5・繰り返す運命
「ユン、お前……。俺たちの関係をなんだと思って今まで仕えていた……」
「特別なご関係だとは……。ご結婚はされないのかなーとは思ってはいましたが、その……言ってはいけないことなのかと……」
食後のデザートとお茶を持って来てくれていたユンは、部屋に入って来ると恐る恐る答える。
どうやら私が短命だから結婚していないのかと、気を遣ってくれていたらしい。
「ユンと会う前、二度目の人生で、ちゃんとウェディングドレスを着て小さな結婚式をしてたんだよ。もう五百年も前の話だね」
ずいぶん懐かしい思い出だ。
この城の玉座で、ふたりだけで結婚式をした。あの頃はふたりとも精神的に若かったものだ。
「そ、そうでしたか……。ユンもリオラさまのドレス姿、見たかったです……」
城もデュークもそのままの姿で、あれから五百年が経ってしまったとは、到底思えない。時間が経つのは早いものだ。
デュークは真剣な目付きに変わり、私の目から目を離そうとしない。
観念して彼と向き合うと、デュークは告げる。
「命ある限り、お前に俺の全てを捧げると誓った」
「……でも、死んでますし。私……」
「俺は死んでない」
「それはそうですが……」
デュークは私の手を上から大きな手で握った。
彼が五百年も前に交わした誓いを守っていたことについて、私は複雑すぎる心境だった。
「妻や夫を亡くした人も、そう誓って他の方と幸せを築くことがあります。ふたりの命があってこその誓いなんです。……私の転生が前回で終わっていたら、デュークだってずっとユンとふたりだけなんですよ? あなたが幸せなら、私は他の人と結婚していても怒りません。だって、死んでるんですから」
彼が七十歳くらいで、残り長くて三十年くらいの人生を私に捧げてくれるのは、まあ分かる。すごく嬉しい。
しかし、彼の寿命はただの人間の何倍もある。身体も若い。カッコいい。寂しい思いを少しでも短くできるなら、素敵な人と時間を共有して楽しむべきだ。
私が「死」を口にすると、デュークの手には力がこもる。
「……わかってる。だが、俺はお前以外に誓いを立てるつもりはない。そうやってこの六百年を生きてきた」
「わあ……。すごい説得力のある数字……」
六つの人生で大切にしてもらった実績が、あまりに重い。私だって流石にあの日々を否定することはできなかった。
「んん……。じゃあ、やっぱりデュークの最期を長生きした私が看取れるように、頑張るしかありませんね」
最初に出会った時の約束を、デュークは覚えているだろうか。
あなたは必ず死んでしまう私の呪いを治して。
私は死ねないあなたに、この呪いをあげようと。
あまり釣り合っていない気がする取引。
それでも当時は、彼に何とかしてもらおうと必死だった。
それが、まさかこんな長い付き合いになるとは、あの時の私は全く想像していなかったわけだ。
「今世は何か案がありますか? 七百年も生きてる大魔法使いさま」
冗談混じりにそう言って、私は笑う。
あの時は、ただこの呪いから早く楽になりたい一心だったけれど。今は少し違った。
――これが最後の転生かもしれない。
当たり前のことだが、そう思ってここ数回の人生を生きてきて。
もっと一緒にいたいと願う思いが、強さを増していた。
今回こそ、もっと長く生きてデュークと少しでも長く一緒に過ごしたい。
黙り込んだ彼を、静かに見つめる。
「……デューク?」
なかなか応えが返って来ないので、小首を傾ぐと彼はゆっくり口を開いた。
「――それがお前の望みなら。叶える。今世こそ」
デュークはそう告げて、目を細める。
それは今までとは何となく雰囲気が違う、どこか確信めいた答えだった。
「頼りにしてます。今回は、私がシワシワのおばあちゃんになってから、面倒をみてもらいますからね! それまでずっと一緒にいますから、覚悟しててください!」
私の決意を聞いてデュークは、笑った。
「ああ。ずっとそばにいろよ」
転生する度に、私に対する扱いが雑になってる気していたけれど、一部撤回。
初めて会った時は、全然素直じゃなかったのに……。
耳が赤くなるのを自覚して、私はふいと視線を逸らした。
ただ。私はこの時、自分の呪いのことも、不老不死の薬を作ることができるほどの力を持った彼が、何故まだ生きているのかも。ちゃんと分かっていなかった。何ひとつ。
気がついた時には、全てが遅かった。
◆
◆
◆
時は流れた。あっという間に。
数日前にやっと咲いたと思った花が、気がつけば散っているみたいに。
「リオラ・フォン・レージス。君との婚約は破棄させてもらう」
ここは、煌びやかなダンスホール。
夜会に合わせた派手なドレスに、タキシード。
目の前には、私を見下す金髪の男が立っていた。
そして、彼の瞳に映るのは。
八回目の転生を遂げた九人目の私――。
目の前の現実は、まるで悪い夢でもみているようだった。
しかし、これはどう抗っても現実で。
私は、デュークがいない世界で、これまで短命だった詫びと言わんばかりに盛られた裕福な家庭にて、九回目の人生を送らされていた。
なんの因果か、一回目の人生と同じ名前。同じ容姿で。
そして今、“九人目の私”はこの国の第一王子に婚約を破棄されたらしい。
原因は、私が妃候補として何も努力をしようとしなかったからだ。
王子の隣に立つのは、容姿端麗で学院でも成績優秀だった子爵令嬢。とても素敵な同年代の女性たちの憧れだ。聡明で機転のきくお方である。
家柄だけで決められた私との婚約よりも、彼らが幸せになることのほうが誰が見ても最善。
相手のために、自分のために。全く努力もしようとしなかった私と比べれば、それはもう輝いてみえる。
ただ、その全てが、私にとってはどうでもよかった。
彼の言葉にシンと静まり返った会場。
王子の生誕祭にやってきた大勢の観客が、息を呑んでいる。
顔色ひとつ変わることなく私の口から出てきたのは、「承知しました」という一言。
パーティに参加する強制的な義務は終えた。
これ以上ここにいる理由もない。
「どうか、お幸せに」
私は一礼して、心から彼らの幸せを願った。
デュークは、もういない。
千年に一度しか現れない逸材の聖女さまに呪いを治してもらい、私は短命の運命から救われた。
でもそれは、デュークの命と引き換えだった。
――人の理を外れてしまったものを天に導くために、あなたは生を繰り返していたようです。
真っ白な髪に紫色の瞳をしている聖女さまに言われたのは、そんな言葉。
この世の理に反するデュークを止めるために、私は転生を繰り返していたらしい。
私が生きればデュークが死んで。
デュークが生きれば私が死ぬ。
そういう運命だった、と。聖女は言った。
意味が分からないけれど、これだけ転生を繰り返してきたことを考えれば、受け入れてしまう自分がいた。
事実、彼は消えた。ユンと一緒に。
もうどこにもいない。
……これからどうしたものか。
私は自分に注がれる参加者たちの視線を感じながら、首尾よくやってきた使用人が持ってきた婚約破棄を認める書類にサインをする。
こちらの落ち度で婚約破棄をされた、貴族令嬢。
これからの人生も、高が知れている。
どうして転生なんてしてしまったのか。
背中のあざが消えて、呪いから解けた後。
デュークとユンがいなくなった時間を過ごすのでも辛かったのに。
また転生させて、この世界は一体私に何を求めているのか。
(デュークも私が死んだ後、こんな感情だったのかな……)
サインを終えて、ペンを置いた。
すると、それと同時にホールが騒がしくなって。
婚約破棄の祝福でもされているのかと、私は他人事のようにそれを聞き流した。
邪魔者はお暇しようと、私はその場を振り返って――。
「――え……?」
そこにいた人に、目を見開いた。
大きな扉から一直線に、こちらに向かって来る男がひとり。
揺れる黒い髪は艶めき、陶器の肌に、赤いガーネットの目を持つその男は、まるで理想を全て叶えた絵画のような美青年。
その足元には、真っ黒な豹が寄り添っている。
「遅かったな、筆頭魔術師」
「少しネズミを片付けるのに手間取りました」
王子の口からはっきりと聞こえた「筆頭魔術師」といえば。
この国の魔法省で一番の能力を持つ者に与えられる肩書きだ。
現在その地位に就く者は、つい最近この国に突如として現れた類を見ないほどの天才魔法使いということで噂だった。
ただ、滅多に表舞台に姿を見せず、この日会場にいた者の大半が、彼のことを知らなかった。
しかし、その男は明らかに異彩を放ち、一気に注目が集まる。
「改めまして、第一王子殿下に挨拶申し上げます。本日はおめでとうございます。そして、私たちのために配慮していただいたこと、心から感謝いたします。――王国の一番星に栄光を」
私は、今目の前で起こっていることに理解が追いつかない。
見慣れていた姿よりもまだあどけなさの残る若い容姿だけれど、彼は確かにずっと会いたかった人で。
手を伸ばせば届く距離までやって来た彼に、言葉が出なかった。
「今世は八十年ぶりか。また天に還れなかったみたいだな。リオラ」
その青年の口から出た聞き覚えのあるセリフに、私は崩れる口元に手を当てた。
「――迎えに来た」
彼は、間違いなく私の大好きな人だった。
視界が滲んで、前がよく見えない。
グッと涙を堪えて、震えそうになる喉を抑え。
私は恒例となった挨拶を、振り絞る。
「……っ、正確には、八十六年ぶりですっ。あなたこそ……あなたの方こそ、また死ねないんですか? ――デューク」
流れ出した涙は、止まりそうにない。
彼は困ったように眉を垂らすと、そっと私の涙を拭った。
「これが最後だ。もう離してやる気はないからな」
確認するように、デュークは告げる。
私の答えは、彼も、もう分かっている。
見上げたデュークは、くしゃりと笑った。
昔と変わらない笑い方に、枯れていた感情がついに溢れる。
「会いたかったっ。ずっとっ……!」
「ああ。俺も会いたかった」
懐かしい、大好きなデュークの香りが、いっぱいに私を包む。
「今世は一緒の時を刻もう」
もう二度と離れてたまるかと。
私は返事の代わりに、彼を強く抱きしめた――。
『転生して、死ねない君に会いに行く。』完
短編のつもりが伸びたので、ここらへんで失礼します。
「よかったなー」と思って下さった方、「続きとか間も、もっと読ませろや?」な方、もしよかったらご評価よろしくお願いします。作者が喜んで作家として長生きします。