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YEHI OR/イェヒ・オール  作者: 海風 野花
第一章:田園都市ユートピア
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06 戦術テスト


 大型エレベーターの扉が開き、隙間から光が入り込む。葵《あおい》の瞳に映ったのは、都市の一角であった。


 氏家《うじいえ》と生徒らは戦術テストが行われる地下一〇階のフロアに立った。フロアの広さは五平方キロメートル、天井の高さは二〇〇メートル。都市部を模し、スクランブル交差点、壊れた車、スケルトン化したビルや商店、プラスチックの花壇や木々まである。点々として戦闘の痕跡が残っていた。

 氏家は生徒たちの前に立って話し始めた。


「転校生もいることだ。あらためて、戦術テストの概要を説明する。戦術テストの評価基準は、大きくわけて三点。


 一点目、現時点で発揮できる能力をどのように活用しているか。

 二点目、武器の活用が見受けられた場合、その武器をどのように活用しているか。

 三点目、前回の戦術テストを経て、課題が改善されているか。


 今回の戦術テストでは、藤原《ふじわら》、三谷《みたに》、作間《さくま》は能力をフル活用して全力でかかって来い。田中《たなか》、秋山《あきやま》、葵は私から全力で逃げてみせろ」


 氏家は名指しした。


「今回は作間からだ。来い!」


 氏家と作間は都市の中央へ歩いて行った。残された生徒たちの近くにあった数台のモニターがパチンと映像を映し出し、二人の歩いている姿が色んな角度で観察できるようになった。


「ここらで良いか」


 氏家は立ち止まり、刀の携《たずさ》えたベルトを置いて振り返った。作間もそれに合わせて立ち止まり呟《つぶや》く。


「『驪竜頷下之珠《りりゅうがんかのたま》』」


 作間の姿が豹変し、手の甲や顔の頬に竜の鱗が浮き彫りになる。爪が伸び、目付きはより鋭く、髪の毛が逆立ち、黒いオーラを纏《まと》った。作間は眉間にシワを寄せて氏家に吹っかけた。


「こないだはよくもやってくれたなあ!」


「今回もデコボコにしてやるよ!」


 氏家は彼の売り言葉を買った。

 作間は舌打ちして禁句を発する。


「そんなんだから婚《こん》───」


 一瞬、氏家の姿が消え、風を切るような音と共に作間の眼前に現れた。


(『神風《かみかぜ》、穿《うが》つ風《かぜ》』───)


 氏家の右拳に風の渦が生《しょう》じ、右拳を腰に添え、放つ標的を作間に定めた。氏家が叫ぶ。


「避けてみせろ!」


(クソがっ!)


 作間は胸の内でそう思いながら口にする。


「『櫛風沐雨《しっぷうもくう》』!」

 

 氏家の右拳が地面に触れた刹那《せつな》、そこから半径四十メートルを砕《くだ》き、衝撃となって爆風をもたらした。抉《えぐ》られ舞い上がった土やアスファルトが入り混じり、濃い土煙りとなって周囲の視界が皆無《かいむ》となった。作間は胸の前で両腕を構えながら疾風《はやて》のごとく後方に跳び退き、最後に地面を跳び上がった。氏家はすかさずあたりの土煙りを払いのけ、作間を追いかけるようにして飛んだ。また氏家が作間の前から消え、瞬《またた》く間《ま》、作間の頭上に氏家が現れた。


「身を守れ!」


 氏家はそう叫ぶと空中で後ろ横蹴りを作間の肩に打とうとする。作間はかろうじて体勢を変え、両腕で左胸を庇《かば》い、氏家から打撃を受けた。二人の接触面では強烈な衝撃と空気の波紋が伴い、作間が高速で落下した。作間の落ちた位置から半径二十メートルの地面がひび割れ砕けた。土煙りが舞い上がり、また作間の姿が確認できなくなった。氏家は空中で止まり、地上の状況を見下ろしていた。作間の気配を感じ、氏家が叫んで伝える。


「さっきの技を使うぞ!」


 その場に這いつくばっていた作間はなんとか起き上がり、顔の前で腕を交差させ、息を深く吸い、両腕を広げて決死の思いで己の能力を使った。


(『人籟《じんらい》』)


 作間は氏家のいる上空へ雄叫びを上げた。空気がその方角へ筒状となって圧迫され、作間はさらに咆哮《ほうこう》として大声を上げた。極限まで圧縮された空気が弾け飛び、氏家のもとへ一気に衝撃波となって放たれた。氏家は胸の前で両腕を構え、あえてその爆撃をまともに受け、爆風音に耐え切れず、後方へ勢いよく吹っ飛んだ。氏家の着ていたジャケットに無数の切れ込みが入る。

 作間は息を切らしながら前屈みになり、ひと呼吸入れてから力一杯に地面を蹴り飛び、氏家を追った。氏家は能力の行使により勢いを殺しながら、砂埃《すなぼこ》りを立て着地した。

 上空、作間はこれ見よがしに続けて氏家を追い込もうと大声を上げる。


「『龍見黙雷《りゅうけんもくらい》』‼︎」


 作間の両肩から両手の先にかけて稲妻が走った。腰に両手を当て、氏家から前方五〇メートルまで接近。作間は勝利を確信して言った。


「あの約束! 忘れてねえだろうなあ!」


(忘れてねえよ)


 氏家が不敵な笑みを浮かべて言った。


「『神風《かみかぜ》』」


 素早く左足を前に出し、体勢を横向きにした。力強く握った右拳を腰に添えて、同時に左拳を作り、対象物を引っ張るようにして広げた左腕を右側へ持って行く。すると、作間の身体が意図せず猛烈な追い風によって氏家へ引き寄せられた。氏家は作間に注意喚起した。


「歯あ! 食いしばれ!」


「クソがあ!」


 と作間は愚痴を吐き、歯を食いしばった。


「防御してみせろ!」


 氏家の声に、作間は胸の前で両腕を交差し身構えた。氏家は続けて言った。


 「『神渡《かみわた》し』───」


 氏家は右足を大きく前に踏み出し、上空の作間へ右拳をひねりながら広げた。右腕の前腕に左拳を添えて、その拳には力を込め続けた。作間の背中にあった追い風より、数千倍の激烈な向かい風が作間を襲った。氏家が左拳から力を抜くと、空中で静止していた作間の身体が後方へ音速で吹っ飛んだ。空間が歪《ゆが》むほどの風撃は、わずかな一本の軌跡《きせき》となって白い筋を残す。遅れて、爆風音が生じた。

 作間は耐え切れず意識を失い、立ち塞がるビルのコンクリートを砕き続け、瓦礫に混じりながら彼方へ飛んだ。数十のビルを越え、作間は上空一五〇メートルほどから落下した。

 氏家は何事もなかったかのようにもとの姿勢に戻り、作間の様子を眺め、近くのカメラに向かって言った。


「医療班、作間のことよろしく!」


 氏家は刀とベルトを取りに歩き始めて呟いた。


「ちょっとやりすぎたか……」


 氏家は腰にベルトを巻いたあと、カメラに向かって叫んだ。


「次! 藤原!」


 彼女の大声がモニターから流れると藤原はドキリとして身構え、ゴクリと固唾を飲み込んだ。戦う覚悟を固め、氏家のもとへ歩いて行く。

 すれ違いで救急車両が生徒たちの前に到着し、車の中から複数の人型ロボット ピンキーが一台のタンカーを運んで来た。生徒たちの前を通り過ぎて、エレベーターの隣にある自動ドアを通って行った。タンカーの上には気絶状態の作間が医療用酸素ボンベを付けて横になっている。


(帰りたい……)


 と葵はその姿を見て絶望した。

 三谷はそんな葵に話しかけた。


「氏家先生から話が出なかったけど、作間が運ばれたあそこな、医療室になってるんだ。このフロアで気失ったり、怪我したりするとあの医療室に運ばれるんだぜ」


 葵は三谷を見上げた。


「あの医療室に医者がいるの?」


「医者と看護師が常に何人かいるんだ。作間は頑丈だからな、すぐ保健室行きになるんじゃねえか?」


 葵は聞き返した。


「保健室行き?」


「ああ、え〜っとな。この戦術テストで何か怪我をした際は、まず、このフロアにある医療室で医者が診てくれるんだ。そのあと、何もなければ、俺たちが乗って来たあのエレベーターで地上に上がって、保健室のベッドでしばらく休む感じだ」


「なるほど……」


(これから何回も通うことになりそうだな)


 葵は考えるのをやめた。


「三谷くん、教えてくれてありがとう」


 葵から感謝を言われて、三谷はグッドサインを出した。



 ◆



 氏家は考え事を始める。導き出された答えとして、


「よし!」


 と言って、藤原にエル字の指をさした。


「私を殺しにかかって来い!」


「また荒唐無稽《こうとうむけい》なことを……」


 藤原は深いため息を吐いた。


「氏家先生、もうそういうのやめましょうよ」


 氏家は煽《あお》るようにして言った。


「なんだ? やってみせろ!」


「もうその手には乗りませんよ」


 藤原はきっぱりと断る。


「ひよってんじゃねえよ、藤原あ!」


 藤原は氏家の荒い言葉が耐え難く下に顔を向けた。氏家はその様子を見て、彼女の一番言われたくない言葉を口にした。


「やっぱり箱入り娘には難しいか?」


 藤原の堪忍袋《かんにんぶくろ》の尾《お》が切れ、顔をゆっくりと上げた。


「……いいんですね? 殺しちゃいますよ」


「ああ、殺してみせろ」


 藤原は胸の中心に右拳を置いた。


「『アマテラス』」


 藤原の背中から炎が燃え上がり、次第に体中を包み込んだ。楕円形に丸くなった炎の塊が弾け飛び、藤原の姿があらわになる。彼女の全身が炎を纏《まと》い、巫女の振袖姿へと変貌した。ちらちらと燃える炎の先から火の粉が散っている。藤原は胸の前で剣《つるぎ》の柄《つか》を掴むようにして右手を構えた。藤原は言った。


「『ツムガリノタチ』」


 藤原の右手に炎が練り込まれ、塊となって両刃の剣が現れた。


「花のように舞え、『コノハナ』」


 藤原は剣を振り下ろした。真っ赤な炎が地面に放たれ、広がった赤い炎の群れが桜の花のように舞い、氏家の周りを取り囲み、やがて大きな桜の木となって、枝の先々に桜の花を咲かせた。


(藤原、前回よりも上達したじゃないか。───『神風《かみかぜ》、夜半《よは》の嵐《あらし》』)


 氏家の立っていた場所を囲うようにして風が吹き始め、徐々に強風と化し、竜巻となって上昇した。桜の大樹が竜巻に巻き上げられ、バンッと散り散りになり、桜の花々が散っていった。

 藤原は氏家へ剣の先を向けた。


「射抜け、『ホムラ』!」


 宙に舞った桜の花々が火矢となって氏家を襲った。氏家は左手で刀の縁《ふち》よりの柄を握り、鞘から左腕が伸ばせるまで刀を抜き、次いで、左手が刀の柄に触れないよう少し離し、風の能力により刀を抜刀《ばっとう》。刃《やいば》が下向きになるよう左手が縁より、右手が頭《かしら》として刀の柄を握った。氏家は限りなく姿勢を低くして両手に持った刀を腰横に添えて構える。これが瞬《まばた》きのあいだのことである。


(『鬼風《おにかぜ》、力動風《りきどうふう》 』)


 無数の火矢が氏家を覆い尽くすほどに降り注いだ。氏家は身も心も鬼であるかのような力強く荒々しい舞いで、それらの攻撃を避けてみせた。瞬きの回数が増えるたび、氏家が迫り、彼女に対する恐怖も増し、欠かさず藤原は次の一手を打った。


「燃やし尽くせ、『リョウゲンノヒ』!」


 藤原は左肩の上まで剣を持って行き、左足を前に出して、氏家へ剣を目一杯に振り下ろした。剣から青い炎が放たれ、欠けた三日月のようになって氏家を襲った。広範囲が青い炎に包まれ、地面に転がっていた瓦礫やプラスチックの木々までもが溶けてゆく。

 氏家が満面の笑みを浮かべて、青い炎の中から現れた。ジャケットが燃え尽き、それでもなお刀を振り上げた。藤原は彼女の形相《ぎょうそう》に恐れを覚え、瞬時に剣を左腰に構える。風と炎が入り混じり途端に互いの刃が触れてせめぎ合うと、氏家の周辺には爆風が起き、藤原の周辺には爆炎が舞い上がった。ジリジリと火花が散り、先に氏家が離れ、安全な場所に着地した。


「少しは成長したじゃないか! お前に見せていない技を使ってやるよ!」


 氏家はそう言って居合《いあい》の構えをした。刀は鞘に戻さず、刃の向きは上向きに。


「あ、ありがとうございます」


 と藤原は謙虚にそう言って同じように構えた。少しの間があり、先に動いたのは藤原であった。


「塵と化せ! 『カグツ!……」


(『鬼風《おにかぜ》、砕動風《さいどうふう》 』)


 氏家はその場で抜刀し、カチンッ───と鳴らせ、鞘に刀を戻した。風が藤原のもとへ波のように押し寄せて、彼女の纏っていた炎を根こそぎ払った。藤原は風圧の一撃を受け、地面に手を付いて倒れる。対して、氏家はもとの姿勢に直った。


(危うく本当に殺されるところだったな……)


「藤原! 立てるか?」


 氏家は藤原のもとへ歩いて行った。

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

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