09話 毒少女との出会い
やはり、進化はしない。
俺の体であれば迷いなく進化を選んだだろうが、やはり、今の体はカサンドラ師匠の物なのだ。
自分のものというよりも、借り物であるという意識の方が強い。
俺がそんな決心を固めていると、洞穴の入り口に何者かの足音が近付いてきた。
素早く魔力の糸を張り巡らせ、不測の事態に備える。
同時に簡易的な魔力骨を作り出す。
魔力筋に比べれば構造が単純な分、簡単だ。
これで少しはマトモに動けるだろう。
調子に乗って痛い目を見たからな。
警戒は最大限にしておこう。
静かに身構えていると、洞穴の入り口にその影は姿を現した。
洞穴は薄暗いが『魔力自在』のおかげで鮮明に見える。
そいつは、一目で分かる異形だった。
姿形は人間に近い。
二足歩行しており、二本の腕があり、頭がある。
顔の作りは悪くない。むしろ、小顔でかわいい系と言える。なのに目は大きく溢れるようだ。
ただ、光彩も何も無く、黒一色だったが。
もっとも異質なのはその肌だ。
水で濡れているかのように滑ってぬらぬらと光り、胴体と頭は鮮やかな赤。両腕の肘から先と両足、それに短めに揃えられた髪の毛は鮮烈なコバルトブルー。
そんな容姿の女の子が、俺をじっと見詰めていた。
「やぁ」
怖がらせないように、とりあえず挨拶を。
右手を軽くあげる。
大丈夫だよ。意思疏通のできる骸骨だよ。
女の子相手じゃ、警戒を続ける必要は無いかもな。むしろこっちが身構えていると、怯えさせてしまうかもしれない。
年はせいぜい12~15才くらいか。
何で色々分かるかというと、その女の子、ほぼ裸体だからです。
草で編んだような胸当て? 腰みの? そんなんだけ。
はいアウトォ!
お巡りさん私です!
いや決して舐め回すように見たりとかそういうことしてないんだよ。
むしろこっちだって予想外でビビってんのよ。
そもそも俺骸骨だから! スケルトンだから!
少女の裸体に興奮したって反応するものが有りませんのでね!
事実無根です。私は無罪だ。
あ、師匠の体は一応女性の範囲に入るんだったわ。
じゃあどっちにしろセーフか。
ふぅ。
「……君が助けてくれたのかい?」
女の子は警戒するようにそろりそろりと洞穴に入ってきた。
まぁ、恐いよね、スケルトンだもんね。
その両手には何か袋のようなものを抱えている。
なにが入ってるんだろうね。
食べ物かなぁ。分けてくれないかなぁ。
そんなことを思っていたら、袋を投げ付けられた。
うぷ。焼かれて脆くなっている所もあるので、優しく取り扱って下さい。
でもこれ、くれたってことか?
「貰っていいのかな?」
聞いてみたけど、少女は俺の手の届かない場所で座り込み、じっと此方を見るだけだ。
いいのかな?
開けてしまおう。
袋は中身が出てしまわないように蔓の様なもので口を縛られている。
……俺、今片腕しかないんスよ。
何でこの袋はこんなにカッチカチに縛ってあるの?
イジメなの? 出会って数十秒の女の子にもうイジメられてるの?
駄目だ、全然解けない。
俺って元の世界でも結び目解くの苦手だったのよね。
じゃあもう切ればいいじゃない! ってなっちゃう。
こういう結びは片側だけ持って引っ張れば良いのか?
押さえようにも足もないし、口に咥えるのもな。
もういいや、面倒くせぇ、引きちぎってしまえ。
『魔力支配』発動。
魔力の糸を編み上げ、左腕の骨と腕を造る。指先のように繊細なものは作れないけども、単純に挟むくらいならばイけるぜ!
ついでに右腕も同じくらい強化。
いくぜ、この程度の結び目、俺のパワーの前には何の役にも立たねぇ!
「ふンはッ!」
「あっ」
裂こうとして大失敗したポテチの袋のように袋が破れ、中身が飛び出す。
中に入っていたのは泥団子のようなものが幾つか。
匂いはちょっと独特。なんというか、薬草系?
これってもしかして、薬?
この子、俺に薬くれてたの?
なるほど、固い結び目は保存の為か。
いや、そうじゃない。
薬らしき泥団子たちは、洞穴の地面に落ち、ひしゃげて砂まみれになっていた。
もう、本物の泥団子のようだ。
「…………」
「…………」
やっちまった……。
声を上げた格好のまま、少女も止まってしまっていた。
黒いつぶらな瞳が潤み始めている。
い、いかん!
このまま女の子を泣かせてしまったら末代までの恥!
魔力の腕を伸ばし、落ちた泥団子型薬をかき集める。
男は度胸!
骨格は女性のだけど!
うぉおお! 俺はこれを全部食うぞぉ!
ごぇっへぇええええ!
苦ッ! 臭ッ! 不味ぅうう!?
無い筈の舌が痺れる!
出ないはずの涙で視界が霞む!
食感じゃりじゃりぃい!
ぎぇええええ!
ちくしょぉお! 味を感じられることが今は恨めしい!
おぇっぷ。
た、大変良いお手並みで……。
「……がさつですまない。折角の薬を落としてしまった。君の心遣いを無下にしたかった訳じゃあ無いんだ」
あまりの不味さに声が震えそうになるのを堪え、まずは謝る。そして礼を言う。
「ありがとう。随分楽になったよ」
少女はぽかんとして俺を見ていた。
まさか落ちた物を口に入れるとは思わなかったのかい?
君は真似しちゃ駄目だよ?
落ちたものには雑菌が沢山付いてしまうからね。
俺は『不死属性』の毒無効を当て込んでるだけなのさ。
だがこれで少女の思いを無駄にすることにはならなかっただろう。
あ、ついでに破いた袋も直しておこう。
魔力の糸でちょちょいのちょいやで。
直した袋を渡すと、少女はようやく再起動した。
そして空の袋と俺を見比べ、なんだかそわそわしだす。
何? ぽんぽん痛いの?
「あの……」
「ん?」
何だ? 何が言いたいのかな?
ここで急かしてはかえって逆効果。優しく促しながら言い出すのを待つのだ。
ふふふ。コミュ障である俺だが、ハウツー本で理論だけはしっかり頭に入っているのだ。
元の世界ではビビりすぎて披露する機会から逃げていたけどね!
もじもじしていた少女は、意を決したように俺を見る。
「今の、塗り薬……」
優しい雰囲気を頑張って作っていた俺はそのまま凍りつく。
ちょっとカッコつけちゃった分、ダメージは大きい。
こういう時、どんな顔をしたら良いか分からないの……。
◆◆◆
少女は、ヤディカ・エルカ と名乗った。
いわゆる亜人という奴で、彼女の種族の暮らす集落がこの近くに在るのだそうだ。
ちなみに、両生類系。
もしも亜人がいるならエルフやけもみみを期待していたのに……ッ!
生まれて初めて出会った亜人が両生類とか……ッ!しかも明らかに猛毒系女子。
しかし、両生類ッ娘萌えなど、既に十年以上前に通過した道だッ!
そんな俺に隙はない。
今後、爬虫類ッ娘や昆虫ッ娘が来ても心から愛でることが出来ると断言する!
いやむしろ当たり! 圧倒的当たりッ!
湿り気を帯びてぬらついた光を放つ肌。
磨き抜かれた黒曜石のような瞳。
普通の人より僅かに長い指の先は可愛らしく膨らみ、吸盤となっている。
ちょっと大きめの口から覗く舌も長く、癖なのか時折ぺろんと出しっぱなしになっている。
好みは分かれるかもしれない。
だが俺は声高に宣言しよう!
我が世の春が来たぁあああああ!
……ふぅ。
ちょっと頭冷やそうか。
この色合い、もしかしなくてもヤドクカエル系だよな。
僅かな量で何十人も殺すことが出来る恐ろしい猛毒を持ったカエルの仲間だ。
宝石のように色鮮やかなその体は、自分が猛毒を持っていることを知らしめる警告色なのだ。
洞穴の中にあった毒溜まりは、この子が作ったものかな?
本当持ってて良かった毒無効。
折角の両生類ッ娘を愛でられなかったら大損だもんね。
勿論性的な意味では触んないよ!
YES デミッ娘
NO タッチ
栄えある日本の紳士としてはこの不問律を守りたいものです。
まぁ、もう性的な行動が不可能な体してるんだけどねーHAHAHA!
おかしいな、なんだか、涙が……。
ヤディカちゃんは、食料を森で探している最中に、喚きながら走っている俺を見つけたのだそうだ。
ヤダそんなところ見られちゃってたの!?
おねーさん恥ずかしいわぁ。
あの赤角熊め、両生類ッ娘の前で恥かかせやがって。次に会うときはこうはいかないからな。
そのためには修業だ。
一心不乱に己を鍛えるのだ!
【修行中毒】の称号は伊達じゃないッ!
彼女は、必死で逃げている俺を見て普通のスケルトンとは違うと思ったのだそうだ。
そして、倒れた俺を引き摺り、自分の隠れ家に匿ってくれたらしい。
なんともいい子だ。
モンスターを家に引き込むとか、ちょっと警戒心足りない気がするけど。
だがそんないい子のヤディカちゃんが何故こんな場所で一人ぼっちなんだ?
彼女は近くに集落があると言った。
だが、ここは自分は隠れ家だとも言った。
集落から離れて一人で隠れ住んでいるのだ。
遠回しに聞いてみると、彼女は抱えた膝に顔を埋めて呟いた。
「あたし、みんなと違う。特別。一緒には住めない」
「…………毒か」
「知ってたの?」
「いや、そうじゃないかと思ったんだ」
その体の色、イチゴヤドクガエルにそっくりなんですよ、とは言えない。
「私たちの種族、たまに毒持ちが生まれる。触れられないくらい強い毒。そしたら、戦士になる」
自分の青い腕を見詰めながらヤディカちゃんは言う。
戦士、か。
体の猛毒を使って外敵を倒す役目とか何とかなんだろうな。
こんなに小さいのに……。
自分は特別だと彼女は言った。
特別――……、嫌な言葉だ。
きっと周囲にそう言われて育ったんだろう。
貴女は特別に強い力を持っている。
貴女は特別だから、他の子とは違うんだよ。
特別にこの仕事が出来るんだ。村のみんなを守る大事な仕事だよ。
そんな感じで大きく外れてはいないだろう。
でなければ、小さな女の子が一人で寂しさを堪えて膝を抱えるなんてするものか。
特別。
触れるだけで他者を害す宿業を背負わされた子供が、その言葉を喜ぶと思ったのか?
自分と相手を区切り、触れ合えない距離にしてしまうその言葉を。
でもこの子は、逃げ出さずにそれに耐えてきたんだな。
「君は、強いな」
「エルカ族の戦士、みんな強い」
「私が言っているのは心の強さだ。毒じゃあない」
「あたしの、心?」
「あぁ、君の持っている毒よりも心無い人々の吐く毒の方が余程酷い。だが、君はその毒を堪え、戦士としてあろうとしている。その心は何より尊い」
うわぉ。
我ながらこっ恥ずかしいこと言ってるな。
ケツが痒くならぁ!
まぁでも本当に思ったことだからね。
ヤディカちゃんは頑張ってるよ。
しかもそれなのに誰からも誉められない感じでしょ?
そんなの間違ってる。
俺はね、頑張ってる子供には甘いよ! 甘やかすよ!
「……そんなこと、初めて言われた」
ヤディカちゃんは呟いて背を向けてしまった。
ふふふ、誉められ慣れてないから恥ずかしいのかい?
どれ、その赤くなった顔をおねーさんに見せてみぃ。
もともと結構赤いけど、照れてもっと赤くなった顔を見せてみぃ。
大丈夫、ちょっとその表情を脳内に焼き付けるだけだから。
くっ、手足が自由なら!
流石に魔力骨や魔力筋の常時展開はまだ無理だ。
くそぉ、動くことが出来ん。
俺がもぞもぞと無駄な努力をしている内に、ヤディカちゃんが立ち上がる。
「……食べ物、探してくるから。大人しく寝てて、ね」
別に病人って訳じゃあ無いんだけどねぇ。
食べ物を探してきてくれるならば有り難い。こんな体じゃ何もできないからね。お言葉に甘えさせて頂きましょう。
ヤディカちゃんが帰ってくるまでに、俺は俺で出来ることをしますかね。
何って?
無論、修業さ!




