【03-09】洗礼の神事(その2)
さて、与えられた部屋の中で、沐浴着の上からから真っ白な洗礼用の修道服に着替える。
ワンピース形状の修道服を羽織り、背中側についている真っ白なチャックを下から首まで上げ、一番上にあるフックをかける。この世界では、ジッパーとは呼ばずチャックと呼んでいる。たぶん、最初に作った人物が『ファスナー』と名付けて世に出したため、それが定着していったと思われる。
なお処刑(特に斬首刑かな?)をする際の事を考えているのかどうか知らないが、詰襟のように首が隠れるデザインではなく首がすべて見えるデザインとなっている。
その後、腰のあたりに茶色い荒縄を縛り付け、結び目を右側に回す。首元には、初禊の儀からかけているエンブレムが輝いている。
履物は今回は支給されていない(洗礼の儀が終了するまでは、素足で過ごす事になっているため)ため、素足で廊下を歩いて全員で大聖堂手前のエントランスホールへと続く小部屋に向かう。この部屋で、開始時刻まで待機する。
”ゴ~~~~ン、ゴ~~~~ン、ゴ~~~~ン”
洗礼の神事の中で、公開で行われる『初誓願の儀』と『神賜の儀』が開始される鐘の音が神殿内に鳴り響く。重低音の鐘の音が鳴り響く中、私たち7人は3列(実は私たちの他にも、30人ほど洗礼を受ける者がいる)に並び、エスコート役の修道女の後ろを歩く形で小部屋から出た。
”ゴ~~~~ン、ゴ~~~~ン、ゴ~~~~ン”
真っ白な洗礼用の修道服を着用し、胸の前で組んだ手の真下には、垂れ下がるようにエンブレムが揺れている。裸足で歩く石の床は少し冷たいが、神事に参加するために高揚している熱を冷ますのに役立っている感じがするのは気のせいだろうか?
そんな私たちが歩く道は、両サイドに並ぶようにこの神事を見学する人たちで溢れ返っている。こんなにも人がいたんだね。みんな暇人だよ、本当に・・・・・。
”ゴ~~~~ン、ゴ~~~~ン、ゴ~~~~ン”
重低音の鐘の音が鳴り響く中、大聖堂へと向かう扉が開かれる。大聖堂中央の花道を歩いて、6体の神像が並ぶ祭壇へと足を進める。
ちなみに大聖堂の中には、正面にこの世界を統べる6柱が、向かって右側から空間神『スぺーリシア』・時間神『タイムリア』・創造神『クインメシア』・次元神『ディメンシア』・破壊神『ダークメシア』・重力神『グランヴィア』の順で最上段に並ぶ。その下の中段には、上位神である太陽神(光の神)『アマテラス』・月光神(闇の神)『ツクヨミ』・天空母神(風の神)『シルフィール』・生命母神(水の神)『ウンディーネ』・鍛冶母神(火の神)『サラマンダー』・大地母神(地の神)『エルザノーム』・無明母神(無の神)『パラケルスス』が並び、最下段には、雷の神『エレキメス』・氷の神『へカテリーナ』・焔の神『マラージャ』・樹の神『アイアタル』・付与の神『エンタレス』をはじめとした、それぞれの眷属神の神像が立ち並んでいる。つまり、このバティスティア聖教は多神教であるという事だ。
ちなみに地球などから、私たちのようにこの世界に飛ばされてきた中には、当然宗教関係者もいる。その者たちが飛来か独自の宗教も信仰されてはいるが、この世界には少数派に数えられている。その中でも、八百万の神々を祀る多神教は勢力が強く、唯一絶対神を祀る一神教は勢力がない。
まあ、多神教の場合は、この世界のいる神々の名称が変わるだけで、祀られている神々の権能はほとんど変わらないので、受け入れやすかったんだろうとは思う。
なお、この国の東、海を渡った先にある島国『ジャポネシルト』という国は、もろ日本のような気候風土である。そこで信仰されているのは、神道とバティスティア聖教の神々が融合した独自宗教『ジャポネシ神道』である。
なお、宗教戦争といった醜い争いは一切なく、バティスティア聖教とジャポネシ神道双方が公に認めているように、『ジャポネシ神道は、バティスティア聖教から分派した宗派である』となっている。
閑話休題。
そんな神々の神像が立ち並ぶ祭壇の前に膝立ちになった私たちは、胸の前で両手を組み、背筋を伸ばして顔は少し下向きの姿勢を取る。なお両目は軽く閉じており、エンブレムは組んだ両手の下に垂らす形になっている。
そうして始まった『初誓願の儀』。
まずは開始の合図として、司祭様の説法をこの姿勢のまま聞く。説法自体は、聖書の文面を一部流用した形で進められていく。
そして・・・・・。
「ではこれより、神々に対し聖書に謳う誓願を、新たに我ら神官の末席に加わる者たちによって唱える『初誓願の儀』を執り行う。総代の唱える請願に続き、皆も同じ誓願を唱えるように。
では、新たに神官の末席に加わる見習い修道女及び修道士、そして信徒総代、俗名・ペニシニア=アンタルノース、出家した後の戒名・シスターアンタル、前へ。」
「はい。」
本来ならば、『空間神の白巫女』と『空間神の黒巫女』である私とコトリのどちらかが、この大役を仰せつかるはずなんだけどね。今の2人は、ただの『信徒』でしかない。たぶんあの修道女さんは、この神殿内で結構有名な方なんだろうね。・・・・・今日初めてこの神殿に来た私は、誰が有名人なのかは解らないが。
「神々は、我ら神官職に就く者たちは、神々から賜った御誓願を遵守し生活する事をここに誓う。我ら神官の末席に加わる者たちは、この御誓願を神々に誓う事で、それぞれの職能を司る神の加護を賜る事を喜びとする。」
『神々は、我ら神官職に就く者たちは、神々から賜った御誓願を遵守し生活する事をここに誓う。我ら神官の末席に加わる者たちは、この御誓願を神々に誓う事で、それぞれの職能を司る神の加護を賜る事を喜びとする。』
シスターアンタルが、誓願を宣誓する言葉に続くように、私たちも同じ内容を唱えていく。
本来は、1人1人唱えていくのが筋だと言われているが、そんな事をすると時間が長くなってしまい、『初誓願の儀』がグタグタになってしまう。
実際、1人1人宣誓していた頃は、適当に唱えてみたり、居眠りしていたりと散々な光景だったらしい。
「我らは、自然の営みを重視し、また神官としての職務を犯す事無く、生命の持つ欲求を抑える事無く生活していく事を誓う。これを、第1の誓願『従欲の誓願』として神々に誓う。」
『我らは、自然の営みを重視し、また神官としての職務を犯す事無く、生命の持つ欲求を抑える事無く生活していく事を誓う。これを、第1の誓願『従欲の誓願』として神々に誓う。』
つまりあれだ。
人間の3大欲求の性欲・食欲・物欲を、ある程度は律して生活していく必要はあるが、完全に禁止する事はない。そういった事をやっている神官も中にはいるらしいが、悟りを開く事を目的としていないこのバティスティア聖教の教義では、少数派といったところだ。
地球の3大宗教だと、『一生独身を貫き、物欲の溺れず、清貧を良し』とするなんてモノもあるが、ここではそんなくだらないものは一切ない。とはいうものの、無駄な浪費を繰り返したりする事は良しとはしておらず、節度を持った生活を心掛けていく事が大切だと謳われている。
それは、この世界は弱肉強食であり、俺たち人間族に属している生命体は、弱肉強食において蹂躙する側でもあり、また蹂躙される側でもあるのだ。そんなくだらない教義を設けるくらいならば、1人でも多く子孫を残せがこの世界の神々の教えでもある。
「我ら神殿に身を置く者たちは、あらゆる権力に屈せず、また庇護下に入らず、また神殿の権力を行使して政治に介入しない事をここに誓う。これを、第2の誓願『非権の誓願』として神々に誓う。」
『我ら神殿に身を置く者たちは、あらゆる権力に屈せず、また庇護下に入らず、また神殿の権力を行使して政治に介入しない事をここに誓う。これを、第2の誓願『非権の誓願』として神々に誓う。』
所謂政教分離だね。
特に出家神官になると、完全に俗世の権力から隔離され、バティスティア聖教の総本山である『バティスティア聖国』を除き、一切の権力を持つ事がなくなる。バティスティア聖国とは、地球でいうところのヴァチカン市国のような存在の国家である。
なお、在家神官においても、ある程度の権力を有してはいるが、『神の名において~~』などと口上を垂れて、権力や武力を行使する事は禁止されている。在家神官は、2つの身分を持っているので、権力を行使したい場合は、神官身分を使うなと言っているのだ。
「我らはこれより先、神々から賜った教義を胸に抱き生きる事を誓う。慈愛の心を胸に抱いて民を守り、民を助け、民を導く存在になる事をここに誓う。これを、第3の誓願『純教の誓願』として神々に誓う。」
『我らはこれより先、神々から賜った教義を胸に抱き生きる事を誓う。慈愛の心を胸に抱いて民を守り、民を助け、民を導く存在になる事をここに誓う。これを、第3の誓願『純教の誓願』として神々に誓う。』
この誓願に謳われている内容は、『宗教といえばこれ!』と言わんがばかりの内容である。ただし、『不殺』については謳われていない。
先にも話した通り、弱肉強食の世界であるため、自身の生命を守るため、また生命活動を維持していくための殺生は、生命体が持つ普遍的な権利となっている。
そして、神殿組織にも武力部門である神殿騎士隊がいるし、冒険者も洗礼を受け入ているのだ。そのため、『不殺』を信条に掲げるなどできないのだ。
「神から賜った誓願を宣誓した事により、我ら神官の末席に加わる事を、神々の名のおいて司祭のジョージが許す。これより先は、在家・出家問わず、誓った誓願を遵守して生活するように。」
「我ら新たに誓願を誓った者どもは、これより先神々に誓った誓願を胸に抱き、誓願を遵守して生活する事を神々に御前において誓う。」
『我ら新たに誓願を誓った者どもは、これより先神々に誓った誓願を胸に抱き、誓願を遵守して生活する事を神々に御前において誓う。』
その後、シスターアンタルが元いた位置に戻ったところで、次なる神事『神賜の儀』のための準備が行われる。進行補助に徹している修道女の1人から、私たち1人に対し1つずつ黄金色の杯が手渡される。
所謂、『聖杯』といった類のモノなのかな?
・・・・・・この杯。
ちなみにこの聖杯らしき杯は、今後バティスティア聖教から破門されない限り、毎日1回早朝に行われる祈りの時間(可能な限り行うように義務付けられている)において、お神酒もしくは聖水を呑む際に使用していくものだ。なおこの場合の聖水とは、本物の聖水(水魔術の中に、聖水を創り出す魔法がある)でもいいが、用意できない場合は沸騰させた水に聖灰(神殿で常時焚かれているお香の灰)を一摘み溶かしたモノとなる。
「これより、神々の1柱から加護を賜る『神賜の儀』を執り行う。
まずは、シスターアンタルよ、聖灰を持って祭壇へと進め。」
「はい。」
先ほど総代を務めたシスターアンタルが、一番手で『神賜の儀』を行う。
祭壇の中央で、聖杯を数多の高さまで掲げるシスターアンタル。そこに、修道女の1人が、各神々を模る神像の御前に供えられているお神酒を持ってくる。そして、掲げられている聖杯に、儀礼に則ってお神酒を注ぐ。
『神賜の儀』とは、神々の加護を受けるために、神と契りを結ぶ儀式である。
その方法とは、神道で行われている三三九度の杯の亜種のようなモノ。
1の杯では、3回に分けて注がれたお神酒を契りを結ぼうとする我々が3口で飲み干す。
2の杯では、同じく3回で注がれたお神酒を、祭壇に置かれた三方に3口に分けて中のお神酒を注ぐ。
3の杯では、再び3回に分けて注がれたお神酒を、1口目は自らが飲み、2口目を三方の中へと注ぎ、3口目は自らが飲んで飲み干す。
そして、三三九度の杯を行った後、お神酒を注いだ三方にどの神がどんな加護を与えたのかが神勅文字で刻まれる。
なお、神から賜る加護には、上から『聖女(女性のみ)』・『聖人(男性のみ)』・『寵姫(女性のみ)』・『寵君(男性のみ)』・『神子』・『守護』・『依代』・『加護』・『祝福』・『慈愛』・『神赦』となる。なお、神から賜る加護は、その後の行動如何によって上の加護にあがる場合もあり、また下の加護に下がる場合もある。当然、加護がなくなる場合もあるので、生活態度には気を付けておかないといけないのは明白である。
その上で、特に神から賜る加護が『聖女(女性のみ)』・『聖人(男性のみ)』・『寵姫(女性のみ)』・『寵君(男性のみ)』・『神子』だった場合は、その加護と賜った神の名を取って『〇〇の聖女』とか、『〇〇の神子』といった特殊な称号を得る。そしてこの称号自体が、神殿組織の中の身分として働く事になる。その上で神殿組織内でも、特殊な存在として崇められるため、それ相応の地位を得る事になる。
さて、一番手で『神賜の儀』を行ったシスターアンタルはというと・・・・・・。
「おお!太陽神(光の神)『アマテラス』様から『神子』の加護を賜ったぞ。」
どうも、結構上の方の加護が付いたようだ。やっぱり有名人(らしい人物)は違うね!




