52話 カサンドラVSエドガー
森の中を疾走する一つの黒い影。
眼窩には鬼火のような赤い光が炯々と輝き、見る者に否応なく恐怖を抱かせる。
それは、暗闇を纏う骸骨。
それは、死をもたらす黒。
それは、ブラックスケルトンという不吉の象徴。
それは、つまり私です。
いやぁ『剽悍無比』に魔力を注げば注ぐだけ移動速度が上がるのは説明から知ってたけど、こんなに速くなるとはねぇ。
俺の体は骨なので、空気抵抗がまったく感じない。
肋骨や顎骨の隙間を風がひゅうひゅう流れていく。
人間の体では感じられない、不思議な感覚だ。あと、若干寒い。
ヤディカちゃんと一緒にネビ族の集落に向かった時はどれくらい時間がかかったっけ? 時計がないとこういうとき不便。
ヤディカちゃんと一緒に歩いていた時の体感速度はまるで一瞬だったけどね。喧嘩するまで。
目の前にはもうネビ族の集落。
体感的には二時間も経っていないな。
敵さんもこんなに速く俺が到着するとは思ってないんじゃないのかね?
ほぼ奇襲に近いな。汚い、さすが骸骨汚い。
しかし、汚い手段は師匠の推奨するところであります。
だから大丈夫。使ったってオッケーオッケー。
相手は魔法を使うらしいから『魔力自在』の感知で簡単に探し出せるはず。
早速炙り出していきましょう。
時間をかけるつもりは更々ありません。
どうやら人間もこちらに入ってきている様だし、最悪ネビ族の族長とローブの人間、二人の魔術師を相手にすることになる。
時間をかけていられない、というのが正しいな。
俺にとって魔術はまだまだ未知の領域。まったく使いこなせない。
だから、相手が魔術師ならば魔法を使う前に先手必勝で潰す。
これが俺の勝ち方よ。
「ムンッ」
『魔力自在』で感知用の魔力を周囲に拡散。
ネビ族の集落を中心として、広範囲をカバーするように――――
あ、見つかった。
族長の家らしき所に居るわ。樹上の屋敷みたいな所。
隠れてるのかね? まったく動いてないけど。
気配は一つしかない。
魔力の質は、高いな。
でもどっちかは分からない。
一応、更に感知の範囲を広げよう。集落の更に奥、もっと奥まで。感知に手を抜いて俺が奇襲されたんじゃあ目も当てられない。逃がすなんてもっての他だ。
ネビ族の集落の奥は……、ありゃ、森が途切れて海になっちゃうのか。
そして此処には気配が多いな……。
何これ、別の種族の集落? そんな話は聞いたことが無いぞ?
まぁ、俺もなんでもかんでも聞いてきた訳じゃあないからなぁ。
後で調べてみるべ。
まずは村長の家に隠れている奴だ。
全身を魔力筋で軽く強化。
ひとっ跳びしてそのまま家の壁に跳び蹴り一発。
ダイナミックお邪魔します!
「邪ッッ!」
木の上に作るくらいだからそれなりに頑丈だったんだろうが、魔力筋で強化した蹴りの前には積み木の城同然よぉ!
以前は居留守使われてすごすご帰ったが、今日はそうは行かないぞ。
ちゃんと目の前に飛び出るように壁を貫いたからね。
この期に及んで居留守使ったら尊敬するわ。
「な、な、何なんですか!? い、いえ、誰です!? 私の研究の邪魔をするのは!?」
「ブラックスケルトン。名をカサンドラ・ヴォルテッラという。貴様の悪行もここまでだ」
格好つけて見栄を切ったのはいいけど、埃が酷くて相手の姿を確認できない。やっちまったゼ!
それに俺はネビ族の族長の顔も声も知らないのだ。
研究とか言ってるから人間の方かな?
どっちにしろ殴って捕まえるからあんまり関係ないんだけど。
「ブラックスケルトン……? あぁ、あの不思議な亜人族に使役されているモンスターですか。なるほど……、名付き、それも特殊進化個体のようですね。私を捕らえに送られてきた、という訳ですか」
埃が晴れたその場所にいたのは、やはりローブの男だった。
ネビ族の族長は何処に行ったんだ? もしかして一人で他の集落を襲いに行ったのか?
だとするなら、少し不味い。
他の亜人族を守りに出ていたエルカ族達の殆どが、ネビ族の捕虜を捕らえておく為に集落に帰ってしまっている。
守りの薄い状態で、ネビ族で一番強いらしい男に勝てるのか?
……いや、そうと決まったわけではない。
俺のやることは決まっている。まずはこの男を殴り倒すのだ。
ネビ族の族長については、その後で聞き出せばいい。
場合によってはカサンドラ流拷問術の披露も辞さない。
相手は人間で、話も通じる訳ですが、ここは『覗き見』を使っておこう。
手の内を知ることができれば安全かつ迅速に済ませられる。
《ステータス》
名前:エドガー
種族:人間
Lv.38
HP:450
MP:850+85
SP:260
攻撃力:105
防御力:120
素早さ:135
◇スキル
『魔術の才』『魔力感知』『魔力操作』
『物質検査』『予測』『冷静沈着』
『火魔法』『水魔法』『風魔法』『闇魔法』
『魔法耐性(小)』『毒耐性(小)』
◇称号
『魔術師』『研究者』『狂人』『解剖博士』『亜人の仇』
ステータスとしては脅威を感じない。
だけど、俺だって自分よりもステータスの高い相手を打倒してきている。勝負はスキルをどう使うかによって大きく変わってくる。ましてや相手は知恵のある人間。勝つためにこちらの予想を上回る手段を用いてくるに違いない。
気になるのは称号。
『狂人』と『解剖博士』、それと『亜人の仇』の組み合わせ。
これって、つまりそういうことだよな……。
別に正義を気取る気はない。そうした理由も知らないしな。
だけど、エドガーさんよ、あんたを殴る理由が一つ増えたぜ。
「随分と舐められたものです。いくら名付きとはいえスケルトンから一段階進化しただけの低級モンスター、そんなものでこの私をどうにか出来るなどと……、馬鹿ですねぇ」
長口上失礼。ちょっと急ぐんで殴りますね。
「吩ッ!」
「おっと! やはりモンスターは駄目ですねぇ、様式美というものを分かっていない」
ローブの男は指を軽く振るだけで障壁を張ってみせた。
直ぐに砕けたが、その隙に男は逃げてしまっている。
中身はモンスターじゃないつもりなんだけどね。
仲間の安全がかかってるんだから、そちらの様式美とやらに付き合う時間は無いの。
「知ったことか!」
「ははは! では少し遊んでみますか? 消滅寸前に追い込んで、主従関係を書き換えてあげましょう! このアイゼンベルグ征北部隊魔術隊長のエドガーが!」
ちぇ、結局魔法を使わせる前に叩きのめす作戦は失敗か。
仕方ない、プランB『魔法? あぁ? ンなもん関係ねぇよ』でいくしかない。またの名を、魔法を使っても叩きのめす作戦。
これが俺の頭脳で考えたさいきょうのさくせんだ!
「“火炎放射”」
エドガーと名乗った男の右手から炎が伸びる。
炎はならば恐くはない。俺には『火炎無効』があるからな。
ただ、その情報を与えるのは面白くないので、避けておこう。
「アンデッドは炎が苦手でしょう? ほら、遠慮なさらないでもう一つどうですか?“火炎放射”」
左手からも炎が伸びて俺に迫る。
いや、俺はいいんだけど、家が……。こりゃもう駄目だな。ネビ族の族長の家は廃棄決定だ。
あんまり室内で戦っていると他の家まで燃やしてしまうかもしれないな。
下に降りて戦おう。
「づェア!」
「なっ!? 馬鹿ですかアナタは!?」
失敬な、馬鹿じゃないよ。考えるのが面倒臭いと感じることが多いだけだよ。
足元に踵落としを放ち、床ごと家を支えていた枝をへし折る。
これで他のツリーハウスに飛び火することはないだろう。
下で炎が燃え広がっても、蹴りや殴打の風圧で消せるしな。
ほら、ちゃんと考えてるじゃない。
「勝てないと見て自爆作戦ですか、でも意味がありません! 何故なら私は燃え落ち崩れ落ちるこの場所からでも脱出できるからです! アナタの犠牲は無駄に終わるのですよ!」
「命は無駄にするものではない」
「ははは! そこで真っ黒焦げになっていなさい、名前の通りね!“落葉の傘”」
エドガーが窓から飛び出すが、風に舞う葉っぱのようにふんわりと落ちていく。
なるほど、確かにあれなら落下の衝撃は緩和できそうだな。
しかし、すんごい隙だらけ。
スキルや称号を見るに、どっちかというと研究方面に偏っている人なんだろうなぁ、きっと実践経験とか殆ど無いんだろう。
でもこの人の所為で色んな亜人族が迷惑を被った訳だし、放っておいたら亜人たちを奴隷にして連れ去るつもりだったんだから、もう少し脅かしてもいいよな。
エドガーの後を追って窓から飛び出す。
さぁ、追撃しちゃうぞぉ!
「そう来ると思っていました! “火炎大砲”」
あ、俺って炎が効かないんですよ。
赤角熊のブレスに比べれば、ぬるいぬるい。
赤熊と銀鯰はホントに規格外だったよ。
ぺしん、と叩いて弾いてやる。
「は?」
ローブの隙間から、エドガーの唖然とした顔が覗いていた。
いいねぇ! その顔が見たかった! 良い驚きです!
そしてまだ俺のバトルフェイズは終わっちゃいないぜ!
その隙だらけな姿を見て思い付いちゃいました! 今ならアレが出来ると!
「フンッッ」
「ひぃ!」
ふわふわと漂うエドガーに取り付き、足を掴んで逆さま持ち上げる。そして肩で担ぐように固定! 首を首でロック! 更に瞬時に組み上げた魔力義肢二対で腕と首を拘束!
さらに『魔力自在』の性質付与で魔力に重みを加える。
俺自身が軽いから、大した重さは追加できないけど、このふわふわ魔法を無効化出来るくらいにはなるだろ。
「は、放しなさい! 分かっているのですか!? このまま落ちればアナタも私もバラバラですよ!?」
ほう、この態勢から自分がどうなるか分かりますか。
頭がいいお方は違いますな。
これぞ伝説の筋○バスター! いや違う阿○羅バスターの方だ。パーフェクトのやつ。
カーッカッカッカ! 今さら命乞いなど聞かんわ!
あと殺すつもりはないぞ。教えないけどな。
せいぜいビビれ。
「私は、私は! 亜人の研究者にして救済者です! 私の頭脳があれば亜人を今の状況から解放出来るのです! だから放しなさい! 私を殺しても――――」
「命乞いなら、貴様が殺した亜人に言うがいい」
「あ、あああぁああああああああああああ!!!」
どすん、と地面に着地。
衝撃は魔力筋で吸収して散らしましたよ、エドガーも無事生還。
気絶してるけど。
あと、流石に殺しきれなかった分の衝撃がエドガーにかかったので、両肩と股関節が脱臼してるね。
縛る手間が省けた。これで逃げられまい。
俺が威力を吸収しなけりゃ自分で言った通り両腕両足がもげてたんだから、これくらいは多目に見てくれ。後で填め直してやるから。
「……ひ、へぇ……」
うわ、漏らしやがったコイツ、あっぶねぇ、かかる所だったじゃないの。
やっぱ基本はインドアな奴なんだな。
懐かしいな、俺もカサンドラ師匠との修行の最初の頃はよくこうやって転がされていたよ。いや、殺がされていた、かな?
まぁ、こやつはもう良いだろ。魔法も唱えられないように口を縛って適当な家に放り込んでおこう。どうせどこも留守だ、ちょっとばかり玄関が男の排泄物で汚れても不可抗力ということで。
残りはネビ族の族長か。
候補としては集落を越えた先、海辺にあった気配の集まり。俺には知らされていない亜人の集落? だ。
よし、位置を確認するためにもう一度『魔力自在』の感知を……。
俺が意識を集中しようとした、その時、崩れ落ちたツリーハウスの燃えカスから、何者かが立ち上がった。
発動していた感知が告げる。
コイツは強い、と。
魔力は大したことないが、肉体の強さが段違いだ。はっきり言って、エドガーなどよりも強敵だろう。
緩んでいた気を引き締める。
あの中に居たということは、俺の戦いを見ていたということ。
手の内が一部知られたか。
何者かはゆらゆらと体を揺らしていたが、そのまま倒れ込んだ。
ん……?
なんかやっつけたっぽい。
まさかネビ族の族長じゃないよな。こんな簡単に終わっていいのか?
慌てて倒れた奴に駆け寄る。
まぁ、死なすわけにもいかんしな。
「お、ぉ……、カ、サン、ドラ殿か……」
「ビルカート!?」
おいおい!? なんでこんな所にビルカートのおっさんが?
あ、そういやゼクトの巫女さんがネビ族の救援に送ったって言ってたな……。
大方、騙し討ちにでも会ってそのまま捕らえられていたんだろう。
胴体に大穴が開いてる。これでまだ生きているとかタフな男だ。
だが、『覗き見』で見える状況は決して良くはない。
ステータス欄の状態が『瀕死』になっている。
おっさん以外ならとっくに死んでいる重傷だ。おっさんも、いつ死んでもおかしくない。
残念ながら俺にビルカートのおっさんを癒す術はない。せめてヤディカちゃんがいれば傷薬を調合して貰えたのだが……。
いや、この大穴じゃあ、傷薬程度ではどうにもならんか。
「はは、は、油断して、この様ですわい……。ペントーサの奴めに、氷漬けに、されておった……のです、突然の、炎に救われました……」
それは俺じゃない。
エドガーの奴の炎だな。亜人の救済者とか叫んでたが、結果的にビルカートのおっさんを助けてくれていたのか。
「……済まない、助けに来るのが遅れた」
「とんでもない、この老骨……が、友の暴走を止められず、まったく……、不甲斐なく……」
「今はもう喋るな。直ぐにゼクトの集落へ送り届けよう。巫女ならば貴方を回復出来るだろう」
俺がビルカートのおっさんを持ち上げようとすると、おっさんは俺の腕にそっと手を当てて止めた。
「わしはもう、駄目でしょう……。カサンドラ、殿。貴方には……まだ、役目が、ある様子……。こん、な、ジジイの……死に際など、看取っておらず、お役目を、果たされ……ませい……」
馬鹿野郎が。
俺とあんたは手合わせをした仲じゃあねぇか。拳と拳を交わしたら、もうダチだろうが。
年齢も立場も関係ない。
俺はあんたを助けたい。
考えろ、俺に何ができるか。
ビルカートのおっさんの命を救う手段はあるか?
エドガーを起こす?
駄目だ、直ぐには使い物にならん。そこまで叩きのめしてしまった。
近くの集落に助けを求める?
それも駄目だ、亜人は魔法に優れていない。回復魔法も同様だ。例外はネビ族とゼクトの巫女さん。
だけどネビ族は殆どエルカ族の集落にしょっぴいてしまったし、此所からではゼクトの集落はエルカ族の集落よりも遠い。それまでビルカートのおっさんが保たない。
そもそも、亜人の持つ技術や魔法で腹に開いた穴を塞げるのか?
それさえ確証が無い。
俺が、俺ができること……。
……一つだけあった。
確証はないが、今まで散々やってきたことだ。
『魔力義肢』で内臓と外皮の代用品を作る。
今の俺のありったけの魔力を注げば、暫くは保つ。
その間におっさんの体力を回復させ、おっさん自身の体力と魔力で『魔造臓器』を動かせるようにする。
これしかない。
問題は、俺がそこまで繊細な物を魔力で作ったことが無いということ。
だが、尻込みも失敗も許されない。
おっさんを救うには、俺がやるしかない。
魔力による、手術を。




