戦闘開始
――5時間後――
『厄気エリア』には慎重を期して3時間で辿り着いた。その間も時折『厄気』に襲われる事態があったが、levelは1~3、特に脅威になるlevelではなく優先的に健一に実践経験を積ませた。といっても『錬術』にlevelの差が開いておりどれも瞬殺、その度に健一は得意顔と調子のいい言葉を並べるのはいいのか、悪いのか。
隊の体力の回復を待つために2時間、10人程度を見回りに、残りの兵は野営で休めることに努めた。兵士達の顔付きも活気を取り戻し隊列に並ぶ。決戦の時が迫っていた。
今回の作戦の概要は『厄気エリア』の中央に不気味に光る赤い球体、『コア』と呼ばれているものを破壊することだ。『コア』からは『厄気』が発生し『厄気エリア』の源になっている。『厄気エリア』は中央に進むほど高levelな『厄気』が配置され『コア』の傍には門番と呼ばれる『厄気』を統一する『厄気』が存在する。門番は『コア』と一心同体、門番を破壊すると『コア』も破壊される。逆に『コア』を破壊することは極めて難しい。門番がすぐ傍にいることが一つ、『コア』の破壊を試みると『厄気』が大量に発生するためだ。よって、軍は門番を倒すことを目指す。
隊列は2列で侵攻する。イリリ率いる王都守護兵団が左側に、右側がガルバ率いる王都侵攻兵団が縦に侵攻する。間には負傷兵を休ませる。その先頭には負傷兵を守る意味と両列に素早く指示を送るため、何より先陣を切って戦うため。イリリ隊長と数人の部下、ガルバ隊長と数人の部下、その後ろにスフラと健一が並ぶ。
黒いドームは近くで見ると薄い霧のようだ。数10mなら目が届くが100mとなると姿を確認することは不可能だろう。味方から離れることは敵の懐で孤独を意味する。
「これより、『王都厄気エリア』2隊合同侵攻作戦を決行します。皆、自分の命を第1に、仲間の命を第2に、作戦の実行を第3に行動して下さい。皆の無事を祈っています。それではイリリ、始めなさい」
スフラの開戦の言葉、それと同時にイリリが先陣を切る。
「はい、『ギガンテス』伸びなさい」
数百、数千だろうか。数えることも嫌になる『厄気』の数、標的を発見し、飢えた獣が迫ってくる。その進行を終わらせる巨大な刃は数百の『厄気』は切り刻まれ消滅した。
「よし、進むぞ! お前ら!」
「あなたが仕切らないで下さい、皆さん慎重に進みますよ」
イリリ、ガルバを皮切りに隊列が進む。イリリの一撃で多くの『厄気』を葬ったはずだが、湧いてくる『厄気』の数に衰えはない。種類としてはlevel1の黒猫。文字通り黒い猫だ。健一の相手にしたlevel2の黒ウルフ。人の胸辺りの身長に骨が透けて視えるガリガリの身体、その身体に不釣合いな大きな頭。他の『厄気』と同じ全身が黒で染まっている。Level3のゴブリンだ。
「『韋駄天足』」
ガルバは両足に履いた靴、底が青く光っている。『錬術』を発動させるとピリピリと底に電気を纏う。一歩踏み出すと目にも止まらぬ速さで隊列から離れ右手に持った長槍で『厄気』を次々と穴を開けていく。
「うおっー! さすが隊長、イリリと同じ地位だぜ」
「私とガルバが同じ地位ですか、そうですね。地位は同じですね」
健一は横目でイリリの顔を伺うとピクピクと右眉を動かしていた。そんな表情を浮かべながらの『錬術』を発動する。
「『無限刃』」
無数の刃を浮かべ、自由自在に操る。数本で『厄気』を足止め、一撃で急所を狙う。刃を向けているのは敵だけではない。兵に近づく『厄気』、囲まれている兵や、死角から襲われている兵に刃を飛ばす。イリリは『厄気』への攻撃と味方の兵の補助を同時に行なっている。
戦地を我がもの顔で駆け抜けるガルバ、それに続き各兵が討伐する王都侵攻団。集団で連携を取りながら戦う王都守護兵団、それを助けるイリリ。何千という『厄気』の大群は瞬きをするたびに数を減らしていた。
「俺も負けてらんねー、『フリースモーク』」
『錬術』を発動されると、一度黒い球体で地面を殴る。鈍い音と衝撃が広がると大量の煙が発生し視界を遮る。『フリースモーク』を振り回すと巨大な煙で形成された球体が出来た。
「えっと、前は兵士達が戦っているからかなり後ろの方、霧で見えない境目でいいか。うりゃ!」
腹から声が出す。『フリースモーク』を大振りすると巨大な球体は黒い霧に向かって飛んでいく。兵士達を超え、先頭を走るガルバをも超える。
「爆破!」
『フリースモーク』をもう一度、地面に叩きつける。一瞬で黒い霧が光に包まれ視界が開く、どうやら奥にいたのは黒ゴブリンだ。数は何百匹といる。灼熱の炎に包まれ黒い体は燃え尽き消滅した。
「燃えた、燃えた。めちゃ燃えた」
高笑いをする健一、隣のスフラは打って変わって表情が曇る。
「ケンイチさん。確かに素晴らしい威力です」
「うん、うん、そうだろ」
「しかし、これはまずいことになるかもしれません」
「どういうこと?」
「敵を倒すペースが早すぎます。このままでは高levelの『厄気』と遭遇する可能性があります」
「うん? それの何が問題? どうせ戦うだろ」
「もうご存知の通り『錬術』には媒体が必要です。つまりは『錬術』は消耗品なのです。作戦としては初めに出陣する兵は力が足りない者が殆どとなります。のちの高levelの『厄気』に対して高levelの使い手である兵が媒体を切らさないように。今、前に出ている兵ではlevel4以上の『厄気』は厳しいです」
大爆発の後、濃い黒い霧は次第に揺れる。霧から出てきたのは全身黒い鎧と黒い剣と盾を身に着けた『厄気』。一見すると人にも見間違うその姿だが、決定的に異なっているのは頭部が黒い球体で中央が赤く光っているためだ。その光は10数個輝いている。
「不味い状況になりました。あれはlevel6 黒騎士です」
先頭で戦う兵士達は戦いの片手間、黒騎士に目を遣る。息を呑む者、手に力が入る者、皆反応は様々だが目の前に強大な敵が迫っていることは理解している。
「level4以下の者は下がりなさい。後退の間も低levelの『厄気』を狙うこと。援軍を素早く呼べます。もちろん、後退を第一に、自分の力で可能の役割を自負しなさい。Level5の者たちは3人1組みになり黒騎士に対処すること。イリリ、ガルバは先行し、黒騎士を撃ちなさい」
冷静かつ気品ある声が戦場に響き渡る。スフラの指示のもと兵士達が迅速に動き、隊列を整える。まだ、黒騎士に戦闘を挑む兵士はいない。黒騎士もまだ兵士達に剣は届かないが黒い鎧が軋む音が徐々に大きくなる。その中で2人が黒騎士の群生に挑む。
「『ギガンテス』伸びなさい」
右手に携えたナイフ。既に刃は赤くに染まっている。瞬間に赤は消え巨大なナイフに様変わりする。『ギガンテス』を横に向け薙ぎ払う。横に進軍する黒騎士を一網打尽にする戦法だ。
耳を突く甲高い音、金属同士が激しくぶつかり合う音。右端の黒騎士は盾で巨大なナイフを防いでいた。遠目の兵達は目を擦る。イリリの『錬術』、『ギガンテス』はlevel6、黒騎士と対等である。同levelでの争いの終点は単純な威力と防御の差。つまり、イリリの『ギガンテス』と黒騎士の盾は拮抗するということだ。
「お善たてご苦労さま!」
黒騎士の後ろ、兵士はもちろん『厄気』の姿もない。しかし、声が聞こえた。鼓膜が揺れたとき、青い光が瞳孔を刺激する。本能的に瞬きをすると何が起こったか皆理解した。
金髪の軍服の男、電気を帯びた靴に右手には槍を持っている。槍の先端は青い光を放ち黒騎士の頭部。黒い球体の中央、赤い光は突き刺していた。
「人の手を借りなければlevel6も倒せないのですか!」
『ギガンテス』を解き、フェバルを取り出し次の『錬術』の準備を手馴れた手つきで行いながらガルバに噛み付く。
「うるせぇー、さっさとお前も倒したらどうだ!」
仲間を倒された黒騎士はすぐにガルバを囲む。黒騎士の視点では彼は不意打ちで1体倒したのみ。複数で相手をすれば問題なく剣で切り刻めるだろうと。だが、それは間違っていた。複数なら相手に出来ることではない。
実際に動いた黒騎士は3体。ガルバと正面で対峙した黒騎士はそのまま剣を構える。他の2体が左右に回り込むまで待つ。それが間違いだった。ガルバ相手に待つという判断をしたことを。囲うという戦法をとったことを。
ガルバは胸ポケットからフェバルと何か黒い種を取り出すと共に『錬術』を発動。手から種を落とす。トントンと地を転がる種は異様に光輝いている。ガルバは種を思いっきり踏み付ける。すると、光は靴に移る。瞬間、ガルバの姿は消えた。
「2体目っと」
青い光は黒い鎧を突き刺す。一瞬のうち、黒騎士の後方に立ったガルバは白い歯を溢し荒々しい目を輝かす。槍を刺した黒騎士は正面に構えていた黒騎士だ。
またも味方を倒された黒騎士は躊躇いもなくガルバに襲いかかる。左右に囲む予定だった2体の黒騎士だ。この相手には隙を作ることが最も危険だと悟ったのだろう。味方が次々に死んだあとだ。気付く方が難しい。2体の上空に浮かぶ何百という刃に。
イリリが腕を降り下ろす。刃の雨は硬い黒の鎧を突き抜ける。
「私も2体です」
「さっきはどう考えても俺のお溢れだ」
「何を言っているのでしょうか? この状況を作り出したのは私です」
睨み合う、イリリとガルバ。一見隙だらけだが黒騎士たちはなかなか手が出ない。目の前で一瞬にして4体もの味方が倒されたのだ。健一の思わぬ強さによってもたらされたこの状況。何も危機ではないと黒騎士の3分の1が2人の隊長によって消滅した。
「何だと、びっくりさせて。お姫さま、大丈夫そうじゃん」
「イリリとガルバが本気をだせば、あの程度の『厄気』は倒せます。このタイミングで2人が本気で戦うことがのちの戦いに響く可能性があります」
「それって、あれだろう。2人の体力と媒体が切れる心配だろ。そんなこと簡単に解決できるよ」
「そのとおりですが、解決とは?」
健一は『フリースモーク』を片手に持ち替え、スフラからの視線を切る。目の先に広がる黒い軍勢に笑みを浮かべる。
「あとは俺が全て倒して万事解決だ!」