91話 無効無効
「ぐッ、は、はは、中々ファンタスティックな攻撃してくれるじゃないの!」
ジョンは顔を押さえながら嬉しそうに笑った。
戦いたかったんだもんな。本気でぶつかり合って俺を潰したかったんだもんな。
いいだろう。俺も本気だ。
俺が本気を出す、ということを身をもって分からせてやろう。『スキル』を活用できない今だからこそ、封印を解くしかない、カサンドラ師匠の『無銘の武術』の!
この期に及んで出し惜しみはすまい。
どうしても両手が欲しいので、肋骨数本とか、頭蓋骨の一部とか、あまり戦いに関係しなさそうな所から骨を拝借、両腕を再生する。
体の中でやりくりしているワケだから、外から魔力を吸収したり、自然回復を待つよりも素早く再生できる。
デメリットは全ての《ステータス》の低下、骨の全体的な強度が下がってしまっているのだから、そこは妥協すべき点だろう。それよりも四肢が揃うことの方が大事だ。
「後悔するなよ?」
「へぇ、言うねぇ。だけどな、そんな下がった《ステータス》で俺の攻撃を受けて、無事でいられるかい?」
『覗き見』を使われたか。だが、知ったことか。
真の強さとは《ステータス》とは関係ない所に存在する。『スキル』で補強された技術など所詮まやかしよ!
ジョンが拳を構えた。
神速の拳。いや、認識した時には既に拳が引かれており、ジョンは残心をしている。それほどの速さ。
放たれてからの回避は不可能。
だが、目に見えない攻撃を避ける方法などいくらでもある。
半身に構え、被弾面積を減らし急所をカバーする。
シンプルだが、守るにはいい。
だが、それだけじゃない。
「おらッ!」
ジョンが叫び、不可視の一撃を放つ。
予想していた俺は、予め揺れるように動いていた。
どれだけ速い攻撃であろうとも、空気を揺らさずしては届かない。
聴勁。相手の筋肉の動き、空気の流れ、視線の位置などから攻撃を読む技術。
拳が打たれる前から、どこを狙っているのか、どう飛んでくるのか、音が教えてくれる。
半身の体が滑るように動く。何の阻害される感じもしない。これは『スキル』じゃないからな。
「なっ!?」
驚いたか。だがこれだけじゃないぞ。
師匠の技術の集大成『無銘の武術』は攻めて攻めて攻める業火のような拳。
防御や回避はオマケみたいなもんだ。
文字通り骨身に染みるまで叩き込まれたこの技術、心行くまで堪能するがいい!
ジョンの胸に手を当てる。その上から更に俺の手を。
余裕を見せているジョン、スライムには打撃や斬撃は効果的じゃないからな。だがな、これはただの打撃じゃないぞ。
装甲の向こうへ衝撃を通す技、かつて俺と同じ世界に生きたアンタなら、聞いたことくらいあるんじゃないか?
「通鎧衝破!」
ごごん、と籠った音がジョンの体の中で反響した。
いわゆる、鎧通し。
僅かにタイミングの違う二つの衝撃を心臓に叩き込むことによって一時的に心臓の動きを狂わせる技だ。
浸透勁とは少し違うね。
子供は真似しちゃいけません、ダメ、ゼッタイ。
「こ、はッ、妙な『スキル』を……」
「『スキル』ではない、技術だ」
「どっちでもいいぜ、俺には打撃は通らねぇ!」
「ならば通じる打撃を見せてやろう!」
うむ。売り言葉に買い言葉で思わず宣言してしまった。
まぁ、知識にはある。それに、修行でもやったことはあるしな。
もともと対人用の技だが、スライムにも有効だと思える。
だけどこの技はなぁ……。
師匠が喜ぶ技。つまり、えげつない技だからなぁ……。
「おっと、見せてもらってばかりってのも悪ぃだろ。今度は俺のも見ていけよ。技と言うよりかは、芸だけどな」
ちっ、出来れば畳み掛けて一気に決めたかったが、間合いを外されたか。
呼吸ひとつ、距離半歩だけでも外されてしまうと技は技足り得ない。
俺達、呼吸はしてないけど。
「俺の体は特別製でな、姐さんからもらった衝撃の波が散らさずに溜め込めるのさ。それをちょいと調整してやりゃあ」
ジョンの体が大きく波打つ、体から右腕へ、右腕から右手へ。
まさか、体の中を駆け巡る衝撃を一つの場所に集めたのか。
「こうなるってワケさ!」
マズいッ! 聴勁から伝わる速度と、それを認識して対応する早さがまるで食い違う。
簡単に言えば、先読みはできるけど、先読みしている間に攻撃が到達する!
回転体術で攻撃を受け流すが、掠っただけで骨が持っていかれた。
もう骨がヒビだらけになる感覚も慣れたな。
「ぬぅ!?」
腕を修復する為だったとはいえ、骨全体の密度を下げたのは失敗だったか。
いや、でも今のは、威力も速度も師匠の一撃に匹敵していたぞ!
「どうだい? なかなかのもんだろ?」
「あぁ。重い」
ヤバイな、今のダメージを修復する余裕はない。
これ以上攻撃を受けると冗談抜きでバラバラになってしまう。
避け続けてもダメージが重なり、ジリジリ削られて終わるだろう。
少し不安があるが、やはり、賭けるしかない。
師匠が喜ぶ対人用殺人技に。
体から力を抜き、拳も握らず、水袋のようにゆらりと体を揺らす。
「なんだい姐さん、敵わないと見て無抵抗かい? いや、そんなタマじゃ無ぇよな。諦めずに何かを狙ってる……。そうだろ?」
分かっているならわざわざ語るまでも無い。
脱力状態から一転、しなった鞭が弾けるように俺は駆け出した。
体の関節で力を溜めて弾き出すイメージ。一歩踏み出すごとにより強く、より早く。
「だよな! さすが姐さんだぜ。だが、自棄かい? 突っ込んでくるだけなら、ぶち抜くのは簡単だぜ?」
ジョンが右手を構える。
ただの神速拳ならば聴勁で感じ取ることが出来る。だから狙いはむしろそれ、神速拳そのものだ。
「はン、打撃無効無効の打撃とやらをやるつもりかよ、だがそう簡単にやれるかな?」
打ち出される神速拳。
その拳は軟化し、広がっていく。
一撃の威力よりも、俺に当てることを優先したな?
それは堅実か? それとも臆病か?
少なくとも、俺に隙を晒したのは確かだぞ?
「雲流風撫……」
交錯するジョンの拳と俺の掌。
お互い芯を捉られず、空振りに終わる。いや、俺の掌は僅かにジョンの拳に掠っていた。
何のダメージにもなっていないのだろう、ジョンは拍子抜けしたように手をヒラヒラと振った。
「おいおい、これで終わりかい? 打撃無効に通じる打撃って何だったんだよ? 姐さん、もしかして、アンタ、弱くなったのかい?」
「無駄口が多いな」
「あン?」
「お前も格闘家の端くれならば拳で語ってみせろ」
ジョンの顔が不愉快気に歪んだ。
ペッと唾を吐き出す。
おい、バッチぃことすんな。
「あのなぁ、姐さん。状況分かってんのかい? 後一発、たった一発でアンタはお陀仏なんだ、全身ガタガタになってンだろ? もう俺の拳を受けきれる体じゃないよな? そんなアンタに、俺はこんなことまでしちまうぜ?」
ジョンの背中から新たな腕が伸びていく。背中だけじゃない、腹から、腰から、新しい腕が生えていく。更に、生えた腕は枝分かれし、視界を埋め尽くす。
成る程、今度は本気というわけか。
不定形なスライムが本体だもんな、腕の数も自在とってものだ。
「さて、今度は避けることは出来ないぜ? 防がせもしねぇ。これで終わりだ。最後に言い残すことはあるかい?」
「語るに及ばず!」
言い残すことなんてないね。負けないから。
アホみたいな数の腕? 何の問題ですか?
師匠の本気の連打を見たことあるか? 俺の連打技である『翻子波濤』でさえ追い付けないんだぞ?
手のひらを合わせ、胸の前で構える。
「そうかい、じゃあ……、お別れだ!」
殺到する拳の群れ。
すーっと息を吸い、ゆっっくりと吐く。
頭の中のスイッチを切り替える。音が遅れて聴こえるほどに、ジョンの拳の僅かな揺れを目視できるほどに集中が高まっていく。
避けることも防ぐことも出来ないだと? ならば見せよう、師匠の『無銘の武術』ではなく、俺の『無銘の武術』にしかない、受けの技を。
「梅花包蕾」
花が蕾から緩やかに開いていくように、俺の手はふわりと開き、ジョンの拳のパワーを外へと促していく。
そこに力はいらない。
相手の力を利用し、その向きを優しく変えてやるだけだ。
「おい……、おいおいおいおい! 嘘だろ? 冗談だろ? 俺の連打が全部反らされてるってのか!?」
反らしてるだけじゃあ無いんだな。
さっきわざわざ技名を宣言した“雲流風撫”。あの技は終わっちゃいない。
打撃無効無効技、たっぷり楽しんでくれや。
そろそろ気付くかな?
辺りに飛び散っているモノに。
「が、ぁ、あ……! んだ、これ? 俺の腕が……ッ!?」
ジョンが呻き、ふらふらと後退る。
生やした腕は腐った雑巾のようにちぎれ落ち、元々の腕のみになっている。
その腕も、ネズミに食い荒らされたかのようにボロボロになっていた。
そう、これこそ雲流風撫の威力!
打撃でも斬撃でもない攻撃だ!
「姐さん、アンタ、何したんだ……」
「打撃無効を無効化する攻撃……。ご期待に沿えたかな?」
「そんな馬鹿な! 今までただの一回も俺の『打撃無効』を突破できた奴なんて……!」
まぁ、説明してやっても良かろう。
俺は手のひらをジョンに突きつける。
「雲流風撫。打つ、突く、切る攻撃に高い耐性を持つお前でも、“擦る”攻撃には耐えられなかったという訳だ」
「擦る、だと? そんなのが攻撃だってのか!?」
嘘は言ってないんだけどな。
擦るってのは耐久力を凄まじく削るんだぞ?
人間相手に使えば一発で行動不能に陥れることも出来るんだぞ?
そんな“擦る”攻撃を、梅花包蕾で連打を反らしている際にもしっかり加えさせていただいた。
こちらとしては、腕が残っているだけでも驚きなんだが。
「が、く、くそ、治りまで遅ぇ、なんつー技だよ」
「擦り、削り落としたのだ。治癒ではなく再生しなくてはならないだろうな」
「はは、は…………、はぁ。あーあ、あと一発殴りゃ勝てそうだったのに、まさか負けちまうなんてなぁ」
ジョンは疲れたようにため息を吐き、その場に座り込んだ。
痛みは感じていないようだが、動くのはしんどそうだ。
まぁ、戦う意思はもう無いみたいだな。
俺としては、もうちょっと頑張ってもいいと思うんだけど。
「……これで俺の計画はおじゃん、島の結界は維持出来ず、ここは永遠に雪と氷に閉ざされる訳だ。満足かい? 姐さん」
あ、マジか、そうなるのか。
いや、うん、覚えてたよ? ちょっと戦いのテンションで脳の片隅にしまい込んでたけど、覚えてたよ。
あれだろ、魔力が全く足りていないから島の結界が維持できなくなって、島がヤバイって話だよな。
で、ボロボロになった俺の魔力や、ヤディカちゃん、インユゥちゃん、カレオちゃん達の魔力でも足りなくて、目の黄色い女性まで拐ったとか。
うーむ、俺の『スキル』で何か出来ないか?
……そういえば、最近取得したスキル『穢塩黄炎』、あれは炎に触れたものを変化させるスキルだったか。
少し、試してみるか。




