大日本帝国非科学部門駐米部隊赤い番犬総隊長早乙女煉帰国
九月初頭。残暑が残り、暑さが肌に纏わり付く。
夏休みが空け、星下幻徒が所属する非科学部門第五部隊は在米部隊「赤い番犬」総隊長早乙女煉が本国に極秘帰国するために第五部隊が近辺警護を担当する事になる。
大日本帝国空軍滑走路にて将官達が綺麗に一列に並び間もなく到着する。海軍将軍早乙女敦の息子、早乙女煉を迎える為にだ。
その中に白髪混じりの頭が混じる。そう、八雲風斗率いる非科学部門第五部隊。
「はぁ~。だるいな…」
風斗は何時ものように気だるい声と吐く。
「しゃっきとせんか、八雲隊長!もう直ぐ早乙女煉総隊長が帰国されるのだぞ!」
「解ってますよ」
風斗は思う。ただの隊長が戻るだけでこんなにお偉いさんが集まらない。
相手は「将軍の息子」で「天才魔術師」と称される人間だ。
少しでも早乙女煉に近づいて、自分が甘い汁を吸いたいと願う卑しい虫。
この将官達は権力者なら誰にでも笑顔で寄って行く。
そもそも、極秘じゃなかったのかと再び思う。
「飛行機が着陸したぞ!全員、敬礼!」
将官の一人が雄雄しい声を上げる。
大日本帝国軍幹部専用飛行機が滑走路に風を巻き上げながら、足を着ける。
扉が開き、仮面を付けた人間が姿を現し階段を降りる。
第五部隊の人間は早乙女煉と会うのは今日で初対面だ。
「仮面着けてる…」
「マジかよ、ちょっとかっこいいな」
雷火と幻徒はその姿に唖然とするが早乙女煉が近づいて来る。
「あなた達が第五部隊の方達ですね。初めまして、私は非科学部門赤い番犬総隊長早乙女煉です」
その姿と裏腹に礼儀正しく、第五部隊に敬礼をする。
顔面全体を隠す仮面を着け、背中には部隊名である赤い番犬が大きく刺繍された真っ赤なマントを羽織る。
まるでテレビの中で登場する特撮ヒーローだ。
「初めまして。私はこの隊で部隊長を勤めさせて頂いております、八雲風斗です」
「今日から二ヶ月間お世話になります、よろしくお願いします」
早乙女煉は風斗に握手を求め、右手を差し出した。
「恐縮です。こちらこそ、よろしくお願いします」
嘘を付くな、何か目的があって俺達を星下幻徒を指名したんだろ。
今は感情を殺して、無表情でいるべきだ。
「天ノ雷火さんですね。噂は聞いてますよ」
続いて雷火と強く握手をする。
「噂ですか?」
「知らないんですか?あなたは有名ですよ、帝国軍の雷槍って呼ばれてますよ。私は向こうで聞きましたが」
「そうっすか、照れるな~」
その仮面で隠した顔で人を褒める、これがこの男が人の心を掌握する為の術なのだろうか。
雷火はすっかりこの男が発する言葉で、その気になっている。
「君が大型新人の星下幻徒君だね、向こうでも話題になったよ。本人と会えて光栄だよ」
目的の幻徒にも甘い言葉を掛ける。
「え?大型新人ってそんな…」
古典的な手だが、警戒心を解くには一番効率の良い方法である。
「君は軍に入る前に魔術師を撃退したんだろ?それは才能があっと言う事だよ。誇って良い」
「総隊長。お邪魔して申し訳ないのですが、そろそろお時間です」
後ろからスーツを着た男性が声を掛けて来て、早乙女煉は滑走路を後にする。
「すまない、話は後でゆっくりするとしよう。では失礼」
大日本帝国軍本部非科学部門特別会議室前。
「隊長~、何で警護がいるんですかね?ここなら、誰も襲って来ないと思うんですけど」
現在、第五部隊の人間は非科学部門特別会議前で警護の任務に着いている。
通常、この会議室は非科学部門で総隊長以上の人間しか利用出来ない部屋である。
もちろん、八雲風斗も入った事はあるがほとんど居眠りをしている。
「お前も、由紀の話を聞いてただろ?」
「え?あ~、幻徒が狙われているとか何とか…」
人の話を聞いていないのは何時もの事だが、話の半分は聞いていたようで安心した。
「ダーリン~、暇見たいだから遊びに行かない?」
「駄目だよ由紀さん。今は任務中だよ」
幻徒の身体にずっと引っ付いているが、もう慣れた。
だが、年頃の男子高校生なので表情が緩むのは仕方ない。
「お前達、任務中だ。べたべたするのは後にしろ」
口調は冷静だが、目付きは鋭い。
完全に何時もの第五部隊の日常風景だ、緊張感が全くない。
そもそも、軍の会議に攻めて来る無謀な人間がいるだろうか。
警護が必要なほど大日本帝国軍非科学部門は無用心ではないし、この敷地にたどり着く為には検問所を通らなければいけない。
易々と部外者は入れないのだ。
特に今現在会議をしているこの特別会議室には来るだけで許可証が必要だ。
「さすが、早乙女君だ。飛行外装を実現させてしまうとは…」
「いえ、私の功績ではありせんよ。この山田と向こうにいるスタッフの功績ですよ」
特別会議室で行われている会話の内容は大日本帝国陸軍で実装されている「強化外装」と呼ばれている身体に装着する兵器。
強化外装の性能を上げる為に米国で研究をしてたのが赤い番犬と兵器開発主任の山田である。
そのデータを本国に持ち帰り、披露する。
「それは言い過ぎですよ、総隊長も指揮をしてくれたではありませんか」
「私は事実を言ってるだけだ。君達は偉業を成し遂げたんだ」
「はっはは、早乙女君は謙虚なんだな。お父上にそっくりだよ」
「良く言われますよ。もう一つ、小型電磁砲のデータがあります」
強化外装搭載型小型電磁砲。これは大日本帝国が次世代兵器として開発を進めて来た一つである。
当初は戦艦などに搭載される予定だったが、早乙女煉が案を出し形になる所まで完成した。
巨大モニターに映し出された、小型電磁砲の図形に将官達は驚きの声を隠せない。
「これは…。本当に実現出来るかね?早乙女君」
「はい。ただ、手持ちの魔石では足りませんので量があれば…」
「そうか、ただちに用意させよう」
「ありがとうございます。これで、試作品が完成します」
将官達は少しでも将軍に近づきたいが為に媚を売る。
誇りある帝国軍人の姿はここに無い、ここの椅子に座っているのは権力に群がる虫だ。
上面に不気味な笑みを浮かべ、腹の中では早乙女煉の事を妬んでいるのだ。
それも自然な感情なのかもしれない。自分と親子ほどの歳が離れた若造に頭を下げるのだ、プライドの塊である帝国軍人が平気なはずがないのだ。
「これが完成すれば我が国の主力兵器になるのは間違いないですな!」
「そう言って頂けると光栄です」
会議は順調に進み、日が沈む。扉を一人の兵士が開き部屋に足を踏み入れる。
「失礼します。皆様、そろそろお時間です」
「そうだ、そうだ!早乙女君。今夜ホテルでパーテがあるんだが、出席してくれるよね?」
「はい。もちろん、出席させて頂きます」
その日の夜。第一区画三番地で赤い番犬、総隊長早乙女煉帰国祝賀パーティーが早乙女旅館で行われる。
もちろん、護衛任務を行っている第五部隊も参加している。
「隊長、これうまいっすね!高級料理ばっかり並んでますよ!」
宴会会場は鮮やかに飾り付けられ、出されている料理も普段目に出来ない物ばかりだ。
出席している人間も軍でも上の役職に就いている人間ばかりだ、それに新聞やテレビで見た事が政治家までいる始末だ。
確か、極秘で帰国していると聞いたがこれでは全く話が違う。
現在、風斗の胸の中は黒い感情が渦巻いている。原因は新人の由紀・ブラウンの言葉だ。
『早乙女煉はダーリンを狙っている』
この言葉がずっと、頭から離れない。それに獅子王将軍が言っていた「聖遺物集合体」と言うモノも気になる。
考え事をしていると、司会が笑顔で本日の主役を紹介する。
『本日は大日本帝国非科学部門駐米部隊赤い番犬総隊長早乙女煉帰国祝賀パーティーにお越し頂きありがとうございます。それではご本人様より、ご挨拶を頂きたいと思います』
設置された壇上に本日の主役が上がり、仮面越しで挨拶の言葉を口にする。
「私の為にこのようなパーティーを開いて頂き、誠にありがとうございます。この場を借りて感謝のお言葉を申し上げます。それでは更なる大日本帝国軍の繁栄と栄光を願って乾杯!」
「「乾杯!」」
簡単な挨拶を終え、壇上から降りる。
「いや~、早乙女君!立派になったね~。見違えたよ!」
「そうですか?私は何も変わっていませんが?」
「それより、君は何を飲むのかね?日本酒?それともワインかね?」
この光景ははっきり言って異様だ、仮面を付けた男に権力者達が集まる。
これは早乙女と言う名前に群がっているのだろう。
普通、仮面を付けた人間に自分から進んで近寄らない。
風斗は普段口に出来ない高級日本酒を片手に権力者が囲む早乙女煉を眺めていた。
「どうしたんですか?隊長?これ食わないともったいないっすよ?」
「おい、雷火。何か変化はあるか?」
「え?変化って?あぁ~、外に誰かいる見たいですけど今の所は動きは無いですね」
「そうか、土本か?」
「恐らく…。相手も上手く隠してる見たいですけどね、でも見つけてくれって感じですね」
「そうか、幻徒から目を離すな」
この二人は豪華な料理と酒に浮かれているはいない。
警護の任務をこなしつつ、建物の周りに敵がいないか魔力を辿っていた。
雷火かは勘が鋭く、敵の居場所を探る事が出来る。
二人が会話をしていると幻徒達がいるテーブルに早乙女煉が足を向けていた。
「楽しんでるかい星下君」
「は、はい!この度はこのような…」
「そんなに緊張しなくて良い、もっと楽にしてくれて良い。ところで彼女は君のガールフレンドかな?」
「えぇ…、まぁ…。そういう事になりますかね」
これは緊張しない方がおかしい。自分を狙っている人間とその元部下がいるのだから。
「初めまして、早乙女総隊長。私は新しく第五部隊に配属になりました由紀・ブラウンです」
「そうか、よろしく頼むよ」
「えぇ、こちらこそ」
二人は何も無かったかのように爽やかに握手を交わす。
「星下君、君と少し話しがしたいが構わないかな?」
一瞬、身構える。
「はい…」
「星下君、君は魔術はどこかで学んだのか?」
「いえ、全く。軍隊に入る前まで存在すら知りませんでした」
「それじゃ、学校に魔術士が襲撃して来た時君はどうやって対処したんだ?それを詳しく聞かせてくれないか?」
「それが…、良く覚えてないんですよね。あの時は必死だったんで、気づいた時は病院のベットの上でした」
「はっはは、期待の新人も普通の人間だったわけだ!失礼、てっきり君が常人離れした化け物だと思っていたよ」
「え、僕が期待の新人ですか?そんな事ないですよ…」
この一ヶ月の間、自分が「人間」なのかとずっと考えていた。
偶然、廊下で聞いてしまった会話がずっと頭の中で再生される。
『幻徒が人間じゃない?』
この言葉が頭から離れない。
確かに幻徒の力に誰もが疑問に思っている、超人的な身体能力や魔力探知能力は非科学部門には一部しかいない。
「君はもっと自信を持つべきだ、訓練兵で魔術士を撃退するなんて君以外知らない。それに特別な力を持っていると私は確信している」
平気で嘘が吐けるこの男の精神は鋼ように硬いのだろう、自分の部下をダシに使い幻徒を抱き込もうとしている。
「僕は特別なんかじゃないです。普通の人間です」
自分に強く言い聞かせる、これは自分に暗示をかける為だ。
普通でいたいと願って何が悪い。怪我を負えば痛みを感じ、喜怒哀楽もちゃんとある。
周りの人間から「化け物」と呼ばれるのがこんなにも自分に重く伸し掛かるとは最初は思っていなかった。
この言葉が胸に亀裂を入れる。身体に出来た傷は直ぐに治るはずなのに、心に出来た傷跡は消えない。
なぜ、こんなに苦しいのか今の幻徒には回答を出せなかった。
自分で選んだはずの道に迷いが生まれ始める。
「そうか、普通か…。君は自分の力に疑問に思った事はないか?」
この言葉に幻徒は目付きを鋭くする。
「それはどういう意味ですか?」
「これで失礼するよ。何か聞きたい事があったら、私の所に来ると良い」
これだけ言い残すと幻徒達に背を向け、立ち去って行く。
パーティーが終わり、早乙女煉は客室の椅子に座り一言呟く。
「うっとしい連中だ…」
隊長服と仮面を脱ぎ、素顔を窓硝子に晒しながら日本酒で心を潤す。
日本酒が入ったグラスを少しだけ揺らし、その様子をただ眺める。
すると、携帯端末に連絡が入る。
「もしも、私だ」
「総隊長、私です」
「土本か、何の用だ?」
「はい、準備が出来ました」
「随分早いじゃないか。さすがだな、星下幻徒は私が抑えた」
「了解。では明日、実行します。それでは」
計画が上手く行きそうで自然と笑みが生まれる。
もし今回の作戦が失敗しても所詮はただの使い捨ての駒でしかないし自分の負う傷は浅い。
「はっははははは!明日に乾杯!」




