67話 濃ゆい顔のスライム
そんな訳で、俺達四人は今、島の中央部にある“塩害湿地帯”の目の前に来ているという訳だ。
名前の通り、ここは全てが湿っぽく塩漬けになっており、生き物の気配は殆ど無い。
エルカ族の素肌にこの塩が触れると炎症を起こすこともあるらしいので、ヤディカちゃんはいつもの露出過多スタイルではなく、塩採取用の衣服に身を包んでいた。柔らかいが頑丈な葉を編んで作った長袖長ズボン、その上からイノシシの革製のマントを羽織っている。手袋と靴も同じ革製だ。顔は目元以外布で覆い、ターバンのようになっていた。
エルカ族はもともと肌が弱く、保湿されていないとすぐに体を壊してしまうような種族だった。だからこのような完全防護スタイルで塩の採取に来ているのだろう。弱い肌にここの濃い塩が触れたら大変だ。
ここで塩を取ることもエルカ族の戦士の役割の一つなのだそうだ。
最も、今のエルカ族は瑞々しく強靭な筋肉に覆われており、塩どころか魔法が直撃してもピンピンしているのだが。
ヤディカちゃんも今では自在に毒液と薬液を操ることが出来、肌の防護は完璧なので、ここまでしっかりとした防護服はいらなかったりする。今回来てきたのは、癖みたいなものだろう。
ちなみに、インユゥちゃんはいつもの中華っぽい服装のままであり、カレオちゃんはカメリーオ族の衣服のままだ。ついでにカレオちゃんは細長い袋を担いでいる。その中には愛用の武器である槍が入っているのだ。
彼女らはエルカ族と違って肌を防護する必要があまり無い。それでも一応、上からマントを羽織らせ、長ズボンを履かせ、髪は一まとめにしてターバンに突っ込んでいます。
塩で髪や肌がベタベタになったら洗うのも一苦労だろうからね。予め防いでおくのだよ。
「よし。じゃあ行こうか」
「おう!」
「任せておくべ!」
「…………」
さぁ、湿地帯に踏み込もうか、という時、ヤディカちゃんの足が止まった。
「どうした?」
「……湿地が、広がって、る……?」
ヤディカちゃんはどうやら湿地帯の範囲に違和感を抱いたらしい。
以前、安全なルートの目印にしていた岩が、湿地に飲み込まれているというのだ。
何それ、俺の知ってる湿地じゃない。湿地って本来繊細な物で、沢山の生物が暮らす場所であるはずなのに……、さすが異世界。
まぁ、湿地帯の前に“塩害”って付いているけどな。
ただ、広がってるというのは不安だ。
この湿地が広がれば、行き着く先はエルカ族の集落だ。亜人の集落の中では大分西側にあるから、真っ先に飲み込まれるだろう。
筋肉で肌が頑丈になったエルカ族だが、他はそうじゃあない。作物は真水でしか栽培できないし、エルカ族の卵だって湖の中で孵化の時を待っているのだ。
この湿地をエルカ族の集落に近付ける訳には行かないな……。
いくら異世界とはいえ、モンスターでもないただの環境が能動的に侵食してくるとは思えない。何か理由があるはず。
塩の採取に加え、その原因も探らないとな。
風がひゅうと吹き、カレオちゃんがぶるりと震えた。
うぅ、肌寒い。骨に風の冷たさが堪えるぜ……。
「大丈夫か? もう少し厚着をすれば良かったな」
「あ、いえいえ、そんな勿体ねぇことです」
「最近少し寒くなってきたからな。油断すると風邪を引くぞ」
「それも、変な、話……」
ヤディカちゃんがインユゥちゃんのずれたターバンを直してあげながらそう言った。
何だかんだ面倒見がいいね。
「どういう意味だ?」
「この島、結界で守られてる、はず……。外の冷たい風、通さない」
「へぇ、そんなのがあったんだな、結界って便利じゃん」
「だがそれが上手く機能していない可能性があるのか。ヤディカ、カレオ、今までにこのようなことはあったのか?」
二人は少し考えて、首を振った。
「カサンドラ、寒くなるとなんかマズイのかよ?」
「そうだな。インユゥが分かりやすいように説明すると、あまり寒いと作物が育たなくなる」
「何ィ! そりゃ大問題じゃないか!」
インユゥちゃんが理解してくれたようで何よりだ。この子に何か教えるには食べ物に絡ませる限るな。
寒さだけじゃなく、塩まみれの湿地が広がってきていることも大問題なんだけど。
うーむ。湿地の侵食に寒くなってきた島か……、いろいろ不穏だね。
出来れば、殴って解決できる問題であって欲しいものだ。
頭を使うとか知恵を搾るとかして解決しなきゃならない問題だったら、俺はお手上げだぞ。
亜人全体の脳筋化が進む今、知恵で解決できる人材は減りつつあります。どうか何かボス的なものを倒して解決できますように。
塩害湿地帯の中は、付近で感じた通り塩っからく湿っぽかった。
このまま少し進むと、塩漬けになったまま枯れた木々があるので、樹皮に付着して浮き上がった塩を削り取る、というのがエルカ族の塩採取だそうだ。
随分簡単に聞こえるが、塩から身を守る防護服を着込んだまま森のモンスターを避けつつ塩害湿地帯まで辿り着き、防ぎきれない塩に肌を焼かれながら塩を採取、そして帰りもモンスターに遭遇しないよう細心の注意を払って行動しなければならない。その上、採取が終わった後しばらくはじくじくと疼く炎症に苦しむことになるのだ。
こんな苦労を払って、よくもまぁ塩には不足していないなんて言えたもんだ。
ヤディカちゃんは直ぐに慣れることだと言ってましたけど、慣れたって痛いもんは痛いし、辛いもんは辛いでしょうよ。
知っていれば俺が取ってきたのに。
ヤディカちゃんが自分の痛みを黙って我慢する、なんて状況は出来る限り無くしていきたいな。
そんなことを考えながら周囲を警戒しつつ歩いていた時だった。
「よう」
いきなり足元から声をかけられた。
いったい何時の間に!?
直ぐ様『魔力義肢』を展開、多腕で三人娘を抱えて後方に跳び離れる。
生物が殆ど生きられない環境だからか、モンスターの姿も見ない。だが油断は禁物と、俺は『魔力自在』による感知を張っていた。
あまり広すぎると情報量が多くて頭がパンクするから、範囲はヤディカちゃん達を一足でカバーできる範囲、対象は生物と設定していたのだが、その関知の網を掻い潜ったというのか?
まさか。
網、とは比喩だ、実際に隙間なんてない。
それに俺は、種族特性なのか、アンデッドの位置が感覚で大体分かる。俺が反応出来なかった以上、この声の主は生物でもアンデッドでもない? 何なんだ?
「おっと、驚かせちゃったかい?」
「何者だ。何処にいる」
俺が警戒を強めるのに合わせ、ヤディカちゃん、インユゥちゃん、カレオちゃんも何時でも戦えるように構える。
「そう警戒しないでくれ、俺は敵じゃないさ」
その言葉と共に、岩の上に青いゼリーのようなものが姿を現した。
ま、まさか、こいつはRPGの王道とも言えるモンスター、スライム、だと……!
おぉ、正しく某ゲームのようなぷるぷる水色ボディ、つんと尖った先っぽ……。す、スゲェ、なんかアイドルに出会ったような気分だ!
あ、でも、顔が違う、全然違う。
目と口だけのデフォルメされたかわいい顔じゃない。なんか濃ゆい。
太く力強くつり上がった眉、大きく鋭い目、高い鼻、分厚い唇……。一つ一つの顔のパーツの主張が凄い。
これが異世界スライムか……。
「カサンドラ、何、興奮してる、の……?」
ヤディカちゃんには俺の内心の興奮がバレてしまっているようです。
いかんいかん、スライムが敵である可能性はまだ消えていないのだ。気を引き締めなめれば。
「すまん。大丈夫だ。其所なスライム殿。質問は変わっていない。何者だ?」
「おっと、自己紹介する前から種族がバレているとは、俺って有名なのかね?」
「そのような態度では、敵ではないとの言葉も信じられない」
「いきなり襲いかかったりしてないだろ?」
「騙そうとしている恐れもある」
「おいおい、そうだとして、それを俺が言うわけないだろ? 騙すつもりは無いけどな」
「……」
信用は、出来ないな。こいつが近付いてきた目的が不透明だ。
客観的に見て、今の俺達って異様だしね。
黒いスケルトンに亜人の三人娘。俺なら誘拐犯か何かだと思う。
そんな俺達に話しかけるメリットってなんだ?
うぐぐ、最近使ってなかった錆び付いた脳ミソが早くも軋んできたぞ……。
ヤディカちゃん、インユゥちゃんが俺を見上げる。
その目は、早く戦わないの? と言っていた。いかん、この娘達も立派な脳筋だ。
せめてカレオちゃんなら……。
あ、駄目だ。敵から目を反らしてないだけだわ。射殺さんばかりに敵を睨みつけているだけだわ。
「そう怖い顔するなって。アンタ等はスライムの村に近付いているんだ。むしろ警戒するのは俺の方じゃないかい?」
「嘘。この先に、スライムの村なんて、無い」
スライムの言葉をヤディカちゃんが切って捨てる。だが、スライムは堪えた様子もなく、ぷにょりと体を震わせた。
「あたしは、何度もここに来てる。スライムの村なんて、無かった」
「勇敢なお嬢ちゃん、スライム族は最近ここまで逃げて来たんだよ」
「逃げて、来た?」
この世界のスライムは果たして強いのか弱いのか?
物理攻撃が無効なスライムもいれば、棒で殴られるだけで倒れるスライムもいる。
個人的には、強ければ嬉しいね。軽く殴りあってみたいもんだ。
「スライム殿。スライムとは強いのか?」
もしもスライムが強いとするならば、彼らが逃げなくてはいけないほどのことがあった、ということだ。
つまり分かりやすい脅威。
塩害湿地帯が広がった原因がそれならば、殴り倒せば一石二鳥だよね!
「ジョン、でいいぜ、スケルトンさん」
「ならばこちらもカサンドラでいい」
スライムの名前がジョンかよ、なんかやたらカッコいいな。
「カサンドラさんよ、スライムは弱いぜ。我ながら嫌になるくらいな」
「ふむ。ならば脅威とはどのようなものだ?」
「あん? どうしてそんなことを聞く?」
ふふふ、一石二鳥を狙っているからだよ。
それを馬鹿正直に言ったりはしないけどね。
塩を集めて持って帰るだけなら誰か一人だけ戻ればいいだけだし。
それくらいの実力は全員持っている。
「そりゃ力になってくれるからだべ! カサンドラさんは、あの濡れ銀を倒した強者だ! スライムさんも助けてくれるだよ」
カレオちゃんが盛大に俺を持ち上げてくれますが、濡れ銀を倒したという言葉にインユゥちゃんが居心地悪そうにもぞもぞしていますよ。
まぁ、濡れ銀の一部であったインユゥちゃんにはあまり喜べない言葉だよなぁ。
カレオちゃんの住んでいた場所を壊しちゃったのは濡れ銀である訳だし。
「濡れ銀? あの大食らいのバケモノか? まさか、アイツは不死身だぞ?」
「カサンドラさんはそれを滅ぼしたんだ! カサンドラさんに倒せねぇ奴なんかいねぇべ!」
ごめんカレオちゃん、滅ぼしてないです。インユゥちゃんがしっかり生きてます。アンデッド扱いだから、正式には生きていないかもだけど。
「滅ぼした? 嘘だろ?」
「う、ううう嘘じゃねぇな! アタシも見たからよ!」
「見た……? そういえば、ワタス、インユゥちゃんが助けられた所を見てない様な……?」
「えっ?」
やばい、動転したインユゥちゃんが入ってきた。
これ墓穴掘るパターンや。インユゥちゃんが自爆する前に話題を変えねば。
「その脅威が何であれ、それが殴れるならば倒してみせよう」
だからスライムさん、こっちに食いつきなさい!
俺に悩みを打ち明けるのです!
「濡れ銀を倒したって、マジなのかい?」
「あぁ。本当だ」
スライムのジョンは考えるように目を閉じた。
少し黙った後、ゆっくりと口を開く。
「信じられねぇ……、信じられねぇが、チャンスなのかも知れねぇな。良いぜ、着いてこい。俺の村に案内するぜ、詳しくはそこで話そう」
よっし、話は逸れた。
インユゥちゃんがこちらをチラッと見て、手を合わせて片目を閉じる。
良いよ良いよ、気にすんねぃ。
しかし、こんな塩まみれの土地に住んでいる人もいるんだね。
スライムを人と呼ぶかどうか疑問だけども。敵対心がなく、会話できる知性があるなら人でいいでしょう。異世界なんだから人とか人じゃないとかは大して重要じゃありません。大事なのは心よね。
「カサンドラ、行く?」
「あぁ。話を聞いてみよう」
「カサンドラさんなら絶対出来るべ!」
「アタシはこのベタベタから逃げられるんなら、何でも良くなってきたよ……」
ジョンが先導して進みだす。そうして俺たちはスライムの村に向かうのだった。




