16 夏祭り
三谷の先導を受けて、葵たちは校内の出店を見てまわった。道すがら、氏家と葉が一緒に歩いているところを見つけて、男子たちは尾行しようと盛り上がったが、藤原と秋山の二人はそれを阻止した。そのようなことがありつつも、葵たちは裏門からB校を出て、神社の本殿へ歩いて向かった。
「来年には神輿も再開するらしい。半纏も借りられるって。来年、一緒に担ごうぜ?」
三谷は歩きながら葵と作間を誘った。
作間は首のうしろで両手を組んで言った。
「俺はパス、めんどくせえ」
「うーん」
と葵も難を示した。付き合いの悪い二人に対して、三谷はめげずに言った。
「なんだよ……また来年、誘うわ」
「これなんて言うの?」
と藤原が指差して言った。それに葵が反応する。
「射的でしょ? まさか! ───」
射的を知らないの⁉︎ と大声で言いそうになり、葵は藤原の不機嫌な表情に気付いた。藤原は葵のもとへ歩み寄って手をあげる。
「いちいち打つなって!」
葵は両手で頭を守った。
三谷は空気を読んで、
「俺たちは先に行ってるぞ!」
と言って、作間と秋山を連れて神社の本殿へ向かった。葵と藤原は残され、葵が射的を知らないならと提案した。
「射的、やってみる?」
藤原は目をキラキラと輝かせて言った。
「当たり前でしょ!」
葵はポケットから財布を取り出し、二人分の金額を店番のおじさんに手渡した。
「まず、───」
葵は射的銃の扱い方を説明した。装填のため、射的銃の銃口に小さなコルクを敷き詰めて、ボルトや遊底と呼ばれる金具を引っ張る。葵は射的銃の後部に位置する末尾を肩で押さえ、的に銃口を定めた。
ポンッ!───、
と音がして、コルクが明後日の方角へ飛んだ。
「下手くそじゃん」
藤原はそう言って冷たい眼差しを葵に向けたあと、見様見真似で射的銃を構えた。
ポンッ!───、
と放たれたコルクが棚にある小さなクマのぬいぐるみの角に当たり、数センチだけ宙に浮かんで棚の上に転がった。
「……やった! やったー!」
店番のおじさんが無愛想に小さなクマのぬいぐるみを手に取って藤原に手渡した。葵は藤原の喜ぶ姿に面食らいながら自分よりも上手い射撃に悔しい思いをした。葵は負けじと同じことを繰り返し、残弾数が七個あったところを三個まで減らしていた。藤原は小さなクマのぬいぐるみを見つめた。葵の苦戦している姿に心動かされ、
「これあげる」
藤原は銀色のトレーに残っていたコルクを鷲掴みにして、葵のトレーに移した。葵のトレーの上にはコルクが七個増え、合計で十個になった。葵は藤原の意外な行動に動揺して言った。
「あ、ありがとう……」
「その代わり、───」
藤原が指差した。
「あれが欲しい」
藤原の指先には、白い花のアクセサリーが付いたヘアゴムがあった。ヘアゴムはパッケージに入っているが、射的銃の弾が一つでも当たれば、すぐ倒れそうな見た目をしていた。葵は射的銃を構えた。その期待に応えたいというポテンシャルはなく、ただ単に悔しい気持ちが優っていたのだ。ポン! ポン! と、葵は射的銃を撃っては的を外し、最後の一発、ようやくかすってヘアゴムの入ったパッケージが倒れた。
「これ……」
葵は藤原の顔が見れず、うつむいてヘアゴムの入ったパッケージを差し出した。藤原はそんな葵の健気で可愛らしい姿にドキドキと胸の鼓動を早めた。
「交換しましょ……」
と藤原の発した声が震えている。
え?
葵は顔を上げた。藤原が手に持っていた小さなクマのぬいぐるみが目の前にあった。藤原は言った。
「私、それが欲しいからこのぬいぐるみと交換して」
葵は藤原のりんごのような淡い色の頬を見つけた。藤原が何を考えているのか、葵はわからずにいたが、彼女の紅潮とした表情があまりにも可愛らしかったので、葵は有無も言えず、小さなクマのぬいぐるみをそっと受け取った。藤原もまた、葵の持っていたヘアゴムのパッケージを手にした。
ドンッと、葵の背中が誰かに押され、一歩前に藤原へ近付く。葵は藤原を見上げ、藤原はそんな葵を見下ろして息を呑んだ。二人の心拍数が上がり、あたりのガヤガヤとした人だかりの中でも、お互いの鼓動がはっきりと聞こえている。
突然、葵のズボンのポケットにあった携帯から着信音がした。葵は携帯の画面を見る。三谷から電話が掛かってきていたのだ。葵は藤原を見上げて言った。
「行かないと……」
藤原はゆっくりと頷いた。
二人は神社の本殿へ向かう人の流れに乗り、少しして、神社の本殿が見える広場までやって来た。広場の中央では獅子舞がカタカタ、カタン! と歯の音を立てながら舞っていた。二人は広場の端へ歩いて向かい、そこで三谷、作間、秋山と合流した。三谷は焼きそばを、作間はフランクフルトを、秋山は綿飴を美味しそうに食べている。葵と藤原が来たことで、三谷たちは文句を言いながら、今食べているものをそそくさと平らげて、五人は神社の本殿へ成している参拝者の列に並んだ。
◆
花火大会が見える場所としては神社の本殿前にある広場か、B校の校庭に用意されたマス席とテーブル席だったが、葵たちは違った。葵たちは花火大会を鑑賞するために、神社からB校へ戻り、学校の屋上へ向かった。三谷は用意周到に氏家から屋上の鍵を借りていた。
「屋上の鍵、氏家先生から借りといて良かったぜ」
三谷はそう言って携帯のライトで屋上のドアを照らした。
「あれ……ドアノブが壊れてんじゃん」
屋上にある分厚い扉のドアノブがボロッと床に落ちていた。
「誰かがこじ開けたのか?」
作間は三枚のパイプ椅子を壁に立て掛けて言った。
「明日、氏家先生に報告しとけよ」
「クッソ……絶対に怒られるやつじゃん」
と三谷はぼやいて、屋上のドアを開けた。
花火が上がる第三地区 第二施設関東支部 本部の方角にパイプ椅子を右から葵、藤原、作間、秋山、三谷という順番で並べて座った。 神社からB校へ戻る途中、お菓子や飲み物を買い足していたので、各々が好きなものを食べながら、花火が上がるのを待った。校庭のテーブル席は三百席も用意されていたが満席となり、マス席もほとんどの席が埋まっていて、その賑やかさが屋上まで聞こえてきていた。
「秋山さんって、意外と言うときは言うのね」
藤原がむくっと前屈みになって作間越しに言った。秋山はヘッドホンを肩に下ろして言った。
「あとで氏家先生からぶつくさ言われたくないからね」
秋山が指先で金色の髪の毛をくるくると巻いた。
「男どもはバカばっかり」
「なんだと⁉︎」
秋山の隣に座っていた三谷がそれに怒った。
「口開いたと思ったら人の悪口か!」
「何よ⁉︎」
二人の口喧嘩がヒートアップしかけて、夜空に小さな花火が一つだけ上がった。二、三発と続き、花火大会の開始時刻が五分前であることを告げた。
葵は夜空にうっすらと浮かぶ星々を眺めていた。夢の中の女の子について、何か重要なことを思い出せそうであったが、霧のようなものがあって一向に晴れないでいた。
藤原はそんな葵の横顔をこっそりと見ていた。ただただどこか遠くを見ているようにも思えたが、何か思い悩んでいるようにも見えたので訊いてみることにした。藤原は言った。
「どうしたの?」
葵は藤原を見た。二人の横顔が大きな花火の明かりで照らし出された。葵の瞳には、藤原の姿が夢の中に現れる女の子の姿に映っていた。
あおちゃん、花火綺麗だね。
女の子の声が聞こえたように気がした。葵は目を丸くして、そのわずかな瞬間はまばたきしたあとには消えてしまった。
藤原は葵が涙を流していることに気づいて訊いた。
「どうして泣いてるのよ?」
葵は我に返り、頬の涙を拭ったが次から次へと溢れていく。
「いや、あれ……なんでだろ」
花火の音が響いている。
破裂する音が身体を伝って鼓動を早めた。藤原は動揺して葵がどうして泣いているのか聞くに聞けず、ショルダーバックからハンカチを取り出して差し出した。
「これで拭きなさい、みっともない」
「あ……ありがとう……」
葵はハンカチを受け取り涙を拭こうとした。そのとき、ハンカチから金木犀のような甘酸っぱくフルーティーな香りがして、葵は鼻にハンカチを当てた。
「良い香り」
藤原は嬉し恥ずかしで気持ちとは裏腹に言った。
「キモい! 思ってても言うな! やっぱり返して!」
「ふーん!」
と葵が鼻をかんだ。
「何やってんのよ! このバカ!」
藤原は葵の奇行に手をあげた。
「あいたっ!」
葵は頭を叩かれて驚く。
「人のハンカチで鼻をかまないでよ!」
「ごめん、つい。……洗って返すよ」
「あーもう、しっかり洗ってよね!」
作間は隣で二人のやり取りを耳にしていて終始こう思うのであった。
お前ら、うるせえよ……。
無数に打ち上げられた花火が夜空の青黒いキャンバスを絵の具のように彩っていた。葵たちは同じ方角を見上げていた。藤原は葵の左腕にちょんちょんと人差し指で突いた。葵はそれに気付いて言った。
「何?」
「私、花火好きかも……」
藤原は頬を赤くして言った。
「葵は?」
葵はそんなこと聞くまでもないと思いながらそれに答えた。
「僕も好きだよ」
「そっか……」
と藤原は呟いた。頬がより一層に赤く染まり、何事もなかったかのように花火を見上げた。
「ん?」
葵は意味がわからず、
え、どういうこと?
モヤモヤとしながら、藤原と同じように夜空を見上げた。
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転送開始可能日まで、───残り335日。
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