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四年生・愛好会

 学校には愛好会がある。芸術、運動、馬術、花、料理、服飾、動物学やら多種多様だ。

 活動は主に放課後に行われ、私はどこにも所属していないが、やりたいことがある学生は青春よろしく活動をしていた。

 マリス嬢は四年生で淑女会なるものを立ち上げ、貴族女子平民女子に声をかけては、放課後お茶会に勤しんでいる。

 プリスカ先生の教室にいる平民のミリアナは淑女会に入りたくて何故か私に入会希望を出してきて、私じゃなくてマリス嬢に直接出せばいいと返したら恥ずかしくて出せないと用紙を押しつけてきた。

 それからたびたび平民の入会希望者がマリス嬢ではなく私のところに紙を出してきて、いつの間にか所属してもいないのに窓口係になっていた。

 放課後は好き放題したいからどこにも入ってないのに面倒な。

 手当てくらい出してほしいっすわーと愚痴ったらサリーがお菓子を作ってあげると焼き菓子を定期的に配給してくれるようになったので今はまんざらでもない。

 ええ、ということで淑女会入会希望者はナナリー・ヘルまでお越しを。


「絵の被写体になってほしい」


 放課後の教室、そんな何の会にも所属していない私に、芸術愛好会のラビが両手を合わせてそう頼んできた。同じ教室のラビ・ヤイングは、焦げ茶髪の素朴な貴族男子だ。

 サリーが作ってわけてくれた焼き菓子をボリボリ食べていたが、被写体とは、と考えて菓子をつまんでいた手を止める。

 被写体ってあれだよね、ただじっとしている人形係みたいなやつだよね。

 描くより簡単じゃん! と被写体の仕事を羽より軽く考えていた私は、それはともかく頼み事は快く受けたい性分なので二つ返事で了承した。

 しかし、詳しく聞かなかったことを私はのちに後悔することとなる。






 キャアキャアと湧き上がる黄色い声に、目を瞑りながらうるさいなぁと不貞腐れる。

 さながら私は魔物の生け贄にされた気分にしかならない。


「じゃあアルウェス様が上から覆い被さるから、ヘルは仰向けで」


 言われなくても既に仰向けの体勢をとっていた私の上に、ひと回り大きい影がかかる。

 被写体を頼まれたのは私だけじゃなかった。

 むしろ私はおまけみたいな扱いで、主役は他にいた。


「アルウェス様は何をしても絵になるわ」

「あのお方がこんな頼みを受け入れてくれてくれるなんて、ラビったらどんな風にお願いしたの?」


 芸術愛好会ではない貴族女子まで教室に見に来る始末。

 黙って横たわる私を差し置いて注目を浴びている金髪長髪男、アルウェス・ロックマンは、私に覆い被さりながら満更でもない表情でニコリと万人受けのよい笑顔を振りまいていた。

 下からそれを見ている私は不味い料理を食べた時のような顔になった。

 今なら吐ける。だれか水を。


「普通にお願いしただけだよ。ヘルとお願いできる?って」


 私だけじゃなくロックマンが一緒となれば快く引き受けるという話は別だ。

 しかもそれが触れ合う前提の構図とあれば、いくら私でも敵前逃亡してられないなどと言って軽く了承できる話じゃない。確実に貴族女子らの反感を買うだろう。

 だから他の女子に頼めばいいと、了承した手前言ってみたが、いつも喧嘩している私ならいらぬ心配もなく、何か嫌がらせされたとしても強いので大丈夫だろうということで頼むことにした、とどうしてもと粘られた。

 強いと言われちゃ悪い気もしないので(そういう問題ではない)結局引き受けたが。

 確かにこんなことをされた女子には後日地獄が待っているだろうさ。

 その地獄行きの券を渡された私にはせめて今日の夕食後のお菓子を大量に部屋に持ち帰る権利を与えてもらいたいくらいである。


 そもそも被写体がロックマンでなければならない理由があるのだろうか。

 他の人でもいいんじゃないか。

 そう言ったら『本物の美を目の当たりにしてこそ価値がある』などと部員たちが語り出したのでそれ以上は追求しなかった。

 ちょおっと皆おかしいって。本物の美って。


「星になれ墓なら作ってやる」

「静かに」


 下でブツブツ呟く私をあきれた目で見下ろしてくるロックマンは、ラビからの指示で私の顎に手をかけて顔を近づけてきた。

 静かにと言いながらギチギチと顎を粉砕するつもりかというくらい掴まれて口があり得ない形になっているのは、私がこいつの脇腹をつまんでつねりあげているからだろう。

 どちらも声をあげていないので端から見れば何も起こっていないが、私たちの間では静かな戦いが繰り広げられていた。

 ちぎれろ脇腹。

 

 ある程度近寄ったところで、2人とも目線はこっち、とまた指示が出たので同時に横を向く。

 この覆いかぶさられている感じ、なんかもう凄く嫌だ。

 なにが嫌って別に何の勝負もしてないし負けてもいないのに、支配されているようなこの体勢が物凄くいやだ。


「ごんにゃことにゃほうけのへれほほぼった(こんなことなら受けなきゃよかった)、へほほっひほなんほうこたほきょ(てかそっちはなんで受けわけ)」

「天使と悪魔が戦う構図がいいっていうから、てっきりこんな感じかと」


 槍を構える仕草をするロックマン。

 天使と悪魔、確かに着させられている衣装は私が黒でこいつは白い。

 そんなお題があったなんて知らなかったけど……え? 私が悪魔?? 白ってことはロックマンが天使ってこと!?

 あの野郎ふざけてる。

 ラビのやつ今度から絶対に宿題見せてやらないからな。

 こいつはこいつでラビからお題を聞いたときに戦う絵を前もって想像していたのか、もちろんぼくが天使で、と付け加えてくるあたり私を痛めつける図を描いていたらしい。

 生まれてこのかた、自分を天使だと言う男に初めて会った。

 恥ずかしくないのかすごいな。


 貴族女子や部員の女子たちが羨ましそうな表情半分、メラメラと嫉妬混じりの熱い視線を寄越してくるが、私が喜んでこの状況を受け入れているとでも思っているのか。

 いつもの私達を見ていい加減わかってほしい。


「ねぇラビ! 逆もいいと思うんだけど!」

「え、でも」

「ほら!」


 イライラしていた私はロックマンを押し退けて、今度はこっちが押し倒す形をとる。

 急なことにびっくりしたのか、奴は目を丸くしていた。

 まさか自分が押し倒されるとは思わなかったのだろう。

 私はしてやったり顔でラビのほうを見る。


 ラビも目を見開いてこちらを見ていた。

 視線は私というよりはロックマンに注がれていて、何故か私は眼中に無いようだった。

 なんか腹立つ。


「……いい、いいね!いいよそれ!」


 と思えばラビは私のほうへ視線を向け、親指を立てて嬉しそうに筆を持ち上げた。

 どうやらこの構図を気に入ってくれたらしい。


「なんだかしっくり来たよ! 二人ともそのままね!!」


 興奮しているラビの横では、部員たちがアルウェス様を押し倒すなんて…、なんて命知らずな…、でもなんだか新鮮で素敵…、とザワザワしている。


「どぉーよ!」

「……」


 ふ、良い景色。

 再来年に登るハリョウ山からの眺めはこれよりいいのかしら、と愉悦に浸る。


「見下ろされる気分はさぞ……!」


 見下ろした私は、目にした光景に口をパクパクさせる。


「……スヤスヤ」


 ロックマンは私の下で寝息を立て目を閉じて寝ていた。

 これ絶対嘘寝だ。

 わざとらしくイビキをかいている。

 スヤスヤとか口で言ってるし。


 まてまてこの状況で寝るやつがあるか。

 私を見ろ私を。


「ちょっと起きてよ、起きなさいよ寝てんじゃないわよ見下ろされる気分を味わいなさいよォ!! 墓に入れてやるぅぅう!!」


 ロックマンは終わるまで寝ていた。

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