04話 十年越しの目覚め
目が覚めると、嫌と言うほど見馴れた真っ白い世界が相変わらずそこにあった。
これって本当に転生ものなんだよね?
長い間カサンドラ師匠の心の中にいるせいか、自信が無くなってくる。
これって俺が見てる夢なんじゃあないの?
現実の俺は発狂してて、精神病院のベッドに括り付けられてるんじゃないの?
「目が覚めたか」
取り留めもないことを考えていると、カサンドラ師匠の声がした。
素早く起きて姿勢を正す。
修業を付けてもらっているときについた習慣だ。
師匠は格闘術を修めるに当たって、基礎や心構え等も徹底的に鍛えてくれたのだ。
それはもう魔改造に近いくらい。
「随分疲れたようだな。無理もないかもしれんが」
そういや何で俺は寝てたんだっけ?
あぁ、俺、師匠と戦ったんだっけ。
ってことは、そうか。俺は、負けたのか。
「師匠、すいません。最後まで不甲斐ない弟子で」
「そうだな。テルヒコは負けた。試合であろうと殺し合いであろうと、最後に立っていたものの勝ちだからな」
師匠の言葉はもっともで、厳しい。
それは師匠の死生感でもあるのだろう。でなければ、生汚くえげつなく勝ちにいく格闘術を身に付けはしないだろうから。
「だがな」
落ち込む俺に、師匠は柔らかく微笑んで付け加えた。
「勝って生きることを諦めず、なりふり構わなかった最後の一発。あれは良かったぞ」
いつも厳しくしかめっ面を浮かべていた師匠が、この時、初めて俺に向かって微笑んでくれていた。
「カサンドラ師匠……」
「あぁ、これでようやく安心した。未練も後悔も綺麗さっぱり無くなった。テルヒコ。君に私の身体を喜んで譲ろう」
「……ありがとうございましたッ!」
全身全霊で感謝を伝えるために、俺は頭を下げていた。
気が付いたらそうしていた。
最初は軽く不誠実な気持ちで巡りあうことになってしまったカサンドラ師匠だったけど、今は、尊敬とか敬愛とかが入り交じって、ただただ感謝しかない。
そうとしか、言葉にできない。
師匠の体が透けていく。
この世界では、死ぬと魂は世界そのものに溶けて混じりあい、いつかまた巡るのだという。
輪廻転生に近い考え方らしい。
師匠もまた、世界へ還るのだろう。
「……時間か。去らばだテルヒコ」
「師匠……。お元気で」
涙を堪えながら言ったのに、師匠には微妙な顔をされてしまった。
「これから成仏する人間にお元気で、とはな」
苦笑した師匠が、俺の頭をくしゃりと撫でる。
涙がこぼれてしまった。
一度こぼれてしまったら、もう駄目だ。
決壊してしまったかのように後から後から流れ出してくる。
「間を置かず、戦い続けなさい」
視界がぐちゃぐちゃだ。
肩が震えて、顔を上げることができなかった。
ふと、唐突に気付いた。
これが、俺の体験する初めての別れなのだと。
俺が生きている間、父も母も元気で、祖父母だって健康だった。
何一つ不自由なく、欠けることの無い幸せな日々を送ることができていたのだ。
ふわりとした感触を最後に、師匠の手の重さが消えた。
父よ。母よ。そして師匠よ。
今一度、深い感謝を捧げよう。
この培った思いを、技術を決して無駄にはすまい。
そしてこの異世界を生き抜き、もとの世界に帰るのだ。
辺りが光に包まれる。
俺の身体も、意識も白い光で覆われていく。
きっと次に目が覚めたら、俺はカサンドラ師匠になっている。
厳しく、高潔な師匠の名に恥じぬよう、精一杯生きよう。
強い決意を胸に、俺のすべては光の中へと溶けていった。
◆◆◆
そして、話は一番最初の場面に戻る。
カサンドラ師匠の身体に入った俺が、白骨化した全身を見て愕然とする場面に。
◆◆◆
おおおおおおおちつけおけちけおっここちけたおちつけつけつたおちつけ。
倒れていた身体をゆっくり起こし、再度確認。
右手よーし。左手よーし。頭よーし。両足よーし。
うん。全部自分の意思で動くね。
え? やっぱり、これカサンドラ師匠の身体だよね?
記憶や知識は?
うん。師匠が今まで生きてきた記憶とか引き継いでいる様です。
すげぇよこの人、常在戦場ってレベルじゃねぇよ。生まれからして戦場の鉄火場だよ。
記憶のほとんどが飯食うか修業するか戦うか寝るかだよ。
何処の戦闘民族ですか?
既に一般常識が錆び付いてへし折れてる感じがするんですけど。
いやまて違う今はそこじゃない。
問題は目の前にあるんだ。私、目ないんですけどねーHAHAHA。
『精神と○の部屋』で俺は、体感速度で十年以上経った気がすると思っていた。
あれ、マジだったんかい!
アホか!?
普通そういう時は時間の経過が遅れてたりそもそも無かったりするもんだろうが!
死後憑依で転生するのに、心の中の修業シーン挟んでる間に現在進行形で死体は腐敗していくってこれもう詐欺だろ!
はぁ、はぁ、はぁ。
よーし、ちょっと頭冷やそうか。
ビィ、クール。ビィ、クール。
師匠が死んで、俺がオー○ーソウルした訳だが、これ完全にモンスター化してるよね。
いわゆる、スケルトン。
雑魚敵じゃないですかやだー!
スケルトンといえば、RPGで言うところの定番アンデッドモンスター。
大体が墓地や遺跡などに群れで潜んでいる。稀に魔法を使う個体もいる。
いくらか派生はあるものの、総じて能力が低く弱い。ゲームによっては厄介な不死性を持っていたりするけど、対策さえしていればやっぱり弱い。
そして何よりも。
筋 肉 が な い !
ワテクシ、十年以上の歳月をかけて格闘術を修めてきたんですのよ。
いやー、我ながら大変な修業だったなぁ。魂状態で死なないからって、身体で覚えろを地で行ってたもんなぁ。
色んなことを学んだよ。
ここで問題です!
武術や格闘に必要なものってなーんだ?
筋肉だよッ!!!
いや勿論それだけとは言わないけどね!?
肉も皮も筋もない状態で、どうしろと?
打撃に重さを乗せるための体重もない。文字通り骨だけだからね。
もしも反撃を直接骨で受けたら? 簡単に折れるよ。
結論。詰んでる。
どうすんだよ、これ……。
気付くと、膝を抱えながら浜辺で夕日を眺めていた。
どうやら現実逃避をして黄昏ていたらしい。
長年鍛えたものが、目が覚めたら無用の長物って、心に来るものがあるよな……。
へへっ、涙で視界が霞むぜ……。涙出ないけど。
ここは人間が暮らしているサンタナ大陸から北へ僅かに離れたジュリアマリア島。魔物が巣食うダンジョンだ。
僅かに離れているといっても、船で三日はかかる程度には距離が離れており、ジュリアマリア島のモンスター達はサンタナ大陸へは渡らないらしい。
それでも定期的にモンスターを間引くため、サンタナ大陸北部を治めるアイゼンベルグという国が兵士を派遣しているらしい。
らしいらしいと煮え切らないのはこれが全部師匠の知識だからだ。
脳筋の師匠も一応それくらいの知識は持っていたようである。
それで、師匠がここで死んでいた訳だが、腕試しにジュリアマリア島に渡り、運悪く貝に当たったようだ。
そう、死因は食中毒なのである。
本当に残念な師匠だ。
まぁ、生まれながらの戦闘民族のような師匠でも、バイ菌には勝てないということだよな。
ここは異世界で俺の知らないバイ菌やウィルスがうようよしてるんだろうし、手荒いうがい殺菌はしっかりやっとこう。
スケルトンにどれだけ意味があるかは分からないけど。
そうだよなぁ、俺、スケルトンなんだよ。
TSとかもう全然関係ないね。おっぱいなんて無かったんや。
一応、女性の骨格なんだけどさ。骨格標本に興奮するほど俺は上級者じゃない。いやもうそこまでいくと上級者どころじゃなくて超越者クラスだと思う。
はぁ、これからどうしよう。
そう思ったところで、俺は空腹を感じた。
スケルトンが空腹?
一体何が減っているというのか?
スケルトンの動力といえば魔力。魔力が減っているのだろうか?
分からん。
こういう時、ゲームや異世界転生なら《ステータス》があるんだけどな。
《ステータス》
名前:カサンドラ・ヴォルテッラ/菅野 照彦
種族:スケルトン
Lv.1
HP:10/10
MP:10/10
SP:8/10
攻撃力:10+1
防御力:5
素早さ:5
◇スキル
『不死属性』『魔力感知』『無手の才』『足掻く』『下級鑑定』『言語理解』『幸運』
『毒無効』『麻痺無効』『睡眠無効』
◇称号
【転生者】
お、なんか出た。
《ステータス》って念じたからか。
さすがファンタジー。便利だな。
どうやら減っているのはSPか。スタミナなのかソウルなのかは分からんけど、これを回復させなけりゃいけないようだな。
それにスキルか。
此れってつまり才能とか、そういう奴だよな。
普通分からなくて当然のものがこうやって数値や言葉になっているのを見ると、薄ら寒い思いがする。
物語では《ステータス》って大体が神とかそれに準ずる奴らが設定しているもんだからなぁ。
で、彼らは基本黒幕。
まぁ、便利だから良いけど。
ともあれ、SP回復だ。
これがスタミナであるならば食事や休養で回復できると思うんだけど。
スケルトンってどうやって飯食うんだ?
口に入れればいいのか?
取り敢えず何か口に入れてみるか。アンデッドだし、食中毒は心配しなくていいだろ。
海岸よりすぐ後ろは鬱蒼と繁った森になっている。
森の中なら何か食べ物があるだろうな。




