第23話
「ほぉ〜!やっとるやっとる!」
歌の最中、ステージ前の観客達とは別の集団が、城方面から姿を現した。
赤白の鎧はこの街の騎士の証。先頭を歩くのは顎に尖った黒髭を携えた老夫。
歌は尚も続く。無駄に大きな声がしかし、それを邪魔する。
「兵長…もう少し声量を…」
「うぅん?すまんな、最近耳が遠くてなぁ…」
騎士団は規律遵守の奴ら。しかし狡猾な奴というのはどこにでもいる。騎士団は性格的に大きく二分される。機械のような人間と、自分以外を機械と思う人間
「ですから…!」
「おい…やめとけって」
何やら揉めているらしい、と少しずつ観客が後ろを振り返る。
「んん?なぜこっちを振り向くんだ彼らは。続けたまえ続けたまえ」
歌は尚も続く。チラリと彼女の方を見ると、どうにも聞こえていないらしい。それだけ集中できているということなのか、それともその程度では心乱されないのか、或いは…。
徐々に観客も元通りステージに視線を戻す。歌も終盤、会場は熱を取り戻す。熱い曲というわけではない、空と海とを謳った曲。どんよりというよりもしんみり。しんみりというよりもひんやり。ひんやりというよりも涼しい。そんな曲。
「ほぉ〜!なぁるほど良い曲じゃないか!」
頼むから黙っててくれ。そう何人が願っているのやら。
離れから聞こえてきたその声。しかしその声は徐々に近づいてくる。
「いーい声だ。これは姫が気にいるのも頷けよう。だが、少し長い。私は忙しい。まだ仕事が残っているのでな」
観客を手甲をはめた手で退かしていく老人。
逆らうとどうなるか?別に強い権力を彼らは持ってるわけではない。ただ、人というのは案外そういうもので。
強く来られると弱くなるのが大多数の有様なのだろう。少なくともこの場では。
彼の肩に金属の手が触れる。
しかし彼は動かなかった。
目を閉じ、ただ歌に耳を傾けている。
「ッー!」
触れる腕の関節部分を肘で殴る。怯んだ隙に納刀したままの刀を男の首筋に当てる。
…やられた。この男、神秘使いらしい。…掴まれた手が徐々に熱を帯びてきていた。火傷寸前で思わず反撃してしまった。
歌は止まない。ステージの上の女性は目を閉じている。小さな物音で気付かなかったのか、それとも歌い切るという意地なのか。
「澪?」
「大丈夫だ。軽く火傷しただけ」
「っ…きさま…っ!王族の命令を邪魔することがどういうことか…!」
喉元に当たった刀が見えないらしい。喋り続けようとする男にそれを強く突きつけると、睨みつけながらもようやく黙ってくれた。
歌はついに終わってしまった。女性は一度深く頭を下げると、そのままステージ横から楽屋へ…行く前に。
チョンチョン、と肩に触れた人差し指。その先を追うと先程まで歌っていた女性…佳苗先生。目が合うと手を差し伸べられて、流れるように気がつくと握手をしていた。
すぐに手は離れ、軽く手を振って今度こそ楽屋へと戻っていく。
「っ…おい、貴様ら!さっさと呼んでこんか!」
「は、はいっ!」
二人の騎士が彼女を追う。
「侍。王命の妨害は重罪だ。城まで同行願おうか」
「……」
「…澪……」
「良いのか?もっと急いでやるべきことがあるんじゃないか?」
「何を言っている。…逃げられるとは思うなよ。騎士たちは街中至る所に配置されている」
ジッと老夫を睨みながら、彼は右腕を真上に伸ばす。人差し指を空に向け、言葉は使わず何かを警告した。
「…」
老夫はしかしジッと動かない。目を上に向けた瞬間に不意打ちがくると、そう読んでのことだ。
…しかし、何かの羽ばたきが耳に届き、ついに男は上を見る。
―――男の視界は黒に覆われた。
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