『錬術』
隊長、そう聞くとイリリを見る目が違ってくる。小さな体は隊長という称号とのギャップがより偉大な地位を際立たせ、大きな目と凛々しい声は兵をまとめる頭として何ら申し分ない。
「わかったよ」
「なら、早くかかって来て下さい。時間がないことはご存知ですよね」
幾多の刃を生えたナイフを健一に向ける。大きな目で見据えられると健一は足がすくむ。喧嘩という喧嘩は数回であるが経験しているが、そんなものとは世界が違う事を悟る。だからと言って引く気は更々なかった。何か成果を上げなければまた元の生活に逆戻りになるだけだ。
「いくぞっ!」
両手を前に振り払い健一の手元から離れたファイヤーボールはイリリに迫る。健一はここでもまた、タバコを口に戻した。イリリはファイヤーボールを凝視する。
「まだ、威力は保ったままですね。では、実際の攻撃力はどれほど」
大きな火の玉はイリリに直撃すると。小さな体全体を炎が包み込む。
「おいっ! 大丈夫か!」
「何を心配しています」
突然、炎がかき消させる。イリリの周りには何十本もの刃が宙に浮かび高速回転を続けている。刃の回転によって炎をかき消した。その中央には表情1つ変わらないイリリが口を開く。
「そうですね……この威力ならlevel4といったところでしょうか。この調子で他の媒体も試しましょう。まずはナイフからって! 何をしているのですか!」
健一の行動に思わず大声を発する。
「いや、媒体は何でいいだろ。丁度、短くなって捨てる所がったからさ」
健一は再び赤く染まらせたフェバルを口にくわえていたタバコにかざす。
「勝手な行動をしても困ります。1つ1つの『錬術』の精度を確かめていかないと」
怒号に近い声だ。異世界召喚に成功した場合の訓練方法は詳細に取り決められていた。才があったとき、その力を最短で最大に引き出すために。
「そんな、ケチケチしなくても。後から残りはやるからさ。その元々ある『錬術』を使ってもどんな『錬術』になるかだいたいわかっているだろ。そんなのおもしろい? 新しい『錬術』とか見たくないの?」
イリリの大きな目はこれ以上ない程吊り上がり顔は真っ赤に染まっている。そんなイリリを無視して『錬術』の発動を待つ。火炎石よりも小さいが赤く染まるまで時間が掛かっているようだ。
「いい加減にして下さい。あなたは何のために召喚されたと思っているの……」
イリリの言葉が止まる。フェバルが白い粒を放ち、赤く染まったタバコを包む。小さな赤い切れ端は徐々に拡大していく。やがて、1m半程に棒状と先端が丸い球体に変化した。光を灯し赤色が消えると棒状は白く、先端の球体は黒く丸い小さな穴がいくつも空いており、その中央には赤い小さな球体が見える。
「すっげ~、何これカッコイイ!」
タバコの変わり果てた姿に頬が緩む健一。一方、イリリは見たこともない『錬術』に瞼を過敏に動かす。
「何ですか、それ……」
「え! 知らない?」
「見たこともありません。異世界の媒体ではこんなことなるのですね。ケンイチ様の言った通り、普通のものを媒体にするべきではありませね。私の勘がその『錬術』が以上でないこと警告しています。一度手合わせを」
「おう、これ結構重いけど頑張ってみるか」
健一は接近しながら両手で白い棒を持つ。そのままリーチ内の範囲内に入ると白い棒を振り回した。先端の黒い球体はイリリに直撃するかに思われたが体を仰け反らせ最小限の動きで躱す。だが、イリリは焦りの表情を隠せない。健一が振り回した直後、黒い球体から放出された黒い煙はその場に佇んでいるためだ。
「何だよ、これは!」
「私が聞きたいですけど、確かめてみましょう」
一歩バックステップで体制を整え『錬術』を発動。イリリの周りに滞在する無数の刃、手を黒い煙に向けるとその1本の刃が煙を刺す。
刃が黒い煙に刺さった瞬間、城下町に爆音が響き渡る。音の元である黒い煙は灼熱の火炎が拡がり。爆発はイリリだけでなく健一自身も爆風と高熱に巻き込まれ演習場全体を包み込もうとしていた。
「どうして、俺を……」
健一の周りには無数の刃、爆風の盾となり健一には大きな外傷は見当たらない。健一を庇った側のイリリは当然ボロボロだ。服は所々焼け焦げ、顔には灰の跡が目立つ。
「どうやら本当に救世主になるかもしれません。あなたはやはり素晴らしい才能の持ち主です。その『錬術』はlevel8です」
「話しを聞いて……」
「私は王女様に命を誓っています。王女様の希望の星であるあなたを強くすることにも命を賭けています」
「命を……」
「そんなに驚くことではありません。私の『錬術』の最高levelは7、既に『錬術』自体では負けています。これからはその『錬術』を扱えるように、それが出来れば次も異世界に召喚されるでしょう」
「本当か!」
強い目力で頷く。
「よっしゃーー!!」
「それではこの5日間、みっちり修行をしましょう」
にっこりと微笑むイリリだが、目は冷たく笑っていない。
「お手柔らかにお願いします……」