第14話 花見が国際問題になるわけないよね──普通は……
「嵌められた……」
ヤクザの若頭は坊主頭に手を乗せて言った。
彼らの周りにはいくつもの軍団が密集するように整列していた。
それらの軍団から向けられる圧が半端ない。
「総長、どうすんです」
「あたしもヤキが回ったかね」
総長は面目なさそうに言った。
「総長、こうなったら一人でも道連れにして逝ってやらぁ」
「そうさね」
総長の顔も次第に余裕のない真剣なものになる。
そんな風にヤクザ達が騒ぐすぐ横に視線を向けると、そこは学園の門前。
そこでは、二つの軍のトップが睨みあっていた。
その一方は、巨馬に跨る武王。その背後には彼の忠実な護衛の騎士団達が整列していた。
もう一方は、息子のバインドの様子を見に来た親バカな魔導王その人だった。
なんと陸龍に跨っている。
そんな魔導王に叫びかけたのはこの武王だ。
「魔導王、よくも断りもなく我国に入りおったな」
武王が睨みつけながら言った。
「忍びじゃ。無粋なことを申すな
息子の学園の行事に出てきただけじゃ。目くじらを立てるな」
魔導王はなんでこんなところに武王がいるんだみたいな顔だ。
それはお互い様だが。
魔導王の後ろには彼の近衛兵が重装備で整列している。ガチャガチャと武装のぶつかる音がやかましい。
武王軍と魔導國軍の二つの軍は、互いに自分達の王に何かあればと緊張の極致だ。
二つの勢力が睨み合う、その真ん前に、大きな魔法のゲートが発生したから大変だ。
「緊急事態に備えよ。敵襲の可能性がある!」
武王を守る騎士団達が叫ぶ。
両刃の大剣を抜剣し、全身に身体強化を漲らせて騎士達は、武王の周囲を取り囲んだ。
もう一方の魔導王の方も大騒ぎだ。
魔導王の軍が武王の騎士団に合わせたように抜剣すると魔導王を守るために取り囲んだ。
ヤクザ達も総長を中心に一箇所に集まる。
魔法のゲートは、次第に形を明らかにし、その中から人が出てくる。
現れたのは精霊王とハイエルフの女王の二人だった。
ゲートから出ると、辺りを眺め回す。
ザザーと武王軍、魔導王軍とは別の部隊が走り寄る。それはエルフの領事館から派遣された部隊だった。
長弓を引きちぎらんばかりに引き絞りながら凄まじい速度でハイエルフの女王と精霊王の前を固める。
「なんと人間臭い」
鼻を押さえてハイエルフの女王が言う。
「ほんに。これだけ下等生物が集まると嫌でも目に入るな」
精霊王は王女の言葉に同意するように言った。
ハイエルフ一派の挑発に対して武王一派が怒りを露わにする。
武王は歯をギリギリ言わせながら馬上で立ち上がる。
「おのれ、その不遜な口を引き裂いてやろう」
それを見てハイエルフ一派が更に煽る。
「ん? なんだ? 猿山のボスが喚いているのか?」
ハイエルフの女王は鼻を鳴らす。
その様子を見ていた魔導王一派が過剰反応する。
「武王、加勢するぞ。そ奴らを踏み潰してやろう」
魔導王もあんまりな暴言に怒りを露わにする。
一連の騒ぎに、ヤクザ一派は少し引き気味だ。
「総長、なんだあの連中は?」
若頭が状況を理解できずに聞く。
「あの馬上のお方は我国ローデン王国の王様じゃ。
恐らくあの陸龍に跨るのは魔導王。
ゲートなんて大魔法で出てきたのはハイエルフ……確か今年はハイエルフの王女と精霊王子が入学……
まさかあれは伝説のハイエルフの女王?
その横のとても人間には見えぬお方はまさか精霊王か?
もしそんなことが起こっているなら……」
ヤクザの総長が呟く。
その時、門の方から音楽が響いてきた。
楽しい音楽だ。
その音に騒然としていた場が静まる。
学園の大門が軋み音を立てて開き始めた。
大混乱の学園前が一瞬で静まった。
皆の注意が門に集中する。
開いた門の向こうには学園一年生Sクラスの一同が勢揃いして横一列に並んでいた。
「どなた様も、良く参られました。本日は、エバンス学園の大花見大会を開催させて頂きます。
開催に先立ち、当企画の考案者であるアッシュ・グレックより挨拶を述べさせて頂きます」
いきなりの大音声のアナウンスに門前に集まった者達は先程までの争いのことなど忘れ門に意識を集中した。
そこには色鮮やかな衣装を纏った一年Sクラスの生徒達が並んでいた。
その真ん中のアッシュが前に出た。
「えっと、なんか騒ぎになってますが、今日はただの花見ですよ。
落ち着いてください……
最初にお知らせです。
催しの最後に私達から大変素晴らしい贈り物をお届けさせて頂きます。
お時間の許される方は最後まで参加をよろしくお願いします」
そこでアッシュは意味ありげに周りを見回した。
「おい、アッシュさんよ。その素晴らしいって何なの?」
恐らくその質問をしたのは、いわゆるサクラ役だ。
タイミングと言い、声の大きさと言い絶妙な質問だ。否が応でも期待が膨れ上がる。
「それは秘密です。あえて一言で言うなら、それを必要とする人には命に等しい価値を持つとだけ言っておきましょう。
では、最後まで参加し、是非ご褒美を勝ち取ってください。
しかし!
そのためには条件があります」
「なに? どんな条件があるんだ?」
また誰かが尋ねた。やはりサクラ役臭いタイミングの良さだ。
「はい。それは……
争わぬこと
楽しむこと」
「なんだ。そんな簡単なことか、もし、それに反したらどうなるんだ?」
そこでアッシュはポーズをとる。
「桜の木の下には魔法が掛けられています。
争う者
楽しまぬ者は
全て外に転移させる魔法。
ペナルティを課せられた者は全て排除される仕組みです。
最後まで会場に残った者達が褒美を得る」
そこで、音楽の音量が上げられる。
音楽を鳴らしているのは魔導王の息子バインドと彼の召喚した魔物達だ。
派手な効果音と共に門に一列になっていた一年Sクラスの生徒達が左右に開き、門の外の人達を招き入れを始める。
真っ先に動き出したのはハイエルフの少女シア王女だった。
彼女は精霊王とハイエルフの女王の前まで必死に走り寄ると二人に言う。
「お母様、精霊王陛下。まずはご覧ください。侮る前に見極めを」
シア王女は二人を睨み付けるように叫ぶ。
身を挺して女王達の暴走を止める気だ。
両目を大きく開く女王と精霊王。
二人の視線がハイエルフの少女を超えてその背後に立つ精霊王子に向けられる。
「僅か三日で私達の常識は覆りました。今日も何があるのかワクワクが止まりませぬ」
精霊王子の声はいつもの落ち着いた声音ではない。強い意思が込められていた。
「精霊王子殿下ほどの方が……」
ハイエルフの女王は目を細めて精霊王子を見つめた。
「ワクワクが止まらぬ?」
精霊王は不思議そうに我が息子の言葉を繰り返す。
「そう。彼は今日は何を壊すのか、創るのか。お二方もせっかくこられたのです。アッシュの言う通り争わず楽しんでみては?」
「ふふふ。王子のそれほどの饒舌が聞けただけで……それにシア。そなたの成長もしかと見た。
行こう」
ハイエルフの女王は楽しそうにそう言うと精霊王と一族の兵を引き連れて歩き出す。
そのタイミングで魔導王の息子バインドが父王に呼びかける。
「親父殿。無粋は止めて、さっさと行こう」
魔導王と兵達を招き入れる。
同時に姫騎士も行動する。
「武王陛下も、今日は無礼講、身分は不問と……さあどうぞこちらに」
姫騎士が父王と騎士団を招き入れる。
ほとんど戦闘モードに入っているヤクザの幹部達の前に立ったのはレディ、水晶の化身だ。
「どうする? 入る?」
レディの質問は簡潔だ。
殺気立つヤクザ達の代表の総長は、静かに前に出た。
「こんな面白そうな催しを辞退しちゃ末代までの恥。恥をかくぐらいなら死んだ方がましさ」
それだけ言いながら歩きだした。
「総長、本当に行くんですかい?」
若頭が殺気丸出しで尋ねた。
「お嬢さんがお待ちだ。さっさと行くよ」
ヤクザ達を引き連れて総長は歩き出す。
アッシュが出迎えたのはもう一人の老人だ。
肩身が狭そうにしていた庶民達だ。
アッシュは、その代表の老人の前に立つ。
「やあ。みなさん。良く来てくださいました。本日は身分は無し。料金も無し。争いも無し。ただ楽しんでいってね」
アッシュはニッコリ笑って言った。
「しかし、アッシュ君。なんかワシら如きがあんな人達の中に入って大丈夫なのかい?」
腰を曲げた老人が背後の庶民達を見ながら言った。
「いや場違いなのあっちだよ。
良くいるんだよね勘違いしてる人。
俺は王様だなんてね。
花見に身分なんて飾りがどれほど無粋か呆れるよ」
アッシュは呆れた顔でガチ勢を見送る。
「変に盛り上っているおじさん達は放っておいて俺たちは花と料理を楽しもうよ」




