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09 家族団欒


 家のドアを開けて、


「ただいま!」


 と言ってみたが誰の返答もなかった。ダイニングの方から楽しそうな会話が聞こえてくる。玄関には知らない人のサンダルがあった。柄の色合いからして女性の履き物にも思えるが、誰か来客があったのだろう。

 両手のアルコール消毒を済ませて、廊下を歩いて行き、


「今日は大変だったよ」


 と言いながらダイニングのドアを開ける。


「……」


 一瞬、時が止まった。そこには思いがけぬ人がテーブルの席に着いていた。僕はその光景に衝撃を受けて、手に持っていたリュックサックを地面に落とす。


 なんで藤原がいんの⁉︎


 藤原と目が合う。

 テーブル席は四つあり、兄とおばあちゃんが隣の席に座り、おばあちゃんの向かいの席に藤原が座っていた。彼女の服装は上下ジャージで、髪は団子に結ばれ、前髪があり、ツイストのカチューシャをしていた。その姿にはピンと張り詰めた雰囲気やご令嬢のようなお高さはなく、むしろ、ドが付くほどの庶民的なまでに抜けている感じがした。お風呂上がりだろうか、部屋着なのだろうか。それでもどことなく滲み出る品格というものがあった。


 なんかすっげえ可愛い。眼福がんぷくだ。

 

 と僕がそんなことを呑気に思いっていると、あたりには妙な空気が流れていて、リビングにあるテレビの音だけがやけに聞こえていた。兄がその場を和ませるようにして言った。


「お、おう! 葵! おかえり!」


「すみません、少し日向くんと話して来ます」


 藤原はそう言って椅子から立ち上がり、僕のもとへ歩いて来た。


「行ってこい! 行ってこい!」


 と兄が騒ぐ。

 ダイニングのドアが閉まると、ドアの向こうから兄の茶化すような口ぶりが聞こえてきた。おばあちゃんがそれをやめるように注意するとピタリと兄の声が止んだ。


 沈黙の中で、僕と藤原は向かい合った。彼女は壁に背をもたれさせて下に顔を向けている。風呂上がりの香りがほのかにしていた。それがちょっとエッチで色々と考えてしまう。今、履いている下着が何色なのか知りたい。変態と言われたっていい! 藤原のパンツは純白の色、白に違いない! 目を凝らして服の中を透視とうしするんだ! 日向ひなた あおい! 透視の能力を開花させろ!


「なんか喋ってよ」


 気まずさに耐えかねたのか、藤原が言った。

 僕は彼女の下半身から目を逸らして強張りながらも訊いた。


「ど、どうしてここにいるの?」


「あなたのお婆さま、美智子みちこさんに誘われたのよ」


 と藤原は答えた。


「どうして?」


「それは……」


 と藤原が言いかけて口をつぐみ、何か躊躇ためらうようにして黙った。少しして、また藤原が口を開く。


「明日から三連休だし、夜ご飯を買いに行こうと思って、スーパーへ行ったの」


「うん」


 と僕は相槌を打った。

 藤原は続けた。


「偶然、美智子さんが転んでいるところに出会でくわしたの」


「え"え"⁉︎」


 僕は無意識に藤原へ一歩近づいていた。藤原はそれに驚いて顔を上げ、焦ったようにして話し始めた。


「美智子さんに怪我はなかったけど、手提げ袋から食材が転がっていたから拾ったりして、……突然のことだったから、荷物が重いだろうと思って、その流れであなたの家の前まで持って行ってあげたら、美智子さんがお礼をしたいからと言って家にあげてくれて」


 僕は藤原に歩み寄っていたことに気付いて距離を取る。何か言わなくちゃと思い、


「おばあちゃんのこと、ありがとう」


 と僕はお礼をした。

 藤原がこくりと頷く。


「おい、いつまでイチャイチャしてんだよ!」


 と兄の声がして、


「こら、やめなさい!」


 おばあちゃんからまた注意が入った。


「ばあちゃんが作ってくれた夜ご飯が冷めちまうぞ! 早く食おうぜ!」


 兄の声を聞いて、僕らは見合った。藤原がどう思っていたかは定かではなかったが、僕は一時休戦という意味を込めて彼女の目を見た。藤原は目を逸らす。


「とりあえず、夜ご飯食べよう」


 僕はそう言ってダイニングのドアを開けて、テーブルの席に着いた。あとから、藤原も席に着く。


「みんな揃ったことだし、手を合わせて、───いただきます!」


 兄のひと言で僕も含め、みんなで合掌した。


「「いただきます」」


 食卓には彩りの良い料理が並んだ。

 メインは生姜焼きだろう。豚バラ肉とくし形切りのナスにスライスされた玉ねぎが調味料で炒めてあるのか、生姜や醤油に加えて、砂糖のほのかな甘い香りがしていた。同じ皿にはキャベツの千切りとカットされたトマトがあった。筑前煮ちくぜんにや肉じゃがは小分けされ、きゅうりのお漬物まである。お味噌汁には赤だし味噌が溶かされ、油揚げがちょこちょこんと浮いていた。今日は白米ではなく、十五穀米。藤原がいるからだろう。


 おばあちゃんの料理はどれも美味しいが、まずは生姜焼きの千切りキャベツからいただいて、胃の中にクッションを敷き詰める。ドレッシングをかけても良かったが、あえて、そうはしない。生姜焼きのキャベツとトマトは口直しみたいなものだから、主張は控えめでいいのである。

 いざ、メインの豚肉たち、───美味びみ! 豚肉の淡白さと油を吸った野菜の甘い味付け、口の中に広がる生姜と醤油の香りがたまらない。

 生姜焼きは厚切りの豚肉にするのがセオリーみたいなところがあるけど、日向家の購入する肉といえばバラに加工された肉ばかりで、それはおばあちゃんが硬いものを避けているから、という理由があった。兄も承知である。

 

 口直しにトマトをワンカット。


 次、筑前煮!

 人参、レンコン、椎茸しいたけ里芋さといも、えんどう豆やこんにゃくなどが入っているようだが、とりあえず、口の中にかき込むっ───これまた美味うまい! 先ほどの生姜焼きとは違い、生姜の香りはなく、甘さもさらに控えめで優しい味わいだ。ゆえに! 食材一つひとつの個性が際立ち、かといって! 互いが互いの味を邪魔することなく、欠点を補うようにして一つの作品を創り上げている。おばあちゃんの筑前煮を食べると、いつも日本人に生まれて良かったと思ってしまう。ありがとう! 郷土料理たち! 万歳、日本にっぽんっ!


 水をひと口飲んで、

 さて、肉じゃがはどうだろうか。牛肉のバラに糸こんにゃく、ゴロッとした皮付き芋と人参、玉ねぎ。今日の料理には醤油ベースが多かったが───うんまい! みりんか酒か、麺つゆの旨味とまろやかな下味、そして、牛肉の香ばしさに負けと劣らずの野菜たち。最高過ぎる。そこに十五穀米を合わせると、あーーーー!


 いわば、幸せという概念を食べているように感じる。胃の中に溜まった幸せが、瞬時に、身体の隅々にある細胞の一つひとつに行き渡るようだ。


 最後に、お味噌汁を飲む。夏ではあるが、どこの屋内もクーラーで低温度が保たれているせいか、かいた汗も相まって、身体は冷え込んでしまうわけだが、


 あったまる……。


 お味噌汁の熱と赤だし味噌の深い香りを味わいながら、隣に座っている藤原を横目で見た。僕と同様、藤原もグッと味わっているようだった。さすがご令嬢とあって、食事のマナーというか、ひと口も小さく、食べ方も綺麗だ。箸の持ち方や佇まいは絵に描いたようなお姿である。


「ばあちゃんの作ったご飯は美味いなあ」


 兄が嬉しそうに言った。

 おばあちゃんも藤原のことを気にかけているのか優しく訊いた。


さん、お口に合いましたか?」


「はい……」


 藤原は口の中のものを飲み込んでから言い直した。


「とても美味しいです」


「聞いだぜ! 葵、木の実ちゃんの部屋を見ていたんだろ?」


 兄が面白がって言う。


「見てないって!」


 僕はすぐに反論した。兄に今朝のことを言ったな? という目で藤原を睨んだ。


「冗談だよ冗談!」


 兄がそれを察したのか誤魔化す。


「氏家先輩から聞いたんだよ」


 え⁉︎


 僕は驚きを隠せずにいた。それは藤原も同様だった。


「あれ言ってなかったっけ?」


 兄は頭の後ろに手を当てて、


「氏家先輩とたまにご飯食べる仲なんだ。ああ見えて、俺と一緒で料理が好きだから」


「氏家先生と恋人関係ってこと?」


「先輩後輩の仲だよ」


 怪しい! ───、僕と藤原は同じことを考えていたに違いない。


「それにしても世間は狭いよなあ。こうして藤原家のお孫さんと飯を食ってるんだもんなあ」


 兄は天井を見上げて、話題を変えるようにして物思いにふけた。おばあちゃんは箸を止めて言った。


「木の実さんは、一人暮らしなんですって?」


「へー」


 兄が藤原に視線を戻す。


「いつも夜ご飯はどうしていたの?」


 おばあちゃんもズケズケと質問をする。藤原は用意していたかのように答えた。


「近くのスーパーで夜ご飯とか済ませていました」


「そうなの……」


 とおばあちゃんはあらぬことを口にした。


「木の実さんが良ければ、明日も来てもいいのよ?」


 僕は平然を装っていたが、内心、困惑して箸を止めた。ポーカーフェイスにはほど遠い、天と地が逆さになるほどの衝撃を受けた顔付きになっていたに違いなかった。兄が僕の顔を見てニヤニヤとしている。藤原の表情にも困惑した顔色が伺えた。


「こんな可愛い子と飯が食えるんだ! 大歓迎! 大歓迎! ワッハッハー!」


 兄が高らかに笑った。


よう!」


「葉兄!」


と、僕とおばあちゃんは彼の少し行き過ぎたニュアンスの言葉に対して、名前を呼んで注意した。


「ごめんごめん」


 兄はそう口にしたが、反省の色はなかった。


「時々、───」


 藤原が箸を置いて、


「こうしてお邪魔してもいいですか?」


 と控えめで謙虚そうに言った。


 マジで⁉︎


 僕はみんなを見た。良いわけがない、そう思っていたが、どうやら、この食卓に付いている中では、反対の意見を持っていそうなのは僕だけのようだった。


「ええ、いいわよ」


 おばあちゃんが優しそうに微笑む。


「ありがとうございます!」


 受け入れてもらえたのがどんなに嬉しかったのだろうか、珍しく、藤原が健気な笑顔を見せた。

 それからしばらくは様々な会話があって、食卓に並んだ料理の減り具合からして、この茶番劇が終盤に差し掛かっていることが伺えた。壁掛けの時計の針が二十時を過ぎていた。

 気付くと、兄の質問攻めが始まっていた。さっぱりとしたものから、踏み込んだものまで。好きなご飯は? とか、好きなタイプはどんな人? とか。隣の席だから嫌でも耳にしなくてはならないが、正直、その回答に一喜一憂して、疲労感と複雑な気持ちの中で、このお食事会が終わることだけを考えるようになっていた。

 兄がまた質問をする。


「木の実ちゃんはいつからこの街に住み始めたの?」


「三ヶ月前からです」


 藤原はだんだんと兄とおばあちゃんに心を開き始めたのか、質問されれば、なんでも答えてくれるようになっていた。


「木の実ちゃんは何か夢とかはあるの?」


 兄がボールを投げた。


「夢ですか?……」


 藤原がボールを受け取る。


「葵は特にないもんな!」


 兄が楽しそうに豪速球を投げてきたので、僕はそのボールをキャッチもせずスルーした。


「うーん」


 藤原は真面目にボールを返そうとしていた。その真剣な横顔を、僕は横目で見ていた。高い鼻や眉毛、目の大きさ、唇の形。悔しいけど、率直な感想としては、綺麗な人だという言葉しか出てこなかった。いや、外面そとずらが良いだけなのかもしれない。騙されてはいけないと自分に言い聞かせた。


「ああ、ごめんごめん! 今の質問は忘れてくれ!」


 兄はそう言って質問をなかったことにしようとした。無責任にもほどがある。藤原の雲行きの怪しかった表情がとんと晴れた。


「……駄菓子屋さんに行ってみたいです」


「駄菓子屋に行ってみたいのか⁉︎」


 兄が驚く表情を見せた。


「可愛いギャップだなあ! そういえば、俺も見つけてびっくりしたんだけどさ、この都市に駄菓子屋があるんだよ!」


「え! 本当ですか⁉︎」


 なんかイライラするな。マジで……。


 目の前で繰り広げられる会話に僕は残りのご飯を平らげて気を紛らわした。


「久しぶりに私も行ってみたいかも」


 おばあちゃんも会話に参加した。


「葵! お前、連れてってやれよ」


「なんで僕が行かないといけないのさ」


「隣のD地区にあると思うけど、調べればヒットするんじゃないか?」


 兄は僕の話を聞いていない。


「そうなんですか? この都市に三ヶ月も暮らしていましたが、全然、気付きませんでした!」


 と藤原がキラキラと目を輝かせた。


「田園都市ユートピアができる前からあるんですか?」


 兄が腕を組み、


「聞いた話だけど、この都市が計画されて周辺の住宅やアウトレットモールが取り壊されることになったんだが、その家の住人だけは立ち退かなかったらしい。藤原所長と何か関係があったんじゃないかって」


「そうなんですね……」


 藤原は申し訳なそうに言った。

 兄はそんな藤原の様子を見て話題を変えた。


「木の実ちゃんから聞いたけど、明日は休みだもんな。葵たちはもう夏休みか?」


 僕はそれに答えた。


「来週が終われば夏休みだよ」


 おばあちゃんが明るい声で、


「明日、良ければお散歩しましょうよ」


「え!?」


 と藤原から似付かない驚く声が聞こえた。


「クソ! 俺は仕事だ! 一緒に行きてえ!」


 兄が悔しそうに嘆いた。

 藤原がこちらをチラチラと見て、ボソッと口にした。


「……日向くんが行くなら」


 え⁉︎


 声には出さなかったが、僕は心の中で心底驚いた。おばあちゃんが僕と藤原に向けて言った。


「お昼ごろに行きましょうか」


「日向くんも行くよね?」


 藤原がこちらをしっかりと見る。


「いや、行かな───」


 僕がそう言い掛けて、兄とおばあちゃんの視線に気が付いた。


 いやいやいやいや!


 と思いながら、僕は首を横に振った。


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