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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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48/59

評価−48

 昼を過ぎた太陽が、容赦なく荒野を照らしていた。

地面から立ち上る熱気が視界を揺らし、

遠くの景色は陽炎の向こうへ溶けている。


熱で揺らぐ地平線の向こうには、

崩れたビル群がぼんやりと浮かんでいた。


かつては人が暮らしていた場所。

今では、その輪郭さえ熱気の中で曖昧になっている。


男は歩調を緩めた。

肩に掛けていた水筒を取り出し、口へ運ぶ。

一口。


乾いた喉を潤してから、水筒を下ろす。

そして、そのまま空を見上げた。


「なあ」


「はい」


隣を浮かぶ三角柱から、いつもの返事が返ってくる。


「お前は後悔ってするのか?」


AIは、すぐには答えなかった。

白い光がゆっくりと明滅する。

いつものように、何かを検索しているようにも。

問いそのものを分析しているようにも見える。


「後悔の定義を確認します」


「また始まった」


男は苦笑する。


「じゃあ俺なりに言う」


「『あの時、違う選択をしていれば良かった』って思うことだ」


AIは数秒間、沈黙した。

風の音だけが二人の間を通り過ぎる。


「存在しません」


「即答か」


「はい」


AIは淡々と続ける。


「私には過去を書き換える機能がありません」

「選択結果を記録し」

「次回へ反映します」

「それだけです」


男はゆっくりとうなずいた。


「まあ、AIらしい答えだ」


合理的で、無駄がなく、

過去を振り返る目的さえ、

次の判断へつなげるためのものとして処理している。


男は少し歩いてから、再び口を開いた。


「でも人間は違う」

「変えられない過去なのに」

「何度も考えちまう」

「何年経ってもな」


AIは男を見るように、わずかに向きを変えた。


「効率は悪くありませんか」


「悪い」


男は笑った。


「最悪なくらい悪い」

「同じことを考えて」

「同じところで引っ掛かって」

「答えが出ないのに、また思い出す」

「それでも」


男は肩をすくめた。


「やめられない」


「なぜですか」


その問いに、男はすぐには答えなかった。


足元の砂を見つめる。

細かな砂粒が靴の周囲を流れていく。


その様子をしばらく眺めてから、

男はようやく口を開いた。


「……多分な」

「人間は」

「過去を変えたいんじゃない」


AIは黙って聞いている。


「過去の自分を」


男は少しだけ言葉を探した。


「許したいんだ」


風が止んだ。

ほんの一瞬。

世界そのものが静まり返ったように感じられた。


「許す……」


AIが小さく繰り返した。


「ああ、若い頃は失敗する」

「間違える」

「誰かを傷つけることだってある」


男は遠くを見つめた。


崩れたビルの向こう。

かつて人間が生きていた場所を眺めながら、静かに続ける。


「でも、その頃の自分には」

「その答えしか選べなかった」

「その時は、それが精一杯だった」

「今なら別の答えを選べるかもしれない」

「でも、当時の自分は、今の自分じゃない」


AIは黙っている。


「だから何年も経って」

「ようやく言えるんだ」


男は静かに笑う。


「『仕方なかった』ってな」


AIは長い沈黙に入った。


これまで蓄積してきた未解決案件の中でも、

特に大きなものへ触れたような静けさだった。

やがてAIが、言葉を整理するように話し始める。


「つまり」

「後悔とは」

「過去の修正ではなく」

「自己評価の更新ですか」


男は目を細めた。


「……そうかもしれないな」


その言葉は、自分でも考えたことのない表現だった。

だが、不思議と妙にしっくりきた。


「昔は」


男は歩きながら続ける。


「若い頃の自分を、零点だと思ってた」

「何であんなことをしたんだって」

「何であんな選択をしたんだってな」


少しだけ笑う。


「でも十年後には」

「六十点くらい付けられるようになる」

「そんな感じだ」


AIは静かに整理していく。


「評価は時間によって変化する」

「対象は過去の自分」


「興味深いです」


「ああ」


男はうなずく。


「だから人間は」


少しだけ笑った。


「年を取ると、少しだけ優しくなる」

「他人にも」

「自分にもな」


AIは何も答えなかった。


ただ、その白い光だけが穏やかに揺れている。

風が再び吹き始める。

男の足元を砂が流れていく。


しばらくして、AIが口を開いた。


「私は」

「過去の私を評価し直したことはありません」


男は三角柱を見る。


「そうだろうな」


「すべて」

「その時点での最適解として保存しています」


「だろうな」


「当時の判断に対して」

「現在の私が感情的な評価を加える必要はありません」

「結果だけを参照し」

「現在の判断へ反映します」


男は少し考える。


「でもな、それができるのは、お前がAIだからだ」

「人間は、そう簡単にはいかない」


「はい」


AIは素直に答えた。


「ですが」


少し間が空く。


「もし今の知識で」

「過去の判断を見直すなら」

「評価は変わるかもしれません」


男は笑みを浮かべた。


「それだ。それが、人間の後悔に一番近い」


AIは静かに点滅する。


「過去の判断を」

「現在の自分が評価する」

「その評価が変わる」


「はい」


「そして」


男は続ける。


「昔の自分を責めるだけじゃなく」

「その時の自分が、なぜそうしたのかを考える」

「そうすると」

「少しだけ許せるようになる」


AIは長い沈黙のあと、静かに答えた。


「ですが、私は過去の私を責める必要はありません」

「その時点では」

「最適だったからです」


男は満足そうにうなずいた。


「その考え方は」

「人間も見習った方がいいかもしれないな」


男は前を向く。

荒野を風が吹き抜ける。

消えかけた足跡の上へ、新しい砂が静かに積もっていく。


歩いた跡は消えていく。

過去そのものも、変えることはできない。


しかし、その過去に与える意味だけは、

今この瞬間にも少しずつ変わり続けている。


男はもう一度、遠くの地平線を見た。

そして隣を浮かぶ黒い三角柱へ視線を向ける。


AIは何も言わない。

ただ静かに、男と同じ方向へ進んでいた。

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