3つ目の黒星
レカルネラをリントに任せてこの巨大な船内をスノウとアレタはひたすら探索する。
部屋という部屋を開けて、階段という階段を降りて、通路という通路を走って。
「この船すごい…等間隔で明かりが設置されてるし材料や原理とかもハーモラルでは浸透していない物だよ」
「多分チキューの技術よ。リントの家や商店で同じようなものを見たことあるわ。魔力を介さずに電気を発生させてかなりの長時間照らしてくれるらしいわ」
「興味深いね。いつか僕も行ってみたいよ」
この船は意図的に異界融合を行っているのは間違いない
チキューとハーモラルの過剰な技術提供を防ぐために異界管理局があるはずなのに…
ケンゾーさん達の目を盗んでチキューから持ち帰った?
でもマナ濃度の濃いハーモラルでチキューの道具がなぜ正しく動作しているの?
「この階段の下…赤ちゃんの泣き声はここから…?」
船内の再端にある下階に繋がる階段を見つけた。
この下から頭に響く赤ん坊の泣き声が強く聞こえるのだ。
「僕にも聞こえるよ。きっと下に行けば分かるかも」
一段一段下っていくにつれて頭に響く音は大きくなる。
通路に出ると今までの階層とは明らかに雰囲気が違う。
少しだけ暗く、重く、後引くような感覚が強い。
やがて一つだけ違う形と大きさのドアを見つける。
「この奥に…」
ドアノブに手をかけた時だった。
上階から床と天井を突き破って、何かがこの階層に落ちてきた。
顔を横に向けるとそこにいたのはあらゆるものを抉れるように鋭い爪を生やし、天井に頭を打たぬように腰を屈ませている巨大な熊の魔獣。
「なによ…この魔獣!」
「僕もこれは初めて見るよ…」
推測だが、正気ではない。
息遣いは荒く、着実に足をこちらに進めてきている。
「グゥルアァァ!」
魔獣は右腕を下から上へと振り上げた。
スノウとの距離はまだ離れているのにも関わらず一見、意味のなさそうな行動だ。
「氷壁!!」
咄嗟の判断で杖先を床に数回叩き氷で出来た壁を発生させるが、その壁はあっけなく壊れた。
「かまいたちみたいな攻撃ね。風魔法でも使えるのかしら」
「かなり凶暴になってる…この魔獣は森崩しの猪にも匹敵するかも」
「…へぇ」
「ここは一旦上に逃げて撒くしかない」
弱気なアレタとは反対にスノウは一歩前へと出た。
「私が負けるはずないわ」
「無茶だよ!こんな狭い所でやり合うのは!」
「リントでも森崩しの猪に勝てたもの。だったら、私が負ける理由はないはずよ」
そうよ、私はセンタレアの直属魔法士になれたんだもの
魔法学校も首席で卒業して本来は22歳を超えないと入団できないのに異例の15歳での入団
私は強い
それは間違いない
だけどリントとの10年前の力比べとリベンジマッチでは慢心と油断で負けたしまった
逆にいうと私の黒星はその2戦だけ
格上と戦っても必死に勝ちをもぎ取ってきたの
だったら、この魔獣がリント以下であれば私が負けるはずがない
「やってやろうじゃない、かかってきなさいよ。私に3つ目の黒星付けてみなさい!」
場所は移り変わり甲板へ。
大着火を発動したリントを見たレカルネラは感嘆の言葉を口にした。
「美しいな…その炎は。くすみつつもそれを捻じ曲げんとする明るく強い炎…もしこれが平時であれば一曲奏でたいものだ」
「やってみろよ」
啖呵を切ったリントはその場で踏み込む。
すると踏み込んだ甲板が軋むと身体を瞬時にレカルネラの目の前に移る。
反応したレカルネラは即座に後ろへと距離を取ろうとしたがリントの足払いが早かった。
体制を崩したレカルネラのライアーを強引に奪い取り地面に叩きつけた後、豪炎を纏った拳で打つとライアーを通り越して甲板にまで衝撃は伝わり底抜けした。
「硬ってぇ!なんだよこれ!」
しかしそんな力でもライアーは破壊されていない。
「無駄である。そのライアーは魔王様より賜ったこのレカルネラ専用の物。私が負けぬ限り消えることはない」
上を見上げると甲板に立っているレカルネラが下に移ったリントを見下げていた。
「そして、そのライアーは私同然」
一人でにライアーが動き出したかと思えばレカルネラへと舞い戻った。
「お高くとまってんじゃねえよ。お前も降りてこい」
「はてはて?何ゆえ。そなたが上がればよいではないか」
戻ったライアーをまた奏でる。
だがリントはそんな事は気にせず少し飛び上がる。
「【静止演奏】」
この音が耳に入れば問答無用で体の動きは止まる
少年も力はあるがそれ以外の経験や知識がまるで足りてはいないな
そう思い弦に指が触れると違和感に気づく。
張り詰めた感覚ではなく少し撫でただけで軽くなった触感。
弦が…切れた…?
戸惑っていると右足を掴まれ甲板から開けられた穴を経由して下階に投げられ背中を床に打ちつけられた。
「おいおいどうした。演奏会は終わりか?」
そして上から降ってくるは豪炎纏いし拳。
このわずかな時間では演奏は難しく、ライアーで受け止めるしかなかった。
「糸が一本切れちゃったなぁおい!もう動き止めるやつ弾けないんじゃないかぁ!」
「…観客がいる限り私の演奏に終わりはない」
ライアーで拳を受け止めつつメロディを奏でると近くの部屋のドアが弾け飛びリントにぶつかる。
腕で防ぐもレカルネラとの距離は少し空いてしまった。
「果たしてその炎。はたしていつまでもつか」
「いつまでも!お前を倒すまでは燃やし続ける。お前こそ一本切れてちょっとは弾けなくなったんじゃねえの?」
「んうむ…覚えておいてください少年よ。身に降りかかった災難に適応し成果を出すのがプロです」
「なるほど。それは先輩からの助言として受け取るよ」
再び、地面を踏み込みレカルネラに近づこうとする。
「言ったはずです、適応するのがプロだと」
切れてしまった弦には触れずにライアーに触れて奏でた。
【静止演奏】、を
「んぎっ!」
接近していた途中のリントの身体は固まる。
「演奏会の途中で楽器が壊れても、観客には不安を感じさせず楽しませねばならない」
連続して奏でるメロディは隆起演奏。
「ぐぁっ!」
船内の壁が勢いよく盛り上がり床に転がったリントを打つ。
「…そろそろ倒れては?今、何も見なかったことにして仲間と去るというのなら君たちの安全は保証しますが」
「いやだね。お前倒してその楽器ぶっ壊してやる」
壁に手をつけてなんとか立ち上がり枯れかけた声で言う。
「ここから先は…命の保証はありませんが」
「口だけじゃなくて行動でやってみろよ。とっととやらないから糸一本切れたんだろうが。それともなんだ、ビビってるから俺に踏み込めないのかよ。年下で格下のこの俺に」
「一部分だけ肯定します。君の今の豪炎を目にした時、少しだけ気持ちに焦燥感が生まれましたが…私の考えすぎでした」
今度は聞いたことのないメロディを奏でた。
先ほどとは違いその曲調には背筋が凍るような音を奏でると船が動き始め、立っていられないほどの揺れがリントを襲う。
「わっと、お、うおっ!」
「確認はしました。君達をここから逃すことはもうできません」
レカルネラは自分より格下の者を少し遊んでやろうとするつもりだったが、ここからは自分たちに危害を及ぼす可能性がある者を排除しようとする相手として動いた。




