るすばんの約束
「…それで、どうしてこの様な事になったのですか」
「ごめんなさい…」
「面目ない」
「謝罪が欲しいわけではなくて、純粋にどうしてこうなったのか教えて欲しいのですが」
腕を組んで人差し指で腕を叩く仕草をするカルフは至極頭が痛そうな雰囲気だ。
いやでもきっとこれは私の所為じゃない。
焦げ付いた天井を見上げる。ぼやで済んだがカルフがあのあとすぐに帰って来なければ大変な事になったに違いない。
事の経緯はこうだ。
ドゥラントに暇つぶしにどうだと言われた刺繍をやってみて、想像以上にできないものだから基礎の基礎、糸を真っすぐに縫うところから教えてもらっていた。雑談混じりに市井の人たちはどんな風に魔術をつかっているのか何とわなしに聞いていた気がする。一応カルフから習ってはいるが、そもそもどういう原理で魔術なるものを使っているのか私はわからない。もちろん、成り立ちや魔導との違いやらカルフは懇切丁寧に教えてくれていると思っているが、私が聞きたいのはそれ以前の話である。
そもそもの話だ。魔術なるものはどういう事をしたらできるのか、ということだ。
仕組みは教わったから勿論わかる。だが、私はどうやったらそれができるのかわからない。たとえ話でいえば、そう地上で育ったものが突然魚になって鰓呼吸をしてみろ、と言われたような感覚、とでも言えばいいのだろうか。
もしかしたら私が知らないだけで私の世界にもそのような物があったのかもしれないが、何年とあちらで生きてきてそういうものに遭遇したこともなければ見た事もない。架空のものいわゆるファンタジーに分類されるものだ。それをいきなり原理だけ教えられて、はいあなたにもできますよと言われてもいやいやいやいやという言葉しか出てこないわけだ。
そもそもその魔術とやらはどうやって発現するのか、某有名少年漫画のように指や掌から放出されるのか、子どもの頃よく見た魔法少女のように何かを媒体として出てくるものなのか、そもそもそれを発現するためのエネルギーとは何なのか。まさか無から有を生むわけでもあるまい。あなたの寿命を使いますよと使ったあとに後出しされるのも嫌だ。
ドゥラントがいうには彼は生業を魔術の道具を作る事をしているようだし、お偉いさんを相手にする商売ではないという言葉から多くはないが広い範囲の身分で魔術を使う人がいるということなのだろう。
あくまでも一般的な感覚を知りたくてそんな話をしている中、市井の一般人でも才能というものがあって魔術で才を貴族に買われる人がたまにいるという話をしていた訳だ。
汎用性の高い水の魔術を使える者は貴族だけでなく裕福な商家の者でも喉から手が出るほど欲しがられる、なんて話をしていた。
このただっ広い屋敷に住んで、特に不自由もなくカルフにおんぶにだっこで全て用意されている身で、もしかしたら何か才能があればどこかに雇ってもらえるのだろうか、とふと考えた時にいきなり手元が燃え上がったのである。
比喩ではない。
自然発火にしては不自然なほど燃え上がった。建築の様式からしてそう天井が高い訳ではないけれど、大人でも背伸びをして届かないくらいの天井の高さまで炎が立ち上がって天井を舐めた。本当に唐突な事で心臓が蚤くらいであれば私は呆気なくお空の者になり下がっていただろう。
そのくらい驚いた訳だ。だからきっとそうおそらく私の所為ではないに違いない。
丁度帰ってきたカルフが不審な煙に気付き咄嗟の機転で消化の為の水を降らしてくれなければ、ぼや程度で済まなかったに違いない。
「布を糸でですね、こう縫っていたら」
「はい。刺繍をしていたわけですね」
「突然ぼんっと」
「…何もわからないのですが、ドゥラントあっていますかそれで」
「いや、わたしも何がなんだか……嬢ちゃんの説明でほぼほぼあってはいる」
「何かしらの要因で火柱あがるのは一般的なんですか」
「そんなのは聞いた事ねぇが。そういうもんなのか?」
「類似例はない訳ではないですが……」
一通り説明したというのに、カルフはわからないとでもいいそうな頭の痛そうな顔を崩さない。ドゥラントはドゥラントでカルフと私と双方に問うてくるが、カルフがわからないことが私にわかるわけがない。ましてや魔術など門外漢もいいところだ。習い始めてゼロ年と数日である。
いや、でも暇つぶしに縫物をしていたというだけなのに火を噴くなんて大人のいない所では本当に何もできなくなってしまう。せめて手のかからない良い子をしたいだけだというのになぜ。
「原因究明は後にして此処から移動しましょう。使用人棟の方は何かあった時に魔術や魔導に耐えられる陣が張られていませんから」
「……はい」
ということは明日からは屋敷に一人になったとしてもこちらに来ることは出来なさそうだ。我儘を言いたいわけではないけれどもあのおんぼろ屋敷に一人は何となく怖いな、と思ってしまう。
カルフがいうには外部の人が容易に入らないように屋敷の陣で魔導を敷いているそうだから、強盗とか人さらいとかそういう類は入れないという事で外的要因の危険は薄いのだろうけれども、自分の音しか聞こえない一人きりの屋敷は一人というのが際立って言い知れぬ感情に喉の奥から聞いた事もないような声が出そうになる。
雪が降り始めてからというもの目が覚めた時にいつも聞いていた外の音というのが一層遠くなり、地階の厨での暖かな火の音で安堵するくらいにはこの屋敷の冬の様相は静かだ。
何でかはわからないけれどあちらの世界での意識が引かれがちなのか、雪が降り始めてからあちらの事を良く思いだす。
帰ってきた時に既に温かい部屋とか、年末の特番のテレビの音が漏れ聞こえる音だとか、実家を離れてからそれなりに時間がたったというのにそんなことばかり思い出してしまう。
淋しいのかな、とか自分の心の動きを考えてみるけれど考えたところでどうにできるものでもなく、大人になってから鈍くなった感情の起伏が今では嘘みたいに移り変わる。
淋しいという感情も現代の忙しさの中で遠くなってしまった感情だ。正確には感じる暇もなかったということかもしれないが。
「少しの間はご不便をおかけしますが、問題が解決すればあちらの棟への出入りは禁止には致しません」
「……私、まだ何も言ってないよ?」
「お顔に出てらっしゃいます」
柔い頬をむにむにと揉んで見るが、もちろん自分の表情などわかるわけない。
そんなつもりはなかったけれど、何となく今の見目に年齢を引っ張られているような気がする。
私何歳くらいなんだろうなぁ、とは思うものの鏡がないから体の小ささと言葉の流暢さから何となく10歳はいかず、5歳以上の間くらいだろうかという予想をたてるだけだ。こちらに来てからもあちらにいた時から小さな子どもとの交流などほぼないに等しかったからこの予想があっているかも検討もつかないけれど。
目が覚めてからこっちの私の以前の記憶はある筈なのに年齢はいまいちわからない。
声を押し殺す音が聞こえて思わず見上げると、カルフがそっぽを向いている。
「いま笑った?」
「……いいえ、お嬢様の気のせいかと」
いつもより不自然なゆっくりとした答え方に笑いを堪えている声に聞こえないでもないけれど、とは思いつつも絶対に笑っていたという確信がある。だって声をかけてもこちらを見ないから。
ほんの一瞬で口は引き結ばれてすまし顔をしているが、半眼で見上げ続けると堪えきれないとでもいうかのように口元に手をあてて息を漏らす。ほんの少しばかり表情が崩れた程度だからその感情は窺い知れないが、笑っているようにも見える。
そういえば声をだして笑うカルフの姿など初めて見たかもしれない。硬い口調といつも変わらないくそ真面目な表情から一見厳しい人にも見えるが、その根本にあるのは優しさと私への哀れみみたいのものを感じることがある。
本当に私の為に怒ってくれる優しい人なのもわかる。だって本当にどうでもいい人ならこんな風に正してくれるために自分の労力を使ってまで怒ってくれる人はいないだろう。どうでもいい人ならその場を取り繕って、その場面にあわせてなぁなぁに終わらせるだろう。
私だったらどうでもいい人ならたぶんそうしている。ただ仕事をしているだけだし、雇用主の娘なんていう面倒な立場の人だったらなおさらだ。
ぎしぎし言う建付けの悪い扉をカルフが開けてくれる。裏口は本来屋敷の働き手達が使う所為か作りが簡素で私でも開けられなくはないが、つま先立ちをしないと取っ手に手が届かないからカルフが一緒にいるときはこんな風に先回りをしてあけてくれる。さっきまで後ろを歩いていた筈なのに雪の悪路にも関わらず軽い足取りで1,2歩で私の前へとすぐに出ていけるからやはり足の長さの違いか。
足元の雪を少しの地団太で降り落とすと開けてくれた扉から室内へと入る。カルフが作ってくれたローブを肩から外すと何か言いたそうなカルフと目が合った。
「わかってますよ。お行儀が悪いでしょう」
「分かっていてやるというのはしっかり叱ってほしいということですか?」
「やだ」
お嬢様、というお叱りの前兆のような呆れ混じりの呼び声が聞こえたけれど、笑って誤魔化して首の下の紐を解いてローブを脱ぐ。すかさずカルフが手に取って持ち上げてくれたので指の力を解いて手に渡した。きっとまた乾かしてくれるか、清めるかいいようにしてくれるだろう。何でもやってくれるカルフに何となく悪いなという気持ちがあるにはあるけれど、その自然な仕草にいつも甘えてしまう。
「お嬢様、先程の事ですが対処法は幾つかあります。ただ少しだけ時間を頂けますか?原因を治める為に道具を作るのにそれなりに時間がかかりますので」
「さっきの原因わかるの?」
「いえ、わかりません」
カルフが断言するなど珍しい。
「子どもの症例は外部に漏れにくいのでこれという原因の追及は難しいです。家系に起因することなら家のお抱えの医師が把握している場合が多いのですが、残念ながら屋敷に記録が残っていないので、そちらの線で調べるのは難しいので」
「そういうものなの?」
「魔術といっても精霊術の延長線のもので魔導とは違って家ごとに体系がことなってきますので、その家系の血が濃いほど一般的な医療を受けるのが難しいのですよ」
「せいれいじゅつ?」
「そちらはまぁ……いまのところは必要ではないので、そういうものだと覚えておいていただければよろしいですよ」
「ふぅん?」
聞いた事あるようなないような。少し話してくれただけでその時も詳しくは話してくれなかったような気がする。複雑な術なのだろうかとも思うけれど判断材料がすくないので体系が似た術なのだろうな、という事だけ記憶しておくことにした。
「今日はアレグラが訪問する日ですので少し相談いたしましょう」
「アレグラ?なぜ?」
「2、3日屋敷を空けなければならないので、その際に危険に対処できる人材がアレグラくらいしかおりません。お嬢様には屋敷内にいて頂きたいですが、また先程のような事が起こった時の為の対処する人が必要です」
お目付け役ということか。
危険とは私のことをいうのかと反論したい気持ちはあるけれど、今までの実績があるだけにぐうの音もでない。一人でお留守番できるよと言っても信じてはくれないだろう。
暫く屋敷に一対一か、と想像して憂鬱が擡げる。
決して嫌いではないのだけれど少しだけアレグラが苦手だ。そのつもりはないのだろうけれどなんとなく値踏みされているようにみえて居心地が悪い。隠しているものを包み隠さず見抜かれていそうなあの目が何となく苦手だ。
ただ今それほど選択肢が多くはないので、そう我儘も言えない。
しかも私が一方的にアレグラを苦手視しているだけだ。彼女が悪いわけではない。
「わかりました」
「では、明日から3日ほどよろしくお願い致します。朝の支度等も彼女にお任せいたしますので、業務から離れる事をお許しください」
「屋敷からも離れるの?」
「陣がきちんと起動しているか何回か確認しに来ますが、なにぶん時間があまりないので屋敷回りのことは彼女にお任せすることになります」
ということは何日かカルフにも会えないのだろう、この口ぶりからして。
そうか、と自分を納得させて、もう一度わかりました、とカルフに返事した。
「よろしくお願いいたします」
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回更新までまたしばらくお待ちください。




