41話 集落への帰還
エルカ族の集落なう。
“濡れ銀”を討伐したことでカメリーオ族から色々ご馳走してもらったのですが、早々に席を辞して家路につきました。
俺はもう少し飲み食いしても良かったんだけど、インユゥちゃんがね……。
結局、インユゥちゃんの設定は、滅んだ部族の唯一の生き残りということで押し通したんだけど、それを信じたカメリーオ族の方々がまぁ同情すること同情すること。
いや、良いことなんですよ?
カメリーオ族の方々はとても親切で親身になって下さって、親兄弟を亡くした(設定の)インユゥちゃんにあれこれと世話を焼いてくれたのです。
恐らく数百年ぶりに味わう他人からの好意に、インユゥちゃんは照れるわ困るわ戸惑うわで、反応がいちいち初々しくて、可愛かった。
そう思ったのはカメリーオ族の皆様も一緒だったようで、より一層構うもんだから、色々と感情の限界を迎えたインユゥちゃんはお礼もそこそこに飛び出してしまったのだ。
そうなってしまえば仕方がない。俺は食事のお礼と、突然辞去することの詫びを入れて、修行の宣伝をさらっとしてからインユゥちゃんを追った訳です。
まぁ、久し振りに人と関わって、いきなりあんなに多くの他人に囲まれたらパニックになるよな。
俺の配慮が足りなかった。すまん、インユゥちゃん。
いきなり飛び出したことは自分でも結構ショックだったみたいで、インユゥちゃんは落ち込んでいた。
そんな彼女を見て焦った俺がへどもどしながら慰めると、インユゥちゃんは笑い、ふてぶてしい態度を取り戻してくれました。
幾分空元気だったけども。
こういう時、気の利いた言葉の一つも思い付かない不器用な自分がつくづく嫌になる。
彼女にとって、カメリーオ族との出会いが悪かったというと、そうでは無いんだが、些か変化が急すぎたのだ。
インユゥちゃんと仲良くなっていたカレオちゃんも心配していた。
まぁ、心配してくれる友達がいるなら大丈夫だと思うんだけどね。
カレオちゃんはやらなきゃいけないことがある、とかで、一緒には行かないことになったのだ。
本人は凄く着いて来たがっていたけども。
彼女には彼女の役割があるのだ。それを疎かにしちゃあいけません。
片付けやその他細事を済ませたら修行希望者を募ってエルカの集落に行くと勢い込んでいたから、頑張ってやるべきことを済ませて来るでしょう。
なんだか凄い勢いで懐かれているんだが、大丈夫かね?
はしゃぎ過ぎて倒れないか心配だ。
聞けば彼女は村長の娘らしいんだが……。
村長の娘ならば、いつか長としての立場を継いで誰かと結婚せねばならないだろうから、あんまり鍛え過ぎちゃあいかんよね。
去り際に村長に、分かってますよね? 的なこと言われたし。
だがね、すまん。分かりません。
俺はあくまでカレオちゃんが希望する通りに鍛えるだけよ。
そんなこんなで、エルカ族の集落に着いた訳です。
殆ど空っぽのエルカ族の集落に。
何コレ何事?
俺が出掛けてる間に、みんな引っ越しでもしたの?
いやいや、まさかだろ。
そそそそんな仲間外れみたいなまま真似をを、エルカかかか族がすすする訳ないじゃなない。
「おぉ、カサンドラ殿、今お帰りか。モンスターの討伐は如何でございましたかな?」
あぁ! 良かったぁ、村長居るじゃん!
本当良かった、ホッとした。ったくもー、驚かせないでよね!
「ただいま村長。他の皆はどうしたんだ?」
「ふむ、すれ違いませんでしたかの?」
「いや。見ていないな」
何のことかね?
エルカ族の中では、俺とヤディカちゃんはネビ族の集落に現れた“濡れ銀”を討伐しにいっている、ということになってるんだけど。
実際は“濡れ銀”が襲っていたのはカメリーオ族の集落だったんだけどさ。
すれ違うってことは、皆もネビ族の集落に向かったのかね?
俺を助けにとか?
いやまさかねぇ。彼らには俺がいない間のゼクト族のお世話を頼んだんだよ。なのにそれを放り出してどっかに行ってしまうような人たちじゃあ無いでしょう。
もしも、そんなことが起こり得るとしたら、よっぽどの事が起こってるってことに……。
「ではカサンドラ殿は知らないのですかの? どうやらネビ族の連中めが、人間に尻尾を振り、亜人狩りの尖兵になったというのですよ」
「……なん、だと……」
よっぽどの事、起こってました。
フラグ回収早いよ! なにやってんの!
だが、俺とヤディカちゃんが向かっていたネビ族が実は敵だった、だと……!
じゃあ、ヤディカちゃんが今ここにいないのは、ネビ族に捕まっているからなのか!?
そんなまさか、嘘だと言ってよそんちょぉおおお!
「ネビ族の尖兵に襲われたヤディカの言葉ですじゃ、間違いありますまい」
「襲われただとッ!」
クソッ! 予想が悪い方向にばかり当たるような気がするな。
俺が付いておきながら、なんということだ!
人間が亜人を狩っているという話については、俺も村長たちから話を聞いて情報としては知っていた。しかし、その魔の手がここまで伸びてくるなんて……。
おのれネビ族め、絶対にゆ゛る゛ざん゛!!
ヤディカちゃんの嫁入り前の珠の肌に毛筋ほどの傷でも付けてみろ、全身を1.6㎜の太さに裂いてぐらぐら煮込んでやる! そしてそれをパスタとして人の世に広めてやるぞ!
ミートソースは貴様らの血じゃあ!
貴様らはエルカ族を、スケルトン舐めたッッ!
さぁ村長、共に狩りへと赴こうぞ!
「お、落ち着いてくだされ、ヤディカは無事ですじゃ、無傷でネビ族を撃退しましてな、捕虜にしたのです! ですからその殺気を引っ込めて下され、老体にはキツイですわい」
「……そうか」
そうか、ヤディカちゃんは無事か……、良かったぁ……。
もう! 先走って無駄な殺生してしまう所だったわよ!
二度とこんなことがないように、もっともっと自分を鍛えなきゃいけないな!
「……はぁ、また食事はおあずけってこと?」
「む。済まないインユゥ。そうなる」
「あー、カサンドラ殿、その娘はいったい……」
カメリーオ族の長と同じような反応をするな、村長。
説明も同じでいいかね。まぁ、またザルな説明して突っ込まれても困るから、こっちから先に全部言っとくか。
「ふぅむ、成る程、そのような事が……」
“濡れ銀”に襲われ、部族が滅んで天涯孤独となったという説明で村長納得してくれたのか、あんまり突っ込んでこなかった。
「あぁ。エルカ族の集落にも顔を出すことがあるだろうから、宜しく頼む」
「まぁ、カサンドラ殿のすることですからのぉ」
「どういう意味だ?」
「こっちの話ですわい、ところで、これからどうするお積もりですかの?」
どうするって、村長、分かって言ってるだろ。
そんなもん考えるまでもない。
「ヤディカを手伝いに行く。他の皆にも無理はさせたくない」
そもそも早く帰ってきたのもヤディカちゃんとより早く合流するためだ。
俺が怒らせちゃったから、俺が迎えにいかなければ。
ネビ族は強いっていうし、他の皆も心配だ。
まぁ、かなり強くなってはいるんだけどね。
負けそうな時にフォローに入れるようにしておいた方がいい。
「ふぅむ……。ですがカサンドラ殿、儂らはそれを望んでおりませぬ」
「…………何故だ」
「ヤディカから聞きましたが、あの子と少々口論したようですな。カサンドラ殿ほど聡明な方であればもう理由は分かっているのではないですかの?」
……あぁ、うん。ヤディカちゃんとの口喧嘩の話ね。
俺がヤディカちゃんのことをまだまだ子供扱いしていて、自分を認めてほしいと思っていたヤディカちゃんと擦れ違ってしまった。
それがあの口喧嘩の発端だったんだが……。
つまり、他の皆も同じなのか?
ヤディカちゃんだけじゃなくエルカ族の皆が、俺に認めてほしいと思っていて、だから俺が帰って来る前に行動を起こそうとしているというのか?
「お分かりいただけたようで何よりですじゃ。今少し、見守っていて下され」
「ふぅ。分かった。ここで待っているとしよう」
じゃあ仕方がないね。俺がクチバシを突っ込んでいいタイミングじゃなさそうだ。
ここで待ってますよ。二言はない。うん、多分。
んぁー、でも不安なんじゃあ。
やっぱり見て感じて安心したいのよね。
カメリーオ族の長が言っていた目に見える安心ってのはこういうことか。
あと気になることと言えば、ネビ族方々が人間の尖兵になった、ということなんだけど……。
エルカ族の実力は疑いようがないとして、ネビ族を返り討ちにした場合、人間側と対立する、とかいうことにならないかね?
最早急いで人間の生存圏に向かう必要のないワテクシですが、せっかく異世界に来たんだからやっぱり色んな所を見て回りたいじゃない。
素性隠して冒険者ギルドに登録とか憧れるわぁ。
まぁ、そこら辺はもう今から何したところでどうにかなる、というものでもないな。
うん、人生諦めが肝心です。
エルカ族の皆さんも徒にネビ族の方々の命を奪おうとはしないでしょう。
そういうのは嫌いです、と伝えてあるしね。
生き残ったネビ族さんと話せばなんとかなるかもしれない。
さて、方向性が決まったところで、俺は何をしていいようか。
ただ待ってるというのは耐えられない。うずうずしてしまう!
何をするかなんて愚問でしたね! 修行しながら待つとしよう。
だがね、ピンチになったら怒られようと嫌われようと絶対に助けに行くからね!
認めて欲しいだなんだってのは、命に代えるほどのもんじゃないからね。命あっての物種です。
赤角熊クラスのモンスターが出て来たらエルカ族の皆ではまだ厳しいだろうし、それが『毒耐性』でも持っていたらヤディカちゃんでも危なくなる。
うん、そこら辺が基準かな。遭遇した敵がそのレベルなら、助けにいっても文句言われないでしょう。
いざとなったら子供チームとも連絡を取れるように『念話』のチャンネルは開けておこう。
と、その前にインユゥちゃんのことを忘れてはいけないな。
「……と、言うわけだ。食事ができるぞ。インユゥ」
「え、いいの? マジで? よっしゃーッ!」
まぁ、作る人はいないんですけどねー。
俺が作るか?
いや、止めておこう。食材を無駄にする事はないのだ。
“濡れ銀”の死体も持ってきているから材料には困らないんだけど、余分はない。
大部分はカメリーオ族集落に置いてきたから、精々がエルカ族全員に一人一食分回ればいい方なくらい。
本当はもっと持ってきたかったんだけど、タイミング的にも大きさ的にも無理があった。
特に嵩張るのはねぇ……。重量は問題ないんだけど、大きいと木や枝に引っ掛かっちゃって引っ掛かっちゃって歩くどころじゃなくなっちゃうんだよねぇ。
では村長に頼むか。
“濡れ銀”の死体と、インユゥちゃんの食い意地について村長話せば、村長は顔を綻ばせて了承してくれた。
「ほっほっほ。では久し振りにこの老体の腕を振るうとしますかの」
早速腕捲りしながら準備にかかる村長、マジ出来る人。
俺が料理を教えられる訳がないから、村長は筋肉ダルマになる前から料理が出来たんだね。
やっぱ部族の代表みたいな偉い人ともなると色んな特技を持ってないと務まらないものなのかね。
「それで、カサンドラ殿、料理する代わりといっては何ですが、待っている間に若造どもに稽古を付けてやって下さらんか?」
エルカ族の長が作る料理とか興味あります。
カエル料理というと、物語の中ではバッタやセミの揚げ物だったり、クモやムカデのシチューだったりしたけど、村長のはそんなことないよな。
まぁ、材料として“濡れ銀”の死体を渡しているんだから、事故は起こらないと思うけど。
稽古を付ける相手ってのはゼクト族の人たちかな?
ネビ族ご乱心でエルカ族の人手が出払ってしまったから、留守番している村長が稽古を見てくれていたのか。
どうもありがとう。
もともと彼らは俺が修行してあげる話だったんだし、まったく構わないぜ。
本当は時間があるなら進化したいと思っていたんだけど。
進化先も分かったことだしねぇ。
もう何に進化するかは決めてあるんだよ、フフーフ。
まぁ、お楽しみは先に取っておきましょうかね。
「勿論だ。それで、彼等は何処にいる?」
「今は沼地の周りで走り込みをさせておりますな」
走り込み、いいね。修行の基本だね。
ゼクト族のシスター服の巫女さんとも約束してるし、ここはきっちり皆に修行をつけてやるとしよう。
スケルトン、嘘つかない。
皆が強くなれば俺も強くなり、さらにその力が皆に還元される。
誰も損しなーい。素晴らしーい。
うむ、ではゼクト族さん達の様子を見てくるか。




