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68話 ジョンの話

少し短めです。





 濃い顔のスライム、ジョンの案内で俺たちはスライムの村へと来ていた。

 こんな場所だからか、家は塩の混じった泥とスライムの粘液をこね合わせて作っているらしい。

 ちょっと大きめのカマクラ? そんな感じの家が湿地帯に点在していた。

 まだジョン以外のスライムは見ていない。是非、濃い顔ではなくデフォルメされた可愛いスライムがいると良いんだが。


「まぁ、適当に座ってくれ」


 ジョンに勧められたのは、泥が固まった床。

 うむ。スライムって座るとか立つとかの習慣がないから、家具を作る必要もないのか。

 体に取り込んで捕食するからテーブルもいらない。端に土が盛られているけども、何に使うものか分からないから迂闊に触れないし。


 おっと、思考が逸れたな。

 ヤディカちゃん達がおろおろしている、どうしたらいいのか分からないのだろう。まずは俺が座って見せなきゃな。


 俺が座るとヤディカちゃん達も意を決して地べたに座ろうとする。さすがにそれは可哀想なので、『魔力自在』でクッションを作ってあげよう。

 三人娘は驚いていたが、すぐに三者三様にお礼を言ってくれた。うふふ。こんなもんで良ければ山ほど作っちゃうよ。


「へぇえ、器用なもんだ」

「魔力に性質を加えている」

「自慢にもならない、と。やるじゃない」

「いや。誇るほど極めることが出来ていない」

「謙虚だねぇ」


 この『魔力自在』さんには随分お世話になってるからね。むしろ、これがなければ俺は今まで生き抜くことが出来なかったよ。

 『魔力義肢』にしろ『魔力筋』にしろ、『魔力自在』で作ってるわけだし。

 俺を何度も助けてくれたスキルなのだから、この程度で満足してはいけません。より極め、より高みへ至ることが『魔力自在』さんへの恩返しになるのです。


「さて、お嬢さん方もくつろいだことだし、話をさせてもらってもいいかね?」


 俺は視線でヤディカちゃん、インユゥちゃん、カレオちゃんに確認を取る。

 三人は静かに頷いた。

 今更だけど、話を聞いてから、はいサヨウナラはしたくないからね。引き返すなら今が最後のチャンスだ。

 だけど、皆の覚悟が決まってるなら、ここで引き止めるのも野暮だね。皆は強くなった。心配ばかりするのもそろそろ失礼になるだろう。


「構わない。始めてくれ」

「それじゃ語らせてもらうとするかね。と言っても、長い話じゃない。俺達スライムは一匹のモンスターから逃げてここまで来たのさ」


 一匹のモンスター! よし、ソイツを殴り倒せば解決だな!

 どれだけ強いのだろう。オラわくわくすっぞ!


「スライム、って、もともと、ここに、住んでた、の?」

「そうだな、湿地に住んでたよ。もっと中心部に近かったがな。問題のモンスターはその中心部にいるのさ」

「モンスターの近くで暮らしてたんだべか?」

「俺はそれがモンスターだなんて思わなかったんだよ。なんせ、見かけはそこらの塩漬けの木と同じなんだ」

「塩漬けの木かァ、あんまり美味しそうじゃないなァ……」

「食うのはお勧めしないぜ? 塩は食い過ぎると死ぬらしいからな」


 ふむ。皆それぞれ気になること、聞きたいことがあるみたいだね。

 そうやって周囲に興味を持つのは良いことだ。どんどん聞くと良い。俺はここで見守っていよう。


「そのモンスターについて分かってることって、他にあるのか?」

「俺は奴のことを塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントって呼んでるな。奴が動き出してから、この塩漬けの湿地が爆発的に広がってやがる」

「カサンドラ、これって……!」

「あぁ。どうやらそいつを倒せば解決のようだな」


 なかなか俺好みの展開になってきたぜ。

 塩の採取も、塩害湿地帯の拡大も、スライム達の救援も、同時に達成できそうだな。

 よし、今から筋肉を暖めておかなきゃ……!


「おっと、話はそう簡単じゃない」

「今度はなんだべ?」

「奴のせいで湿地が広がっていると言ったろ。 塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントは、理屈は分からねぇが、石ころからドラゴンまで、何でも塩に変えちまうんだ。その力は、奴に近付けば近付くだけ強くなる 」

「なんだそりゃ? 無敵じゃねぇか」

「抵抗は、出来ないの……?」

「どうだろうな、少なくとも俺達はそれで殆ど全滅だ。奴が動き出した時、奴の黄色い炎が集落を直撃したからな」


「すまんが。何故ドラゴンまで塩に変えられると分かる?」

「あ? あぁ、悪ぃな、ちょっと話を盛っちまった。何せ心底ビビってたからな」


 なんだ、ただ大袈裟に言っただけか。

 本当にドラゴンがいるのか、本当にドラゴン塩に変えてしまうほど強いのかと思って二重に期待しちゃったよ。

 十中八九ドラゴンって強いよね! 物理にも魔法にも高い耐性あって、魔法の適正も飛び抜けてて、単純な筋力も桁違いで、ついでに深い知恵もある。おまけに種類も多い!

 うん、異世界にいる内に絶対戦おう。


「近づけない、なら、戦え、ない……」

「うーん、ワタスの槍も届かないべなぁ」

「魔法なら届くんだろうけどな。アタシ等、魔法は得意じゃないよな……」


 いや、魔法もそれなりに使えると思うけどね。

 ちょっと、いや、かなり殴り合いの熟練度が高いだけだよ。それと比較しちゃうとねぇ……。

 それに、石ころも塩に変えてしまうなら、魔力も塩にされてしまう気がする。なんとなくだけど。

 根拠は少しある。スライムが塩に変えられたという話だ。

 スライムのジョンは、俺の魔力による生命感知にもアンデッドの感覚にも引っ掛からなかった。つまり、生き物でも不死者でも無い。

 だったら何になる? もしかして、スケルトンよりも更に魔力に近い存在、魔力生命とでも呼べるような生き物なんじゃないの?

 ほら、魔力の溜まり場からスライムが生まれ落ちるなんて話、RPG漫画でよく見たし。


 でもそうなると、不思議よね。

 そんな魔力生命なスライムがどうして村を作って集団生活するんだろ? 必要なくない?

 生殖活動とかしないし、むしろ餌の取り合いとか無用な争いを生むんじゃ……?

 いや、でも、ジョンみたいにしっかりと意識があると、一人じゃ寂しかったりするのかね?

 あまり強くないみたいだし、集まって自己防衛してるとか?

 まぁ、後で聞いてみりゃいいか。


 まずは 塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントとやらの攻略だ。


「私に考えがある」


 全員がこっちを振り向いた。

 ふふふ、驚いているようだが、諸君、すこし頭を柔らかくしたまえ。

 近づくものを全て塩に変えるような力を持ち、その影響力を広げるモンスター。確かに恐ろしい。殴りに行く前に塩に変えられてしまう危険が高いだろう。

 だが、奴は 塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレント。枯れていようが樹人 トゥレントなのだ。


「何でも塩に変える能力があろうとも、自らが根を張る地面までは塩に変えられまい。ならば地下から接近し叩く」

「おぉ! そんな考えが……! あ、いや、だがよ、どうやって地面をそんなに掘るんだ? それまでに奴に気付かれたら終わりだろ?」


 ここは言葉で説明するよりも、見せた方が早いかな。

 と言うわけで、腕に纏った魔力を回転。そう、ドリルです。ドリルは男の魂だ……!


「これで掘る。早いぞ」

「な、なんだそりゃあ!?」


「あ、あの時の……」

「知っているのか、ヤディカ!」


 三人娘が何かコントしてる。いや、真面目なんだろうけど、そのフレーズを聞くと、どうしてもね。

 どうやら 塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントの所まで穴を掘って奇襲する案は採用されたようだな。

 よっしゃ、穴堀はまかせろードリドリ!





◆◆◆




 広く寒々しい部屋のなかに、微かな音が響いていた。

 それは、何か柔らかいものが擦れるような音。

 静かに、一定のリズムをもって。


「おい」


 そのリズムを乱すように、一つの声が割り込んだ。

 涼やかな声だ。

 まるで水晶で出来た鈴の音のような美しさと透明感を持っていながら、聞く者を魅了せずにはいられない、どこか蠱惑的な響きがあった。


 その声で甘く愛を囁かれれば、どんな男も骨抜きにされ、声の主に従うことに喜びを見出だすようになるだろう。

 しかし、声は今、不機嫌な響きを伴っていた。


「…………」


 呼ばれた相手は応えない。

 焦れた声の主は先程よりも強い口調でもう一度呼ぶ。


「おい、貴様」

「…………」

「おい聞いているのか下僕!」

「お嬢様、ちょっと静かに、今良いところなんだよ」


 愛しのお嬢様が身動きを取れないことを良いことに、丹念にその足を磨いていた貴族風の男は、静かにしないお嬢様を嗜める。

 その視線はお嬢様の二の足に釘付けであり、手にした柔らかな磨き布で優しく足を拭っていく。


「え? 怒られるのは私か? いや、お前だろ! いい加減私の体を磨くのは止めろ! さっさと結界の源を確保しに行け!」

「お嬢様……、貴女は分かってねぇ、この世に今ほど大事な瞬間は無いんだよ」

「お前、確かに一回ここを出ていったよな? 私の命令に従ったんじゃなかったのか」

「磨き布を取りに行ったに決まってるだろ?」


 さも当然のことを言うように言い切る男に、少女は唯一自由になる首から上で精一杯抗議する。


「お前という奴は! 今がどんなに大変な時か分かっていないようだな! あと少しずつ上ってくるのを止めろ! どこまで拭くつもりだお前は!」

「大丈夫だって、やることはやってる。お嬢様は俺に任せてでっかく構えてりゃ良いんだよ」

「動いているようには見えん」

「不安かい?」


 男の言葉に、少女は俯いた。


「……不安にもなる。私はここから動けず、父上より任された島に迫る危機を感じているだけだ。見ることさえ出来ない。頼りのお前はこの有り様だし、どうすれば良いのだ」

「俺に任せてりゃいい。例の強い存在はちゃんと見張ってる。機を見て連れ出すさ」

「もう少し真面目ならば信頼出来るのだが……」

「ひでぇなぁ、俺はこの上なく真面目だろうがよ」

「ふん……、どうだかな……。あとそれ以上上を拭こうとするなら嫌いになるからな」


 ふとももから上を目指そうとそろそろと動いていた男の手が止まる。

 腕がぶるぶると震え、嫌われるという危険を犯しつつこのまま楽園を目指すか、紳士に引き下がるべきか、葛藤しているようだった。


「あー、うん、そうだ、ネビ族の連中が遠くを見る魔法を開発していたな。それがあればお嬢様もここにいながら島を見渡すことが出来るんじゃないか?」

「ほぅ、わざわざそんな魔法を開発するとはな」

「おいおい、普通は自分が望んだ場所なんか見れないもんだぜ? 旦那やお嬢様がスキルに恵まれ過ぎてんだよ」

「ふん、今ではそのスキルを使うだけの力も残っていないがな。まったく、不便なものだ」


 暗い顔をする少女の頭を、男は優しく撫でた。

 少女は抵抗せず、その手のひらの感触にごろごろと甘えていた。


「よし、それじゃ俺がネビ族からその魔法を覚えてくるぜ。見たいもんが見れたら、少しは気も晴れるだろ」

「うむ。なるべく早く帰ってこいよ」

「任せろ、すぐに済むさ」


 そう言って男は姿を消した。

 少女は、好きな場所を見られるようになったらまずは何を見ようと胸を踊らせつつ、虚空を見つめるのだった。


 香油と櫛を持った男が現れたのは、その僅か十分後だった。



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