本当の願い
「おい、さっさと動け! いつまで経っても帰れないぞ」
うん……? 何の声だ?
「おい! 堀木聞いているのか!」
「はっ……はい!」
視界が鮮明になった。別に寝ていた訳ではない。ただ、夢を見ていた。思い出せないが、とても苦しくて、でも、大切なこと。
なんだったけ…………。いや、そんなことはどうでもいいか。今は、仕事中。
健一は薄暗い倉庫の壁に架かっている時計に目を移した。時刻は10過ぎ。まだ、閉店作業は8分目。
急がないとまた、終電を過ぎてしまう。
気を取り直して、作業に取り掛かる。明日に並べる商品を仕分けなくてはならない。無数に並ぶ段ボールは、壁のように倉庫を埋め尽くし、ラベルを判別するのも一苦労。深いため息を漏らしながら、手は動かす。
たっく、ごちゃごちゃ、文句言うならお前も手伝えよ。クソ店長。
一歩的にこちらを監視するだけで、椅子に座りスマホを触る店長に内心悪態を尽きながらも、きっちりと手は動かす。
深夜までこんな倉庫にいるのはごめんだ。まぁ、こんな世の中、こんな世界もごめんだな。早く、創造の世界に――――。
創造の世界? 異世界?
意識がはっきりした。次いで、記憶が洪水のように溢れかえる。そして、痛覚が鮮明になった。
「あぁぁっぁああああ!!!」
意識が今度こそ戻った。目の前には憎い敵、神。神によって、崩壊させられそうな異世界。
スフラもイノアも動けない、俺がこいつを倒さないと――――――。
まだ、動けると勘違いしているのか。
神の言葉が脳内に響く。
何をいって――――!
体が動かない。全身が自分の体ではない。指先一つ、脳の信号を拒否している。
「何をした!」
夢、いや、お前にとっては現実を暫く見ていたのではないか。
「…………」
沈黙は肯定だな。『タイム・キル』は暫く、この世界の時間を奪う。神が、1人の人間ごときの自由を奪うには十分な時間だ。
「くっ!」
最終通告だ。元の世界に帰れ、異世界の者よ。
「何度いたって、お断りだ。それにありがとよ。一瞬でも。元の世界に帰してくれて。俺はあの世界では死んでいたんだ。毎日、毎日、無気力に過ごして、死んだ目をしていた。世の中は誰かのせいだなんて思っていた。違うのにな。異世界ではな必死に自分の願いにひたむきな人、尊敬できる人に命を賭けてついて行く人。世界と愛する人を天秤にかけられる人。平和のために命を掛けられる人。みんな、すごいんだよ。毎日、毎日、必死に生きている人達ばかりだ」
「もう、一度言う。何度でもいう。俺は元の世界に帰らない、お前を倒して異世界の救世主となる。こんな人達のいる世界をお前に壊させたりしない!」
澄んだ瞳、写るのは黒い影。
わかった。心苦しいが、お前も葬りさろう。
神は右腕を突き出す。丸い手の先、鮮やかな光が輝く。
せめてもの情け、一瞬で終わらせよう。『ホワイト・エンド』
白い光。天で世界を崩落させている光とよく似ている。差異は、少し光が薄いことぐらい。ゆっくりと、赤ん坊のハイハイぐらいの速度。身体が動かない、健一に避ける術はない。
啖呵を切ったのはいいが、状況は最悪なのは変わらない。どうする。まず、なんで動かない。俺は奴になにをされた――――?
光は目前、しかし、体は変わらす麻痺状態。
「くそ、くっそ、くそ! くっそが――――!」
迫る光。叫びは大きく。しかし、届く者はなく。手足をばたつかせることもできない健一は、運命を受け入れるしかない。
諦めるか――――――――。
いや、スフラなら、イリリなら、イノアなら、異世界の人々ならこんなところで諦めない。
光は輝き、健一には眩い光を浴びた。
なんだ…………。温かい光。愛しい……。
ゆっくりと瞼を開く。眩い光、闇のように深い漆黒の光。光と認識できるのは、黒い光が艶のような輝きを放っているからだ。そして、感じるのは心を落ち着かせ、どこか精気を沸かせる雰囲気。
この光は…………。
感覚が徐々に鮮明に、兵士となって身に付けた感覚も敏感に戻る。闇の光、その外に殺気が広がる。眩い光と推測できた。
右手で地を押し立ち上がった。
「はぁ?」
自然にできたおかしな行動に変な声が漏れる。身体の自由は神によって封じられたはず。どうして?という疑問よりも先に行動に移した。ポケットから虹石とフェバルを取り出し、流れるような手捌きで、『錬術』を発動させる。
「『虹瞬』」
瞬間移動先は、直ぐ近く。神を相手に逃走しても仕方がない。倒さなければ、世界が崩壊してしまう。よって、瞬間移動先のほうの一歩先は、まだ、虹色の光が輝いていた。
「どうして…………」
視線の先、神の放った光が依然、世界を壊し、その前に悠然と佇む神。それに向かい合うのは2人。ショートカットの黒髪、端正な顔立ち、放つ並々ならないオーラ。王の器、この世界の救世主。
イノア・ショーミの姿だ。だが、健一の声を出したのはイノアに対してではない。
綺麗な長い赤い髪。ルビー色の瞳。美人な顔。どこか儚い雰囲気。
俺の大好きな人。
「スフラ!」
スフラは振り返り頭を下げた。
「ケンイチ、イノア…………。ありがとう。今、正直気持ちは揺れています。私の道が正しいのか、2人の道が正しいのか。どちらが、この世界のためになるのか。でも、イリリの心は変わったみたい」
宙を漂う短剣。真っ黒な柄以外は変わりない短剣。それは見て目の話。短剣が醸し出す空気は覇気があり、どこか優しさが隠れている。
「『時空剣』、私はこの剣を少しも扱えていないみたいです。目が覚めたときには浮いていました。まるで、剣に意思があるかのよう。きっと、イリリはまだ生きているのでしょう。黒い光を発光し、私を包み込み回復させてくれました。きっと、2人もそうでしょう」
「イリリが…………」
じっと両手を拡げ、手のひらを見る。続いて両手。傷1つなく、異世界に召喚させる前と同じ。体に疲れも残っていない。
「今度は、今を直視したい。どっちが正しいか。この世界のためかわからない。でも、今はただ、壊されている世界を止めたい」
ルビーの瞳は険しく、一心に神へと注がれる。
「さぁ、死神と戦姫と救世主が共闘だ。神を倒すぞ!」
空元気に近い叫び、黒い剣を携え駆け出すイノア。その横にぴったりと張り付くようにスフラも走り出す。
わからぬな、力の差など歴然。それは先ほど示したはずだ。愚かな人々よ。神の裁きを受けるがよい――――。
『ベクトル・チェンジ』
一心同体に距離を詰める2人。視線が神から僅かにずれ、お互いを見つめ合う。かつては、共に戦場を馳せた2人だ。視線を合わせるだけで、作戦を共通できる。頷きもシンクロした。
先に一歩前に出たスフラが『聖火剣』を横に薙ぎ払う。淡い桃色の焔は、空を喰うかのように、剣を払う中で灼熱を増幅させる。大火となった聖火は神を焼き尽きそうと熱気を増して進むが、神を焦がす直前。左方向に逸れ、崩れた白い瓦礫の数々を溶解させた。
「左か!」
それを見たイノアはすかさず右側に歩みを変える。右手にオーラを凝縮させると、漆黒の光線となって放たれた。進路は神の右側に逸れるがねじ曲がった空間。漆黒の光線はカーブを描き神へと導かれる。
こんな策が通じるとも思っているのか。『ベクトル・アウト』
漆黒の光線、軌道を変え神へと直撃するはずだった。
「くっ…………。なるほどね」
溜息混じりに声が漏れる。漆黒の光線は神に直撃する瞬間、上昇し空へ伸び雲に直撃。雲は弾け、闇の粒子が空から降ってきた。
熱気が空間を圧迫する。スフラが業火の焔を放った。結果は同じ、神に触れる瞬間に上昇、焔は空に逸れ桃色の灯が消える。
「恐らく、神の周囲360°にベクトルが変化している。攻撃は神には当たらない」
「確かめてみるか!」
後ろから声と共に白い煙が巻き上がる。煙は突風のように流れ、神を飲み込もうとする。
我に、試すか。愚か者ども。
両手を天に掲げる。黒く丸い両手。そこから、米粒ほどの光の粒が幾つも灯す。流星のごとく煙に立ち向かい白い粒は煙に触れると、その輝きを増し逆に煙は消滅する。一瞬の内に煙は鎮火され、光の粒はピンポン玉ほどの大きさに増幅させた。
「くっそ! そんな暇も与えないつもりか!」
「あれは、まずい! 一旦、虹石で移動するぞ」
「悪い! もう、虹石はない」
幾度となく危機を脱した『虹瞬』、素材である虹石はイノアから譲り受けたものだが既に切らしていた。
「そうか、――――なら」
「私が止めます」
眩い光の前、スフラが立つ。決意の眼差しはルビーの瞳をより美しく輝かす。
「もう一度、あなたの力を貸して下さい。イリリ――――」
『時空剣』を構える。光の流星は視界を眩しさで覆う。
「スフラ!」
思わず駆け出しそうになる。光の粒はこれまでのどの一撃よりも強大だ。だが、足は止まった。手首を掴まれ、思わず睨む。
「イノア! 何をする、スフラが危ない」
「大丈夫だ。スフラの力は、妹の力は神にも匹敵する」
『時空剣』の一閃が光る。
心臓を破裂しそうな轟音が耳を突く。ゆっくりと目を開ける。刹那の出来事。光景から入ってきる情報に脳が追いつかない。
「なんだこれ……………」
「『世界刃』、私達の最後の『錬術』です」
空から大地へ貫く一線。世界が割れたように、裂け目は黒玉と白玉の斑点模様が広がり、空間の割れ目は広がる。
「愛する世界を守るため、一度世界を壊します」




