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53話 ペントーサVSヤディカ&インユゥ




 焼け焦げた跡と抉れた地面が痛々しいエルカ族の集落の中で、二人の少女と蛇目の青年が対峙していた。


 戦闘の余波を恐れてか、ゼクト族のネビ族の殆どは民家の中へ避難している。

 この場に残っているのはエルカ族と、ネビ族の四将の生き残りである風拳ウォマ、炎刃ククロバ、雷鳴ジューガイトの三人だけだった。


「まさか、ここにペントーサ様が来てしまうとは……、最悪だな」

「何故彼女らに戦わせるのであーるか!? 我々が出ねばならんのであーる!」

「……俺に勝った娘とはいえ、族長相手では分が悪いだろう」


 ネビ族の三人はペントーサの前に立つ二人の少女の姿に不安を隠せないようだった。

 しかし、エルカ族たちは違った。

 気を緩めてはいないが、戦いに出る雰囲気でもない。

 強いて言うなら、新兵のデビュー戦を見守るベテランといった様子だろうか。

 戦いの年期で言うならば多くのエルカ族よりもヤディカの方が長いのだが、ヤディカの成熟しきらない振る舞いがそれを感じさせないのだろう。


 エルカ族の皆に愛されて見守られていたヤディカ。ただ一人の戦士という役割から解放されても責任を放棄することなく自らを鍛え続けていた。


 その真価を、この目で見ることが出来るのだ。

 エルカ族たちは娘の成長を見守る大きな期待と喜び、そして少しの不安を感じながら、それでも今は自分たちの出る幕ではないのだと自制しているのだった。


 約一名、ヤディカの母親だけが臨戦態勢だったりするのだが……。


「手出しは無用じゃよ、ネビ族の戦士の方々よ。何、あの二人が強いことはお前さん達も分かっておるじゃろ? 心配せんでも大丈夫じゃ」

「し、しかし、少女の影に隠れて何が戦士であーるか……」

「あの子等は今は戦士じゃ……。本当にヤバけりゃ儂らが命を懸けて助けるわい。じゃからゾエも落ち着かんか」


「……また肝心な時に力になれないなんて……」

「ゾエ、あの子は強くなりたいと願っていた。この戦いは、きっとあの子に必要なんだよ。見守ることは辛いけど、それも僕ら親の仕事だ」

「オットン……、えぇ、そうね……」


 もしも彼女らが危なくなればこの身に代えても助ける。此処にいる全員がそれを決意していた。


 ネビ族の三人は静かに戦意を高めていく。

 もしも終わらせなければならないのならば、それは自分達の役目だ。幼い子供の手を汚させる訳にはいかない。

 直接少女と戦い、その力の一端を知ったジューガイトとククロバは特にその思いが強い。


「ヒトに変じてまで手に入れた力だ。同じく道を誤った族長は俺が止める」

「あの子達の後というのが歯痒いであーるが、仕方ないのであーるな」

「強くなったエルカ族たちが信じているのだ。俺たちもまずは待つべきだろうよ……。どうやら、そろそろ動くようだしな」


 魔法を扱うものにはそのうねり・・・がはっきりと見えただろう。

 インクをぶちまけたかのように周囲の空気を魔力が染め上げる。

 膨れ上がった戦意と闘気を突き破るように、ペントーサが動いた。


「ほほほ、まずは小手調べです。貴女達の力をもっと見せて下さい!」


 高笑いと共に特に飛び上がる。

 浮遊の魔法を発動しているのか、その体はふわりと宙に浮いたまま漂っていた。


 飛びながらも、ペントーサの手は複雑な軌道を描いていた。

 詠唱の代用となる魔方陣を即席で組み上げているのだ。

 卓越した技術と思考速度に、ネビ族が息を飲む。


 先程放った火炎球程ではないが、多量の魔力がペントーサの体を覆い、魔法を形成した。


炎弾掃射フレイムバラージ!」


 ペントーサの叫びと共に二人の少女、ヤディカとインユゥに炎の雨が降り注ぐ。


 逃げ場など無い。

 慌てて退避したエルカ族でさえ猛烈な熱気に肌を焦がされていた。

 目の前を埋め尽くす量の炎弾に少女達の体が一瞬強張る。

 もしも避け損なえば、彼女らは焦げる程度では済まない。華奢な骨が炭になるまで火の雨は止まないだろう。


 だが、次に少女たちの顔に浮かんだのは、不敵な笑みだった。


「お前の魔法は不味いから、もう食ってやらねぇ、吹っ飛ばしてやるよ」

「……ん、まかせた」

「あん? 全部アタシかよ」

「対魔法戦、得意、でしょ?」

「しゃあねぇな、見てろ」

「やだ」

「あぁ!? ったくもう!」


 インユゥがヤディカを庇うように前に立つ。

 その手には燃え立つような魔力が渦巻いていた。

 渦は次第に激しくなり、拳の形を作っていく。


「お前から貰った魔力、そのまま使わせてもらうぜぇ!」


 それは魔法のように繊細な技術が必要な技ではない。魔力さえあれば誰でも出来るような単純な魔力操作。

 しかし、そこに込められた力は膨大。

 亜人どころか人間でさえ腰を抜かすような、デタラメな魔力の塊が、ただただ暴力的に集められていた。


「うぉらァあああッ!」


 獣のような雄叫びと共に、魔力を纏った拳が真っ向から火の雨とぶつかり合った。

 魔力と魔力が衝突する独特の金属音のような音が響く。

 炎弾は弾かれる端から殺到し、拳は揺るがずにそれを受けとめ続ける。

 威力は全くの互角のようだった。


「ほほほ、確かに強力な魔力ですが、私にまでは届きませんね。このまま削って差し上げますよ」

「ハッ、どっちが先にヘバるか我慢比べでもするかァ?」

「いえいえ、決着はあっという間です。人間足るもの、知恵を使わなければね」


 ペントーサが魔方陣に更に複雑な模様を加えていく。


「ば、馬鹿な!?」


 ネビ族から驚きの声が上がった、

 魔方陣とは完成した機械のようなもの。それを稼働させながら改造を行うなど正気の沙汰ではない。

 F1カーを走らせながらメンテナンスを同時に行うようなものだ。

 出来る出来ないの次元ではない。

 構造上不可能であるし、それでも無理にやろうとすればドライバーも車も大破するだろう。

 使用中の魔方陣に変更を加えるとはそれほどの離れ業なのだ。


追加効果プラスエフェクト穿孔回転ロールピアッサー

 

 込められた魔力と魔方陣からの効果に従い、火の雨は鋭く変化し、回転する。

 カサンドラがそれを見ていれば、ライフル弾のようだと形容しただろう。


「ぐぅ!?」


 両者の拮抗はあっという間に崩れた。

 魔力の拳が回転する炎弾を防ぎきれなかったのだ。

 インユゥの拳を覆っていた魔力が簡単に貫かれ、インユゥの体を焼き焦がす。


「ほーっほっほ、これが魔法というものです! どれだけ膨大な魔力をかき集めようと優れた魔法の前には枯れ葉のように砕けるしかないのですよ」

「チッ、食うしかねぇかな……」


 傷は小さく、焼けたお陰で出血も酷くはないが、魔力の底が見えないペントーサと、外部からの補給で魔力を充填するインユゥとでは精神的な余裕が違う。

 魔法を問答無用で補食吸収し魔力に変換するといえば無敵に近い能力に思えるが、実際は万能ではない。


 まず、魔法を補食する時の隙が大きい。単発の強い魔法ならばいいが、この炎弾掃射フレイムバラージのように連射されてしまうと補食が困難になってしまう。

 魔力に変換するのにも僅かに時間がかかる。補食して直ぐに魔力になるわけではないのだ。当然、変換中に魔力を使うことは出来ない。

 最もネックになっているのが、インユゥ自身は魔力を生み出すことが出来ないということだ。補食することでほぼ無制限に魔力を保有できるとはいえ、涸渇した時は何も出来なくなってしまうというリスクは大きい。


 現状、魔力の拳に保有魔力の半分以上を突っ込んでしまっている。

 これ以上下手を打てば、インユゥが勝つのは厳しくなるだろう。


「ち、悔しいが、アタシだけで決めるのは無理だな……」


 インユゥは背後をじろりと睨むと、魔力の拳を解除し、余った魔力を治癒力へと注いだ。

 体が銀色を帯びた魔力の光に包まれ、みるみるうちに傷が塞がっていく。

 その間も炎の雨は容赦なくインユゥに降り注ぐのだが、防御ではなく治癒に魔力を当てたインユゥの回復力は与えられるダメージを上回っていた。


「ほほ、今度は回復ですか。ですが、どうします? ずっとそうやって耐えるおつもりですか? どうやら手数が多ければ満足に吸収できない様ですねぇ。欠陥の多い能力のようです。貴女は進化した亜人には相応しくない!」

「へっ、そんなもんこっちから願い下げだよ」


 肉が貫かれ焼かれる端から治癒する痛みと不快感を堪えながら、インユゥはギシリ、と笑った。


 歯を剥き出す猛獣のような笑みに、ペントーサは我知らず怯む。

 広範囲、高威力の炎の雨に曝され、力尽きるのは時間の問題だと言うのに、自分の半分も生きていないような少女がまったく絶望せず、獰猛に笑っている。

 油断すれば殺されるのは自分かもしれない。

 まるでモンスターと対面しているかのような悪寒がペントーサに走った。


「ならばくと消し炭になりなさい。私には他にもやることが控えているのですから。追加効果プラスエフェクト弾数倍加パーティータイム


 魔方陣に更なる紋様が書き込まれる。

 魔方陣を形成する紋様の一つ一つがこれまで以上に激しく明滅し、魔力の高まりを周囲に知らしめる。

 この魔法が解き放たれれば、インユゥだけでなく、エルカ族の集落が灰の山と化すだろう。

 それを確信させる激しい力が魔方陣に集まっていた。


「さぁ、これでお仕舞いです」


 魔法が解き放たれる――――

 その直前だった。


「隙、あり……」


 ペントーサの首筋に強烈な衝撃が走り、宙を浮いていた体が地面に向かって吹き飛ばされた。

 繊細な魔力コントロールで維持されていた魔方陣はあっという間に砕け散り、込められた魔力とともに霧散していく。


「クァアアアアアア!? いったい何です! この私を足蹴にするとは!」


 地面に激突する寸前に浮遊魔法で体勢を整えたペントーサは忌々しげに辺りを見回す。

 そこに、軽い音を起ててヤディカが着地した。


 ヤディカはペントーサの意識がインユゥに向いている内に気配を殺して接近、音もなく跳躍し、無防備な背後から首筋を『鞭打』で蹴り飛ばしたのだ。


「これ、始めから、二対一……。まさか、卑怯とか、言わない、よね……」

「ほ、ほほ……、少しお遊びが過ぎましたか、ですが少々おイタが過ぎましたね! 私を怒らせるとは――――ブィッ!?」

「話が、長い」


 パシィン、と鋭く弾ける音が響く。

 手刀による『鞭打』がペントーサの顔を張り飛ばし、長口上を強制的に終わらせた。


「ネビ族、皆そう、戦いに真面目じゃない。遊びでやってる、そういうの、嫌い」

「舐めた口を聞くじゃあないですか、子ガエルごときがッ!」


「アタシをぉ忘れるんじゃあ、ねぇッ!」


 いきり立ったペントーサ目掛けてインユゥが獣のように飛び掛かった。

 その拳は既に魔力で強化されている。

 体に数多く刻まれた火傷と貫通痕も、跡形もなく回復していた。

 元・災厄の体現“濡れ銀”というのは伊達ではないのである。


「今さらそんな単調な攻撃など!」


 ペントーサは馬鹿にしきった笑みを浮かべて避けようとするが、彼は知らない。奇しくも転移中であった為に見ることがなかったのだ。

 ヤディカとインユゥのささやかなケンカを。


「うらァ!」


 強化に使われた魔力よりもさらに膨大な魔力が湯水のように使われ、拳の軌道を強引にねじ曲げる。

 さながら魔力による射出機カタパルト

 より勢いを増したインユゥの拳がペントーサの顔面に食い込んだ。


「ごぶァあああ!」


 殴り跳ばされたペントーサは勢いに呑まれてくるくると回転し、地面に倒れこんだ。



「す、すごい……」


 ネビ族の誰かがポツリと呟いた。

 最強の魔導師であり、人化を果たして強化された族長がこうも簡単に蹴られ、殴られるなんて、誰が想像しただろうか?


 族長がネビ族を皆殺しにすると言ったとき、生きた心地がしなかった。

 もう自分達はここで死ぬのだと諦めていた。


 彼女達ならば族長の洗脳を解き、正気に戻してくれるのではないか?

 人間の兵士を蹂躙出来るほど強くなった族長に泥を付けた彼女達ならば……!


 そんな淡い期待も湧いてくる。


 だが、楽観視出来ない者もいた。


「不味いであーるな……」

「あぁ、族長を怒らせてしまった」

「そろそろ俺たちも行くべきだな」


 いまやネビ族三将となったククロバ、ウォマ、ジューガイトの三人だ。

 彼らは、先程までの強大な魔法ですら、ペントーサにとっては遊びに過ぎなかったと理解していた。

 特に、人化を経たジューガイトにとって、族長の力の大きさは否が応でも分かってしまうものだった。


 人を小馬鹿にしたような言動をしている内はまだ良かった。出来ればその間に決着をつけて欲しいと思っていた。

 族長が油断している間ならば、彼女達にも勝ち目はあっただろう。

 だが、今の攻撃で仕留め損ない、本気にさせてしまった。


 人化する前でさえ、ペントーサは亜人最高の魔導師と呼ばれていたのだ。

 人間となり魔術の制限が外れた今、本気のペントーサが魔法を使えば、島の形が変わるほどの破壊が引き起こされるだろう。


「ほほ、ほほほほ! やってくれましたね……。今のは痛かった……痛かったぞーーッ!」


 辺りに猛烈な魔力が吹き荒れる。

 インユゥが纏った魔力でさえ霞むほどの濃密な魔力が。

 余りの濃度に魔力が半実態と化し、巨大な触手のように辺りを凪ぎ払った。


「っと、流石に少し恐ぇな」

「帰る……?」

「馬鹿言え、やっとあのスかした野郎が本気出したんだろうが、応えて捩じ伏せなきゃ女が廃るだろ」

「女の子、だったの……?」

「おっし、そのケンカ買った。アイツ叩きのめしたら次はお前だからな」

「馬鹿、言ってる……」


 迫る半実態の触手をインユゥが食らい、ヤディカが跳躍で躱す。


「まぁいい、まずは目の前のアイツだ」

「ん……」


 二人の顔に笑みが浮かんだ。

 獣のような、獰猛な笑みが。狩人のように冷徹な笑みが。




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