いざ、シンヘルキへ!
夜明けにセンタレアを出発してから3時間が経っており、リントとスノウは歩きながらこれからの道について話していた。
「予定だと夕方にタヌ村?に着く予定だけど行った事とかある?」
リントも家族で旅をしていたとは言えそれももう10年前。
それに小学校に入る前の記憶などよほど強烈に焼きつかれていないと曖昧な物だ。
「記憶に無いわ。ただミラバル王子も言っていたけど新人冒険者がセンタレアからシンヘルキに向かうまでに寄る人が多いから宿とか宿泊施設にはかなり力を入れている村よ」
「へえ。そんなに冒険者って多いんだな」
「戦闘力だけじゃなくて自分で生き抜く生活力に戦地での対応力も鍛えられるから色んな人が冒険者を経験してるわ。鍛冶屋、商人、衛兵、それにうちの士団の半数も冒険者上がりだし」
「商人とか冒険者時代に人脈築けてたら人生決まるよなー…ん?」
草原を抜け、森林に入ろうとするが複数の高草を掻き分ける音を感じるとスノウは臨戦体制に入る。
「びゃびゃびゃぁっ!」
二人を挟むように草むらから5匹ずつ、合計10匹の卑小鬼が左右からこちらを襲うように飛び出した。
「【踊るつらら】」
もはや聞き慣れた杖を地面に小突く音が耳に入るとスノウの背後からは10本のつららが一才の乱れもなくにゴブリンを貫く。
「そういえばセンタレアから50キロ以内ってDランクしか出ないんだっけ」
10個のビー玉と見間違うほど小さなマナストーンが地面に落ちる。
「正確にはベリダバ山を越えるまでね。シンヘルキは120キロはあるけどベリダバ山は超えないから出てくる魔獣もそんなに強くはないわ」
それを拾い腰に掛けてある小さな鞄に入れる。
「強くは無いといえマナストーンはどれだけあっても損はないからな。最悪食えるし」
「は?何言ってるの」
「なんでもー」
調子に乗って後ろ向きで歩きながらスノウを少し煽ってやると急に壁でも現れたのか何かにぶつかった。
「およ?」
振り向くと中々巨体の卑小鬼が興奮した様子で見下していた。
「このサイズはもう卑王鬼だろ…」
手にしている手製の斧の錆付きや返り血を見るにさっきのゴブリン達のボスだったっぽい。
「【着火】」
急だがリントは臨戦体制に入る。
が勝負は一瞬。
豪炎を纏う右拳を肥大化した腹に減り込ませると断末魔を効く事なくマナストーンに変わる。
今回のサイズはテニスボールサイズだ。
「俺の方がでかいな」
「総重量で言えば私の方が上よ」
自慢のようにマナストーンを見せびらかすとスノウも負けじと先の報酬と比例させる。
しばらくの睨み合い、そして無言でお互い決める。
絶対スノウ(リント)よりでかいマナストーン取ったる(取ってみせる)
「ぜぇ…ぜぇ…」
「はぁ…はぁ…」
「こんばんは、マーサの宿屋へようこそ。宿泊かい?」
さっきのマナストーンの見せ合いがきっかけで道中どちらが大きなマナストーンを持つ魔獣を倒せるかの張り合いになってしまった結果、夕方にタヌ村に到着予定が4時間遅れて20時に到着してしまった。
「まだ…空いてますか?」
「ちょうどベッド2個部屋があるよ」
「それしか空いてないんですか!?」
スノウ、そんなにショック受けなくても…
「来るのが遅かった、部屋を選びたいのなら日が落ちるまでには来るんだよ。それで、泊まるのかい?」
「泊まります。一泊で」
「はいよ、二人で10000エル。これが鍵で浴場は突き当りを右だよ」
鍵を渡され部屋に入ると言った通りにベッドは二つあるが隙間なくピッタリと付けられている。
他には机と椅子と換気用の窓があるだけの寝るだけの部屋だ。
「しっかし店に自分の名前つけるなんてかなりの自信があるんだな、なあスノウ…?」
先ほどから黙りこくっているスノウに違和感を感じて視線を向けるとまるで不潔な獣を見るかの目でこちらを見ており身体を守るように自分で抱きしめていた。
「…少しでも私のベッドに入ったら凍らせるから」
「あ、はい。スンマセン」
「浴場行ってくる。私の荷物触らないでよ」
ドアを閉めて足音が遠のいたのを確認。
「一回勝負に負けたくらいでこんなに怒ることかね。まったく」
自分の荷物を床に置くとその中から健三さんから頂いたご助力の道具を取り出した。
貰った道具は3つ。
一つ目は時計だ。
時計といっても一般に流通している時計とは異なりハーモラルの時刻と地球の時刻が同時に見える凛斗にしか需要が無い時計だがかなり助かる。
「次から48時間がきっかりわかるからなぁ。助かる助かる」
そして二つ目は互いになっている宝石のような物。
これは電話のような物らしい。
地球とハーモラルを繋ぐ唯一の非常連絡手段だが、スノウが地球についてくる現段階ではあまり関係ないからしばらくお留守。
最後の三つ目がかなり奇怪な形をしている。
「どう見てもバス停だよなこれ」
見た目はまさしく1/10スケールのバス停フィギュアだ。
健三さん曰くこれを地面に刺すと鋼の籠車はここに停車するらしい。
あのバスは通常であれば乗った地点同士を往復する仕様になっているらしいがこのバス停チックな物を地面に刺しておけば到着場所をコントロールできるとのこと。
「訳わかんねえ物作るよなぁ昔の人は」
窓を開いて夜風を呼び込む。
ハーモラルの星空は心なしか地球の星空よりもかなり存在感が強く感じる。
「空気もこっちの方が断然美味いなぁ…おばちゃんの料理も美味かったけどせっかくなら色んなもの食べてみたいな」
そんな事をぼやきつつ空を眺めているとやや小さめの蛾に見える虫が部屋にある蝋燭の灯火に釣られて窓から入ってしまった。
「こんだけ小さかったらマナストーンにはならないか」
意味のない殺生だと理解していたので手で掴んで外に帰してやろうと思ったがどう言うわけかスノウの鞄の隙間から中に入っていってしまう。
「ほっといてもいいけど…」
『きゃぁぁ!!虫!虫!静寂の氷!!』
「なーんて喚きそうな気もするし…」
ここは男としての株を上げるチャンスになるかもしれない。
失礼してスノウの鞄を開ける。
「お、いたいた。えいっ…ん?逃げられた?待てよ待てよ…」
荷物の下の方にまで逃げられた感覚があったのでここからは手探りで潰してしまわないように優しく探る。
「掴んだ!こいつだぁ!」
手に伝わる二つの感覚。
おそらく蛾と蛾がくっついているスノウの私物だろう。
鞄から勢いよく引っこ抜くと凛斗の感覚は間違っておらずその手には蛾と白く柔らかなスノウの私物を掴んでいた。
「ごめーん。着替え忘れちゃ__」
扉を開けたスノウが目撃したのは触るなと忠告したはずの鞄から自分の下着を嬉しそうに天上に掲げる婚約者(仮)だった。
「おースノウ。感謝しろよー、お前の鞄に虫がへぶぁっ!!
」
瞬間、凛斗を襲ったのは一本のつらら。
しかも額に一直線に最速で。
「ヘンッッッタイッ!!!信じらんないッ!!!死ねッ!!」
凛斗はコメディかと見紛うほど上手に倒れ、蛾は窓から外へ逃げ出し、宙に浮いたスノウの下着は倒れた凛斗の顔を覆った。




