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幕間04話 ネビ族裏側事情

 その男は、初めて見たときから嫌な雰囲気を纏った男だった。

 それがの雷鳴の直感だった。


「これはこれは、偉大なる亜人のへび族の族長様にお会いできるとは、このエドガー、恐悦至極に存じますですよ、はい」


 体格を隠すようなゆったりとしたローブに身を包み、顔を見せないように深くフードを被っている。

 僅かに見える口元は、皮肉なのか悪巧みでもしているのか吊り上がるように歪んでいた。


 近くに来た商船の交渉役という話だったが、嘘だろう。

 こいつは明らかに魔術師で、それを隠そうともしていない。

 つまり、それだけこちらを舐めているのだ。


 当然、そんなことは対面に座っているペントーサには充分理解できているだろう。

 交渉中の護衛として長の背後に控えている四将全員も同様だ。


「ほほほ、新顔の交渉役殿は冗談がお好きなようですな。我々は確かに蛇と似た特徴を持ちますが、へび族ではありません。ネビ族というのですよ。似たような響きで間違えやすいですがね、いやいや本当に間違う人間の方が多いのですよ」

「それはそれは大変でしょうねぇ。実際見分けが付きませんからねぇ」

「交渉する以上は頑張って見分けて頂けると助かりますよ。それで、今回は貴方は初めてこちらにいらっしゃる方だと思ったのですが、どんな物を持ってきて頂けたのでしょうか? それと、どんな物をお求めで?」


 馬鹿にされることに慣れてしまったネビ族達は、あからさまな罵倒や侮蔑で感情を露にすることはない。

 思うところは十二分にあるが、それを面に出せば出すほど相手は喜ぶのだから、やるだけ無駄なのだ。


 それに、少しでも亜人側が人間側を傷付けることがあれば、ジュリアマリア島に住まう亜人族全員が狩り出されてしまうだろう。

 亜人族を守る盾であるネビ族として、それだけは絶対に出来ないのだ。


「ふぅむ。通常、我々に提示できるものとして何が有りましたかねぇ?」


 ネビ族が挑発に乗らないことに気が削がれたのか、ローブの男はやる気なさげに肩を竦めた。


 この男は前任者から何も引き継いでいないのか?

 今まで交渉役が変わっても、そんなことは無かったのだが、人間側でも事情や状況に変化があったのだろうか?


 そんなことを思いつつも、じっと男を観察する。

 相変わらず、口元は嫌らしく歪んだままだ。


「……そうですね、亜人側から提示できるものは特産の果実、野菜などの農作物。モンスターの素材数種類。それと精製した毒や薬の類いですよ」

「奴隷はどうですか?」


 男の発現に空気が変わった。

 いくら挑発に慣れているといっても、亜人にこの話題は禁句なのだ。


 今も大陸側では奴隷に落とされ苦しんでいる同胞が大勢いるというのに、必死にこの島まで逃げてきた者達まで差し出せと言うのか?

 血の気の多い“氷華”と“炎刃”が早くも武器に手をかけようとしている。

 最も四将として年期のある“風拳”が睨みを効かせなければ、そのまま斬りかかっていたかもしれない。


「エドガー殿、残念ですが、ここジュリアマリア島では亜人の奴隷販売は行っていないのですよ。そういった者をお求めであれば、本土でお探しになった方が良いでしょう。それ以外ならば色々と都合しますよ」


 ペントーサも心中穏やかでは無いだろうが、にこりと笑って話を流して見せた。

 長の余裕を演じる後ろ姿を見て、猛っていた“氷華”と“炎刃”も恥じ入るように武器を納めた。


 だが、この自称交渉役は、まったく引こうとしなかった。


「それでは困るのですよ。こちらでは奴隷が必要なのです。亜人は頑丈ですが使い過ぎれば潰れます、ですから早急な補充が求められているのです」

「……申し訳ありませんが、そちらの都合は関係ないのです。我が同胞をそちらへ売り渡すことなど出来る筈がない。用件がそれだけならばもうお帰りください、こちらが貴方に提供できるものはありません」


 ペントーサが席を立ち、この無礼者を強制的に退室させようと“氷華”と“炎刃”が動く。

 無礼な客人が暴れる危険があったため、“風拳”と“雷鳴”はペントーサを守るように素早く動いた。


「さぁ、お客様よ、お帰り願うぜ」

「とっとと立つのであーる! でなければ立たせるのであーるぞ!」


 怒気を露にして近付く四将の二人を前に、ローブの男はくつくつと肩を揺らして笑った。

 亜人の中でも高い戦闘力を持ネビ族中で、更に選りすぐられた四将を前にして無防備に笑っていられる者は少ない。

 そんな奴が居るとしたら、余程の強者か余程の阿呆かだ。


 初めて交渉に来た人間の胆力ではない。

 背筋をナメクジが這うような悪寒がした。


「ライブ! ククロバ! 警戒を――――」


 だが、それは既に遅すぎた。

 そして、あまりにも最悪の手だった。


 この叫びを聞いて、長も“風拳”も振り返ってしまったからだ。

 

 ローブの男から黒紫の光が溢れ、部屋が闇色に包まれる。

 『闇魔法』か――――!?

 全員の顔に焦りが浮かぶ。


 人の心をねじ曲げ、思考を操るという『闇魔法』。

 対象との実力差が大きければ抵抗も簡単だが、一度抵抗に失敗し術中に嵌まれば、自力で抜け出すことがほぼ不可能になってしまう。


 光と闇の属性は亜人には殆ど適性が無く、人間に発現しやすいものである。

 だが、亜人という人間同等の知能を持った者を支配するほど極めるのは非常に困難であり、それ故に亜人側としては対処法を確立していなかったのだ。


 それでも、たった一度の『闇魔法』で長と四将、合計五人のネビ族の実力者を一度に操るのはあり得ない。


 動かない腕で武器を掴もうと必死になっていると、ローブの男がゆっくりと立ち上がった。


「不思議そうな顔をしていますねぇ。なぜたった一度の『闇魔法』で全員の動きを止められたのか、と? 分かりませんか? 分かりませんよねぇ」

「貴様……、いったい、何を……」

「おやぁ、長殿は動けるのですか? では貴方は進化しかけていたのかもしれませんねぇ、本来出来る・・・・・筈がないのですが・・・・・・・・。実に興味深い」


 ローブの男は愉快そうに笑うと、動けないままでいる“氷華”触れた。

 その手からあの闇色の光が溢れ、頭を包み込んでいく。


「……ッ! ……! …………ッ!?」


 声を出すことも出来ない“氷華”は無言で体を痙攣させ、白目を剥き、泡を吹いていた。

 いったい何をされているのか、理解が出来ない。

 『闇魔法』ではこんなこと出来ないはずだ。


 男が手を放すと、“氷華”の体から力が抜け、床に倒れ込んだ。

 顔中の穴から血が吹き出し、全身が感電したように痙攣を続けている。


「ふぅむ。奴隷どもに使った時と比べて、随分抵抗が強いですねぇ、どうやらショートしてしまったようです。まぁ、彼には後で簡単な命令をインプットしておきましょう」

「ライブ……ッ! 貴様……、よくも……!」

「そう怒らないで下さい。亜人は人間に使われる、これは正しいことなんですよ? 宗教にも風俗にも寄らない全くの事実として、です」

「何を……!」

「知らないでしょう!? 貴方も、他の人間だって! 私の研究を認めず闇に葬った老害共もそうです。知らないということは罪であり恐怖なのです」

「……貴様は、何を、知っている?」

「あぁ、ベルノルト様だけが私の研究を理解して下さったのです。夢にまで見たジュリアマリア島への遠征にも連れてきて下さった……」



 ネビ族からの殺気が塊となって押し寄せているだろうに、ローブの男は夢見るようにうっとりと言葉を紡いだ。


蝿男計画フライマンプロジェクト……。かつてそう呼ばれた魔導実験計画がありました」




◆◆◆




 かつて、この世界に文明を持つ生物は人間しかいなかった。

 亜人という生き物は存在しなかったのである。


 魔法もモンスターも存在するのに、エルフやドワーフ、ゴブリンどころか、獣人までいない。


 そんな単一な世界を嘆いた最強の賢者が、人類の進化の可能性を模索する為に立ち上げた計画、それが蝿男計画フライマンプロジェクトである。


 余談だがこの賢者は異世界からの訪問者であったと言われ、神に匹敵する能力と知識を持ち、人類の文化を百年単位で押し上げ、世界を滅ぼすと言われた邪神を打ち砕き、二十人の妻をめとって幸せに暮らしていたらしい。

 その後、現在のクリスタニア聖王国で五十人以上の娘息子孫曾孫に囲まれ大往生している。


 賢者は功績こそ優れていたが、悪癖もあった。

 一度の熱中すると回りの声が聞こえなくなり、善悪の判断が曖昧になるのだ。

 それがよい方向に向かえば多大な利益をもたらし、文化を繁栄させ、平和を作り出す。

 しかし、一度悪い方に向かえば一人の子供を救うために国一つ滅ぼしたり、作ったゴーレムを強くし過ぎて暴走させて国一つ滅ぼしたり、様々な国に知識と武器をばらまいて戦争の火種を作り、小国群が滅ぶきっかけを作ったりと邪神より人間を殺した悪魔として伝わっている地域もある程である。


 良くも悪くも、彼は無邪気だったのだ。

 考えなしとも言える。


 そんな彼が異世界で出会いたいと思った亜人や獣人を、いないなら作っちゃえと始めたのがこの計画だった。


 賢者はすぐさま行動を始め、世界中の動物やモンスターを手当たり次第に融合させた。

 属性魔法を付与させたり、わざと弱体化させたり、毒薬で遺伝子に影響を与えてみたりとマッドサイエンティストが笑顔で握手を求めるような実験を繰り返したのだ。

 こうして生み出されたモンスターは片手間に処分されたが、出来が良かった物、デザインが気に入って処分するには偲びなかった物などは近くの無人島にまとめて棄てられた。


 彼からしたら大真面目、関係者からしたら何時もの発作、犠牲者からすれば狂気の沙汰のこの実験は、開始して数年で対象を人間へと変えた。


 勿論、基本的には善性である彼は罪のない人を実験にする発想などない。

 そんな酷い考えは最初から浮かばない。

 だが、罪のある人間ならばいくら消費・・しようとも彼の良心は痛まなかった。


 自分が合成したモンスターと交配させてみたり、魔術で融合させてみたり、恋愛感情が湧くように頭を弄ってみたり、とマッドサイエンティストが両手を挙げて称賛するような実験を、彼は夏の公園でセミの脱け殻を探す子供のような明るさと熱心さで続けたのだった。


 死刑を宣告された重罪人を集め、彼らが死刑にしてくれと懇願するような実験が始められて、更に数年。


 様々な失敗作が作っては廃棄され、処分された末に、亜人という存在は完成した。


 賢者呼ばれた男が望んだ、愛らしさと従順さを持ち、付け加えられた動物の特性を持った、亜人が誕生したのだ。

 更に、亜人は他生命と融合したことにより、その最大の特徴を受け継いでいた。


 それは進化のしやすさである。

 動物やモンスターは人間と比べて圧倒的に進化が早い。特にモンスターのそれは顕著だ。


 賢者の作り出した亜人は、人と変わらない思考と成長性を持ちつつ、動物の特性と進化の可能性を持った恐るべき生き物だったのだ。


 そこまで優れた生物が、いくら作り出されたものとはいえ、人間に大人しく従う筈がない。

 作られた生命の反乱が起こることを予見した賢者は、作り出した生命に鍵をかけた。


 それは“人間”が許可しなければ進化できないという枷と、心に働きかける『闇魔法』を応用した強制停止コードである。


 この鍵の優れた所は、鍵をかけられた当代だけでなく、その子孫、血の混じった者全てに引き継がれるという持続性にあった。


 世代が変わるに連れ、掛けられた枷に僅かな綻びが生まれ始めても、その呪いだけは外れることが無かったのである。




 賢者が死んだ後、その偉大な功績や悪行、研究が国庫の闇深くに封印され、彼の愛した亜人達がその立場を弱め始め、殆どすべてが奴隷に落とされた。


 労働力として、愛玩の対象として、亜人は消費される立場になった。

 元の生まれが重罪人を材料にした人造生命であり、許可がなければ進化もできない弱者であり、そもそも人間として数えられていないということから、亜人の扱いは急速に悪化していったのである。


 一部の人気のない、人から外れすぎた外見を持つ亜人族は、賢者が失敗作を廃棄した無人島に追いやられ、愛らしさや従順さを残した亜人は本土で奴隷として残された。


 その末裔が、今の亜人族であり、亜人奴隷なのだ。




◆◆◆




「お分かり頂けましたか? 亜人とは元々からして人間に奉仕するべく生み出された道具なんですよ。進化も出来ず、魔力適性も下の下。外見すら醜い。そんな生き物とはいえ生命を産み出し支配する魔法をその命に組み込んだ偉大なる賢者様の研究を私は読み解いたのです!」


 そんな馬鹿な、とできることなら叫びたかった。

 自分達が重罪人を材料にした実験動物の末裔?

 人間に従うために作られた命?

 信じられる訳がない。

 信じたくもない。


 だが、意思に反して声は出ず、指先さえ動かすことが出来ない。

 この男の言う『強制停止コード』とやらの力で。


 それが何より男の言葉の正しさを証明していた。


 ローブの男は首もとから下がるペンダントを愛おし気に撫でる。

 そこには先程放った光と同じ、闇色の宝石が填まっていた。


「賢者様の残した『亜人強制停止コード』はまだ生きているようです。だがまだまだ、読み解けていない項目も、試せていない実験もまだまだありますね……。見てくださいコレ、亜人を人間へ変身させるポーションなんかも賢者様の残した文献にあったんですよ。えぇ、えぇ、作ってみましたとも。素晴らしいと思いません? 試してみたいと思いません? 」


 男の手が“雷鳴”に近付いてくる。

 闇色の光を纏って。


 止めろ、止めてくれ、その光を見ると頭の中身が塗り潰されそうになる。

 俺が俺として考えられなくなる。

 人に従うために生きる生き物以下の奴隷になってしまう。


 恐怖に気を失いそうになるが、ローブの男はそれさえ許さない。

 自分の頭の中身が掻き回されて別物に置き換わる感覚をを最後まで楽しめ、とその歪んだ笑みが言っていた。


「ショートさせないように頑張りますが、失敗しても……、何、心配しないでください。ちゃんと命令は焼き付けてあげますから……、貴方の頭に、ねぇ」


 男の手が頭に触れた瞬間、“雷鳴”は何も分からなくなった。









 気が付くと、彼は何時ものようにペントーサの背後に控え、護衛をしていた。

 場所は……、応接室ではない。

 いや、なぜ応接室に居たと思ったのか、自分は自分の意思でここに来たはずだ。

 ここはテラスだ。

 ネビ族の集落全体が見渡せるペントーサお気に入りの場所で、大事な発表があるときなどはここから集まった一族に向けて話すのだ。

 そう……、今から長がネビ族全体に向かって演説をする。

 亜人を狩り出し、奴隷とする作戦を発動するために。

 正しいことだ。

 亜人が生き残る為にはもうこの道しかないのだから。


 そういえば、自分は手にいつの間にか黒紫の宝石を持っている。

 どうやら、他の四将や長も同じものを持っているようだ。


 あぁ、そうだ。

 演説が終わったら、これが一族全員を包み込むように投げなければならないのだった。

 でなければこちらの意図が正しく伝わらないかもしれないから。


 長の演説を聞き、ざわつき驚愕する仲間を見て“雷鳴”は微笑んだ。

 抵抗力が低いものは“氷華”と同じくショートするかもしれないが、そうなったらあの男に命令を焼き付けて貰えばいいだけだ。

 何も心配はいらない。

 皆もすぐに分かるだろう。

 亜人の幸せとは何か、が。


 これからの明るい未来を想像し、彼は高々と宝石を投げた。






◆◆◆




「『強制停止コード』を利用した思考誘導の効果は個体によってバラつきがありますね……。では亜人狩りを正しいと思えるようもう少し念入りに頭を魔法漬けにしておくとしましょうか。魔法に掛かったふりをして様子を見ている者がいないとも限りませんし……。あぁ、これでたくさん研究ができますね。ベルノルト様もきっとお喜びになられるでしょう。くくくく……。」






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