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造物のアルス  作者: おのい えな


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第90話

 外はもう暗い。

 帰り道の冷えが窓硝子に滲み、魔石灯の光が細く伸びていた。


 枝を包み直し、戸締まりをして外へ出る。

 冷えた夜気が頬を撫でた。


 暗くなったので、リデルを家まで送ることになった。

 リデルは大事そうに枝を抱えて歩く。

 足取りは軽いのに、腕の中だけは慎重だった。


「はあ、こんなに綺麗になって」


 リデルは枝を抱え、顔を近づける。

 触れる寸前で手を止めて、目だけで確かめている。


「加工しやすい形にもなったし、それにこんなに均一で綺麗なマナ構成しているなんて…」


 リデルは包みの端を整えるように指を動かした。

 指先が触れるたび、枝の輪郭を確かめているみたいだった。


 言葉が途切れるたび、息が小さく弾む。

 結論は一つだった。

 アルスの試みは、うまくいった。


「アルス、ありがとう。感謝してもし足りないわ」


「どういたしまして」


 リデルは枝を包みの上からそっと撫でて、息をついた。

 それから、思い出したように顔を上げる。


「そうだ、アルス。今度、ルナの義尾も調整してくれない?」


「もちろん」


 リデルは念を押すように、枝を抱え直した。


「約束よ」


 言い終えると、満足そうに頷く。

 頬に残っていた木屑を指で払って、笑った。


「私ね、今すごい楽しい。誰かのために何かをするってこんなに素敵な事だったのね」


 アルスはリデルの横顔を見て、口元だけ少し緩めた。


「リデルはいつもそうだったよ」


 急に返ってきた言葉に、リデルの顔がさっと赤くなる。

 枝で口元を隠すみたいに抱え直して、視線を外した。


「そうだといいな」


 道を曲がりかけたところで、リデルがふいに別の路地へ向かった。

 グラナード家へ戻る道とは違う。


「リデル?こっちの道は違うよ?」


 リデルが「あ」と小さく声を漏らし、歩調を緩めた。


「あぁ、そっか。義肢作りに夢中で言ってなかった」


 アルスは首を傾げる。


「?」


「私の家、引っ越したの」


「そうなの?」


「うん。ルナも家に来たし、それに自分の夢も見つかったから。

 おじいちゃんが枝と一緒に、まとまった支度金まで送ってくれて」


 枝を抱える腕が強くなる。

 リデルは言ってから、照れを誤魔化すように鼻先で笑った。


「『場所が足りないだろう』って」


「やっぱりすごいね、バルドンさん」


 アルスが素直に言うと、リデルは肩をすくめた。

 否定もしない。

 ただ、歩みは早い。


「話をすれば、ほら、ここが新しい私の家」


 門灯がひとつ、淡い光を落としていた。

 土の国のグラナード家には劣るが、このアルベスにしては大きな家が立っている。

 敷地の端に小さな工房があり、厩舎らしい影も見えた。


 アルスは門の前で足を止める。

 言葉を探している間に、リデルが先に笑った。


「すごいよね。私も最初驚いちゃった」


「リデルがどんどん、すごい人になっていくね」


 言い終えると、アルスは口を閉じた。

 歩幅を合わせるように、半歩だけ後ろへ引く。


 リデルは返事をせず、枝を抱え直した。

 そして、視線を外す。


「……アルスなら、いつでも来ていいよ」


「本当!?ありがとう」


 アルスが無邪気に返す。

 リデルは顔を背けたままだったが、耳が赤い。


「ルナとウィルも会いたがっているだろうからね」


 リデルは足早に門へ手をかける。

 金具が鳴り、門がギイと音を立てて開いた。


 厩舎の闇が揺れた。

 そこから二つの影が現れる。


 そのうち一つが、一直線に飛びかかった。


「こら!ルナ!びっくりしたじゃないか」


 ルナは勢いのまま、頭をアルスの胸元に擦り付けてくる。

 押されて一歩だけ後ろへ下がると、足元にはウィルがいた。

 尻尾を振りながら、こちらを見つめている。

 呆れたような目で。


 ルナが喉を鳴らした。ぐるる、と短く。


「ルナも久しぶりで嬉しいのよ」


 玄関先が賑やかになったところで、家の中から足音が近づいた。

 扉が開き、灯りが外へ溢れる。


「やあ、帰国以来じゃないか。アルス」


「アルス。あなたが来てくれないから、ウィルが拗ねるようになったじゃないの」


「アーデンさん。アスリナさん。こんばんは」


 二人に頭を下げる。

 アーデンはアスリナを腕に抱きかかえている。

 その様子があまりに自然で、アルスは一瞬目を瞬かせた。


 リデルがアルスの耳元へ寄り、小声で言う。


「あの二人、土の国から帰ってきてから、ずっとあんな感じなの」


 アルスとリデルはくすくすと笑いあう。

 アーデンはわざとらしく咳払いをしてみせ、アスリナは澄ました顔で顎を上げた。


「もうこんな暗いんだ。アルス今日は泊まっていきなさい」


「いいんですか?」


「いいんだよ。君はもう家族みたいなものじゃないか」


 言い方は軽い。

 けれど、拒む余地のない温度があった。


「本当に家族になってくれてもいいのよ?ねぇ、リデル」


「――っ!もう!うるさいお母さん!」


 リデルが顔を真っ赤にして、アスリナとアーデンを家の中に押し込む。

 アーデンは笑いながら抵抗せず、アスリナは楽しそうに肩を揺らした。


 アルスはなんの事だか分かっていない。

 ただ、玄関の灯りがやけに明るく見えた。


 ウィルがまた、呆れた表情で見ている。

 ルナはアルスにべったり付いている。


 押し込んだはずのリデルが、扉の隙間から顔を出した。


「ほら、アルスたちも早く家に入って」


 促され、アルスは頷く。

 ルナとウィルも、それに続く。


 家の中は、外より暖かかった。

 木の匂いと、火の気配と、人の声。

 それだけで、夜は形を持つ。


 土の匂いは、もう遠い。けれど、腕の中の包みはまだ確かな重さを主張していた。

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