雷獄の雨
『父さん!また新しいスケッチ描いたの!?見せて見せて!』
幼き頃の父との思い出。
父は学者である以上に冒険者であった。
『いいとも。何が見たい?今回は絶海の鯱、金剛爪の獅子、雲蜘蛛の3種類だ』
年に数回、2ヶ月ほど父は家を開けた。
その2ヶ月で世界各地に赴き新種の魔獣や、研究が進んでいない魔獣の生態を調査し学院にて教授として研究、学会への発表を行い収益を得ている。
未知を良しとし己が知識を満たす事を何よりも楽しみに活動し、学会にも数多の論文を発表してカリスマ魔獣博士と呼ばれ老若男女問わず人に好かれた学者としての父。
早くに母を失い男手一つで自分と妹を育て、家を開けた時も家政婦を雇い必死に自分たちに尽くしてくれた家族としての父。
公私問わず懸命に動く父を見て必然とその背中に憧れるようになったのだ。
「ようバル。お前まーたサボってたんだってな」
リントという少年と別れ一度学院に戻るとくだらない知識しかない騎士学院のクラスメイトが馴れ馴れしく話しかける。
「すまねえ。ちょっと体調不良でな」
「はっ。どうせまた屋上で変な鉄いじくり回してたんだろ。あんなのに何を意固地になってんだか」
「次は気をつける」
「当然だろ。ただですらお前みたいなやる気のねえやつ、いるだけで迷惑なんだ。少しくらい役に立てよ」
「だったら強え敵を用意すればいい。お前なんかじゃ勝てねえような敵をな」
「ぐっ…!嘘つきファナラの息子がよぉ!」
嘘つきファナラ。
その言葉を耳に入れたバルは顔に青筋を立ててクラスメイトの胸ぐらを掴む。
と、考えただけで実際は何もしていない。
もう意味はないのだ、こんなことには。
クラスメイトの元を強引に通り先ほど昼寝をしていた屋上へと歩く。
階段を登り、重いドアを開ける。
この屋上には自分以外、誰も入ることはできない。
正確には入ることは出来るものの立ち入れば即日、立ち入った人物にいたずらするからだ。
そのいたずらはもれなく痛みを伴うので先月からはついに誰も立ち入らなくなった。
「…やるか」
ある人物から渡された緑の板にところどころ銀のような物がついたハーモラルでは見たことのない何らかの機械の一部をポケットから取り出す。
「魔力を込めればいいんだよな」
確かこれを渡した人物は基板と呼んでいたか。
基板に魔力を込めると微量な電気が走ったのを確認し、鉄屑の山の中心に置く。
次第に弾ける様な音が聞こえると一瞬だけ鉄屑の山が光り輝くと魔獣の咆哮がナフィコに轟き、空が暗くなった。
まだこのナフィコには雷は落ちておらず、雷獄の雨は本格的に始まっていない。
落雷の音が遠くから聞こえ、空が夜と見紛う程暗くなって小雨が降り始めただけ。
スノウにジャルザン騎士学院の場所を聞いた理由は一つしかなかった。
『もしヴォルトアン・ヘアットを呼べるとしたら…お前はどうする?』
バルが呟いたこの言葉が胸に引っかかって取れない。
信じたくない。
信じたくはないが、もしかしたらバルが本当にヴォルトアン・ヘアットを呼び出した可能性が現状だと一番高い。
人の減った街を走り、時折家の屋根を渡りながら騎士学院に急ぐ。
他の仲間達はスノウに任せた。
きっとあいつなら上手くみんなを避難させてくれてるはず。
「あれか」
宿舎でスノウが指差した方向にあった塔。
その下にあるなら目印としては十分。
「足部強化」
足に魔法をかけて5階建ての学院の壁を垂直に駆け上がる。
そして見えた屋上。
そこにいる赤髪の少年はこう呟いた。
「おいおい。思ったより早いな」
難なく屋上に着地して状況を観察する。
やはり気になるのはバルの後ろにある不自然にスパークが迸っている鉄屑の集合体だろう。
「バル。お前が…やったのか」
否定してほしい。
たった数時間の縁とはいえこの世界で数少ない同世代の同性だ。
話も弾んだしバルと話してる時は地球のバカな友達とバカな事をやってる感覚に近かった。
「そうだ、俺がこの天気を発生させた。お前も聞こえたろ。ヴォルトアン・ヘアットの咆哮が」
小雨が少しずつ強く、風も音を立てるようになり状況は悪くなる一方。
そしてリントの思いも。
「どうやってそんなことを!」
「教える訳ねぇ…って言いたいがどう見ても後ろのアレって丸わかりか」
読み通り、スパークを纏う鉄屑の集合体が仕掛けらしい。
「今すぐ止めろ。お前は雷獄の雨を分かってるのか?」
「分かってるさ。10年前のセンタレアの一部みたいになるだろうなここは」
「だったらなんで…!」
「それが目的だからだ」
バルの顔に迷いは見られない。
このナフィコにヴォルトアン・ヘアットを降臨させるつもりだ。
「…ここには俺の仲間が泊まってる。ユーレアの宿舎にいるから多少は大丈夫だろうけど」
「ならいいだろ。死にたくないならお前も避難しろ。それとも…ここで俺と死ぬか?」
死を覚悟している男の顔だ。
本気でここでヴォルトアン・ヘアットを呼び、その結果命を落としても悔いはないということか。
「死なねえ、死なさねえよ。俺も、お前も」
「そうか。ならどうする?」
バルの問い。
その答えは一つ。
「…着火」
身体に炎を纏い自分がやりたい事をやり通す準備をする。
今のリントがやりたい事はたった一つ。
「あの後ろの鉄屑ぶっ壊す…っ!」
その宣言を受けたバルは背中の大剣を掴み、両手で構えた。
「だったら俺はその邪魔をする」




