表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/152

テオドラ・ロクティス1

 私はグロウブ・ダルベスプの顔を一日でも見たくない。


 寮の最上階、一番右奥の部屋。

 朝日に照らされた寝台の上で、私は今日の業務を嘆いた。





 どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


「目を開けてよ、ねぇ、エルーヴ」


 皮膚が焦げ落ち、腕の中で人かも分からない状態の男を抱く。目を開けることができないことくらい分かっている。

 それでも愛した男を簡単に放すことも、どうなったかなんてことを考えてしまうこともしたくはなかった。

 涙がぼたぼたと黒い塊に落ちていく。

 それが黒い塊に伝うこともなく、そこに吸収されていく。


「けして許して、やるものですか」


 音が鳴るほど強く歯をくいしばり、灰色に染まる空を見上げた。

 いまだ誰の犯行なのかも分からない『黒天馬殺し』。


 その始まりはいつだっただろうか。






「やぁテオドラ」

「今日も魔物の数調べ?」

「最近また多くなってきたんだよ」


 受付の席に座っていれば、魔導所の扉の鈴をカランと鳴らして騎士の男が入ってくる。カツカツと靴音を響かせながら受付にきた男は書類を貰おうと片手を私に差し出し用件を伝える。

 彼はドーラン王国騎士団の団長を務めるエルーヴ・ダルベスプだ。最近は国内外での功績を称えられ、貴族の末端ではあるが正式に騎士号を与えられることになっているらしい。騎士は職務上そのような名前で呼ばれることが多いが、本物の騎士の称号を与えられている人間は数少ない。

 そして22歳と、若くして団長になった彼は異例な存在である。


「夜空いてる?」

「夜? 何にもないけど夕食後なら空いてるわ」

「そうじゃなくて。鈍感さん」


 受付のテーブルに手をのせて、エルーヴは私の顔を覗きこむ。


「一緒にご飯でも行かないか」

「……え、…あっ、そ――行く……行くわよ!」


 頬がほのかに熱くなったのがわかる。

 他人から見てもわかってしまうくらいのそれを隠したくて思わず両手で隠した。

 こんなことをさらっと何でもないように言うなんて、そういうのに慣れてるのね、なんて嫌味たらしいことを考えてしまうくらいには恥ずかしい。


 彼、エルーヴ・ダルベスプとは魔法学校時代も共に教室を同じくし、もっと言えば隣近所にお互い住んでいる幼少の頃からのいわゆる幼馴染であり、遊んだ回数は確実に百を超える。人生の半分以上を一緒に過ごした仲だ。

 エルーヴには双子の弟・グロウブという小生意気な男がいるのだが、そっちとはあまり話したことはない。気が合うのがエルーヴのほうだったからかもしれない。


 そんな私は、何を隠そうエルーヴのことが好きだった。

 恋愛の意味での好き、である。

 幼い頃から友人として接してきたが、魔法学校時代からそれは徐々に難しくなってきた。

 同じくらいの背丈だったはずなのに、女性でも高身長にあたる私の背をいつのまにかぐんと抜かし、透き通るような高い声もいつからか低く響くようになって、女の子のような可愛らしい顔も勇ましく、大きな目はいつの間にか切れ長のきりりとした鋭い目つきになり、つまりそう、男性、になってしまっていた。

 移動教室のときに転びそうになった私の腰を、その大きな手でぐいと引き寄せて「大丈夫?」なんて顔を覗きこまれたときから、心臓がドキドキし過ぎて破裂しないか心配してしまうほど彼に恋をしてしまっている。


 卒業してからもその距離が変わることなく、彼は騎士団に、私は魔導所でと別々の場所で働くことにはなったが、疎遠になることはなかった。

 幸い仕事上の付き合いで魔導所と騎士団は交流があったので、働き出したら以前のように会えなくなるという心配は直ぐに消え去る。仕事に私情を持ち込んではいけないと思うものの、彼がハーレの扉を叩く度に私は今日は何を話そうか、最近はどうだとか天気の話はベタだろうかなど余計なことを考えてしまうことがしょっちゅうだった。


「考えていることが丸見えだぞ」

「な、何にも考えてないわよ」

「ここに調印してくれ。そのだらけた顔を引き締めて」


 夕飯に思いを馳せていた私を現実に戻すかのように、騎士の男が私に紙を見せてくる。

 エルーヴと瓜二つと言ってもいいくらい、まったく同じ顔がそこにはある。違うのは髪型くらいだった。エルーヴは肩まで伸びているが、こっちは首もとまでの短髪。顔にはこの間魔物につけられたらしい傷が痛々しくもある。


 彼はグロウブ・ダルベスプ。

 エルーヴ・ダルベスプの弟だ。


 ため息をつく彼にだらけた顔なんてしてないと言えば、誰が見てもお前が誰を好きなのかが一目瞭然だぞ、と返されてしまい口をつぐむ。

 仕事柄、最近はよくグロウブとも話している。

 友人の弟という感覚から、友人? と言えるような言えないような微妙な進化だった。考えてみれば彼も幼馴染なので今さら感は否めない。


「末永く団長をよろしくね、ロクティスさん」

「あ、アルケス副団長さんまで何を言ってるんですか!」

「だってうちの団長を貰ってくれるんだろう?」

「~っからかわないでください!」


 ――カラン。

 魔導所の扉が開く。

 いけない、仕事中だったと慌てて前へ向きなおると、入ってきた破魔士が焦ったように指先を外に向けて口を開いた。


「まただ! 魔法陣にひっかかった騎士が!」

「なに!?」

「あのままじゃあ、また死んじまうよ!」


 騎士の何人かがそれを聞いて魔導所を飛び出した。

 魔法陣にひっかかった騎士。

 それはここ最近起きている事件とまったく同じ状況だった。


「これで何件目になる……」

「5件目です」


 どれも騎士を標的にしているのか、魔法陣の中に騎士の人間を閉じ込め、その中で息絶えるまでいたぶられ続ける。外側から陣を解くことはできず、過去四件中四件の被害者は全員死亡している。

 魔法陣は地面や紙に手書きで直接描かなければ魔法にもならなく発動もできない。それなりに時間と労力が必要な魔法なので、街なかで描いていたら気づきそうなものなのだが、目撃情報はおろか記憶探知にも映ることはなかった。


「いったい誰の仕業だ!! 人の命をもてあそぶようなことしやがって!!」


 グロウブが床を蹴る。

 現場の地面には毎回残されている言葉があった。


『黒い天馬、お前たちに血などいらない。骨の髄までま白くあれ。ま白くなれば黒く朽ち、その名に恥じぬ天の馬となれるだろう』


 上から目線のようなその言葉。

 なにか騎士に恨みでもあるのだろうか。


 天井に魔法陣が浮かびあがると、そこから一枚の丸められた紙が落ちてくる。

 エルーヴはそれを手にすると広げて中身を確認した。


「東のほうでも魔法陣の情報が入った。……なに?」

「どうした?」

「今度は民間人も巻き添えを食らったらしい」


 急いで行くぞとエルーヴをはじめとした騎士たちは魔導所から出る。


「私も、私も行きます」

「テオドラ?」

「おい、部外者は駄目だ」


 顔をしかめたグロウブに釘をさされる。

 民間人も巻き添えになっているという状況は相当な被害を受けていると言ってもいい。

 これまで四人の騎士が魔法陣に捕まり命を落としているというのに、ここにきて民間人を巻き込ませ、大きく出てきたのは何か仕掛けてくるつもりなのかもしれない。

 魔法の腕だけは絶対の自信がある。

 職務を放棄してでも、大切な人をそんな場所に行かせたくはない。勝手で独りよがりな我が儘を言っていることは重々理解していた。それに彼が自分より有能な魔法使いだということは百も承知である。

 そして何より、身体が震えるほどの胸騒ぎをこんなに感じたことがなかった。


 けれどそれを受け入れるエルーヴではない。

 受付の席から立った私の肩を、両手で静めるようにおさえた。


「君がここにいれば、俺は必ずこの場所に戻る。約束だ」

「でも何人も殺されてるのに黙って座ってなんか」

「そうだな、夕飯は何を食べるか考えておいてね」


 そう言って彼は私に手を振った。

 

 何を呑気に、夕飯なんて考えている場合じゃないのに。

 彼なりにいつも通りの振る舞いをしたのだろう。いつも通りに送り出したら、いつも通りに帰ってくるだろうか。

 意図するところは分からないが、半ば願掛けのような形で私もいつも通りに頑張ってきてねと手を振った。



 


「ロクティスさん、団長が……」


 夕方に差し掛かる頃、顔見知りの騎士が受付に来た。

 筆を持つ手は、宙を仰いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◎魔法世界の受付嬢になりたいです第3巻2020年1月11日発売 i432806
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ