表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/114

93話 天龍落地勢




 電流が走った。

 それくらいの衝撃が体の中を駆け抜けた。


「ぐぇ!」


 飛び起きようとして、頭を酷くぶつける。

 痛みが脳髄をビリビリと貫き、涙が滲む。だけどお陰で目が覚めた。


 とは言え、今自分がどんな状況にいるのか、まったく分からないのだが。

 いや、まったく、というのは嘘だ。少しは分かる。

 周囲は銀色に覆われている。これは自分の“進化の繭” だ。

 先程体に走った電流のような感覚は魔力だろう。繭の中にまで伝播するほど魔力を放出できる奴は、一人しか知らない。カサンドラだ。


「あー……、つまりどうなってんの?」


 自分は進化した、のだろうか?

 そもそも、何時、どうして“進化の繭”に包まれたのだろう? その記憶がない。

 狭いなかでなんとか動いて、自分の手を見てみる。

 変わった感じはしない。強くなった実感もない。

 いつもの自分、インユゥのままだ。


「まてまて、よォく思い出せ……、えーと、アタシはヤディカを庇おうとして……、黄色い炎でズッパリ体を……をォ!?」


 そういえば自分は上と下で分断された筈!

 切られた部分を触ってみると、みみず腫れのようにぷくりと膨らんでいたが、肉はしっかりとくっついている。


「くっついてる、ってことは、生きてる、んだよな……?」


 取り敢えず死んではいないだろう、と安堵の溜め息を吐いた。

 まぁ、もともとが死んでいるようなものなので、胴体を真っ二つにされようが食べるものを食べれば再生可能なのだが。

 頭では出来ると分かっていても、実際に胴をズバッと切られるのは初めてであり、インユゥはショックで気絶してしまったのだった。


「アタシは進化したのか? それとも、傷を治す為に繭になったのか? てか、繭って進化以外に出るもんだっけ? 分かんねェな。とにかく出るか」


 拳一発、“進化の繭”は砕かれ、冷たくも清々しい空気が流れ込んでくる。

 嫌というほど嗅いだ、あの塩臭い淀んだ磯のような臭いではない。明らかに清潔な空気だった。


「ど、どこだ、ここ……」


 石造りの壁、柱、台なのかベッドなのか分からないもの。

 こんな場所は今まで見たことがない。亜人の村々はどこも木造だった。例外はカメリーオ族の遺跡くらいだ。


「そうだ、アタシの《ステータス》、変わってんのかな……?」




《ステータス》

名前:銀魚インユゥ

種族:銀霊鯨/妖怪

Lv.1

HP:5100

MP:250

SP:2400

攻撃力:1550

防御力:2400

素早さ:630


◇スキル

『暴悪食 』『業躯』『透過(New! )』『万能感知 』『高速思考』『飢餓暴走』

『HP自動回復(大) (New!) 』『休眠』

『強化再生 (New!) 』『物理抵抗(中)』『魔法抵抗(中) 』『状態変化耐性』

『エネルギー吸収』『エネルギー変換』『エネルギー保存 (New!) 』



◇称号

【食らう者】【満たされぬ者】【黄泉還り】【挑戦者 】【修行中毒 (New!) 】

【半霊体(New! )】



 種族が化け鯨から銀霊鯨となっている。変わらず妖怪であるようだが、進化していた。《ステータス》も全体的に2倍強、かなりの強化だ。

 ここがどこであるか、何故進化したのか、様々な疑問が全て頭から吹っ飛び、強くなった自分ににんまりする。


 ちょっと見たくない称号が増えていたかもしれないが、きっと気のせいだろう、そうに決まっている。


「えへへぇ、これかなり強くなってんじゃん、アタシ。ヤディカよりも、かなり強い。ヤバイな、これカサンドラにもいい勝負出来んじゃないの?」


 試しにと繰り出す拳、踏み抜く足、魔力の練り具合、どれも覚えていた感覚の上をいく威力を感じさせる。


 今まで構想を練るだけで実現に至らなかった技を、今ならば使えるかもしれない。

 少なくとも、その為の修行は出来る。


 立派に修行中毒な思考だが、インユゥはあまり気付いていないようだった。


「く~……ッ! 早く戦いたいなァ。そうだ、ここって知らない場所なんだから、出会ったヤツはきっと敵だよね? よっし、ちょっと誰か探してこよう」


 未知の場所にいる不安など微塵も感じさせず、インユゥはドアを開け放った。

 ドアの外は廊下であり、やはり冷え冷えとした空気が漂っている。

 ここの住人はあまり掃除をしないのか、埃が宙を舞っていた。


「んん……、人の気配はない、かァ……。でも、この匂い……」


 クンクン、と鼻を鳴らして空気を嗅いでいたインユゥの眉間にしわが寄った。

 埃や臭いが気になったのではない。この空気中に満ちる魔力に覚えがあったからだ。

 繭の中でも感じた黒い魔力、カサンドラのものだ。

 しかし、覚えているそれ・・よりも遥かに強く、濃い。

 明らかに異常な濃度、とてもじゃないが、個人の持つものとは信じられない。


「まァ……カサンドラだしな」


 どうやら魔力はこの建物の中全体を覆っているらしい。魔力がどこから来て何処へ向かっているか、匂いの流れでインユゥには手に取るように感じ取れた。

 入り口から入り込んで奥へ向かっているだろう魔力の流れを目で追い、唸る。


 魔力に指向性があるということは、カサンドラがそのように性質を加えて放出しているのだ。

 つまり、カサンドラが目的としているモノがこの先にある。

 カサンドラの目的……。知りたい。見に行きたい。それが敵ならば戦ってみたい。


 だが、同時にカサンドラが魔力を放出していることそのものも気になる。

 自分が知っているカサンドラはここまでの魔力を持っていなかった。いくらなんでも多すぎる。まるで山ひとつ切り崩して丸ごと魔力に変えたかのような総量。

 これほどの魔力を持てる秘密があるのならば、それも知りたい。分かりたい。


 自分が食べ物以外でこんなにも意欲をそそられることなど滅多にない。だからこそ勿体なく感じて、どちらにするか決められないインユゥだった。


「ん……、これは……」


 どちらにするべきかと悩みながら魔力の匂いを嗅いでいたインユゥは、カサンドラの黒に塗り潰されたような魔力の中に、別のよく見知った魔力の気配を感じた。


 毒々しくも気高さを感じさせる紫と、若々しくも理知を感じさせる新緑。

 ヤディカとカレオの気配だ。どうやら、段々とこちらに向かって近付いてくるようだ。


「あ、ヤバイ。ヤディカ、怒ってるかな……、怒ってるよな……」


 自分が見知らぬ場所にいるということをヤディカは知っているんだろうか?

 てっきり気絶している内に何者かに運ばれたんだと思っていたが、もしかしたらヤディカが運んでくれたのかもしれない。

 そういえば、カレオにはカサンドラを呼びにいかせたのだが、合流しているということは、カサンドラを無事に呼べたのか。


 カサンドラがいる以上、負けることはまずないと思えるので、自分が仲間の誰にも気づかれない内にこの石造りの建物に連れてこられるとは考え難い。


 と、なれば、自分が気絶して引っくり返ったあと、カサンドラが助けてくれて黄色い女をやっつけた、そしてこの建物に引き上げた、というのが妥当だろう。


 アンデッドだから死ぬことはないだろうと高を括って攻撃に飛び込んで、死んだように気絶したのだ、ヤディカもわかっていたとは思うが、心底キモが冷えたに違いない。

 きっとスゴく怒られる。


 進化して強くなったことで上がったテンションは一気に急降下し、顔から血の気が引いていく。

 食い専門&道楽のインユゥに最も効果的なお仕置きは何か? ご飯抜きではない。抜かれたら勝手に食べる。それよりも恐ろしいのは、インユゥの分だけ飯マズにされることだ。


 ヤディカを怒らせた時に出されたその料理は、見た目、匂い共に周囲のものと変わらない。

 しかし、特性調合の苦味がふんだんに仕込まれた極悪な仕様となっている。

 懲罰用であるため、毒性はまったく無く、食べられないものではない。だが、ひたすらに苦い。好き嫌いなく際限無く食べられるインユゥが渋面になり、一度食器を置いた程の代物なのだ。


 ヤディカ印の特性苦味、別名“暴食殺し”

 インユゥの号泣で一度は封印された劇物だが、今回は確実に使われてしまうだろう。


「あ、あぁ……」


 知らず、足が震え、舌の上に味覚を破壊する苦味が蘇ってきた。

 インユゥの鼻を以てしても“暴食殺し”は見抜けない、出されれば最後、必ず口にいれることになる。

 絶対に嫌だ! なんとしてもあの苦味は回避しなければならない。


 逃げる、戦う、という選択肢は潰れている。何故なら、逃げようが戦って勝とうが、料理をするのは基本的にヤディカかカレオ、稀にカサンドラ。ヤディカはやろうと思えばいつでもインユゥの食事に劇物を仕込むことが出来るのだ。

 残る選択肢は一つ。

 カサンドラが教えてくれた奥義の一つ、“天龍落地勢”を使わざるを得ない。


 本当にこの奥義を使うのか?

 インユゥの頬を、冷や汗が一つ流れる。

 この技は相手の視界に入っていなければ意味がない。そして、怒る相手に動き出す隙を与えず、間髪いれずに仕掛けなければならない。

 失敗すれば命はない。恐らく3日は何を食べても苦味しか感じない地獄が続くだろう。


 しかし、やらなければ、3日が一週間になるかもしれない。その上、カサンドラやカレオから何のフォローもないかもしれない。

 この機会を逃せば、“天龍落地勢”もその威力を失うことになりかねないのだ。


「やるしか……ない……」


 インユゥは覚悟を決めると、部屋を飛び出し、ヤディカ達の気配に向かって駆け出した。

 進化したことで『万能感知』はより鋭敏に、素早さはより早く、なめらかに動くようになっている。

 ヤディカ達のところへ向かうのに、悲しいほど不都合がないのだった。




◆◆◆




「…………ッ!」

「……!? なんだ、べ、今の魔力は……」


 ヤディカとカレオは体を貫いていった魔力に思わず足を止めた。

 感覚、濃度、どれも覚えがある。

 カサンドラのものだ。


「……カサンドラ……?」

「はぁ、良かった、やっぱり無事だったべな。しかもこんなに魔力全開で、元気が有り余ってるみたいだべ」

「うん、良かった、ような……、技がまったく、通じてなくて、悔しい、ような……」


 憎まれ口を叩いてみてはいるが、やはり相当心配していたのだろう。ヤディカの表情は安堵に綻んでいた。


 やはりカサンドラに心配など無用だったのだ。

 ならば、自分達が今することは、インユゥを迎えにいくこと。

 その為の障害があれば打ち倒すこと。これだけだ。


 もはや憂いはない、と踏み出したヤディカは、しかしすぐに足を止めた。


「あれ……? 足が、治って、る……?」

「足って、折れた足だべか?」

「うん」


 黄色い女との戦闘で、ヤディカは足の骨だけでなく、ほぼ全身の骨、神経までも自身の毒で狂わせて強化した。

 しかし、それは無茶なドーピングで体を強引に動かすのと何ら変わりがなく、全身に重いダメージが刻まれていたのだった。

 それが治っている。いや、これはもう治癒ではない、再生だ。

 あの体を貫いたカサンドラの魔力が、ヤディカの体に刻まれた深刻なダメージを拭い去ってしまったのだ。


 どれだけの魔力、どれほどの魔法を使えばこんなことが可能だというのか?

 少しだけ背筋が冷たくなる。


「多分これも無意識なんだべなぁ、もしくは、きっと不注意だべよ。自覚がなさそうなのが性質タチが悪いべ」

「……? カレオ、今何か、言った……?」

「いンや、何も。常識を失わないように頑張ってるだけだべ」

「……?」


 ヤディカはカレオの言っていることが理解できず、首を傾げた。

 カレオはヤディカやインユゥに比べて頭の回転が早いようだ。物作りも上手だし、戦いにおいての作戦でも、ヤディカやインユゥが気付かない視点でアイディアを出してくれる。

 最初はカサンドラに対して憧れの人を見るような目で見ていたので、少し気に入らなかったが、最近はそんな様子も減ってきている。というか、たまに遠い目をしている。そういう時によく分からないことを呟くのだ。

 今回もその発作みたいなものだろう、とヤディカは一人納得した。


 その時だった。

 ヤディカとカレオは同時に目指していた方角、その向こうから、巨大な魔力の塊が接近してくる気配を感じた。


「カレオ……!」

「分かってるべ!」


 カサンドラ程強力な気配ではない、だが、その力の大きさは二人にとって充分に脅威だ。

 黒い魔力と同様、この銀色の魔力も知っている。とてもよく知っている。


「良かった。誰も、死んでなかった……」

「ヤディカちゃん、安心するのは早いべよ。拐われたインユゥちゃんが、あんなに魔力を猛らせて向かってくるなんて、何かあったに違いないべ」

「何かって……?」

「それが分からないから、一応、警戒しといた方がいいべさ」

「…………うん」


 二人が迎撃の構えを取るのと同時に、銀色の魔力の塊は跳躍した。

 上空で魔力を輝かせ、足を揃え、両手を広げる。


「う、美しい…………ハッ!」


 その姿勢、輝き、意志を宿した瞳、全てが合致した美しさに、カレオは一瞬呑み込まれた。


 そして次の瞬間、何が起きるかを悟り、戦慄した。


「ヤディカちゃん、これは『天龍落地勢』だべ!」

「……えっ?」


 水鳥のような美しい空中舞踊を魅せたインユゥは、今度は体を小さく折り畳んでいく。

 それはまるで、空中で正座をしているかのような……。

 頭が下がり、その先に揃えた両手が置かれる。

 完成された姿勢のまま、インユゥはヤディカの足元に盛大に着地した。

 そして、二人に何も言わせる隙を与えず、インユゥは口を開いた。


「ごめんなさいぃぃッ!」


 これぞ『天龍落地勢』。

 ある高名な武術家が、崖から落ちて悶え苦しむ虎の姿から思い付いたという『猛虎落地勢』を、カサンドラがアレンジした技である。

 これは土下座ではない。美しい舞いにて魅了した後、大声で威嚇することで相手の戦意を削ぐ、受けの極みの技なのである。

 戦わずして勝利をもぎ取る必殺技。

 重ねて言うが、決して土下座ではない。無いったらない。


「あーあーあー……」


 カレオが見たくなかった、と頭を押さえて呻き、ヤディカは白い目でインユゥの後頭部を見下ろしていた。

 彼女達の中で、今後のインユゥの献立が決まった瞬間であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ