20 波上攻撃
八月八日、八時二十三分。
田園都市ユートピア、第一地区西側検問所から一〇〇メートル離れた場所より───。
「人権の侵害だ!」
デモ隊がプラカードや看板を掲げて抗議していた。
「監獄だ! 即刻、撤収しろ!」
武装した警備員が不機嫌な表情を浮かべていた。皆さん、解散してください! と注意する。デモ隊の一人がそれに面と向かって罵倒した。先にデモ隊が手を出し始めて、やがて取っ組み合いに発展し、警備員とデモ隊が揉みくちゃになってしまった。そんな光景にカメラを向ける記者が二人いた。カメラを持った男が言った。
「撮り高エグいな。こうも絵になると、現政権も地に落とせるぜえ」
「何人か雇って良かったですね……」
もう一人の記者が停車している車を指差した。
「先輩! あれ見てください!」
「あ?」
男はそう言われてカメラを向けた。数枚のシャッターが切られる。カシャ、カシャ、カシャ───パキッと最後にカメラのレンズが割れて真っ白になった。
◆
一〇分前。
第一地区西側検問所前───。
若い警備員が嬉しそうに言った。
「今夜は彼女とデートするんですよ」
バディーで上司の警備員が助言するように言った。
「あんまり羽目ハズすなよ。プロポーズは?」
「考えてはいますけど、もう少し先になると思います……」
若い警備員は検問所の前で停車した車を見つけた。上司に確認を取り、若い警備員は20《ニイマル》式5.56mm小銃を低く構えながら停車した車の前まで歩いて行った。運転席側のサイドガラスをノックする。サイドガラスが下ろされ、若い警備員はいつものように確認した。
「身分証明書を提示してください」
運転席に座っている男は落ち着きがなく、ぶつぶつと独り言を呟き、ハンドルを強く握りしめていた。その異常なまでの挙動に、若い警備員は動揺した。フロントガラスには一枚の写真が飾られていた。運転手の男と娘、その母親が仲睦まじく映っていた。
「───神は、最も偉大なり……神よ、家族を救いたまえ……」
男は深刻な表情を浮かべて独り言を続けた。経験上、これまでに前例のない出来事を前にして、若い警備員は戸惑いを覚えたが、適切な対処としては、まず男を下車させるか、もしくは上司を呼んであいだに入ってもらうか、そのどちらかを瞬時に考えた。
同じくして、数十個の影が若い警備員の下を通って行った。彼はそれに気付き、頭上を見上げた。数十台のドローンが遥か上空を通過し、第一地区の敷地内に難なく侵入しているのが見えた。若い警備員の額に汗が流れる。彼は危険を察知して運転手の男に大声で指示した。
「車から降りろ!」
若い警備員は20式5.56mm小銃を構えた。その声に他の警備員も反応し、若い警備員のもとへ歩き始めた。若い警備員は応援を要請した。
「先輩! 来てく───!」
ドガァ─────ン!
突然、車が木っ端微塵に爆破した。衝撃が半径一〇〇メートルにも及び、検問所の外で勤務していた警備員がことごとく巻き込まれた。爆発した位置から五〇メートル離れていた場所に集まっていたデモ隊はその場に倒れ込み、記者が持っていたカメラのレンズを粉々に割れた。車の破片に混じり、血と肉片が空から降った。
視界が砂埃で悪くなっていた。
デモ隊は腰を抜かし、身動きが取れずにいた。デモ隊に隠れていた数人のテロリストがリュックサックからアサルトライフルを取り出し、動揺している警備員に向かって発砲した。
検問所付近、職員専用道路の後方で待機していた身元不明の軍用車両から数人のテロリストがアサルトライフルを構えて外に出た。前方、自衛隊の車両に乗車していた隊員、検問所の警備員を正確に鎮圧していった。
自衛隊ならびに警備員の反抗反撃は虚しく、テロリストに一発も当たらなかった。電撃弾がテロリストの一メートルを境になぜか消失するのだ。隊員たちは実弾を装弾して、再度、発砲したが同様に消失した。
爆発した位置より一〇〇メートル付近、一般道で待機していた八台の大型トラックが一斉に動き出し、前方車両のあいだを押し退けて混沌としている検問所へ突っ込んだ。
◆
午前八時三〇分。
第二地区B区画、B区画併設型教育学校の屋上───。
防壁の向こうで爆発音が数回した。
「合図だ……」
田中はKRISS 《クリス》 Vector 《ベクター》を上空に構え、地面にチョークで描いた図を頼りに、頭の中で防壁の防空システムをイメージした。
「やらなきゃ……やらなきゃ……やらなきゃ!」
田中は息を荒くして叫んだ。
「『絶対不可避』!」
田中はKRISS 《クリス》 Vector 《ベクター》の引き金を引いた。すると、銃口からリミッターの外れた白い光が大空に散った。
◆
午前八時三十五分。
田園都市ユートピア、第三地区第二施設 関東支部 本部、中央監視制御室───。
二時間前より氏家 兼光防衛大臣が何者かに殺害されたことが上層部には報告が上がっていた。組織内で混乱を避けるため、一度、保留としていたが、各警備員に対しては武装することを義務付けた。
第一地区の各検問所では、同時多発的に起きた自爆テロにより、中央監視制御室では警報アラームが鳴り響いていた。警備員から瞬時に上げられた報告では、自爆テロだけでなく、数十台のドローン、数台のトラックならびに身元不明の軍用車両が第一地区の敷地内に侵入されたことが報告された。ドローンに関しては、防壁の防空システムが正常に機能していないこと、また、第三地区以外の防壁シャッターシステムが自動手動共に作動しないことが発覚。加えて、緊急時に用意された緊急事態用の警報アラームも全地区には鳴らないことが確認された。至急、職員たちは対応に追われたのである。
◆
午前八時五十五分。
田園都市ユートピア、第二地区南側検問所───。
第一地区南側検問所の方角から黒い煙が立ち昇っていた。数回の爆発音を聞いた警備員たちは緊急事態における対応に追われた。第二地区に入るための防壁下の一般道道路の出入り口を封鎖した。次に防衛用として大型のシャッターが下ろされる手筈であったが、自動手動でも動くことはなかった。
「どうですか? 動きそうですか?」
中央監視制御室から連絡が繋がっていた。警備員たちは検問所の操作室で指示を受けていた。
「手動でやってみましたが、全然、動く気配がないですね。───はい。───承知しました」
中央監視制御室の連絡が切れ、一人の警備員が怒鳴った。
「クソ! どうしてシャッターが降りねえんだよ!」
外で勤務していた警備員たちは20式5.56mm小銃とSFP9Mを所持していた。遠方より上空から数台の飛行物体が目視で確認できた。
「報告のあったドローンだ!」
次第に距離が縮まり、ドローンの飛行音に併せて何かが聞こえてくる。
「なんか音楽が流れていないか?」
「こっちに向かって来てるぞ! 撃ち落とせ!」
ズダダダ───と、警備員たちはドローンを撃ち落とそうとしたが、高速で動いて当たらないでいた。八〇〇メートル先から数台のトラックと軍用車両が停車した車のあいだをぬって検問所へ近付いていた。数人の警備員がそれに気付き、無線機で報告しようと銃器で撃つのを一瞬だけ止める。その隙を狙い、ドローンが警備員に体当たりした。
ドガァ───ン!
とドローンが爆発した。
◆
午前九時〇〇時。
第二地区A区画、地下鉄ホーム───。
田園都市ユートピアの地下には地下鉄が幾重も設けられていた。その中で地図にもない、作業員も近寄らないA区画旧通路の跡地が残されていた。A区画旧通路跡地の行き先には第三地区第二施設関東支部 本部の地下にある閉鎖された区域があった。
A区画旧通路跡地はシャッターで閉ざされ、太宰は眼鏡から受け取った身分証をモニターにかざした。ピピッと音が鳴り、シャッターが開く。
太宰は地面に置いてある荷物を開いた。斧用のハーネスを身につけて、手斧二本を腰に携えて、背中に薪割り斧をかける。リュックサックを背負い直し、もう一本の薪割り斧を片手に持って、旧トンネル跡地を歩いて行った。




