26 パーフェクト・マーシャル・アーツ
朝方、三谷は氏家の言い付けに従い、葵との運動メニューをこなしたあと、自分が設けたメニューへ移行した。第二地区西側まで走って来て、公園のベンチで横になりひと眠りした。数回の爆発音と悲鳴、サイレンを耳にしてから飛び起き、状況もわからぬまま近くのシェルターへ避難しようとしていた。しかし、丁度、運悪くテロリストの一向に遭遇してしまったのだった。
敵と警備員たちの攻防が止み、三谷は建物の壁沿いから通行禁止の立て看板に乗り捨てられた車の影へ移り、テロリストたちの動向を見ていた。野球ボールのような球体を操る敵が負傷した仲間を抱き締めている。最初、三谷は警備員たちに加勢しようとしたが、惨状を目の当たりにして、腰を抜かし足が震え、その場から動けずにいた。内心、逃げ出したい気持ちも少なからずあったが、彼ら越しに遠くの方で今も避難している市民が見え、現状、最善の選択肢は何か、どうすればいいのかを考えていた。
「おい、お前らそこで何チンタラしてんだよ!」
男の怒鳴り声が聞こえ、三谷は車の影から覗いた。毛量の多いボサボサな頭に髭の携えた男がテロリストたちの前に歩いて来ていた。男の服装は一般人が着るような服装をしていたが、その服には人の血がべったりと付着していた。
((監視員!))
渡部の周りにいた隊員たちが男を見て動揺した。一人の隊員が焦るようにして確かめた。
「あ、荒木さんですよね?」
「俺のこと知ってのか、じゃあ話が早いな」
「す、すみません! これには事情がありまして!」
と隊員が経緯を説明した。
「───なるほど、お前ら、そういう関係だったのか……」
荒木は渡部と死傷した隊員を見て察した。
(戦意喪失してやがるな)
荒木は道路上五〇〇メートル先に拉致対象者が避難していることを腕時計で把握していた。一瞬、魔王の顔がチラつき、監視員としての役割もここまでと思い、渡部の代わりにチームを引き連れて、身に危険が及びそうになれば隊員たちを捨て駒として利用することも考えた。
「お前ら、俺と来い!」
荒木は髭を触りながら言った。
隊員たちは互いの顔を見合う。
「だぁから、拉致対象者を連れ去るぞ!」
「は、はい!」
隊員たちはその言葉を待っていましたと言わんばかりにホッとひと安心した。監視員が味方に付いてくれるなら恐れるものなどないと自信がみなぎったのであった。
「俺は渡部と少し話がある。先に行け」
荒木の指示に隊員たちは従った。
◆
男はその場に残り、他のテロリストたちが避難している市民のもとへ歩いて行くのが見えた。
(男は敵の仲間なのか? なぜテロリストたちが歩き始めた⁉︎)
三谷は車の影に身を隠した。
(このまま奴らが行けば、シェルターに避難している方々に危険が及ぶ! ……でも、俺に何ができる⁉︎ みんなやられてしまった! 無策だ! 立ち向かったところですぐ殺されて終わるのが落ちだ!)
「英二、ちょっと聞いてくれ」
ふと、三谷は父親との会話を思い出した。
父親が書斎の席に座っていた。三谷は書斎で参考書を手に取るところで父親に声を掛けられた。
「なんだよ父さん、あらたまって」
「お前は明日から一人で暮らすことになるが、そこで色んなことを勉強させてもらうだろう。どんな力を付けるかはお前次第だが、これだけは言っておく。将来、その力は誰かを守るために使いなさい」
三谷は快晴の空を見上げた。
(そんなことわかってるよ! やらなきゃいけないんだ! ……やらなきゃ?……気絶させるのか⁉︎ そんな生半可な気持ちじゃダメだ! でもどうやって……)
三谷は右手の平を見た。
(……ころ……す……俺、人殺しになるのか……)
三谷の額に汗が流れ、小さく呼吸を荒くした。
「誰かを守れるなら、それがたとえ人の道を外れようと、たとえ茨の道であったとしても、めげずにその道を歩みなさい」
(わかってる! わかってるよ、父さん!)
「つべこべ考えてねえでまず動けえ──‼︎」
氏家に叱られた記憶が脳裏に過ぎった。
三谷の頭の中にあった靄が晴れ、瞳孔が開き、真っ直ぐ地面を見定めた。
(『パーフェクト・マーシャル・アーツ』‼︎)
三谷は心の中で強く言葉を発し、その場からテロリストたちのもとへ駆け出した。
(『カオ・ローイ』!)
三谷は高く跳び立ち、隊員のヘルメットに向けて右膝を凄まじい勢いで打ちつけた。隊員の身に付けていたヘルメットが潰れ、血飛沫と共に保護シールドが粉々に散った。三谷は勢いに任せて前方へ前転し地面に着地、脚力に任せてひと蹴りで隣に立っていた敵へ跳んだ。敵は動揺しながらも三谷に銃口を定めようとする。
(『下段払い』!」
三谷は左手に拳を作り、敵の銃を払って、さらに左手で敵の袖を掴んだ。隊員の持っていた自動小銃が誤射を始める。三谷は腰に構えた右拳を軽く握り、
(『正拳突き』!)
相手の心臓位置に全力で右拳を叩き込んだ。敵の胸がベコっと凹み、ヘルメットの中が血反吐で溢れた。三谷は続けて敵の胸ぐらを掴み、後方に立っている敵のもとまで押して行った。
最後に残った隊員が短機関銃P-90を構えて敵へ撃ち続ける。銃弾が仲間のシールドに遮られ消滅し、前方一〇メートル先で仲間がゆっくりと地面に倒れた。そこに敵の姿はなく、意図せずグラリと視界が揺れた。
三谷は身代わりにした敵を囮にして注意を逸らし、最後に残った敵の懐へ潜り込んだ。敵の肘関節と首元を掴み上げて、
(『一本背負投げ』!)
と一直線に持ち上げて、敵の頭から突き落とした。敵のヘルメットが潰れ、血飛沫が地面に残った。三谷は敵から両手を離そうとしたそのとき、背中から鋭角的な殺意を感じ取った。咄嗟に敵の体を掴んだまま前転し、背負うようにして背中に持ち上げ───気付けば、凄まじい力で押され、視界が定まらずに勢いよく吹っ飛んだ。それでも三谷は必死に空中で体勢を立て直し、地面に片手を着いて傷付きながらも着地した。三谷は背中の激痛に耐えながらもなんとか込み上げる咳払いを整え、状況を整理し、前方を見た。先程、倒した隊員が転がっていた。さらにその向こう、男が一人立っていた。
「良い度胸じゃねえか! ヒーローごっこでもしに来たのか? え⁉︎」
荒木は怒鳴り声を上げた。最中、冷静に少年を観察し、十四か十五歳そこらであるとわかった。怯えた様子はなく、むしろ、その眼光には鋭利的な覚悟さえ感じられた。
(通してくれそうにねえか……)
荒木は舌打ちをして呟いた。
「『百獣ノ王、荒ぶる獅子』」
荒木の髪の毛がライオンのごとく逆立ち、両手に鋭い鉤爪を生やし、重圧感のある黒い雰囲気を身に纏った。
「狩りの始まりだ」
荒木はそう言って少年を睨んだ。
三谷は今一度、辺りの警備員たちを見た。自動小銃HK416や大型のサバイバルナイフなどが転がっていた。反撃に必要な武器は幾らでもあったが、問題はそれらの攻撃が通じるのかどうかであった。一番近くにあったHK416には、実弾の入ったマガジンが装填されていた。三谷はあらゆる攻撃の一手を考えた。敵が踏み出そうと足を上げ、すかさず、三谷は駆け出した。五メートル前方に落ちていた自動小銃HK416を拾い、
(『高速精密射撃』!)
と言って、三谷は真っ直ぐ走りながら引き金を引いた。放たれた弾丸は正確に敵の方角へ飛んだ。
荒木は強く地面を蹴り飛んだ。片手で顔半分を庇いながら、視線だけは少年から離さず、向かいの弾道に構わず猪突猛進として駆け抜けた。弾丸は荒木の分厚い皮膚に遮られ効果は今ひとつであった。
二人の距離が瞬く間に縮まり、荒木が右手を深く引き、横から大振りで少年を斬り裂こうとした。三谷は敵に銃口を向けたまま、引き金を引き続け、敵の攻撃を避けるようにしてスライディングをした。完全に仰向けになった状態で、敵の攻撃を紙一重で避けてみせた。やはり銃弾が効いていないと三谷は確信する。敵の攻撃が空振りしたはずであるにも関わらず、五〇メートル先の防御壁が五分割となって瓦礫と化した様子を目の当たりにした。
荒木は見事に避け切った少年に驚きつつ、続けて大振りした右手で後方へ下から振り上げようとした。三谷はその場で横に回転しながらうつ伏せになって立ち上がろうとした。荒木の右手に生えた鉤爪が荒々しく一帯の土を抉った。衝撃が下から上空へ拡散し、無数の土と砂埃、肉片、ロボットの腕や胴体が舞った。
再度、敵の攻撃を避けた三谷は必死になってその場から離れ、それでも銃口だけは敵へ向けて撃ち続けた。
(敵の攻撃をまともに食らえばこの戦いは終わりだ! 一撃も食らっちゃダメだ!)
三谷がそう自分に言い聞かせたそのとき、一メートル先左側に敵が出現し、再び攻撃しようとするモーションを目撃した。
(避けろ!)
三谷は両手に持っていた自動小銃HK416を前方に投げ捨て、後方へ体を引いた。敵の腕が目の前に振り下ろされ、HK416が粉々に砕け、放たれた衝撃が五本の線となって地面に亀裂を残した。二人のあいだでまたも土埃が舞い、三谷はその風圧に晒されて立ち向かう勇気が恐怖へ変わりかけた。
「英二、お前は俺の自慢の息子だ!」
三谷は頭に過った父親の言葉に背中を押されるようにして踏み止まり、両腕を構えながら右足を前進させた。横向きの状態になり、骨盤に力を入れて捻って、加えて敵の方角へ右踵を向け、
(『パンデ・トルリョチャギ』!)
左踵を斜めに振り上げ、敵の横顔へ放った。敵の体勢が左へ大きく揺られ、三谷は至近距離で攻撃を続けた。
(『日字衝拳』!)
敵のガラ空きになった胸から中腹にかけて、一切の予備動作を無くし、両の拳で連撃した。
「ウ"ウ“ウォォォラアァ‼︎」
最後の拳をゼロ距離で止め、
(『寸拳!)
三谷は体全体の力を一点に集中させ、爆発的な打撃を生み、敵が後方三〇メートルまでのけ反った。敵は立ったまま両腕をだらんと前に下ろし、顔を俯かせている。三谷は自分の打撃が敵に効いた感触を確信したが、それでも不安が拭い切れずにいた。呼吸が乱れ、整える間もなく、すぐに次の一手を考えた。
「痛えじゃねえか!」
荒木はそう言って顔を上げた。
三谷は何事も無かったかのように平然としている敵を見て驚愕した。
「俺たちが授かった能力には優位優劣がある」
と荒木が話し始めた。
「お前の能力には伸びしろもあるにはあるが……たかが知れているだろうな」
三谷は歯を食いしばった。敵の口にしたことについて、その通りだと思った。自分の能力が他の数多ある能力より劣っていることを自覚していた。ゆえに、だからこそそれを補うようにして多くの訓練、運動メニューをこなした。色んな武術を勉強し、応用できるまで鍛錬を続けたのであった。
「わかってるさ、アンタに言われなくても」
「そうかそうか!」
荒木は小馬鹿にするように嘲笑った。
「ヒーローごっこもこれで終いだな。結局は、この世も弱肉強食。恨みっこ無しだ」
荒木の緩んだ目付きが獲物を見るようにして変わった。荒木は能力を使った。
(『威圧』!)
突然、三谷は敵から差し向けられたドス黒い殺意に鳥肌を立て、足腰に力が入らなくなった。その場にしゃがみ込み、敵に対して、恐怖しているのだと自覚するまでに時間はさほどかからなかった。緊張した結び目が解かれるようにして、手足が震え始めた。正常に戻したはずの呼吸が荒くなり、体中の毛穴から冷や汗が滲み出ているのを感じた。敵から放たれた重い圧に、意識が持っていかれそうになった。
「立て! 立って立ち向かえ‼︎」
氏家の言葉が脳内で響き、三谷は必死になって立ち上がろうとした。けれど、奇しくもそれは叶いそうになかった。
「そんなにいじめて楽しい?」
と目の端に、誰かの手が現れた。三谷はその女の声に聞き覚えがあった。その手には、もう立ち上がらなくていいと言ってくれているように思えた。




