キノコ上人の怪
――とある館に収められた無数の報告書。そこに記されていたのは信じがたい奇怪な物語。真実は一体何なのだろうか――
短編ホラーをオムニバス式に書いていきたいと思います。
今後は怪奇に出会い次第、不定期で交信する予定です。
即身仏とは室町時代から江戸幕末期にかけて流行した日本独自の宗教様式である。そのほとんどは東北地方に集中しており、一世行人と呼ばる修行者たちが厳しい修行の果てに自らミイラ化するに至ったものである。
その修行の過酷さは想像を絶するものであったという。行人たちは数年に渡り山中で生活し、穀類などの人間的な食べ物を断つ。自らの体から限界まで水分と脂肪を抜き、腐りにくい体にするためだ。時には漆の汁を飲んで腸内を殺菌することもあったという。
そして時が来たなら、自らの意思で生きたまま埋葬される。そして数年後には信者たちによって掘り出され、防腐処置を施された上で恭しく祀られることになる。しかし、小さな箱に入れられ、暗く冷たい土の中へ埋められる恐怖は如何程のものだろうか。普通の人間ならば耐えられるはずもない。余人には成し遂げられぬ事をしたからこそ彼らは仏と呼ばれるのであろう。
だが、そんな尊敬すべき即身仏たちの中にも奇妙な問題を抱えたものが存在している。
東北地方のS県にある寺院、龍岩寺に祀られている即身仏がそれだ。彼の名は安空上人といい、生前は余六という名の貧しい農夫であった。彼は天明の飢饉の折に食糧を求めて山に入り、たまたま見かけたキノコを口にしたところ激しい食中毒に見舞われたという。その後病床で苦しんでいる最中に光明を見出し、たちどころに菩提心を発したとされている。
その後に彼は大変な苦労を重ねた末に念願叶って即身成仏を果たしたわけだが、その修行のきっかけとなったエピソードの面白さから「キノコ上人」と呼ばれ、信者たちからは親しまれている。
だが、安空上人の抱える問題は彼の偉業に似つかわしくないあだ名のことではない。
「生えるんですよ」
と、龍岩寺の十七代住職の純公氏は語る。
氏によれば、上人の衣替えは元々は6年に一度のペースで行われていたという。しかし、15年前に頭巾を脱がせた際に彼の頭頂部に生える大きな白いキノコを発見して以来、頭部の手入れだけは極秘裏に毎年行うようにしたのだという。
「毎年湿気の多い時期になると気が気でなくて……」
純公氏は毎年キノコを取り除くだけでなく、様々な方法でキノコの繁殖を防ごうとしたのだという。除湿剤を用いてみたり、カビ掃除用の洗剤や漆を塗布してみたり、果ては上人の頭皮の一部を削り落としてみたりなどあらゆる手を尽くしたと言うが、それでも改善は見られず、毎年必ずキノコは生えてくるのだという。純公氏の考えでは菌糸が頭蓋骨を貫通して脳まで達している可能性があり、根本から取り除くのは不可能だろうということだ。
今でも頭巾に隠された上人の頭には大きな白いキノコが生えているのだろう。純公氏は一般信徒に彼が尊敬してやまない上人の情けない姿を晒すまいと日々腐心しているのだと語った。
ところで、冬虫夏草というキノコを皆様はご存知だろうか?
その名の通り冬には昆虫だったものにキノコが生えて植物のような姿に変じる不思議な生物である。古くはその特殊な生態から仙薬として重宝されていたが、その正体は単なる寄生生物である。
昆虫の体に付着した胞子がその体内に菌糸を伸ばし、栄養を奪った宿主をミイラ化させながら自身を成長させる。まさにミイラから生えるキノコである。
ところで、寄生生物の中には宿主の行動を操るものが存在してしている。宿主の神経を支配し、自身の繁殖に適した環境の場所へと移動させる、というケースが一番多い。
キノコ上人と呼ばれた安空上人はキノコを生食したのちに即身仏を志したというが、それは本当に彼の意思だったのだろうか?
暗く冷たい土の中に埋められることを望んだのは、強靭な心を持った人間の強い覚悟なのか、単なる菌の繁殖本能なのか。答えられるものは何処にもいない。
安空上人を祀っていた純公氏が今回の取材の3か月後に上人と共に行方不明になったためである。
純公氏の置手紙にはただ一言、「私も上人と同じ場所に憧れる」とのみ記されていた。
なお、冬虫夏草は胞子が皮膚に付着しただけでも感染する。
この物語はフィクションです。
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