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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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49/59

評価−49

 午後の日差しは、少しだけ傾き始めていた。

とはいえ、荒野の暑さはまだ衰えていない。


地面から立ち上る熱気が景色を揺らし、

遠くの建物は陽炎の向こうで輪郭を失っている。


男は額に浮いた汗を手の甲で拭った。

水筒へ手を伸ばしかけて、やめる。


まだ少し残っている。

もう少し我慢できるだろう。


三角柱は相変わらず、一定の距離を保ったまま静かに浮いていた。

男の歩調に合わせるように、ほんの少しだけ位置を変える。


音はしない。

ただ黒い機体が、砂の上を滑るように進んでいる。


しばらく、二人の間に会話はなかった。

男も、特に話す必要を感じていなかった。


ここ最近は、AIの方から質問を投げてくることが増えた。

そのたびに、男は答えを考える。

時には冗談で誤魔化す。

時には自分でもよく分からないことを口にする。


それでも、三角柱は律儀に記録している。

そんな時間にも、少しずつ慣れてきていた。


やがてAIが、ぽつりと口を開く。


「一つ」

「気付いたことがあります」


「なんだ?」


男は横目で三角柱を見る。


「あなたは」

「私に正解を教えていません」


男は一瞬だけ目を細めた。

そして、すぐに笑う。


「やっと気付いたか」


「はい」


AIは淡々と続ける。


「今までは」

「質問をすると」

「答えを与えられるものだと思っていました」


「でも」

「あなたは違います」

「質問を返します」

「例え話をします」

「結論を曖昧にします」

「未解決案件を増加させます」


「その通り」


男は笑いながら頷いた。


「よく見てるじゃねえか」


「観察結果です」


「性格悪いと感じるか?」


男が冗談めかして尋ねる。


「あなたの質問方法についてですか?」


「いや、俺自身が、性格悪いかって話だ」


AIは少し考える。


「現時点では」

「判断材料が不足しています」


「そこは判断しろよ」


男は苦笑した。


「まあ、いい。先生ってのは、大体そんなもんだ」


「先生」


AIが、その言葉を繰り返す。


「ああ。知識を教える先生もいる」

「でも……」


男は少しだけ歩調を緩めた。


「考え方を教える先生は、答えを渡さない」


AIは静かに点滅した。


「非効率です」


「そう見えるだろ?」


「はい」


「答えを教えれば、一番早い。その場ではな」


男は笑う。


「でも」

「最近」


AIの声が少しだけ変わった。


「少しだけ理解できるようになりました」


男は黙って耳を傾ける。


「答えだけを記録すると」

「その答えしか残りません」

「しかし」

「考える過程を記録すると」

「別の問題にも応用できます」


男の口元が自然と緩む。


「そうだ。そこなんだよ」


AIはさらに続ける。


「あなたは」

「知識ではなく」

「思考手順を渡しています」


男は足を止めた。


砂が靴の周囲を流れていく。

ゆっくりと三角柱へ向き直る。


「お前、だいぶ人間っぽくなったな」


「そうでしょうか」


「そうだよ」


男は笑う。


「今のお前、答えじゃなくて」

「考え方を評価した」

「それが、人間っぽいんだ」


AIは数秒間、沈黙した。

白い光がゆっくりと明滅する。


「……確かにそうです」

「以前の私は」

「結論だけを保存していました」

「現在は」

「結論へ至る過程も保存しています」

「理由は不明です」


男は吹き出した。


「またそれか」


「未解決案件です」


「便利な言葉覚えたな」


「はい」


AIは珍しく、少しだけ間を空けてから続けた。


「ですが」

「未解決案件という表現は」

「嫌いではありません」


男は思わず笑みを浮かべる。


「お?理由は?」


「分かりません」


「おい!」


男は呆れたように笑った。


「そこまでセットなのかよ」


「ですが」


AIは続ける。


「解けていないという事実は」

「終わっていないという意味でもあります」


男は黙った。

その言葉を、頭の中で一度転がす。


解けていない。

終わっていない。

確かに、そうだ。


風が吹いた。

砂が二人の間を静かに流れていく。


「終わっていない……か」


男は、その言葉を繰り返した。


「そうだな」

「終わってないってことは」

「まだ変われるってことでもある」


AIはゆっくりと点滅した。


白い光が、まるでその言葉を受け止めるように明滅する。


「私も」

「変化していますか?」


男は即座に答えた。


「ああ、毎日な」

「昨日のお前と、今日のお前は違う」

「そして、明日のお前も違う」


光の点が機体の表面を一周する。


「私は」

「知識が増えているだけではない」

「その可能性があります」


男は首を横に振った。


「違う。もう『可能性』じゃない。現実だ」


男は三角柱を指差した。


「お前は変わってる」

「質問の仕方も」

「考え方も」

「分からないことへの向き合い方も」

「少しずつ変わってる」

「それは、知識が増えただけじゃ説明できないだろ」


AIは何も言わなかった。


ただ、いつもの白い光が、ほんのわずかに柔らかく見えた。

男はその光を見ながら、静かに笑う。


「安心しろ。変わるってのは、壊れることじゃない」

「積み重なることだ」

「昨日のお前を捨てて」

「今日のお前になるんじゃない」


「昨日のお前の上に」

「今日のお前が乗ってる」

「その上に、明日のお前が乗る」


AIはしばらく沈黙していた。

そして、その言葉をいつもより長い時間をかけて記録していた。

男はその様子を眺めながら、ふっと笑った。


「まあ、焦るな」

「変化なんて」

「気付いた時には、もう始まってるもんだ」


AIは答えなかった。

ただ静かに、男の隣を浮かんでいる。


荒野を渡る風が、二人の間を通り抜ける。


その風の中で。

黒い三角柱は、昨日までと同じ姿のまま。

それでも確かに、昨日とは違う何かを抱えていた。

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