最強の錬術使い
更に、スフラは一太刀を世界に浴びせる。先ほどと同じく世界が斬れ、異空間が浮かび上がる。
「ちょ……。このままじゃあ」
余りにも衝撃的な光景だ。例え神に勝ったとしても、そのあとの世界はどうなるか。狼狽する健一だが、スフラが優しく諭す。
「大丈夫です。世界が壊れるのは一時的だけ。この『錬術』は本来の世界の壊し方。時間が経てば元通りです」
まるで食事中での談笑のような自然な笑み。肩も落ち、体もリラックスした様子。張り詰めた雰囲気も弛緩していく。戦いの最中とは到底感じさせない。
にこやかな顔のまま、少しだけ顔を引き締める。もう、一太刀。今度は平行に一閃、世界の切れ目からは、先ほどと同じく白と黒も模様玉が湧き出る。
「世界を斬る剣戟。世界のベクトルなんて関係ない」
勢い良く地を駆け、『時空剣』を胸元に置く。視線は斬れた世界の先、ルビーの瞳は神を写す。
神様、声を聞いたのは記憶もおぼつかない頃。始めは誰だか、わからなかった。貴方の言う通りにすれば何もかも思い通りになった。剣の腕も、勉学も、そして、お父さまと共に望んだ願いも。でも、今、この瞬間は、心の赴くままに。世界のこととか、みんなのことよりも、私自身も気持ち。ケンイチが言っていたのはこういうことかな、今はただこの世界を壊そうとする悪魔を倒したい。
短剣を振るった。世界を斬る斬撃。空間を斬り、白黒の斑が高速に広がる。世界を裂ける斬撃は、神をも斬ろうとする。
無駄だ。
神の両手、眩い白光が灯る。スフラの斬撃に合わせ、白光で受け止める。心臓をノックするような、世界全体に響く音が断続的に響いたのち。白い光は、白黒の斑模様を消し去った。
こんな攻撃、神の我には――――。
「まだ! まだ! まだ、まだ、まだだ!」
スフラの連撃が唸る。右手に携えた『時空剣』を右斜めに振り下ろし、くるりと体を右回転、勢いに乗り今度は水平斬り。すかさず『時空剣』を宙に停止させ、左手に持ち帰る。空間を突き刺さす突き。優雅な舞を連想させる剣戟、世界を崩壊させる一振り、一振りだが、そのたびに白光は世界を眩く発光した。
「まだっ! あなたを倒す!」
ぎゅっと、歯を食いしばり、腹から声を出した。ルビーの瞳は荒く、まるで獰猛な野獣の赤い眼玉。『時空剣』を両手で持ち替え、頭上に掲げる。
「いっ、けっええええええええ!」
目を瞑り、眉間に皺を寄せて振り下ろした。戦闘中に自ら視界を閉ざすなどこれまでにない。それほど一心不乱に振るった一撃。
『時空剣』の先から世界を突き、噴き出した白黒の斑。世界崩壊の破片は空と大地を丸々飲み込んだ球体となった。その大きさ直径50m。神を飲み込むのには十分過ぎる大きさだ。
「すっげ…………」
後方に下がりスフラの戦いを見守っていた健一は驚嘆の声を溢した。『フリースモークモア』を構え、いつでも助太刀する体制を整えていた。だが、出番はない。自分が下手に手を出すと邪魔になる。それほど先ほどのスフラは強かった。
「スフラはさ。きっと、初めて自分の願いで戦ったんだよ。『錬術』は願いの力、さっきのが本当のスフラの力だ」
同じく傍らで戦闘を見守っていたイノア。黒いオーラを体中から滾らせている。
「世界最強の『錬術』使いか」
「あぁ、スフラこそ。この世界の救世主だ。さぁ、呪縛から解き放たれたスフラを迎えに行こう」
カラァンと『時空剣』が地に落ちた。
「終わった。終わったよ、イリリ」
糸が切れた操り人形のように力が抜け、バタリと座り込む。
イリリ、ごめんね。私、間違っていたよ。本当はイリリも、ガルバも、レンも、兵士達も、もちろん、イノアとも一緒に笑っていたかった。みんなが笑顔って意味に自分が入っていなかった。本当にバカだよね。こんなに失ったから気づくなんて。
いえ、王女さま。私はこうして王女さまが笑ってくれるならそれで嬉しい。心から、尊敬していた王女さまに最後まで力になれて、私の人生は幸せでした。
短剣からそよ風に乗って聞こえてきた声。空耳や幻惑に近い声だが、イリリの意思であることを疑わない。『時空剣』に黒い染みが広がる。短剣を染色すると、黒い塵となり天に舞う。
ありがとうございました。王女さま。
「こちらこそ。ありがとう。イリリ、あなたのおかげで世界は救われました」
涙を目に溜め、ルビー色の瞳がきらりと光る。
「スフラっ……」
スフラが踵を返すと健一とイノアがこちらに駆け寄ってきた。手で涙を拭い、微笑を浮かべるスフラ。
「これは――――」
「イリリの声か! さっきのは!」
目を見開く、『時空剣』から聞こえてきた声はしっかりと健一とイノアにも聞こえていたようだ。
「さすが、我が妹。剣になってもおしゃべりなのは変わんないなんてな」
鼻にかけながら話すイノアにスフラも健一も笑みを浮かべる。
周りを見るとスフラが斬った世界の亀裂は徐々に修復していく。このペースなら小一時間あれば充分に元通りになるだろう。神が放った白色の光も輝きを失い、世界の崩壊は停止。神によって壊れた世界、修復できるかは判明しないが世界が消滅することはないようだ。
「この世界に平和が来たんだ。スフラ、みんなが笑顔になれる世界になったんだ!」
健一が興奮したようすでいった。
「本当にありがとうございました。あなたこそ、この世界の救世主です」
ルビーの瞳に涙が溜まる。
スフラはいうとゆっくりと右手を差し出した。ケンイチもそれに答え右手を差し出そうとした。
そのとき、再びイリリの声が風に乗ってきた。
ごめんなさい。私の力では、神は。いえ、あの人は倒せませんでした。
3つの視線は一斉に球の白黒に。
「くっそが! 許さんぞ! この俺をコケにしやがって!」
球が破裂した。木を根っこから引き抜くほどの爆風が吹き荒れる。
健一は踏ん張りを利かせ、右腕を顔の前に盾にし、風圧を防ぐ。同時に瞼を僅かに空け、細めながらそいつを見た。
黒い髪。黒ぶち眼鏡。紺色のスーツ。黒の革靴。年齢は20代後半。日本人の平均身長ほどの背丈、中肉中性。その姿はどこからどう見ても地球では巷に溢れるビジネスマン。
「誰だお前?」
健一の声に男は口元を吊り上げ、気持ちの悪い笑みを浮かべながら一言。
「俺か、俺は神だ」
神と名乗った男の声。今まで脳内に直接響いた声と同一人物で間違いない。
「はぁ、神? どう見てもただの日本人。元の世界の人間だ。そいつは!」
「おいおい、そう声を荒げるなよ。同じ異世界から召喚された同士だろ」
「異世界から召喚、そんなこと――――ありえない!」
スフラが横やりを入れた。『錬術』によって、異世界から人を召喚する。それも人を媒体にする倫理観に欠けた禁じ手。神託があったスフラだからこそ異世界召喚は成り立った。確証もなく、人を犠牲に出来るはずはない。
「ああ、勘違いするな。俺が召喚されたのはこの世界じゃない」
「この世界ではない?」
驚きと困惑が混じった健一の声。スフラとイノアの表情も驚きで満ちている。
「考えても見ろよ。既に元の世界とこの世界、2つの世界が確認させている。なら、3つ目、4つ目、他の世界もあるなんて容易に想像できるだろ。俺は元の世界ともこの世界とも違う世界に召喚された。とある王国の古の儀式とやらでな。王国の意思は世界統一、チートスキルを貰った俺は無双しまくったよ。直ぐに王国によって世界統一され、俺は英雄扱いされた。そして、俺は―――――」
中指で黒ぶち眼鏡の位置を直し、薄ら笑いを浮かべる。背筋が寒くなるにんまりとした表情。そして、頬を緩めながら言葉を続けた。
「世界を支配した」
「――――!」
「お前なら分かるだろ。健一くん。くだらない現実から、夢の世界に飛ばされて。ワクワクしただろ。しかも、自分は選ばれた者。異世界の誰もかも有象無象の存在だ。始めは愚直に王様の命令を聞いていたよ。でもな、あるときを境に、そうだな、俺があの世界で一番強くなった頃。ふと思ったんだ。この世界でなら何でもできるって。なら、ちょっと世界征服しようってな。男なら誰でも一度は妄想しただろ。ただ、元の世界では現実的ではない。でも、あの世界なら俺はその力があった。ただ、それだけだ」
「そんな、個人の理由で世界を支配だと――――」
「なぁに、地球だってごく少数が、思想なら理想やらほざきながら好き勝手やっているだけだろ。もし、息を吹けば竜巻になり、地を踏めば地震が起きる。そんな神のような化け物がいれば、その人間は世界を征服する。あの世界では俺が神で化け物だっただけだ」
飄々と語る神と名乗る男。言葉の奥には自信と高揚感が伺える。
「いい年して痛すぎるぞ! だから最近の若者は――なんて、いわれるんだよ。それにじゃあ、何故、他の異世界で神になったお前がどうして、この異世界に来た?」
「あぁ、そうだ。そうだ。その話はしていなかった。世界を支配した後は、非常に退屈だった。何もかも手に入るから、逆に飽きるのも早くてな。だから、他の世界も頂くことにした」
「いっ……頂くですって!」
「そうだ。俺の力があれば他の世界に行くことも造作もなかったからな。同じようにいくつか世界を頂いた。えっ…………と、確か今、4つだったな。うん、元の世界を含め俺は5つの世界で神という訳だ。すげぇだろ。そして、6つ目の世界、この世界に俺はやってきた」
「そうしたらよ、はぁはぁはぁ!」
神と名乗る男は腹を抱えて笑いだした。
「この世界は弱すぎる。これまでのどの世界も元世界では摩訶不思議な力、地球の妄想でいうところの魔法が使えた。それが、どうだこの世界はまるで地球と変わらない。それも何百年も戦争をしている。知っているか、前時代の戦争では兵士が剣で斬り合っていたんだぜ。いつの時代だよ。こんな世界、支配するのに1日も掛からない。それじゃあ、つまらなさすぎるだろ」
「つまらない――――」
呟いたスフラ、頬には涙が流れる。
「あぁ、だから遊ぶことにした。こいつらに俺の力を少し与えれば、俺の世界にいた魔物とどちらが強くなるかってな」
「魔物!」
「そうお前らが『厄気』って呼んでいた化け物だ」
「そんな、『厄気』は『錬術』によって、呼び出されたって――――」
「あぁ、そんなふうに魔法を改造した。葛藤があったほうが面白いだろ。あとは適当に王族に声を掛けて面白くなりそうな王に協力するようにした。もう、思うが儘にな」
「そんな――――」
「まさか、本当に思っていたのか。自分達の力で世界を支配できたって。そんな力、お前達親子にはなかったよ。俺が裏で動いただけだ」
「――――」
「そして、俺の力を与えた。でも、あんたら弱すぎたよ。話にならないから、妙案を思いついたよ。そうだ。地球から人を呼ぼうって。だから、仲良くしよう。健一くん」
ニタニタと笑みを作り、健一の方へ振り向く。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁあああああ!」
激昂の雄たけびをあげる健一。泣き崩れるスフラの横を過ぎ去り、神と名乗る男へと向かう。その心情は怒り一色であった。




