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造物のアルス  作者: おのい えな


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第96話

 祭りの夜は、街を明るくしていた。

 窓の外からは遠い笑い声が届き、風に混じって甘い匂いが流れてくる。

 それなのに旧棟の廊下は、逆に静けさを抱えていた。

 木の床はきしみ、魔石灯は弱く脈を打つ。


 アルスは部屋で灯りを落としきれずにいた。

 薄い明かりの中、扉をノックする音がした。


「アルス。いるか?」


「いるよ」


 返した直後、扉が開く。

 ヴァーンが入ってきた。

 廊下の冷気を一緒に連れてきたようで、部屋の空気が少しだけ動く。


 ヴァーンは一歩踏み込み、きょろりと室内を見回した。

 窓枠。

 床の隙間。

 置かれた荷物の少なさ。

 言葉にする前に、顔に「察した」が浮かぶ。


「確かにここは、ちょっとやばいな」


 ここに来るまでに、なんとなく不便さを感じたのだろう。

 アルスは小さく頷いた。


「ね。そうでしょ」


 アルスがベッドに腰を下ろす。

 ヴァーンは椅子を引いて座った。

 椅子の脚が鳴り、音がすぐ静けさに吸われた。


 短い間が落ちる。

 遠くの喧噪が、壁の向こうで別の世界のものみたいに響く。


「改めて、久しぶり。ヴァーン」


「ああ、久しぶりだな」


 視線が合う。

 互いに確かめるような一拍のあと、アルスが訊いた。


「それでどうしたの?」


「いくつか理由はあるんだが、一番は堅苦しくてな」


 ヴァーンは肩をすくめる。

 昼の整列を思い出すような仕草だった。


「そうなんだ。あの中では年長者なの?」


「そうだな。とは言ってもまだ俺は17歳だからな」


「あれ?16じゃないの?」


「この間、一つ上がったんだ」


「へぇー、おめでとう」


「……それで、俺が出ていった後の三年間は何してたんだ?」


 ヴァーンの声が、少しだけ軽くなる。

 探るというより、戻りたい場所に戻るみたいに。


「こっちのセリフだよ」


 そこからは、早かった。

 最近起きた出来事を、互いに取り替えるように話す。

 アルスは風の国と土の国へ行ったことを話した。

 ヴァーンは時々驚いた顔をして、時々笑った。


「あんなに無口だったお前が、ここまで成長してるとは兄貴分としては嬉しいな」


「なにそれ?

 それにヴァーンは兄って感じじゃなくて、むしろヤンチャな弟だったでしょ」


「言うようになったな、この」


 軽くどつかれて、アルスも肩をぶつけ返す。

 笑い合うと、部屋の静けさが少しだけ柔らかくなった。


 けれど、その笑いが落ち着く頃。

 ヴァーンの表情が、すっと変わった。

 目を伏せ、指先が膝の上で止まる。


「ヴァーンはどうだったのさ?」


 アルスの問いに、ヴァーンは一度だけ息を吐いた。


「その事で少し相談したかったんだ」


「?」


「そういえば、お前達にも出ていった理由を言ってなかったな」


「うん。いきなりいなくなった」


「それは――」


 ヴァーンは言葉を探すように、視線を床へ落とす。

 外の祭りの笑い声が、一瞬だけ強く聞こえた気がした。

 それが逆に、部屋の中の沈みを際立たせる。


「恥ずかしい話、親子喧嘩だったんだ」


「親子喧嘩?」


「そうだ。

 まぁ家族の話なんか全くしてなかったからな」


 アルスは、頷くだけにした。

 ヴァーンが続けるのを待つ。


「うちはな、七年前、丁度俺が十歳の頃までイグラシアに住んでいたんだ」


「そうなんだ」


「でも、ある日。

 親父は母から逃げるようにアルベスに行くって言い始めたんだ」


 ヴァーンの声が少しだけ硬くなる。


「なんでそうなったのか、当時の俺には分からなかったが。

 母の腕に火傷の痕があったのは覚えている」


 アルスは、言葉が出なかった。

 音を立てないように息を吸う。


「火の国は父系文化だからな。

 当然俺も父に付いていったさ」


 火の国は父系の国だ。

 家の名も、父を通って受け継がれる。


「それで、アルベスにきたんだね?」


「そうだ。

 ただ、俺は親父が母に暴力を振るって逃げたのだとずっと思っていたんだ。

 あいつは中型魔石のの晶装士だったからな」


「さっきの火傷の後のこと?」


「ああ。

 その事で父を恨んでいた」


 アルスは、ヴァーンが寮にいた日々を思い出す。

 学院の外へ出たがらず、帰る話を避けていた姿。


「だからヴァーンは寮にずっといたんだ」


「ま、そんな事だ。

 親父と一緒の空気を吸いたくなくてな」


 ヴァーンは自嘲するように笑い、すぐ笑いを消した。

 アルスが静かに訊く。


「それで、親子喧嘩っていうのは?」


「……血が繋がっているっていうのは不思議なもので。

 ふと親父がどうしてるか気になってな」


 ヴァーンの指先が、椅子の縁を一度だけ掴む。


「帰ったんだ。

 そしたらあいつどうしてたと思う?」


「どうしていたの?」


「何もしていなかったのさ。

 抜け殻のようになっていてな」


 ヴァーンの言葉が、乾いたまま落ちる。

 アルスは返事を探して、口を開きかけて閉じた。


「俺は不思議でな。

 親父が母を捨てて逃げたくせに、こんなことになっているなんて」


「ならなぜ、俺は母から引き剥がされたんだって怒りが湧いてきたんだ」


「それを親父にぶつけてしまった。

 そして言ったんだ。

『こんなことなら、母のそばにいればよかった』ってな」


 ヴァーンは一瞬だけ目を上げた。

 そこには怒りより、悔しさが近い。


「そしたらあいつなんて言ったと思う」


 アルスは小さく首を振る。

 答えを聞く準備が追いつかない。


「『そうだな。そうした方がいい』

 そう言いやがったんだ」


 部屋の静けさが、いっそう濃くなる。

 遠い祭りの音が、急に薄い。

 アルスはようやく言葉を拾った。


「ひどいね」


「ひどい奴だよ、本当に」


 短く言って、ヴァーンは息を吐いた。

 アルスは、軽い調子に戻してやろうとして、いつもの癖で口を開く。


「それで、ヴァーンのことだから考えず行動したってわけ?」


「そうなんだが、なんかムカつくな。

 ちょっとリデルににてきたか?」


 ヴァーンが、わざとらしく眉を寄せる。

 アルスも、つられて笑ってしまった。


「なるほどね。イグラシアに帰った理由がわかったよ」


 笑いが途切れたところで。

 ヴァーンが、もう一度だけ真面目な顔に戻る。


「問題はそこからなんだ」


 椅子の背が、わずかに軋んだ。

 ヴァーンは続きを話し始める。

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