08 友人第一号?
白い天井と開き切ったカーテン、消毒液の香りに、布団のぬくぬくとした寝心地の良さ。この場所には見覚えがある。ここは、保健室のベッドの上だ。
「───良かった! 日向くん、ごめんね!」
女性の慌てた声が聞こえた。その声はどこかで聞いたことがあった。
(もしかして、田中さん?)
上体だけ起こしてあたりを見ると、坂口先生の姿はなく、代わりに田中さんがベッドのそばにある椅子に座っていた。
田中さんの身だしなみや雰囲気が射撃テストのときとはがらりと変わっていた。髪型はポニーテールから胸まであるロングヘアに黒い大きな眼鏡と、上着は猫の絵柄があるティーシャツ、ベージュ色のベルトとパンツだった。ティーシャツの端はパンツに入れてある。スニーカーの色合いもベルトとパンツに合わせていた。
(これがカジュアル系女子というやつか。それにしても、少し胸が大きいような……)
「日向くん?」
「え⁉︎ なに?」
田中さんの顔に焦点を合わせる。
「大丈夫?」
と田中さんが心配そうに言った。
「ああ! 大丈夫だよ!」
と僕は慌てながら言い返して、記憶が途切れる直前のことを思い出そうとした。
さっきまで藤原さんと氏家先生の戦術テストを見ていたんだ。そのあとに田中さんの番がやって来て……思い出した。田中さんは氏家先生から逃げていた。そこで田中さんが放った電撃弾が……おそらく、こんな状況に陥ったのは、───この子のせいだ。
僕は額に手を当てて尋ねた。
「あの電撃弾は、田中さんだよね?」
「ごめんね、私のせいなの! 頭の中に日向くんが過ぎっちゃったんだと思う!」
「どういうこと?」
田中さんはしどろもどろになりながら答えてくれた。要は、こういうことだった。田中さんの能力『絶対不回避』は、一度目にした物や頭の中に描いた抽象的なイメージに対して、その効力を発揮するそうだ。ことの発端は、射撃テストの際に田中さんが転んで銃を落としたあと、僕がその銃を拾ってくれたことに対して、お礼を言いたかったのだとか。だから、田中さんの頭の中には、そのことが気がかりで、戦術テストでは氏家先生を狙って打ったはずの電撃弾が僕のもとへ降って来たのではないか、ということだった。弾は六発、五発は三谷くんが防いでくれたそうだが、残りの一発が僕に命中した。これがことの顛末である。
(この子は、なんて恐ろしい子なんだ!)
田中さんからひと通りの説明を受けたあとも、彼女は何度も謝ってくれた。僕はその度にもう大丈夫からと返答する。そんなことを繰り返して、僕は話を逸らすようにして言った。
「あれ? 坂口先生は?」
「職員室に用事があるからって行っちゃったよ」
田中さんは思い出すようにして続けた。
「坂口先生から伝言なんだけど、今回のことで日向くんには怪我や後遺症もないから、日向くんが起きたら帰ってもらって良いよって」
僕は天井を見上げて、
「そういう感じか……」
と呟いていた。
「そういう感じ?」
「ううん、なんでもない!」
「あとそうだ!」
田中さんがまた一つ何かを思い出した。
「氏家先生から伝言なんだけど、抜き打ちテストの次の日は休学日が設けられるの。明日は金曜日だから、三連休になるね! 日向くんはどこか行くの?」
「明日、休みなんだ……」
と僕は口にしながら、頭の中ではこう思っていた。
(あの怠慢教師め! そういうことは最初に言ってくれ!)
「決めてないけど、田中さんはどっか行くの?」
田中さんが俯いて、
「私は、───」
と何か言いかけ、もじもじとして続けた。
「坂口先生とちょっと用事があるから、どこかへ行くのはそれを済ませてからかなあ」
「田中さんって坂口先生と仲が良いんだね」
「一緒にカフェ巡りしたり、お散歩したりかなあ……」
田中さんはそう言って、ポケットから携帯を取り出し、画面の操作を始めた。
「日向くん」
「なに?」
「ダスト・トレイルはやってる?」
僕は首をかしげて訊き返した。
「ダスト・トレイル?」
田中さんが携帯の画面をかざした。
「これ、知らない? 啓示現象が起きたあとに出たアプリなんだけど、宇宙空間や異世界でもやり取りができるらしいの! みんな電話やメールとかを使うときは、これを使うようになったんだよ?」
「宇宙や異世界でも使えるのか……」
「氏家先生とクラスの子が入ってるグループがあるんだけど、そこで氏家先生が来週の月曜日の予定とか入れてくれるの」
田中さんは携帯を下ろした。
(先生、そういうことは、直接生徒に言うもんなんじゃ……)
田中さんは携帯画面を見ながら言った。
「氏家先生から連絡が来てる! 来週の月曜日は田園都市ユートピアの施設案内。午後の訓練は自習とする。私は、日向との訓練に励むだって」
田中さんがこちらを見た。
(終わった……)
と僕は思いながら天井を見上げた。
「日向くん、連絡交換するからグループに入りなよ!」
「うん……」
「すぐそこに日向くんのリュックサックと洋服があるから、持って来てあげるね!」
「ありがとう」
僕は苦笑いでお礼を言った。田中さんが椅子から立ち上がり、僕の荷物を取りに行った。その背中を目で追っていると、保健室の壁にある時計の時刻が見えた。
(もう十八時三〇分か……今日だけで二回も気絶するなんて、───もう転校したい)
僕はそう思いながらベッドから降りた。




