じいちゃん会議
スノウと綾音が日向家にて向かい合っていた頃、凛斗の祖父母の清と幸恵は再びある人物の元を訪れていた。
「まったく、急に電話がかかって来たと思ったら…」
表札には中切、そして用がある人物はこの市の市長。
中切源である。
古くからの旧友とは言えある程度のもてなしとして茶と菓子をテーブルの上に置く。
「まだアヤちゃんは帰ってないようぢゃな」
アヤちゃんというのは中切源の孫である綾音の事だ。
「…大体は察している。うちの孫娘がご迷惑をかけたか?」
「そんなことはないよ。ただ庭の木に張り付いてたのはちょっと驚いたねぇ」
「魔獣が出たら真っ先に向かってったぞい」
「あの子はまったく…」
「直接は話しとらんが大きくなったのぉ。最後に会ったのも8年前ぢゃ無理はないか」
「凛斗達には魔力を隠せても私らにはまだ無理だったようだねぇ。ところでアヤちゃん、ハーモラルに行く気じゃないのかい?」
早速、幸恵は源の悩みの種を突いてしまったようで手に持っていた湯呑みが止まった。
「…やっぱりか」
「アヤちゃんはハーモラルに行ったことはないんぢゃろ?うちのバカ孫は昔からぎゃあぎゃあ五月蠅かったから鍛えたったが…」
「事の発端は8年前に綾音を連れて清達の家に行っただろう?その時に凛斗くんがハーモラルの事を話したんだ。流石にその時は小学生になってたから凛斗くんの話は冗談半分だったんだが…着火を見せてしまって…」
「おー、あったなそんなこと」
「その上書庫の昔の日記まで見つかって東京の夫婦の家に持って帰ってしまってな。そこからは会っても電話でもずっとハーモラルに連れてけと」
「だっはっはっ!自分の記録癖が仇となったか!」
「あの日記は思い出だけじゃなくて魔法のメモにもしていたからねぇ。それを自分で読み解いたら魔力の隠し方も覚えたのかい」
「我が孫ながら末恐ろしいよ。こっちに越すまでは1年に1回この家に遊びに来てたんだが…その度に使ってたクナイや日記を持ってかれたよ」
「ばあさん似ぢゃな…」
「それでハーモラル行きは許すのかい?」
啜っていた茶の入っている湯呑みをテーブルに置き、ため息を一つ吐いた。
「許すわけが無い。と言いたいところだが…あの時期の子供達を抑えるのは難しいだろう」
「ま、実際ワシらがそうぢゃったからな」
「人の事は言えないがそれでも綾音には無事に育って欲しい。今になって親の気持ちがよく分かる。だから私は東雲の名を捨てて中切になった。もう失うのは御免だからな」
「今頃、うちの孫たちがアヤちゃんを試してると思うがねぇ。凛斗はあっさりいいよと言うだろうがスノウちゃんは納得するかね」
「力を示せば納得するぢゃろ。ああいう子は自分が納得しない限り折れぬ子よ。秀と父親が許さぬのであればワシとばあさんで力づくで抑えるが?」
「父親は無視してもいい。私の気持ちとしては…」
『ねえおじーちゃん!わたしね、大きくなったら凛斗くんとハーモラルを旅する約束したんだ!だからその時はおじーちゃんも許してね!』
思い出すは幼き頃の孫娘。
普段、孫と共に過ごすわけでは無かったがあの時の笑顔は心の底からの嬉しさを表現していたんだと今になって思う。
大人の都合で子供の約束を殺していいものか、大人だからこそ子供を危険から遠ざかるべきなのか。
「私たちだって親の心配を顧みず無茶をしたのだ。自分たちだけやって後の人にそれをさせないのはわがままだろう」
「いいのかえ?」
「鋼の籠車は48時間の時間制限付きだ。それに凛斗くんが付いているのであれば少しは私も安心できる。大きな怪我を負ってくるまでは綾音のハーモラル行きを認めよう」
「分かった、うちの孫にも釘を刺しとくわ。決してアヤちゃんに怪我をさせるな、と」
「そうと決まればアヤちゃんの旅支度をせねばならんなばあさん。まだ我が家に美穂さんの旅道具があったぢゃろ」
「私の道具や武器も持って行ってくれ。おじいちゃんなりの餞だ」
はたして綾音のハーモラルへの同行を許したのは正解なのか、あるいは綾音を危険へと近づけてしまったのか。
それはまだ誰にも分からない。
そして金曜日、時刻は16時を過ぎようとしている頃。
クラスで1人だけ浮き足立っている生徒がいた。
まだかまだかと足が勝手に動きたがる。
そして鐘は終業を告げ、担任もホームルームを終わらせると1人の女子生徒は足早に教室から飛び出す。
(ハーモラル!ハーモラル!今日は念願のハーモラル!)
少女が8年間想い焦がれた異世界への冒険が今日から始まるのだ。
疲れなど気にせず、ある男子生徒の家へと走る。
「清じい!幸ばあちゃん!私の旅支度は!?」
自分の祖父母では無いがこの5日間で親睦を深めてまるで自分の家かのようにくつろげるほどにはなった。
「ばっちりだよ。ほら、これ」
幸恵が見せたのは異世界、ハーモラルで一般的に流通している旅人の服装。
耐久性も軽さを追求した地球では無い生き物の皮膚が使われているローブの様な物。
「出発は夜の7時だからね。それまで身体を休めるんだよ」
「うん!」
しばらくするとこの家に住んでいる同じクラスの男子生徒と女子生徒が帰宅する。
「凛斗くん!スノウちゃん!見て見て!似合ってる?」
早速そのローブを纏い祖父が愛用していたクナイを構える。
「まだ着られてる感じがあるな」
「そんなものでしょ。あんただって昔もきっとそうだったに違いないわ」
「出発前にちょっと寝といた方がいいぞ。向こうは大体午前10時くらいだから」
「うん!」
当然、寝れるわけはなく時間は過ぎて出発の時が来た。
日向家を出て近くのバス停まで徒歩で向かう。
どうやらこのバス停を利用するバスは走っておらず、ただ置いてあるだけらしい。
そしてこの時間帯は幸恵さんが人払いの結界を敷いているから人は来ないのだとか。
「ねえねえ!どうやってハーモラルに行くの?」
「そりゃ見てからのお楽しみ」
そう言った凛斗はローブの内側から1枚の紙、チケットのようなものを取り出して空に向けた。
「なにそれ?チケット?ちょっと見せ__」
そのチケットを見るべく手を伸ばそうとしたが空から何かが落下するようにこちらに迫ってきていたのを見てしまった。
そして認識した頃にはすでにソレは自分たちの目の前に着陸した。
「さ、行くぞ」
なんとバスが来た。
それもとびきり古そうなバス。
凛斗とスノウは慣れているので平気な顔で乗車して奥の座席に腰掛けた。
綾音も目を輝かせながら後ろから着いてきて凛斗の横に座る。
「すごいすごーい!わくわくが止まんないよ!」
「あ、喋んない方がいいぞ。多分、舌噛む」
「え、なん__」
とてつもない振動が3人を襲いながらバスは空へと昇り、異世界のハーモラルに出発した。




