希少な材料を使った薬品であれば話は変わってきますけれども、一般的にはその通りです。あとは、身体性異常に対する治癒も呪い士の役割ですね。体内に侵入した毒素の排除や神経性の麻痺、あるいは病、珍しいところでは石化などが該当します」
石化なんてあるのか。ファンタジックだな。さすが異世界。
「その辺を治す薬はあるのか?」
「薬品ごとで効果に差がありますが、毒と麻痺、病に関しては普及しています。石化の治癒が可能な呪い士自体が少ないこともあり、石化治癒の薬品はほとんど市場に出回りません」
「まぁ、それは仕方ないな。状態異常には気をつけろってことか……」
もしかしたら予防するアイテムなんかもあるかもしれないが、それはまた今度だな。実物を見るか必要に駆られてから聞くことにしよう。
あと、ファンタジー的に欲しいアイテムと言えば、死者蘇生系の薬品か。無いとは思うが、これだけは聞いておこう。
「死んだ人間は、蘇るのか?」
「無理です」
即答だった。
「ただ、蘇らせることはできませんが、死体を操ることは可能です。呪いの一種ですが、その場合は特別に死霊術と呼ばれ、忌避される呪いですね。これも肉体に関する呪いの一種です。以上が肉体に関する呪いです」
肉体に関するもの、の定義の広さに驚きだよ。怪我治して、状態異常治して、強化して、弱化して、死人操って。
この定義だと、精神に関するもの、もとんでもない種類が出てきそうだ。
「精神に関するものですが、こちらはあまり研究が進んでいないようです」
「そうなのか?」
ティトペディアでも分からないことがあるんだな。
「精神を操る呪いとして有名なのは、今もユキ様にかかっている意思疎通の呪いです。主に動物と心を通わせるために使われる呪いです。他にも魅了と洗脳。あとは恐怖に陥れる、混乱させる、物事を忘れさせる、なども可能なようです」
「いや、結構分かってるじゃないか」
「確証が取れませんので。魅了といっても、もしかしたら本当に好きになってしまったのかもしれませんし、洗脳も話術で代用可能です。恐怖や混乱に関しても、光を操ることによる幻影の魔術だとか、ただの見間違いだったとか、疑心暗鬼による環境づくりだとか、本当に呪いが原因かどうか客観的に検証できないそうです。恐怖や混乱、魅了を治す呪いもありますが、呪いで落ち着いたのか、ただ単に正気に戻ったのか判別が難しいこともありますので。さらに、そういった呪いには相手が必要なこともありまして、抵抗されてしまえば無力です」
「最後が重要だな。弱体化と同じ問題があるわけか」
他人を凶暴化させる呪い、なんてあったとしても、暴言を吐いたら大抵凶暴化はするしな。魔素を使ってたとしても、本当に精神を操るという目的で使われたかの検証は難しそうだ。
「ええ、その通りです」
「なるほど。一応覚えておくよ」
むやみに精神を操る、なんて言わないほうが良さそうだ。危険なものだとか思われてちょっかいをかけられるのも嫌だし。
だが、呪い士というだけで疑いをかけられる可能性はあるわけか。だからこそ仲間が必要なわけだな。信頼できる仲間であれば、嫌疑をかけられても味方になってくれるだろうし。味方しているのも操っているからだろう、って言いがかりをつけられたら終わりだけど。
「ソロの呪い士、軽く詰んでるな」
「そうでもありませんよ。身軽な分、逃げるには最適です」
「それは誇っていいのか?」
逃げ前提かよ。無駄な戦いをするよりは良いけども。
「守るべき対象を捨ててまで逃げることは許されませんが、生き残ることが優先ですからね。あまり逃げ続けていると、本当に一人でしか活動できなくなってしまいますが」
「ああ、評判とかあるもんな」
逃げてばっかりの冒険者、とか地雷にも程がある。
頼るならば身を挺してでも守ってくれる人間だ。過ぎた自己犠牲は愚かだと思うが、こいつがいるなら大丈夫だ、と思わせられる程度の名声は必要だろう。
となると、やはり地道に依頼をこなして、信頼を勝ち得ていくしかないわけだ。
小さなことからこつこつと。何事もそれが大事ってことだな。




