魔女祭
受付嬢二年目編・14の後あたり
今日は十九歳になった魔女達の成人の儀式を行う日だ。
本来は十八歳が成人で、男の魔法使い達はその年の決まった日に儀式を行っているのだが、女は別で十九歳で儀式を行う決まりになっている。
これはシーラでもヴェスタヌでも言い伝えられていることだが、昔女性は十八という成人の歳になると、神への生贄として各地方で何人かが選ばれ生きたまま地中に埋められるということがあった。しかし神にというのは建て前であり、実のところ魔物の生贄にしていたのが実態である。
魔物は柔らかで健康な女性の肉が好きと言われていたこともあるため、いわば魔物のご機嫌取りをしていたようなものだ。それこそ魔物が猛威をふるっていた時代はその傾向が強く、何人、何百人もの女性が幸せな人生を送らぬまま生贄として殺されていたのだ。窮屈な思想だ。
しかし時代と共にその残酷な行いを正そうと、いつしかその風習は醜いものとして後ろ指を差されるようになっていき、完全になくなったのは魔物を倒す破魔士という存在が誕生し始めた頃であったという。
それからは昔の名残が残ったのか、十八で女性の成人を祝うのではなく、無事に十九歳を迎えられたその年に祝いをするようになったのだとか。
もう生贄などする心配はないとは思うが、昔からのしきたりや礼儀が違う形になって続いているというのは嫌いではない。
「神殿ってなんでこんなおおきいのかしら」
「皆が入れるようにじゃない?」
「外でやるのに?」
十九歳になった魔女達が神殿の前に集まっている。
平民から貴族の子達まで、成人を一年前に向かえた魔女で溢れかえっていた。
空離れの季節独特の空気の冷えを感じる、よく晴れた日の昼下がり。
白い大きな柱が、灰色の建物を囲むように立っている。本殿の重厚な扉はこの日のために開け放たれているのか、こちらから中がよく見えた。親女様や神官様たちが儀式の準備に追われてか出入りを繰り返している。
約束はしていなかったが神殿に来たらベンジャミンとニケを見つけたので今は三人一緒にいた。
いたら目立ちそうなマリスが見当たらないので、たぶんまだ来ていないのだろう。
「このローブお母さんのなんだけど、変じゃない?」
「似合ってる」
「ふふ、ありがと」
ベンジャミンが袖を広げてくるっとまわる。
成人の儀式には決まりがあり、黒いローブは必須で、中はこれまた黒い服でなければいけない。基本黒いドレスが主流で、それ用の服は町に売っているので平民の私達でも普通に手に入る。そもそもお金をかけるものでもなく、ローブは母親や親せきのお下がりという人が多い。ドレスも簡易な作りの物で十分だ。
「ナナリーが言の葉読むの?」
「うん。家に届いてたみたい」
「あれはその年で一番優秀な魔女に届く手紙だ、ってお父さんが言ってたわよ。やるじゃな~い」
頬っぺたを人差し指でグリグリと押される。
成人の儀式では言の葉という、誓いの呪文を唱えるものがある。
その年の代表者一人がこの世を創造し見守る存在と信じられている神・ムディマに、誓いの言葉と感謝の言葉を捧げることになっているのだ。
家に手紙が来ていたと父が興奮気味に職場へ駆けつけて来たときは恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが(受付で大声でおめでとうと騒がれた)そんな貴重な機会をもらえたことに感謝しなければ。
言の葉の練習を頭の中で何度も繰り返す。
「遅刻するところでしたわぁ~」
「マリス!」
遅刻ー!と息を切らし遠くから駆け足で来たのは、銀色の扇子で顔を扇ぎながら疲れきった顔をしたマリスだった。
彼女の使い魔である羽獅子のマドルディージャ・リバイン・スフィッシュカルト二世(マリス二世)が肩にちょこんと乗っているのを見る限り、どうやら急いで来たことがうかがえる。
貴族の人は大半が使い魔よりは速さのでない馬車で来ていたので、使い魔で来たということは遅れて出てきたのだろう。
「当日になってドレスが入らないなんてことあります?! まさかかと思いましたわ!!」
「そんなの拡張すれば入るじゃないの」
「否! 美しい線を出す最高の腰の細さに手直ししたのですからもったいない! 変身術でなんとか絞りましたけれど」
「もって五分なのに?」
「ナーナーリ~? 言わないでくださいまし?」
両肩を掴まれて睨まれる。おお怖い。
胸があるのだからある程度の腰の細さがあればいいと思うのに、マリスの美意識には反するらしい。ローブをまくってどれどれとドレスを見せてもらえば、私より細い腰がそこにはあった。
「ちょっと贅沢よマリスさん! それ贅沢よ!」
「落ち着いてニケ!!」
「ニケも何でか少~し気にしてるのよねぇ。別に心配する必要はないと思うんだけど」
ベンジャミンと顔を合わせながら何でだろうねと首を捻る。
激しく抗議し始めたニケをなだめていれば、トントンと誰かに小さく肩を叩かれた。
「ナナリー、ベンジャミンも久しぶり~」
「わー! 帰ってきてたの?」
茶髪の女性が顔の横で小さく手を振る。こちらに向ける笑顔は私の知るハーレの男性によく似ていて、つくづく兄妹なんだなと思わずにはいられない。
彼女は真っ黒なローブを翻して、丸い形の眼鏡をかけ直す。
「成人の儀式のために一昨日ね。そうだ、それよりお兄ちゃんがお世話になってます」
「いえいえこちらこそ」
私の友人カーラ・ヤックリンは、ハーレの職員で先輩でもあるリゲル・ヤックリンさんの妹だ。
考古学者になり大陸を駆け回る日々を送るカーラは滅多にドーランの実家へ帰ることはないそうで、今日も成人の儀式にはどうしても出たかったからと約1年ぶりに帰省を果たしたのだと言う。
ヤックリンさんがたまには親に顔でも見せろと愚痴っていたのを聞いたことがあるのでやはり中々帰ることはないのだろう。
「そぉ~だわブルネル、アルウェス様は騎士団ではどうですの?」
近くにいた貴族女子が、現役騎士であるニケに気づいて詰め寄っている姿があった。
ニケはもの凄く苦笑いで、ええ元気で凛々しいですよと流している。
騎士団でのあいつを中々見ることができないのだと皆はこぞって彼女のまわりに集まりだした。
「殿下も相も変わらず凛々しくお美しくしていらっしゃる?」
「魔法を使い魔物を倒すお二人の姿はさぞかっこいいのでしょうねぇ」
自分達でその姿を思い浮かべては顔を赤くしてクネクネと体を動かす。
彼女達の想像力は昔から素晴らしいものがある。
どちらかといえば殿下のほうが好ましい容姿をしているので、想像は分からなくもないのだが。
「ちょっと見てくださいまし!!」
「アルウェス様よー!!」
「ほんとだわー!!」
「ゼノン殿下もいらっしゃるわ!!」
きゃあきゃあと空を見上げる女子達。
ついに幻覚が見えてしまったのかとつられて顔を上に向ければ、黒い軍服の大群が天馬に乗って駆けていた。
あ、本当にいた。
地上からでもよく目立つあの金色が見える。
まったく、どこにでも出没しやがる。
「定期見まわりね」
「へぇ」
額に手をかけて仰ぎ見る。
「ーーうっわ!」
天馬に乗るロックマンが、口に手を当ててその手を女の子達のほうへと向けた動作が、今しがたこの目にハッキリと見えた。
「今、今わたくしに?!」
「いえ私よ!」
「この私にきまってるじゃない!」
「アルウェス様ぁ~! 愛しておりますわ~!」
投げキスである。
なんておぞましい。
女の子達の悲鳴は最高潮だった。
「ヘルさんー? 呼ばれてるわよー!」
「ありがとう! 今行くね」
同じ教室だった貴族の子が神官様に呼ばれていると教えてくれたので、吐き気もそこそこに神殿のほうへと向かった。
親女様と神官様達合わせて二十人ほどが横に並ぶ前に行くと、先が尖った黒い帽子を渡される。両手でそれを掴めば、眼鏡をかけた白髪の神官様に「頭に被りなさい」と身振り手振りで伝えられたので言われるままに着帽した。
騒がしかった神殿まわりは徐々に静かになる。
親女様は私の喉に国中に響くほどの音を出すための拡張呪文をかけて、キュピレットの花を一輪渡してきた。
そっと花を受けとった私は、指先で茎をまわして胸のあたりにあてる。
静かに深く息を吸った。
この空の上にいるかもしれない神様に向かって、言の葉を捧げる。
「我らに与えられた光は」
「晴れわたる空の母よりも」
「闇夜の父よりも」
「その光りに陰ることなく輝き続ける」
「咲き誇る大輪の花を胸に刻み」
「この愛の血を尊き命へおさめ」
「永久に守護されよ」
「私の名は、ナナリー・ペルセポネ・ヘル」
国中に広がった言の葉。
親女様の指がそっと私の喉に再び触れると、拡張の魔法がとれる。
「貴女方が未来へ描く誓いの言の葉を、空へ向けて放ちなさい」
神官様がそう言い、私を壇上から降ろした。
皆のもとへ戻ればニケやベンジャミンは人差し指を立てて、その指先を淡い光でつつんでいる。
「さぁて、言の葉ね! 私は愛の人生よ」
ベンジャミンは人差し指を空に向けて、言の葉の光を放つ。その光は周囲の魔女達が放った光と重なって、徐々に大輪の花を咲かせていった。
「私は男騎士に負けないくらい強くなりたいの」
ニケが淡い光を放つ。
その光は花びらの一枚となって空の花の一部となった。
「わたくしは、己を見失わぬよう努めることを誓います」
マリスはそう言い、赤い光を空に打ち上げた。
「私は」
そして私は。
「倒れても逸れても、信じた道を真っ直ぐに行くこと」
放った光は、空へ真っ直ぐに伸びて行った。
この日ドーランの空には、金色の誓いの花が咲き誇った。




