42話 エクストラ鬼ごっこ再び
後半にちょいグロな表現があります。苦手な方はお気をつけて。
エルカ族の集落は大きな湖に一部乗っかるような形で住居が建っている。
半水棲のような生活をしているエルカ族ならではの生活環境だろう。
彼等は、殆どが胎生である亜人の中では珍しく卵生であり、卵の孵化に多量の澄んだ水が必要なのだ。
食事に関しては他の亜人とあまり変わらず、三大栄養素をバランスよく摂る必要があるそうなのだが。
水場で暮らすエルカ族にとって、水が不足しづらいという点で農業は向いている。
エルカ族の畑は広い。
というよりも多い。
水中で育つ水草の養殖や食べられる苔や藻の栽培に加え、陸地でも地面を耕して野菜を作っている。
その陸地の畑というのが、沼地だ。
エルカ族は、鍛えてムキムキに進化する前は、常に肌が湿っていなければ体調を崩してしまう体質だったようなので、このような畑になったのだろう。
育てられている野菜? も泥沼でよく育つ異世界野菜なので問題ないそうだ。
蒲の穂のように伸びるトウモロコシみたいな野菜とか、泥の表層に根っこみたいに広がっているニンジンのような植物とか、球根のような形状の大きなキノコとか、そんなのが沢山育てられている。
俺も食ったことありますが、グロテスクな見目形に反してなかなか美味いのよ。
グロテスクに見えるのも、俺が見慣れてないってだけだろう。
異世界の人から見たらゴーヤとかキウイなんかは気味悪く見えるかも知れないし。
何はともあれ、そんな美味しい異世界野菜が育てられている沼地風畑に俺はやって来た訳です。
修行希望で集落に滞在中のゼクト族の方々がここで走り込みをしているらしいからね。
沼地で走り込みとか、重ったるい泥に足を取られて想定以上に体力を奪われるハードワークだよ。
村長もさらっと地味に辛い体操を押し付けるわ。
体操? はい、体操です。
辛いと言ったって、走り込みですよ?
カサンドラ・ブート・キャンプからしたら体操の前のストレッチみたいなもんですよ。
師匠だったら、平然と山道を42.195キロ走らせた後で、体は解れたな、とか言いますよ?
おげげ、心の世界での封印した記憶が漏れ出てきそう……。
いかんいかん、止すんだそれ以上いけない。
まぁ、だからね。
誰も見ていないと思ってサボって座り込んでいる生徒諸君。
君たちは性根を叩き直す必要がありそうだな。
跳躍し、サボっている根性無しどもの前に降り立つ。
「おわぁ!?」
「何だ! 何が起きたんだ!?」
泥が爆発したかのように巻き散らかされ、ゼクト族に降り注ぐ。
まったく、こんなことでパニックになるなんて弛んでいる!
君たちね、強くなるってことを舐めてんの?
それとも半端に強かったからハングリー精神が足りてないの?
エルカ族は、俺が走ってろって言ったらぶっ倒れるまで走ったもんだよ?
当時ひょろひょろで貧弱の極みだった村長までもが、だ。
いや、流石に止めたんだけどね俺は。そのまま昇天されても困るし。でも村長は強くなりたいという一心でやり遂げ、今の筋肉の塊のような体を手に入れたのだ。
だというのに、強くなりに来て、それをサボるだぁ?
どういう神経してんの君ら。
「あ、あわわ、モンスターだ!」
「何だ!? 黒いスケルトン!? きっとユニークモンスターだぞ、気を付けろ!」
「エルカ族だ、あの筋肉ダルマを呼んでこい!」
いやいや君達。巫女さんから話を聞いてないの?
俺だよ、俺俺。俺が君達を鍛える教官なのだが。
え、そこから始めるのかい?
ダッリィなおい。
「騒ぐなウジ虫ども! 私はカサンドラ・ヴォルテッラ。只今より貴様らウジ虫を鍛えてやる者だ! 分かったな、分かったら返事をしろ!」
「……は? なにを言ってるんだ、このモンスター」
「おい、もしかして、コイツ、巫女様の言ってたアホみたいに強いアホのスケルトンなんじゃないか?」
「マジかよ……」
「じゃ、じゃあコイツがビルカート様を倒したってのか? 冗談キツイぜ!?」
……いやー、どうやら何も話を聞いていないようですな。
それに、こちらに返事もしない。
非常に態度が悪いですぞ。
ちょっと上下関係がしっかり出来ていないようなので、まずはそこから教えるといきますか。
「返事はどうしたウジ虫どもォ!」
はいドーン!
スケルトン、怒りの鉄拳。
まずは、特に態度の悪いお喋りな三人を黙らせてしまいましょう。物理的に。
三人はまるで廬山○竜覇を受けた敵キャラのように上空に吹き飛び、同時に墜落した。
何だかギャグ漫画みたいな落ち方したな……。
だけどしっかり静かになったね。うんうん、分かってくれたようで何よりだ。
「さて。まだ分からない■■■■以下の喋る■■はいるか?」
「「「はい! もう分かりましたぁ!」」」
スイマッセンシタァ! と謝るゼクト族の皆さん。
まぁ、分かればいいのよ、分かれば。
ここには強くなりに来てるんだよね、じゃあ頑張ろう?
大丈夫、いきなり辛い修行をヘド吐きながらやれとは言わないよ。
俺は優しいからね。お復習からやっていこう。
エルカ族もそうだったけど、やってる内に楽しくなってきて、次第に病み付きになるよ。
いまにして思えば【修行中毒】が感染してただけなんだろうけど。
そうなったら勝ちだよ。いくらでも自分を鍛えられるようになる、というか鍛えたくて堪らなくなるよ。
うん。当面はそれが目標かね。
まずは【修行中毒】を獲得してみようか。
村長からレッスン1は終わらせましたと聞いたから、そこまでは出来るんだよね。
じゃあまずはそこから復習しよう。
えーっと、確か、まずは死んでみよう、だったっけね。
「貴様らは元気が有り余っているようだな。だが走り込みを行うという課題は達成できていないようだ。であるにも関わらず、そうやって座り込んでいる所を見るに、貴様らは歩き方さえも知らないに違いない。よって、心優しいこの私が直々に貴様らを指導し、手足の動かし方から丁寧に伝えてやろう」
ふーむ、ざわついているね。
すぐに返事ができないというのは良くない。まったく良くないぞ。
俺に返事をする前に自分達で駄弁るとはいい度胸だ。まだ認識が出来ていないと見える。
仕方がないな、そういった躾をしていくのも指導者の勤めか。
「カサンドラ・ブート・キャンプ初級編だ。まずは私から逃げて見せろ。あぁなりたくなければな」
地面に倒れたままのお喋り三人組を指差す。
なんか、ピクリとも動かないけど死んでないよね。
うん、きっと大丈夫。
ほらほら、ゼクト族の皆さんもそんな怯えた顔しないで。
エルカ族よりも種族的に強いんでしょうが。気張りなさいって。
では諸君、エクストラ鬼ごっこといこうか。
◆◆◆
森の中に爆音が響き渡る。
何の火気もない所での唐突な爆発。
空間に残る僅かな魔力の歪みが、それが魔法によって引き起こされたものだと告げていた。
ゼクト族の枝族の一つである亜人の集落が燃えていた。
魔法というものは無から有を生み出すものではない。
魔力によって自然界に有るものに働きかける力なのだ。
故に火の気のない所で火を起こそうとすると、それが有る場所に比べて数倍の精度と手間が必要になる。
この爆発魔法の使い手が、如何に実力があるか否が応でも分かるというものだった。
だがそれでも、魔法を操ることに秀でたネビ族からすれば、一般兵クラスでしかない。
「見たかよあの虫ヤロウの慌てふためく様をよ! やっぱ虫には火だよなぁ!」
「バッカ、虫はやっぱり氷だろ、冬眠させとけ」
「風で斬る、手足を落とすとモゾモゾして面白いよ?」
炎、氷、風、その他様々な魔法が飛び交い、集落を攻撃していく。
住居に火が燃え移り、めきめきと音を起てて崩れていく。
氷の槍が、風の刃が、逃げ惑うゼクト族を後ろから刺し貫いた。
「「「ははははははは!!」」」
辺りには血と焼け焦げた木の臭いが漂い、怪我人の呻き声が谺している。
殺戮者たちの哄笑がそれに混じり、地獄もかくやという惨状であった。
ネビ族による亜人侵略が始まったのである。
ゼクト族だけではない。
この広大な森に住まう亜人族の集落の主だった場所全てがネビ族によって襲われていたのだ。
宣戦布告も警告も何もない突然の侵攻に、亜人たちは為す術もなく殺され、捕らわれていく。
捕らわれた者たちは一ヶ所に集められ、ネビ族の集落に送られていった。
ネビ族と人間の間に交わされた密約により、彼等は人間に奴隷として売られるのだ。
「やっぱりよぉ、思いっきり力を使えるって良いもんだよなぁ」
「あぁ、今までこの力を抑えて人間と交渉していたのが馬鹿みたいだな」
「コイツらを奴隷にする。もっと力がもらえるね」
この集落を襲ったのは僅かに三名。
たった三名に一つの集落が落とされかかっているのだった。
「おのれぇ! 貴様ら何者だ! ここがゼクト枝族ジメナの集落と知っての狼藉か!?」
一族の戦士たちが怒りに燃え、武器を手に侵略者の前に立ち塞がる。
ゼクト族はその枝族の数がもっとも多く、また、一つの枝族だけでも五十からなる戦士団を抱えている武闘派揃いなのだ。
その重厚な体躯に支えられた防御力と突破力は、人間の重装騎士と同等の戦力として数えられる。
たかが三人の魔道士など問題にもならない。
であるにも関わらず、不遜な侵略者たちは戦士団を見て蔑んだ笑みを浮かべていた。
「ホンットこいつらって泥臭いよなぁ、もっとスマートに戦えっつぅの」
「俺らが誰かって? 見て分かるだろ? ネビ族の者だよ」
「これからこの森の、島の支配者になるんだよ。それで、人間になるの」
ジメナの戦士たちは、理解できない侵略者の言い分に戸惑い、僅かに怯む。
「馬鹿な、ネビ族は我らを守護してくれているのだ! 貴様らのような真似は絶対にせん!」
「はははは! 信用されてんなぁ、俺ら。でもさ、もう無理。亜人ってマジで弱い、先がないわ」
「それが我らの長の考えでさ、亜人売って人間に成ろうってなったんだよ」
「オッサンはきっと売れないから、死んでね」
「そ、そんな話があってたまるか! 貴様らはネビ族ではない!」
ジメナの戦士たちは武器を構え、突撃しようとした。
が、その攻撃は突如として出現した氷の壁に阻まれる。
「馬鹿がぁ、真正面から突っ込むしかできないのかよ」
侵略者の魔法によって作り出された壁であることは明らかだった。
自分たちでは到底再現できない圧倒的な魔法の規模と展開速度に、ジメナの戦士たちが蒼白となる。
実力が違いすぎる。
体勢を立て直さねばと後ろを振り向いた戦士団の団長の顔が絶望に染まった。
既に退路を塞ぐように氷の壁が伸びていたのだ。
いや、既に壁ではない。氷のドームだ。
「俺はネビ族四将が一人“氷華”のライブ。これがネビ族の魔法の真の力、ってね。もう聞こえないだろうけど」
ドームの中に氷の嵐が吹き荒れる。
魔力によって圧縮された鋭い氷の欠片が狭い空間で荒れ狂うのだ。例えゼクト族自慢の重厚な甲殻で覆われた体だろうと紙キレにように切り裂き、ドームに閉じ込めた者の生存を許さない。
「あー、勝手に全員殺しちまいやがってよぉ、次は俺だからな!」
「えぇー、あたしがいいのに」
一瞬で何十人もの命を奪ったことには何の痛痒も感じず、ネビ族の侵略者たちはまるでゲームでも楽しむかのように次の獲物を探していた。
生き残ったジメナ族たちは、唯一の希望だった戦士団が殺されたことで心が折れてしまったようであり、戦いを見守っていた者たちも、逃げ惑っていた者たち
も、絶望した表情でへたりこんでいた。
「まぁまぁ、次な、次。ほら、後はもう無抵抗の奴らばかりだからよ、さっさと運んじまおうぜ?」
「へいへい、次は俺だかんな」
「違うから、あたしだって」
「うるせぇなぁ、早い者勝ちでいいだろうが……って、おい、なんだぁコリャ?」
氷のドームを解除した侵略者の一人が、間抜けな声をあげた。
だが、無理もない。氷のドームの中には、有る筈のものが無かったのである。
即ち、切り刻まれたはずの死体が。
「な、なぁ、俺って確かに虫ヤロウどもを閉じ込めたよなぁ!?」
驚いて後の二人に声をかけるが、返事がない。
二人ともぼんやりと宙を見詰めているだけだ。
こんな時に何を呆けているんだ、と彼は苛立ちを覚え、手近にいた仲間の一人の肩を乱暴に揺さぶった。
「おい聞いてんのか! ここに閉じ込めた虫ヤロウ――――」
ぼろり、と仲間の首が落ちる。
は?
いったい何が起こった?
俺は何を見ている?
一瞬骨や血管などの断面が露となり、思い出したように血が吹き出した。
「ひゃああああああ!?」
仲間の返り血を浴び、我に返る。
そして、いつの間にか仲間が死んでいたことに今更ながら気付いた。
いつ、いったいどうやって?
敵? だとしたら何処にいる?
次は俺なのか?
がくりと足から力が抜け、拍子に隣の仲間にぶつかった。
その仲間は押された勢いでそのまま崩れていく。
まるで積み木細工のようにバラバラと。
「ぎゃああああああ!」
仲間たちの血と肉片の中に倒れ込み、侵略者は悲鳴を上げた。
こんなの嘘だ! 現実で有るはずがない!
彼の頭は今の状況を受け入れようとしない。
魔法に優れたネビ族が更に真の力に目覚め、誰も敵うことのない魔力を手にいれたのだ。
魔法の制御も今までとは比較にならず、手の届かなかった高等魔法を息をするかのようき操ることが出来ていた。
そんな自分達が何故殺され、仲間の肉片のなかで悲鳴を上げていなければならないのか?
そんなの理不尽じゃないか!
「あぁあああああ! びゃあああああ!?」
自分でも意味不明のことを叫びながら立ち上がる。
立ち上がろうとして、出来なかった。
足の感覚が無い。
いや、足がもう無いのだ。
肉片の中に見覚えのある誰かの足が落ちている。
あの足は、自分のーー……。
力を入れた途端、ずるりと腕がずれた。
そのまま血溜まりの中へ落ちていく。
「ひぎぃいいいい!?」
痛みはない。痛みはないことが逆に恐ろしい。
今いったい自分の身に何が起こっているのか、まったく分からないのだから。
攻撃なのか、事故なのか、それさえも分からない。
分かるのは仲間が死に、自分も死にそうになっているということだけ。
足も腕も最初からそうであったかのようにするりと取れた。
血が流れすぎたのか、体が酷く寒く、眠い。
ここで眠ったら死ぬ。
その思いだけで必死に瞼を開けようとするが、だんだん、だんだんと落ちて……。
最後に見えたのは、ここにいない筈の亜人が、足を降り下ろす所だった。
◆◆◆
「これでゼクト枝族ジメナの救援は完了ね」
死にかけのネビ族の頭を踏み潰し、エルカ族の女性は言った。
そのコバルトブルーの顔には返り血が飛んでいるが、特に気にした風もなく、ごく自然に拭っていた。
「ゾエ、今のは少し残酷だったよ」
女性の行為を咎める声が上がる。
こちらは男性のようだった。
「あらオットン、ジメナの方々はもういいの?」
オットン、と呼ばれた逞しい男性は、あぁ、と頷いた。
彼はエルカ族の中でも珍しく『土魔法』を取得していた。
その『土魔法』を使い、氷のドームが完成した直後に地面からジメナの戦士団を救出したのだ。
「少し体が冷えていたけど、問題はないよ。でもねゾエ、あれではカサンドラさんの決めた規律に反するんじゃないかな?」
「大丈夫よ。それよりも、こういう悪い奴らをどんどんやっつけていかないと、ヤディカがいつまで経っても普通の暮らしが出来ないじゃない」
「ヤディカも、あんなやり方は好まないよ」
「そう、かしらね……」
はぁ、とオットンは深いため息を吐いた。
妻であるゾエは、カサンドラとの修行で大きな力を得たが、その所為で少々歪んでしまっているようであった。
愛する娘のヤディカが毒持ちと分かったときの彼女のショックは相当であった。
その分、今は自分がヤディカの力になりたいと思っているようなのだが……。
暗殺で投降する余地を奪い、それを見せ付けて恐怖させてじわじわ殺すなど、明らかに規律違反だ。
そして、規律違反を隠蔽することは出来ない。
ここにいるのは自分達二人だけではないのだから。
ジメナ族たちのことではない。
エルカ族の戦士は最低でも三人一組での行動を義務付けられており、今回は敵の強さが未知数である点を踏まえて五人から四人で一組を作っているのだ。
幸い、自分たちの班に子供はいないが、今回はそうであっても次回もそうだとは限らない。
子供にショッキングな場面を見せたとあってはカサンドラは怒るだろうし、村の中でも評判は下がるだろう。何より、ヤディカに嫌われる。
ただでさえヤディカと触れ合うことの出来ない時間が長く、微妙な親子関係なのだ。これ以上亀裂が入ることは避けたい。
「あたしもヤディカに嫌われることは絶対に嫌だわ!」
「僕だってそうだよ。次からはもう少し穏やかに接してみよう、ね?」
「そうね……、話し合いが終わってからでも遅くないわよね……」
殺る気まんまんの妻がまるで何処か遠くに言ってしまうような気がして、オットンはゾエをそっと抱き締めるのだった。




