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最終話・魔法世界の受付嬢になりたいです

 さぁ二人も踊って来なさいと、王様に背中を押されて壇上の下に落とされた。

 周りは音楽にのって手を取り合い踊っている。

 二人で踊っている人から四人で踊る人達、十人二十人と輪になって踊る人の群れも見える。


「うわ危ない! も~王様って意外と豪快なのかな」

「鈍臭いね。ほら、大丈夫?」


 地面に膝をつける私の手を引いて立たせてくれる。鈍臭いは一言余計だと怒るが、ありがとうとお礼も忘れなかった。

 それから直ぐに踊ることはせず、暫くジッと周りを眺めていた私達だったが、いつのまにか自然に手を繋いでいることに気がつく。なんで手なんか繋いでいるのか。


 ああ、そうだ、たぶん立たせてくれた時に手を離し損ねたのだ。


 ……いいや損ねるのか、普通。

 相手も相手で気づいているのかいないのか、バッと手を離した私を見て表情を変えずただ私と目を合わせる。


 気持ちを自覚した今では、その目を合わせる行為さえも難しいというか言ってしまえばとんでもなく恥ずかしい。

 でも反らせばあの敗北感に似た感覚で埋め尽くされるようで悔しくて、負けんと目を合わせ続ける。

 数十秒、数分、数十分その状態を続けていたのかは分からない。


 とりあえず王様に踊れと言われては仕方ないから踊ろうかと、ロックマンがそう言って差し出してきた手を見て私の視線はやっと外れた。


「驚くことに、こんな仲でも君と踊るのは三回目になる」

「確かに。こんな仲でもね」


 静かに相手の手を取って、形の決められていないダンスを踊り出す。陽気な音楽にのって感じるままに足を動かして地面を揺らしていると、視界の端で高く飛び跳ねている子どもの姿が見てとれた。


「君はどう思うか知らないけど、この一ヶ月間は正直、腹立たしいことばかりだった」


 その周りとは裏腹に、ロックマンは指にはめた幾つもの形の違う指輪に視線を落とした。


「いつもあの日のことを、凍った瞬間の景色を思い出す。冷たい感覚の中に、目にした最後の記憶が、誰かの泣き顔だ」


 目を閉じてその光景を思い出しているのか、ダンスの動きは静かになった。あの日、あの場所で、誰もがこの世の終わりを目にしただろう。何の決意も持たぬまま自分の時間や生命が終わっていくのを達観するには、あまりにも突然だった。

 あれから何が起きたのかを周りから聞かされたみたいだが、私の一ヶ月間の昏睡状態までは予想出来なかったと話される。

 そしてアリスト博士の命は無事だったそうだが、操られてしまっていたとはいえ犯したことは到底許容できるものではないため、回復ののちに裁判が控えているという。伯爵の地位は剥奪されたため、これからは険しい道を歩むことになるだろうと静かに語られた。

 もっと自分が戦えていればとロックマンは言うが、それは違う。

 そもそもこんなに自分を責めるような人間だったろうか。

 いつもの自信が見えない。

 育ての親のような人を失くしかけ、彼が守っていた競技場が破壊されたことに、私より先に倒れてしまったことに負い目を感じているようだった。腹立たしいことばかりとは、恐らく自分自信にずっと腹が立っていたのだろう。


「そんなことない。十分過ぎるくらい戦っていたし、ロックマンのおかげでシュテーダルを倒せた。あの時は助けてくれてありがとう。それだけは絶対に、絶対に言いたかったの」


 自分を責めるのはお門違いである。そしてそのおかげで気づけたことがある。


「あとひとつ、私、あんたに言わなくちゃいけないことがあって。その」

「何?」


 唇に縫いつけの呪文をかけられたように、口が上手く動かない。いつだってどんな気持ちだって、秘めていては相手に伝わらない。心の層の、ずっとずっと深いところから溢れ出るこの感情には、もう名前が付いているのだ。


 もごもごと口ごもる私を不審な目で見てくるロックマンに、言いたいのは、


「好きよ」


 ぽつり。

 呟くように、それでも真っ直ぐ目を見て伝えた。


 ロックマンはその言葉を理解しているのか、そもそも聞こえているのか分からない表情で見つめてくる。

 ダンスの足を互いに止めて、ロックマンは私と繋いでいる手を緩めた。


「今、なんて」

「も、もう言わないっ、今言ったもん! えっと、ええっとじゃあねこの鈍感男! あとうじうじしてないでちゃんと元気出しなさいよ!」


 ほとんど勢いで言ったのだ、二度も言うなんて絶対にできない。

 死ぬ、死んでしまう。やっぱりこの感覚は病気に近い。


 それでも自分の中で変わったこの気持ちが、私は好きだ。


「ちょっと待った、待ってヘル」

「ぎゃあ!」


 慌てたような声と手を引っ張られた拍子にロックマンの足と自分の足が絡まって、バタンと二人して地面に倒れ込む。


「アルウェス様!?」

「ナナリー!?」

「貴方達、なんてベタな……」


 大きく転んだ拍子に、私の下に敷かれた大きな身体。重なるように倒れたそれは顔にもおよび、口もその犠牲となっていた。


 身体と同じく重なった、柔らかな湿り気を帯びた私の唇と相手の唇。

 驚きに満ちた私の瞳と、衝撃で眼鏡が外れたロックマンの瞳がぱちりと合う。

 赤くきらびやかに光るそれを見て、急激に集まった顔の熱を感じて手が震える。

 誰かの唇の感触を知るのは人生で初めてでもある。

 それにこれでは私が押し倒して口づけをしているみたいではないか。

 きっと私の顔は誰にも誤魔化せないくらい真っ赤っかだ。

 早く、早くどかなくては。


 しかし急いで退こうとした私の身体と首元を手で押さえつけて、ロックマンは言いはなった。


「好きだよ、僕も」


 何かを当然のように言いはなった。


「は、え? な、何を」


 恥ずかしさに耐えきれなくなり、力いっぱい背中をのけ反らせて離れようとする。

 それでもロックマンは笑顔のまま、私との距離を変えようとはしなかった。

 というかやっぱり聞こえていたんじゃないか。


 いやでも、それより今こいつは、何と言ったか。

 ぐるぐると思考回路が絡まわる。


 恋も仕事も山あり谷あり。

 どうやらそれは当分この先も続いて行きそうだと、目の前の男を見て悟った。


「やったじゃないナナリー!」

「でも侯爵と結婚となれば侯爵夫人になるけど仕事やめちゃったりするの?」


 あれ、今の声はゾゾさんと所長だかろうか。


「でも結婚するとまでは言ってませんわよ?」

「いや、好き合うだけで終わるならキュローリ宰相も苦労してないぞ」

「殿下まで何言ってるんです⁉ ナナリー大丈夫?」

「アルウェスくんもやるねぇ。永久就職ってやつしちゃえよナナリー」

「ナル君~? それより私をお嫁に貰うほうが先なんじゃないのかしら?」


 野次馬的に私たちの周りを囲む友人やまったく知らない人たちの視線に晒されて、どこかに穴があったら入りたい。なんだこの状況は。

 友人達が好き勝手に言っている。面白がるのは大いに結構だが、所長の質問には声高々に答えさせてもらおう。


「私は、受付のお姉さんになりたいんです!」


 これは一人の受付のお姉さんの、誰も知り得ない、誰かが知っているお話。


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◎魔法世界の受付嬢になりたいです第3巻2020年1月11日発売 i432806
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