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受付嬢三年目・魔法世界の悪魔

「アルウェス様!」

「アルウェス!」


 中へ入ればマリスや王様、ノルウェラ様にロックマン公爵が近くに来る。奴をララからおろして地面に横たえると、すでにもう左下半身は動けなくなっていた。しっかりしろと皆が声をかけるなか、私は自分の情けなさに謝りたくなった。

 いつも気づけば守られてばかりで、それも十二歳のあのときからずっと、知らなかったとはいえ、もうなんて言ったら分からないのだ。


「ロックマン、今から治癒魔法かけるから」

「かけなくて、いい。無駄だ、ここで余計な魔力を使うのは許さない」


 弱々しく私の手を制す。


「そんなこと言ったって、あんたこのままじゃ」


 むかつく、むかつく、むかつく。腹立たしいことこのうえない。

 苛立ちで肩が震える。

 そんな価値が私にはあると思えない。


「なんなのよ、なんで守るのよ」


 マリスとノルウェラ様がロックマンの頭や頬を撫でている。公爵や王様、傷を負った騎士達がこぞって彼の周りを取り囲んだ。足に怪我を負っていたのか、ニケに支えられながらゼノン王子もロックマンの様子を伺っている。ベンジャミンとサタナースも集まり、その中心にありながら、私はロックマンの顔元でペタリと座り込みただただ思う。私はともかく、なんでこんなに周りから慕われるような奴が、こんな危険を冒すのだ。


「昔の喧嘩の理由だって、そういう理由なら、私に言ったらいいじゃない」


 呟いた言葉に、マリスをはじめ彼を取り囲む全員の視線が私に向いたのが分かった。


「あんたが、あんなことしなくたって、他人に魔力のことで何言われたってめげたりしないんだから! ばっかじゃない! 女の子殴るなんて最低なんだからね!!」


 膝の上で拳を握る。


「感謝なんて、これっぽっちもしない!」


 六年生になってから突然口喧嘩だけになったことに、私は少しだけ首を傾げたことがあった。不自然なほど、けれど自然と手を出されることも出すこともなくなり、そのまま学校を卒業した。


「理由?」


 私の言葉に奴が反応する。


「さっき君を助けたのは、重要な戦力を失うわけにはいかないからだ」


 鈍く横に私の方へ向けた顔は、何を考えているか分からない、澄ましたような穏やかな表情をしていた。

 後ろで結んでいた髪はあの時の衝撃でほどけて、今はまばらに顔や肩へとかかっている。

 長い金色のまつげをふるわせては、眠気に対抗するかのように僅かに瞳を覗かせている。


「でも昔のあれは……ごめんね。非常識とか、暴力男、そう君やまわりに思われてもいい」


 膝の上でギュッと握った拳に、ロックマンのまだ動く方の手がそっと被さる。


「ただ健やかに、制限もなく、僕のようにならなければいいと思った」


 親切に構いすぎれば貴族の人間が騒ぐだろう。そして貴族ばかりの中で先生に特別指導されるのもよろしくない、なら授業中でもどこでも発散できるように、喧嘩で隠して、考えれば他にも手段はあったはずだけれど、魔力に関してはあまり良い思い出がないせいでかなり強引な手段にはなった、とロックマンは笑った。

 私自身学校の教室や色んなところで魔法を放つのに抵抗がなかったのは、ロックマンがふっかけた喧嘩が理由にもなっていたけれど、身体の中の魔力が放出したがっていたからだろうとも言う。

 本来なら魔法を使ってはいけない場所で魔法を使うという、理性より本能が勝っていたために常識的な判断が欠如していたのは、きっとそういうことがあってのことだったのだろうと。

 

「余計な世話だろうけど、ちょうど最初から仲も良くなかったしね。その点では理由付けも必要なくて楽だったかな」


 笑うところではない。自分がこんな状態になっているのに、呑気に笑っている場合ではないだろう。怒りがこみ上げてくる。こんな時まで余裕を気取っているなんておかしいじゃないか。


「泣くなんて君らしくないな。ああ、でも前も泣いていたから君らしいか」

「うるさいな!」


 歯を食いしばって耐えていたのに、涙がぽろぽろと零れ落ちてロックマンの手を濡らす。


「でもほんと、泣かないでよ」


 泣くなんて私もおかしい。怒りとはまったく違う現象だ。嬉し涙、悲し涙、悔し涙なら分かるが、怒り涙なんて聞いたことがない。

 ならこれはきっと、状況的に怒りでもなく嬉しいでも悔しいでもない。

 残りのひとつ、悲しいという気持ちがあっての涙なのだ。


「君、僕のこと嫌いなんだろう」

「嫌いって」

「泣くなら、愛する、人や、友人相手に……するんだよ。それに君には、まだやることが残ってる」


 額を右手の人差し指でツンと押された。

 眉と眉の間が広くおどけて、ぼんやりと霞みがかったような和んだ表情で見つめられる。


「泣き虫で迷子係の、受付のお姉さん」

「……え? 今なんて――」


 するり、と、大きくて無骨な手が力をなくして、額から離れた。


「え……」


 パタリ、そう効果音が付くだろうと感じるほどに、綺麗にロックマンの腕が地面へと落ちた。生意気に私の額を突いた指先はピクリとも動かなくなり、人形の四肢のように生気が感じられない。


 そして徐々にロックマンの身体は透明の宝石に包まれていき、とうとう誰も触れることができなくなってしまった。

 瞳はかたく閉じられ、白を通り越し青ざめた、それでいてどこか美しさを秘めた陶器のような肌は、金色の髪とともに眠りにつく。


「嫌よ、嫌よアルウェス様! 目を開けてください!」


 マリスが冷たいそれに顔を当てて涙を流す。


 なんでいつも、こちらが伸ばそうとした手を、簡単に下ろさせるのだろう。


「だって、あれだけ敵対視、してたから」


 独り言をつぶやく私に周りは何も言わなかった。鼻がツンとして、だんだん息が苦しくなってくる。ハァと息を切らして、赤い空を眺めた。


「憎らしかったけど、でも、それでも」


 また目頭が熱くなるのを感じながら目を細める。


「あんたの好きなとこ、い、いっこあって」

「ナナリー、あんた」


 ベンジャミンが背中を撫でてくる。

 瞬きをしたら駄目だ。流してはいけない。

 そう思っても、やはり頬をつたうものを止めることが出来なかった。


「昔から約束だけは、何があっても守ってくれるのよ」


 ロックマンと出会った頃から今までを思い起こす。

 首を洗って待っとけと言った学生時代の休暇前。休暇明けに学校へ行ったら嫌味たらしく「洗ってきたけど」などと首を見せられて馬鹿馬鹿しいやり取りをした。

 そんな会話をいちいち覚えていたのかと、私はあの時少しだけ笑ってしまった。

 記憶探知を教えてあげたいとか言って冗談半分でついて行った調査では、しっかりとやり方を教えてくれた。余計なお世話だと思ったけれど、私は心底驚いた。

 海の国の時だってそうだ。すぐに行くから待っていてと言われたが、まさか本当に来てくれるだなんて思わなかった。


 今だって本当に、


『まぁまぁ、いざって時は守ってあげるから安心しなよ』

「守るとか」


 なにそれ、なんだそれ。

 私みたいな奴との約束なんて守ったところで得なんかないのに、やっぱりこいつは私以上に馬鹿なのかもしれない。

 本物の馬鹿なのかもしれない。


 でも、そんなの。


 肩を震わせて口元を両手で塞ぐ。


「こんなの……」


 ――嫌いじゃなく、好きにならない奴がアホではないのか。


 暫く思考を停止させたあと、私は首を振って瞬きをする。

 違う違う違う、なんでこんな気持ちになるのだ。おかしい、違う変だ。

 それに今はそんなことをうじうじと考えている暇はない。ロックマンの言う通り、ここまで来たのだ。振り返らないで、皆の為に、私にはやることが残っている。


 それでも私はコイツの前で以前泣いた時のことを思い出す。

 ロックマンが片腕を無くし血だらけになっていた、私が初めてペストクライブを起こした時のことだ。

 あの時、私は脳裏に浮かんだ光景があった。それは昔母と共に行った町の演劇場。私はお芝居に退屈して眠気におそわれていたけれど、唯一鮮明に覚えている場面があった。それは恋人が倒れて、女の人が凄く泣いているところだった。悲しくて悲しくて、泣いていた。私は自分が泣いたのは悔し涙なのだと思っていた。


「なんでこんな、土壇場なのよ」


 もしかしてあの時、私は。

 氷の中のロックマンを見つめて、私は酷く顔を歪めた。

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