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薬屋。
俺は薬局のようなものを考えていた。
薬が置いてあり、販売員やら調薬士が店内にいて、効能やら何やら相談に乗ってくれる、そんな薬局を。
その期待は、ある意味で裏切られた。
おっさんに言われた通りの場所に行くと、何か実演販売してた。
正確に言うと、この街に薬屋はない。傷薬やら何やらは道具屋にいけば置いてあるからだ。
ただし、それは一般的な冒険者にとって重宝するようなものであって、一般市民にとって重宝するものではない。
ちょっとした解熱の薬であったり、整腸剤であったり、咳止めであったり。
そういったものを取り扱う道具屋は少ない。
ならば一般市民が常備薬を揃えるにはどうすれば良いか。
その結論が、この世界では流れの薬売りであった。
流れとは言っても旅をしているわけではなく、店を持つほど裕福でない者が、露店をあちこちに開いて販売するというものである。
どうして店を持てないのかティトに聞くと、まず調合士自体の数が少ないことと、器材の劣化による買い替え等で資金を使うこと、材料の調達も自分で行えるものは居らず、店へ依頼しなければならないこと等、資金が溜まらないことが原因だそうだ。
また折角薬を作っても、道具屋に卸す時の値段は道具屋が決めることであり、薬屋の腕がどれほど良くても、あまり高く売れないことも原因だそうだ。そして悪いことに、多くの冒険者は薬に金をかけないらしい。薬を使うよりは、治療の呪いを使うほうが便利だというのだ。
使用期限があったり、用法があったり、持ち運びに気を使ったりする薬よりも、呪い一つで同じ効果が出るとなれば、それも已む無し。
解毒薬のような、いわゆる状態異常解除の薬は高い需要があるそうだが、それらは高い効果を見込もうと思えば相応に材料や調合器具も高価なものとなり、一般の調合士では扱えないとの事。
よって調合士の立場というものは、この世界ではそれほど高くないものとなっている。
だが、一般市民に呪いなど使えるはずはなく、一定量の薬は望まれている。ただし安価なものを。そういう理由で、薄利多売の実演販売が薬屋の生きる道、となっているのだそうだ。
そんな薬屋に、俺は接触した。
薬草類を自分で調合できないなら、薬屋に直接売れば良いじゃない。もともとの予定そのままだけども。
「すまん、ちょっと良いか?」
「いらっしゃーい。薬を買って行ってくれるのかい? 何でもあるよ、ちょっとした擦過傷ならあっという間に治してくれる傷薬に化膿止め、解毒の丸薬に痺れ消しの丸薬、病気なんかにも効く飲み薬だって完備さ」
販売している薬屋のまだ若い男に話しかけると、商品の説明をされた。
「悪い。客だけど、そういう客じゃないんだ」
「お? どういうことだい?」
俺は薬草を詰めた袋を薬売りに見せる。中身は傷薬と解熱薬、痺れ消しの原料だ。
薬売りは真剣な表情になり、薬草を見ている。
材料の良し悪しも薬の効果に影響するのだから真剣にもなろう。
「うん、十分商品になるね。買い取るよ」
「そっか。昨日とって来た奴だから、鮮度が心配だったが大丈夫なんだな」
「はは、一日二日じゃ大丈夫さ。どうせ最終的には乾燥させるし、腐ってなければ大丈夫だよ」
そんなアバウトな。そんなことで品質が維持できるのか。いや、品質はいらないのか。最低限の品質さえ保証されていれば、あとは道具屋の裁量であり、一般市民にとってはそういうものとして理解される。
だけど何だかもやもやするな。
「うん、解熱と痺れ消しがそれぞれ三〇株に、薬草が四〇株。半銀貨一枚だね」
一〇〇株もあったのに小銅貨五〇〇枚分とは。原価安いなおい。
「道具屋の薬品は大体銅貨二、三枚で買えますからね。よほど効力の高いものでなければ、銅貨五枚もあればお釣りが出ます」
むぅ、薬の安さに驚きだ。そんなにも売れないのか、薬は。
道理で通常の採取系の依頼は報酬が安いわけだ。
ちなみに俺がこなした解毒草の採取依頼は、魔獣の報告が有ったために平素の五倍程度の報酬になっていたらしい。
俺は薬売りから小銀貨を受け取り、今度は道具屋へ行く。
予定にはなかったが、どんな薬が置いてあるのか確認するためだ。
そもそも道具屋には何が置いてあるのか、それも楽しみにしておこう。
「道具屋には各種薬品はもとより、ランタンや火口箱、火打石に油、テントなどの雑貨や、滑り止めの手袋など、主に冒険用品がありますね。寝具も野外活動に使うものはここで買うことになるでしょう」
「貴様ぁぁぁぁ!!」
盛大にネタバレしやがった。推理小説の序盤で犯人に丸をつけるかのごとき所業。いかにティトと言えど許せん。いや、別にそこまで怒ってないけど。
そんな談笑をしながら道具屋に入ると、あからさまな奇異の視線を向けられた。
ああなるほど。昼からこちら、色んな人に向けられた視線の意味はこれか。
すなわち「こんな娘が何しに来てんだ?」だ。
先ほど気付いたが、俺は見た目だけは美人なわけだ。こちらの美的感覚が果たしてどうなのか分からないが、ティトの様子を見る限り不細工ではないだろう。しかも年齢としてはそれほど高くない。十台半ばといったところだろう。そんな女が、みすぼらしいローブ姿をして店に入ってくる。
考えてもみてほしい。どんな美人であっても、ぼろ布を纏って街を歩いていたら、どうだろうか。俺なら引く。ドン引きする。「ままーあのひとなにしてるのー?」「しっ、見ちゃいけません!」そんな親子のやり取りが目に浮かぶ。
とどのつまり、俺は今そういう状況にあるわけだ。誠実に応対してくれたおっさんの優しさが目に染みるな。
物乞いか何かに間違われる前に、さっさと用事を済ませてしまおう。いや待て、俺の用事は薬の確認くらいだぞ。買うつもりはないが、それこそ何しに来たとしか思われない。
うーむ、と考える仕草をしながら薬を眺めてみる。
傷薬、と札に書かれた品を見るが、これがどれくらいの効力か分からない。さすがに試すわけにも行かないし、じろじろと無遠慮な視線を向けてくる店員に話しかけるのも癪だ。ティトにしたって、軽い傷なら塗れば治りますと言ってくれるが、どこまでが軽い傷なのやら。
こういうとき、ゲームは便利だと思う。自分自身の生命力が数値化されているし、ポーション類も回復量が明示されている。そういう数字が分かれば良いのになぁ、と思いながら見ていると、脳裏に何かが浮かんでくる。
もう少し集中してみる。脳裏の文字らしきものははっきりしない。傷薬をもう一度見てみる。段々と文字がはっきりと見えてくる。
さらに集中して薬を確認すると、「簡素な傷薬。薬草をすり潰しただけのもの。傷をふさぎ、失った生命力をほんの少し取り戻す」という情報が流れ込んできた。
「何だこれ……」
慌てて近場の薬も確認してみる。
隣の解毒薬では「簡素な解毒薬。あらゆる毒に対応しているが、重い症状には効果が出ない。植物毒に対してやや高い効果を持つ」、さらに隣の痺れ消しの軟膏には「簡素な麻痺消し。血行不良による痺れに有効。神経毒及び痙攣には効果なし」、解熱薬だと「簡素な解熱薬。疲労回復の効果。体調不良程度の熱を解消する」など、様々な情報が見えてきた。
ティトを見る。さすがに情報は出ない。そのまま眺めていても、首を傾げるばかりだ。
可哀想な目で見られるのを覚悟で、ティトに小声で告げる。
「ティト。薬の効果がなんとなく分かるようになったんだが、どういうことだ?」
ティトは驚きの目でこちらを見る。良かった、可哀想な目じゃなかった。
「ユキ様の魔法でしょうか。熟練の商人であれば目利きといわれる技術で、物品の見た目や香りなどでおおよその価値を見定めることができるのですが。まさか魔法で同様の効果をお使いになるとは思いませんでした」
魔法を使った覚えは無いのだが、確かに知りたいなとは思った。そして実際に知識は得た。だけど微妙にかゆいところに手が届かない情報で、少しばかりもどかしい。HP二〇回復とかさ、弱毒を回復する、とかさ、そういうのを期待してたんだが!
ともあれ、薬の性能が分かるのは素直に嬉しい。痺れ消しとか買う意味無いじゃないか。正座して痺れた足が一発で治るのは、ある意味ものすごい発明だと思うけど。
調子に乗って薬棚を順に見ていく。ほとんどは先ほど見た通りの性能で、ほぼ画一品なのだろう。
先ほどの薬売りの様子からしても、品質に重きを置いていないようだから仕方ないな、と目を離そうとしたとき、一つだけ情報の違う薬が見えた。見た目は傷薬と同じだが、その中身が「ライフポーション。治癒の呪いが込められた傷薬。軽い傷を跡形も無く治療し、失った生命力を補充する」となっていた。
思わず手に取り、値札を確認する。どうやら周りの傷薬と同じ値段らしい。
明らかに効果が違うのに良いのだろうか。気になったので、何食わぬ顔をして店員の下へ持っていく。
値段はやはり傷薬と同じ、銅貨三枚。明らかに効果が高いのに、本当に良いのか。あるいは店主が物の価値の分からぬ人種なのか。
思いがけない掘り出し物もあったものだと、戦利品を手に店を出る。
今日の予定はこれくらいだ。後は夕食を取って寝るだけ。
意外と有意義な一日になったなと思いながら、俺はおっさんの店へと向かった。
今日のメニューはなんだろうな!




