07 戦術テスト
大型エレベーターの扉が上に開かれ、扉の隙間から光が入り込む。葵の瞳に映るのは、都市の一角であった。
氏家と生徒らは戦術テストが行われる地下一〇階のフロアに立った。フロアの広さはニ平方キロメートル、天井の高さは一五〇メートルもある。地下一〇階のフロアは都市部を模し、スクランブル交差点、壊れた車、スケルトン化したビルや商店、プラスチックの花壇や木々まである。いたるところに戦闘の痕跡が残っていた。
氏家は生徒たちの前に立って話し始めた。
「転校生もいることだ。あらためて、戦術テストの概要を説明する。戦術テストの評価基準は、大きくわけて三つ。
一つ目、現時点で発揮できる能力をどのように活用しているか。
二つ目、武器の活用が見受けられた場合、その武器をどのように活用しているか。
三つ目、前回の戦術テストを経て、課題が改善されているか。
今回の戦術テストでは、藤原、三谷、作間は能力をフル活用して全力でかかって来い。田中、秋山、葵は私から全力で逃げてみろ」
氏家は名指しした。
「今回は作間からだ。来い」
氏家と作間は都市の中央へ歩いて行った。残された生徒たちの近くにあった数台のモニターがパチンと映像を映し出した。氏家と作間の歩いている姿が色んな角度で見える。
◆
「ここらで良いか」
氏家は立ち止まり、刀の携えたベルトを地面に置いてその場で振り返った。作間も合わせて立ち止まり呟く。
「『驪竜頷下之珠』」
作間の姿が豹変し、手の甲や顔の頬に竜の鱗が浮き彫りになる。爪が伸び、目付きはより鋭く、髪の毛が逆立ち、黒いオーラを纏う。作間は眉間にシワを寄せて氏家に吹っかけた。
「こないだはよくもやってくれたなあ!」
「今回もデコボコにしてやるよ!」
と氏家は作間の売り言葉を買った。
作間は舌打ちして禁句を発した。
「そんなんだから婚───」
一瞬、氏家の姿が消え、風切るような音とともに作間の眼前に現れた。
神風、『穿つ風』───。
氏家の右手拳に風の渦が生じ、その拳を腰に構え、放つ標的を作間に定める。氏家が叫んだ。
「避けてみせろ!」
クソがっ!
作間は心の中でそう思いながら口にする。
「『櫛風沐雨』!」
氏家の打った拳が衝撃となって爆風をもたらし、地面のアスファルト半径四十メートルが砕け散り抉られ、舞い上がった濃い土埃の爆煙で周囲の視界は皆無。土煙りの中から、作間は胸の前で両腕を構えながら疾風のごとく後方に跳び重ね、最後に地面を蹴って上空へ立った。氏家はすかさずあたりの土煙りを払いのけ、作間を追けるようにして跳び立つ。また氏家が作間の前から消え、瞬く間、氏家が作間の頭上に現れた。
「身を守れ!」
氏家はそう叫ぶと空中で後ろ横蹴りを作間の肩に打とうとする。作間はかろうじて体勢を変え、両腕で左胸を防御、氏家から打撃を受けた。二人の接触面では強烈な衝撃音と空気の波紋が伴い、作間が音速で落下した。作間の落ちた位置から半径二十メートルの地面アスファルトがひび割れ砕けた。土煙りが舞い上がり、また作間の姿が確認できなくなった。氏家は空中で止まり、地上の状況を見下ろしていた。作間の気配を感じ、氏家が叫んで伝える。
「さっきの技を使うぞ!」
その場に這いつくばっていた作間は起き上がり、胸の前で腕を交差させ、息を深く吸い、両腕を広げて決死の思いで己の能力を使った。
『人籟』。
作間は氏家のいる上空へ雄叫びを上げた。空気がその方角へ筒状となって圧迫され、作間はさらに咆哮として大声を上げる。極限まで圧縮された空気が弾け飛び、氏家のいた場所へ一気に衝撃波となって放たれた。氏家は胸の前で両腕を構え、爆音と爆風、そして爆撃に耐え切れず、後方へ勢いよく吹っ飛んだ。氏家の着ていたジャケットに無数の切れ込みが入る。
作間は息を切らしながら前屈みになり、ひと呼吸入れてから力一杯に地面を蹴り跳び、氏家を追った。氏家は能力の行使により勢いを殺しながら、砂埃りを立て着地した。
作間はこれ見よがしに続けて氏家を追い込もうと大声を上げる。
「『龍見黙雷』‼︎」
作間の両腕から両手の先にかけて稲妻が走る。両手を腰に当て、氏家から前方数十メートルまで接近。作間は勝利を確信して言った。
「あの約束! 忘れてねえだろうなあ!」
氏家が不敵な笑みを浮かべて、
「忘れてねえよ」
と言って続けた。
「───神風」
氏家は左足を前に出し、広げた左手を握りながら右へ持って行く。すると、作間の身体が意図せず猛烈な追い風によって氏家へ引き寄せられた。氏家は作間に注意喚起する。
「歯あ! 食いしばれ!」
「クソが!」
と作間は咄嗟に愚痴り、歯を食いしばった。
「防御してみせろ!」
氏家の声に、作間は胸の前で両腕を交差し身構えた。氏家はひと言、口にする。
「『神渡し』」
氏家は右足を大きく前に踏み出し、作間へ右手の平をひねりながら構えた。右腕の関節上に左手の拳を置いて、その拳には力を込め続ける。作間の背中にあった追い風より、数千倍の激烈な向かい風が作間を襲った。氏家が左手の拳から力を抜くと、空中で静止していた作間の身体が後方へ光速で吹っ飛んだ。空間が歪むほどの風撃は、わずかな一本の線となって白い筋を残した。遅れて、爆風音が生じた。
作間は耐えきれず意識を失い、立ち塞がるビルのコンクリートを砕き続け、瓦礫に混じりながら彼方へ飛んだ。数十のビルを越え、作間は上空一〇〇メートルほどから落下した。
氏家はその様子を遠くから眺めたあと、近くのカメラに向かって喋った。
「医療班、作間のことよろしく」
氏家は刀とベルトを取りに歩き始めて、
「ちょっとやりすぎたか……」
と呟いた。
氏家は腰にベルトを巻いたあと、カメラに向かって叫んだ。
「次! 藤原!」
モニターから氏家の大声が流れると藤原はドキッとして身構え、ゴクリと固唾を飲み込んだ。戦う覚悟を固め、藤原が氏家のもとへ歩いて行く。
すれ違いで一台の救急車両が生徒たちの前に到着し、車の中から数台の人型ロボット ピンキーがタンカーを運んで来た。生徒たちの前を通り過ぎて、エレベーターの隣にある自動ドアを通って行った。タンカーの上には気絶状態の作間が医療用酸素ボンベを付けて横になっている。
帰りたい……。
と葵は絶望した。
そんな葵に三谷は言った。
「氏家先生から話が出なかったけど、作間が運ばれたあそこな、医療室になってるんだ。このフロアで気失ったり、怪我したりするとあの医療室に運ばれるんだぜ」
葵は三谷を見上げた。
「あの医療室に医者がいるの?」
三谷は答える。
「医者が常に何人かいるんだ。作間は頑丈だからな、すぐ保健室行きになるんじゃねえか?」
葵は聞き返した。
「保健室行き?」
「ああ、え〜っとな。この戦術テストで何か怪我をした場合は、まず、このフロアにある医療室で医者が診てくれるんだ。そのあと、何もなければ、俺たちが乗って来たあのエレベーターで地上に上がって、保健室のベッドでしばらく休む感じだ」
「なるほど……教えてくれてありがとう」
葵から感謝を言われて、三谷はグッドサインを出した。
◆
氏家は考え事を始める。導き出された答えとして、
「よし!」
と言って、藤原にエル字の指差しをした。
「今回、お前の課題は私のことを殺すことだ!」
「また荒唐無稽なことを……」
藤原は深いため息を吐いた。
「氏家先生、それは無理ですよ」
氏家は煽るようにして言った。
「なんだ? やってみせろ!」
「もうその手には乗りませんよ」
藤原はきっぱりと断る。
「ひよってんじゃねえよ、藤原あ!」
藤原は氏家の荒い言葉が耐え難く、下に顔を向けた。氏家はその様子を見て、一番言われたくない言葉を口にする。
「やっぱり箱入り娘には難しいか?」
藤原の堪忍袋の尾が切れ、顔をゆっくりと上げた。
「……いいんですね? 殺しちゃいますよ」
「ああ、殺してみせろ」
藤原は右手を胸に当て口にした。
「『アマテラス』」
藤原の背中から炎が燃え上がり、次第に身体中を包んだ。楕円形に丸くなった炎の塊が弾け飛び、藤原の姿があらわになる。藤原の全身が炎を纏い、巫女の振袖のようになった。ちらちらと燃える炎の先から火の粉が散っている。藤原は胸の前で剣の柄を掴むようにして右手を構えた。藤原は言った。
「『ツムガリノタチ』」
藤原の右手に炎が練り込まれ、塊となって両刃の剣が現れた。
「花のように舞え、『コノハナ』」
藤原は剣を右下へ振り下ろした。真っ赤な炎が地面に放たれ、広がった赤い炎の群れが桜の花のように舞って行き、氏家の周りを取り囲み、やがて大きな桜の木となって、枝の先々に桜の花を咲かせた。
藤原、前回よりも上達したじゃないか。
神風、『夜半の嵐』。
氏家の立っていた場所を囲うようにして風が吹き始め、徐々に強風と化し、竜巻となって上昇した。桜の大樹は激風にかき消され、バンッと散り散りになり、桜の花々が散っていった。
藤原は氏家へ剣を向けた。
「射抜け、『ホムラ』」
宙に舞った桜の花々が火矢となって氏家を襲った。氏家は左手で刀の縁よりの柄を握り、鞘から左腕が伸ばせるまで刀を抜き、次いで、左手が刀の柄に触れないよう少し離し、風の能力により刀を抜刀。刃が下向きになるよう左手が下、右手が上として刀の柄を握った。氏家は姿勢を低くして両手に持った刀を腰横にそえて構える。これが瞬きのあいだのことである。
鬼風、『力動風』。
無数の火矢が氏家を覆い尽くすほどに降り注いだ。氏家は身も心も鬼であるかのような力強く荒々しい舞いで、それらの攻撃を避けてみせた。だんだんと氏家が藤原のもとへ迫って来る。
藤原は次の一手を使った。
「燃やし尽くせ、『リョウゲンノヒ』!」
藤原は左肩の上まで剣を持って行き、左足を前に出して、氏家へ剣を向けて振りかざす。剣から青い炎が放たれ、欠けた三日月のようになって氏家を襲った。一帯の範囲が青い炎に包まれ、地面に転がっていた瓦礫やプラスチックの木々までもが溶けてゆく。
氏家が満面の笑みを浮かべて、青い炎の中から現れ、ジャケットは燃え尽き、それでもなお刀を振り上げる。藤原は氏家の形相に恐怖を覚え、瞬時に剣を左腰に構える。風と炎が混じり途端に互いの刃が触れてせめぎ合うと、氏家の周辺には爆風が起き、藤原の周辺には爆炎が舞い上がった。ジリジリと火花が散り、先に氏家が離れた。
「少しは成長したじゃないか! お前に見せていない技を使ってやるよ」
氏家はそう言って居合の構えをする。刀は鞘に戻さず、刃の向きは上として。
「ありがとうございます」
と言って、藤原も同じように構える。少しの間があり、先に動いたのは藤原であった。
「塵と化せ! 『カグツ!……」
鬼風、『砕動風』。
氏家はその場で抜刀し、カチンッ───と鳴らせ、鞘に刀を戻した。風が藤原のもとへ波のように押し寄せて、藤原の纏っていた炎を根こそぎ払った。藤原は峰打ちを受け、地面に手を付いて倒れる。対して、氏家はもとの姿勢に直った。
危うく、本当に殺されるところだった。
「藤原! 立てるか?」
氏家はそう言って、藤原のもとへ歩いて行った。




