『フリースモーク』
――5日間後――
王城内の謁見の間、健一が召喚された部屋でもある。スフラ王女が王座に座りその両隣にはイリリと金髪の男。背が高く細目が怖面な印象を受ける。健一の世界ではやんちゃしている人のようだ。健一はイリリの隣、その3人に向かい合う形で何百人という軍服を身に付けた兵士が並ぶ。
「ここ最近王都エリアの『厄気』が活発になっています。これまではこのエリア侵攻と守護を隊に分けていましたがここで合同侵攻作戦を決行します」
なめらかな声で兵士達に説明するスフラ王女。兵士達も一人一人スフラ王女の言葉を噛み締めている。
「今回の作戦は……」
数十分に説明が終わると兵士達は真剣な顔を崩さず謁見の間を後にする。廊下からは階段を降りる音が響き渡った。謁見の間に残ったのは健一にスフラ王女、イリリに金髪の男だ。
「疑うわけじゃあねーが、本当に強いのか! そいつ」
金髪の男は眉間にシワを寄せ健一を指差し発言する。
「もちろん。これは個人戦の話しですが、正直なところ私と同格、それ以上の力を持っています」
健一はこの4日間、文字通り、朝から晩まで。死にものぐるいに修行をさせられた。「やべぇ、仕事の方が楽かも」が健一のこの4日間の口ぐせだ。「もし、あなたが救世主となり『厄気』を滅ぼせば。その後は何にでも手に入りますよ。あなたにはその素質があります。このチャンスをみすみす見逃すのですか?」とイリリが励ます?と健一がニタニタした顔で修行を再開する。その繰り返しで健一はなんとかこの4日間を乗り切った。
「つまり、あなたよりは強いと言うことです。ガルバ・ジェムス王都侵攻団隊長」
ガルバ・ジェムスと呼ばれた男はすぐさま荒い声をあげた。
「何だと! その言い草だと。俺がお前よりも弱いとでも?」
「あれ? その言い草だと私よりも弱いことを自覚していなかったのですか?」
「何だとぉ! てめぇ!」
右眉毛がピクピクと上下運動を繰り返し細い目もより際立っている。一歩イリリに近づき、今にも胸ぐらを掴みそうな勢いだ。蚊帳の外の健一からでもかなりの威圧感だが、イリリは臆することも更々なく大きな目をガルバから離さない。
「おやめなさい。大事な戦いの前ですよ。軍の隊長ともあろう方々がそのようなくだらないことで言い争っている時ですか」
謁見の間に響き渡る綺麗な声。スフラ王女が止めに入る。
「お恥ずかし姿をお見せしました」
「王女の前でご無礼を。失礼いたしました」
イリリ、ガルバとも膝をつき頭を下げる。荒っぽい性格のガルバだが、王女に対しては分別がついているようだ。
「2人とも頭をお上げなさい。あとはケンイチさんにお話があります。2人は隊に合流し作戦の確認を」
「「承知致しました」」
イリリとガルバは時折目線で火花を散らしながら謁見の間を後にする。扉の締まる音が聞こえるとスフラ王女が健一を見つめる。
「見苦しいところを。イリリとガルバは同じ地区の隊長を任されています。それぞれの役割を担っていますが、どうしてもライバル心が芽生えるみたいで。今回の作戦もそこが1番の障害になりますね」
苦笑いを浮かべるスフラ王女。
「まあ、ライバル心があるころがいいことだろ。互いに切磋琢磨しそうだ。特にあの2人は」
「そう言って到たくと有難いです。それにしても僅か4日間で修行を終えられるとはさすが救世主です。イリリから聞きました。もうlevel8の『錬術』を扱えるようで」
目を輝かせ話すスフラ、自分のことのように嬉しそうだ。
「それはたまたま、これがアタリだったから」
健一はポケットからタバコ箱を取り出しそこから1本取り出す。
「これがタバコと言うものですか?」
スフラは小さな顔を近づけると大きな瞳に白い棒が写る。それは、健一にも近づくことになり、綺麗な赤い瞳に吸い込まれ、みるみる顔がにやける。
ヤバい、これはキモイ。
スフラにばれないように顔を引き締め対応する。
「そう。元の世界なら嫌われることが殆どだけどこの世界ではレアアイテムになるみたいだ。俺も」
少し澄んだ目をした健一に、何と声をかければいいのかわからないスフラは話題を本題に切り替える。
「ケンイチさん。改めて聞きます。戦う覚悟、死ぬ覚悟はお有りですか」
作戦を伝えた凛とした声ではない。ただ、か弱い女の子の声だ。健一がこの声を耳にしたのは初めてだった。
「戦う覚悟、死ぬ覚悟か……。ないな!」
きっぱりと即答した健一。スフラが欲しい返答は鈍感な健一でも勘づく。しかし、この問いかけは本心を言わなければならないと感じていた。それだけの思いは伝わった。
「覚悟ってさ、俺にはいまいちわからないな。その瞬間にならないとどう心が動くかわからなくないか? だから、俺はもし死にそうだったら逃げ出すかも。ああ、勘違いしないで。今の気持ちは異世界に残りたいし、ゲームみたいにモンスターと戦いたい。美女の前で勇敢に戦いたいな」
淡々と答える健一に目を見開くスフラ。今まで兵として『厄気』に立ち向かっていったものは命など世界のためなら軽く放り投げるもの。瞼を深く閉じ、健一気が付かれないように軽く唇を噛み締める。
「そうですか。この戦いは参加してくれるということですね」
「うん、うん。それに元の世界には帰りたくないよ。1週間経ったらもう一度、召喚出来るみたいだし、ここで活躍して異世界にまた召喚してもらうつもり」
「それは誰が……」
「えっ? イリリだけど」
「そうですか、そのとおりです。それでは共に戦いましょう」
「共に?」
そびえ立つ石造の城壁、それに見劣りしない巨大な門を通ると雄大な草原が広がっていた。青い空にどこまでも続く緑は自然の癒しを胸に染み込ませる。遠くに視える巨大なドーム場の黒い塊がなければ。
「あれが『厄気エリア』か。不気味だな~正直、怖い」
大草原の道、馬車での運搬などに不憫にならないよう草木を刈り取り整備された道。先頭をイリリ率いる王都守護兵団、後ろにガルバ率いる王都侵攻兵団。その中央にスフラと健一といった並びで進行している。
「初めての戦闘です。臆するのも無理もありません」
黒の軍服に着替えたスフラが青ざめている健一をなだめる。
「それに、『厄気エリア』だけではなく、突然に『厄気』が現れることもあります。と噂をすれば」
縦長に進行する軍一団。その横腹に小さな黒い球体が数個出現した。目を凝らすと中央に赤い光が灯る。すると、黒い球体に変化が生じた。黒い球体からは体長1m程、細かい毛並みを立て、四足で地を踏み。遠吠えが心臓に響く。全身が黒い化物。
「あれが『厄気』!」
「はい、あの種類は黒ウルフ。Level2の『厄気』です。ケンイチさん。肩ならしには最適な相手です。いきますよ」
「え! 待って、心の準備が!」
向かえ撃とうと1歩踏み出したスフラ、周りの兵に目配りをすると兵士達は足を止めスフラと健一に譲る。
「心配しなくても健一さんならどの『錬術』でも勝てますよ。こんなふうに」
スフラが火炎石とフェバルを取り出し『錬術』を発動される。スフラの上空に発生した火の玉、直径は2mを超える。巨大な火の玉を小さな人指し指に立たせゆっくりと黒ウルフに向ける。か細い指から離れた火の玉は真っ直ぐ突き進み。
天に立つ火柱、黒ウルフは逃げる隙はなく焼き尽くされた。
「強かったのか。お姫様」
ポンポンと軍服に着いた灰を叩き取り、何事もなかったように笑みをつくる。
「いえ、いえ、少し心得がある程度です。さぁ、次はケンイチさんの番です」
まだ煙が舞う草原一帯、スフラの『練術』の威力を示す。その中から3匹の黒ウルフが隊列目掛け駆け抜ける。
「よし。……まかせろ。相手はlevel2だ。余裕だ。うん、きっとそうだ」
胸ポケットからタバコとフェバルを取り出す。『錬術』を発動させ長細い白い棒の両端の1つは黒い穴が空いた球体。もうひとつの先端を両手で持つ。
「頼むぞ、『フリースモーク』」
「それがlevel8の『錬術』ですね」
スフラは初めて目にした『錬術』に興味津々に質問する。
「ちょっと、今は喋り掛けないで。そんな余裕はない」
迫る3匹の化物。距離にして約5m、黒ウルフの快速なら一瞬で到達するだろう。
「でやぁぁ!」
『フリースモーク』を左横に振る。球体に不自然に空いている穴、そこから放出される白い煙が黒ウルフの進路を遮る。一瞬の出来事に最高速度を出していた黒ウルフはブレーキを掛ける時間はなく白い煙に捕まる。
「捕獲完了。飛んでいけ!」
『フリースモーク』をもう一度今度は右に振る。煙はその振動でちぎれると、黒ウルフを捕らえたまま、シャボン玉のように宙に浮かび上昇を続ける。
「よし、あの高さなら大丈夫だろ」
見上げる程の高さに満足げな顔になると、トントン、と『フリースモーク』を地面に軽く叩きつけた。
その瞬間、爆音が響く。
何百という兵が見守るなか、白い塊が大爆発を起こした。反射的に耳を塞いだスフラ。その他の兵も同じだろう。スフラのファイヤーボールよりも勝っている威力、推測されるその『錬術』のlevelに、破格の扱いを受けている健一の力を認めざるを得ない。周りの兵士の顔にひと安心したスフラは健一の元に駆け寄る。
『フリースモーク』を解き、肩の力を抜く健一。
「やべっ~! 俺って、ちょう強い? ヤバイは本当に救世主になれるじゃあね、これ!」
興奮が抑えきれない健一にスフラは相槌を打つ、黒ウルフはここにいる兵士なら誰にでも倒せることは言わないことにした。




