神の力
瞼を閉じるが、目玉の奥まで焦げるような強い光。世界を震わせる轟音は心臓が潰れるかのように身体を刺激する。黒い稲妻、正確には街丸々飲み込める黒い光が『ホワイトマウンテン』に落下した。
光は健一達を包んだ。幸い、ダメージはない。足元が揺らぐ、白色の地面が砕けた。
「なっ!」
両目を閉ざされながら、よろめく身体を堪えバランスを取る。瞳を焦がす光にも慣れたころ薄っすらと目を開けた。驚愕の光景に声すら出ない。
世界最大の山、『ホワイトマウンテン』が崩れ落ちていく瞬間であった。黒い光が山頂から降り注ぎ、半径1mほどの穴がぽっかりと開き底さえ見えない。更に、穴は徐々に広がり『ホワイトマウンテン』を砕いていく。山の大地で起こったひび割れは、健一の足元まで伸びていく。
急ぎ山の陥落に避けようとするが…………。
ここは山頂だ。どうする…………?
「ケンイチ、麓に移動だ!」
イノアの声に反応し、脇に視線を移すと。既に虹色の光がイノアを包んでいた。
「そんな、遠くにいって。スフラはどうする――――あれ?」
スフラを探したが、姿が見当たらない。『錬術』を発動させるどころか、指一本動かす力もなかったはずだ。
どこに? イノアか――――? それとも、もう――――。
いや、予感が胸に抱く。持っていた『万能薬』を強く握りしめたが、ひび割れが足元まで延び、広がる山頂は跡形もなく消滅している。歯を噛みしめながら、『万能薬』をポケットに詰め。代わりに、フェバルと虹石を取り出す。
「『虹瞬』
山頂に輝く虹色の光。眩い光が明かりを失ったころ。山頂が崩れ、雪崩式に次々と大地が砕ける。寂しい風に吹き、粉々の白石が舞う。白い大地の成れの果てだ。『ホワイトマウンテン』は完全に消滅した。
「嘘だろ…………」
間一髪難を逃れた健一は膝を付いていた。崩れていった『ホワイトマウンテン』を目撃して開いた口が塞がらない。
「いや、それよりもスフラは!」
「スフラならこっちだ」
後ろからの声に振り返るとイノアがスフラを煉瓦の壁にもたれかけた。麓にある一軒家。以前にかつてのルバ兵の駐屯基地の1つと聞いていた。
「なら、よかった」
ふぅっと、胸をなで下ろす。スフラは先にイノアが避難させたようだ。
「でも…………」
やり切れない顔で崩れたホワイトマウンテンを見つめる。あそこにはまだ、ユタバ、レミアンの隊長達を始め、多くの兵もいた。ホワイトマウンテンの陥落を受け、安否はどうなっているのか。思いはどうしてもマイナス方向に引っ張られる。
「信じよう。俺達がいうのもおかしいが、ここまで生き残った兵士達だ。自分たちの命ぐらい守れるさ。それよりも、最後の敵だ――――」
瞳の揺れを止め、一心に前を見つめる。崩れ、煙舞うホワイトマウンテンの崩落地から、黒い影が近づいてきた。
影が大きくなるたび、健一の体に異変が起きる。身体を大きな手で包まれ握り潰される感覚。全身から冷や汗を掻き、心拍数も増す。
コワい…………。
けど、なんだ。この懐かしい感じは――――?
「もう一度聞く。神を倒せると本当に思っているのか?」
煙から黒き影が姿を現した。大きな丸い頭。目はなく、口は一本の線。身体は頭に比べると細く。円柱の形。腕と脚も細く、手と足先は丸い。
「こいつが…………」
「あぁ、神とほざき。この世界を壊し、スフラの運命を弄んだ元凶だ」
丸い顔から、2つの赤い丸い点が不気味に光る。視線は健一に。心臓を手で掴まれているような感覚。全身から汗が吹き出し、鼓動が高ぶる。神のオーラに押しつぶされそうだ。
それでも、手を握り占める。歯を食いしばる。前を見て、睨み付ける。こいつが、スフラを操り人形にした。こいつのせいで、スフラは要らぬ十字架を背負い、罪を被り、人生を滅茶苦茶にした。
「絶対に許せない!」
許せない? 神に使う言葉ではない。そもそも、神に向かって、言葉を放つなど。あってはならない所上だ。
右眉がピクリと動いた。言葉が直接、頭に響く。漫画などを読んでいるときに自然とセリフが頭の中で再生される。それに近い現象が健一達の脳内で起こった。
キモイな、これは。
誰かに話し掛けられることもなく、自発的に漫画のページを捲っていない。脳に語りかけてくる言葉は、無断で自分の脳内に入られているようだ。虫唾が脳から全身に下る。
だが、今は小さな問題だ。我が下界に降りたったのは、語り人がチャンスを逃したからである。
チャンス? 語り人はスフラのことか。
「スフラが『厄気』を滅ぼさなければ、この世界を破壊するということか――――?」
イノアが恐る恐る口にする。神と一時対峙し、敗北しているイノア。その恐ろしさは身をもって知っている。
「そうだ、特異点。もはや、再検討の余地もない。この世界の破壊を開始する」
大きな赤い眼、光が増し。黒く丸い右手を天に掲げた。
「『ワールド・エンド』」
球状の手から放たれた。小さな光。ダイヤモンドの指輪のような、綺麗で眩い光。だが、放たれたオーラはこの世のものではない。この世界にあってはいいものではない。
光が神の頭上で停止すると、世界を壊し始めた。
光の周辺。空間が剥がれていく。剥がれた空間は、薄い水色と橙色が入り混じり、世界の崩壊を意味していた。
「させるかよ! 『黒剣』」
素早くイノアが『黒剣』を出現させ、神に詰め寄る。時間しては僅か、数秒。疾風のごとき足さばきで距離を詰め、稲妻のごとき剣を下ろす。
長らく健一は、スフラの剣術を傍で観察し、実際に剣を受けた。あれが剣技の最高到達点と思っていたが、イノアの動きは一段階上をいっていた。
「『ベクトル・チェンジ』」
イノアの真上から振り下ろした『黒剣』。1ミリの狂いなく神の脳天を斬る一撃。だが、『黒剣』は右に逸れ、黒き刃は空を斬る。
目開くイノアをよそ眼に、黒い球がイノアに迫る。
まずいっ!
『虹瞬』
虹色の光を放ち、神の手から逃れる。健一の隣に瞬間移動してきたイノアは早口で捲し立てた。
「気をつけろ! 奴の手は俺の『黒き手』以上の能力を持っている。触れたら最後、体力も気も失われ倒れる。それ以外にもおそらく、ベクトルを変化させ、攻撃を防ぐ、活用は当然防御面だけではないはずだ」
「ベクトルを変える? それは俺の『錬術』だ」
「うん?」
イノアが首を傾げる。神の触れただけで相手を倒す手も自分の『黒き手』と似ている。
偶然か? いや、今、そんなことを考えている時間じゃない。 まずは――――
「俺が遠距離攻撃で様子を見る。神は舐めているのか、何なのか知らないが、あっちから動く様子はないみたいだし。今の内に殴れるだけ殴ろう! いいか?」
「あぁ、さすが、妹の弟子だ」
神はというと、光を放ったあと。両腕をだらんと弛緩させ、赤い眼を輝かす以外は銅像のように動く気配がない。
「舐めながって! 『ブラックホール』」
『フリースモークモア』を横に払い、漆黒の球体を繰り出す。真っすぐに突き進む黒球。
神は対抗する素振りなく、漆黒の球体を受け入れる。神に衝突した瞬間、黒球は膨れ上がり、神を飲み込む。
「やった――――!」
健一は喜びの声を上げるが、イノアは『ブラックホール』を凝視したままだ。
あの神が、これで終わり。あれで倒せるなら、どうして『ベクトル・チェンジ』を使わなかった? 受けられると思ったのか? どういうことだ?
異世界の者よ。お前の攻撃は、神には効かぬ。
ビリビリと空が軋む音。黒く全てを吸い込む『ブラックホール』、赤い一筋の光が、1つ、2つ、3つ。ガラスが砕ける音が鳴り、『ブラックホール』が粉々に砕け散った。そして、中から黒き影、神が何一つ姿を変えずに現れた。
破壊を続行する。
神の声が頭に響く。神の放った眩い光が更に輝き、剥げた空間が拡張し、世界が侵食させていく。
「させるか! 『虹瞬』」
虹の光が、イノアを包み消えた。
「『黒剣』」
虹の光が輝きと同時、『黒剣』を握り、振りかぶる。『錬術』と『錬術』とのインターベルは1秒にも満たない、流れるようなスピード。瞬間移動によって、神の真正面、ゼロ距離まで一瞬でつめたイノア。この距離ならベクトルが多少変化しようが、修正範囲内だ。
漆黒の刃は、これまでのどの一撃よりも早く。神速の一振りであった。神の領域に届きえる、剣は確かに神の頭に触れた。
特異点を、神に触れるとは。見事だ。だが、これまでだ。
丸い球の頭から、薄っすらと黒い煙が見えたような気がした。次の瞬間には――――。
「何だこれは!」
イノアの視界には黒が広がる。本能的に『黒剣』を振るうが、結果は苦虫を噛むような顔に変わる。剣で壁を斬る感覚もなく、突き刺さる感覚でもなく、弾かれる感覚もない。ただ、素振りをしたように。虚しく空を斬るばかり。歩いても、走っても、東西南北どこを斬っても、手にはモノを斬った感触は残らない。冷静になり、『虹瞬』を発動するが、移動先はどこまでも広がる闇であった。
「完全に閉じこめられたか。脱出手段も浮かばない。俺はまた、神に負けるのか――――」
珍しく弱音を吐いたが、その声は誰もの聞こえることはなかった。
「閉じこめられてしまった――――」
視界に浮かぶのは、黒い球。一軒の家ほどの大きな球。中にイノアはいるのは明白。助けたいが、黙って見守ってくれる相手だろうか――――?
神は相変わらずじっと動かず。光が世界を破壊していく。剥がれた空間は確実に広まり、遂には空だけでなく地にも伸びていく。世界が終わるまでそう時間は残されていない。
異世界の者よ。提案だ。元の世界に帰らないか?
「元の世界にだと! ふざけるなよ!」
語りかけ神に、激高し声を荒げる。
お前が、語り人の助けになりたいと願っているのは知っている。だが、語り人は倒れ、特異点も閉じ込められた。もう、神に抗えるのはお前だけだ。それでも戦うか? 今一度いう、異世界の者よ。お前の攻撃は神には通じない。
淡々と語る神。スフラは倒れ、命を維持しているのがやっと。イノアは黒い球に閉じ込められた。これまで、対処されず。一撃必殺であった『ブラックホール』も軽々破られた。
神の語りは真実。見立ては間違っていない。
「だから、何だ。勝てない? 誰が決めた。 そうやって、スフラをお前は操っていたんだな。お前を倒す。神を倒して、この異世界の本当の救世主となる」
両腕で筋力を全力で振るう。白い球体から、緑と青い光が出現する。スライムのように宙に漂い泳ぐ、
「『異次元空間』」
緑と青い光の集合体。神へと延びる。
効かないといったはすだ。
緑と青い光の集合体。神を包み込む。『異次元空間』に閉じ込められ世界と隔離させる。――――はずだった。
理解したか。
赤い線状の光が球体になった緑と青い光を割る。
異世界の者を、お前に神は倒せない。力の差を見せよう。
『タイム・キル』
頭の中にその言葉が響いた瞬間、健一の意識は途絶えた。




